1 背徳の日
水曜の午後 3 時--冬の弱々しい太陽はやるせないような光を放ちながら西へ傾いている。気温が下がってきていた。
地下の駐車場に入れてあったので車の中はあまり冷え込んではいないが、暖房は最強にする。シャワーを浴びてすぐチェックアウトしてきたから、湯冷めをしそうだった。
12 月に入り、ここ P 市でも雪は根雪となっている。日中はいくらか解けても夕刻にはまた凍結し始める。
「ひゃー…鏡みたいなアイスバーンだ」
なんとはなしの気まずい雰囲気を打開しようとでも思ったのか、横でハンドルを握る義弟が口を開く。夕食には少し早いがこの近くの焼肉屋に行きたい、というので運転を任せた。車は夫の名義のもので、私が持ち出してきたのだ。
「ここは一日じゅう日陰みたいだからなぁ」
「気をつけて…」
初めての不倫だった。
彼とは、いつかこんな日が来るような予感はあったけれど--
とうとう、やってしまった。
その時になってみなければ、本当にしてしまうかどうかはわからない。そう思っていたが、あっけなく一線を越えてしまった。
義弟の横顔を見る。運転に集中しようとしているのか、私と目を合わせたくないのか、彼は前だけを見ている。
彼--高岡寛(ひろし)は、夫・高岡卓(すぐる)の弟。夫が 45 歳で、義弟は 12 歳も年下の 33 歳。私が 35 歳だから、義弟のほうがよほど歳は近いのだ。しかも、夫が 170 cm そこそこの標準体型、可もなく不可もない風貌なのに対し、義弟は 185 cm の長身にきりりとした美貌を誇って、夫と私が結婚した当時からずっと独身。友達からは結婚相手を間違えた、とよく言われたものだった。
夫は、私が大学を卒業して勤めたソフトハウスの創業社長だった。夫のエネルギッシュでしかも聡明なところにアルバイト時代からずっと惹かれていた私は、入社 3 年目に結婚を申し込まれてすぐに承諾した。
(もう 10 年にもなるんだわ…)
当時から寛のことは知っていたが、彼がまだ学生だったのと、誰もが認める彼の美貌が私とはとうてい釣り合わない気がしていて、彼と付き合うとか結婚するとかは考えたことすらなかった。
そのころから私のことを好きだった、と彼から聞かされたのは、ほんの数週間前。
兄弟仲は悪くなく、歳が離れているせいもあって、経済的にも夫に面倒を見られどおしだった寛は、兄の婚約者に手を出すような行動には出られなかったという。彼は兄の会社には入らず、アルバイトをしながら学生時代からのバンド活動を続けた。それが認められてようやく CD をぽつりぽつりと出せるようになり、今では P 市のライブハウスの人気者だが、とてもそれだけでやっていけるものではない。ミュージシャン養成の専門学校の講師をしたり、コンサートの裏方をしたりで、どうにか食べている状態だ。平日の日中に自由でいられるのはそんな身分だからだが。
夫の会社は、かつて社員 10 人足らずだったのが、この数年で急成長して社員も増え、アジア 3 都市に子会社までもつ中堅に成長。
そして--この数年来、私と夫との間には距離ができつつあった。距離というより、溝というべきかも知れない。
もともと東京や海外に出張が多いのだが、それ以外にも外泊が多くなった。家にいるときも私と話題を合わせてくれない。ベッドでも、調子が出ない、と途中でやめて寝てしまう。浮気をしている気配もあるのだが、確証がない。
そんな私たちの様子を察してか、寛が私にアタックしてきたのだった。
「ずっと好きでした。一度でいいから、俺のものになってください」
長身を折り曲げて、額を床に擦りつけるように懇願した。そんな姿をいじらしく思い、嬉しくも感じたのだった。私も彼を男性として意識していたのだったし--
そんなわけで、夫が東京に出張で 1 週間留守にしている間に、私たちは肌を合わせることにしたのだった。
私と夫の家とか寛の部屋では生々し過ぎるし、誰の目に触れるか知れない。それでホテルを使うことにした。駐車場完備のところが多い P 市郊外のホテル街。寛は運転は達者だが車を持っていないので、私が車で出かけ、途中 JR の駅前で義弟を拾った。私はふだん運転しない上に雪道では不安があるので、そこからは寛の運転で現地へ向かった。
寛は情熱的に私を求めた。同時に、私の性感帯がどこにあるのか、どうすれば私がするどく反応するのかを調べ上げるかのように、私の全身を隈無く、まさに首筋から爪先まで丹念に責めるのだった。私は私で、男性の手がずっと恋しかったこともあり、彼の愛撫に素直に反応した。
ギターの上手い寛は当然のように指先が器用だ。これまで経験したことのないような技巧を凝らされて、私はすすり泣き、そして、自分でも呆れるほど声を出した。クンニリングスを 30 分近くも続けられ、私が疲れ果てて伸びてしまうまでの間、私が分泌する汗も、愛液も、彼はすべて飲み下していった。
夫も前戯は丁寧だと思うが、足指まで舐めてはくれないし、クンニリングスだって通過儀礼のようなものだ。それに対し寛はずっと私のことを想っていたというだけあって、私を感じさせるために全力を尽くしてくれた。挿入される前から、そして挿入されてからも、私は何度も何度も昇り詰めた。
つくづく感じたものだ。私はセックスが好きなのだと。
今日彼に抱かれて判ったのは、男の手に官能を翻弄されるのと同じくらいにペニスを受け入れるのも好きだということ。夫のものでは感じたことがなかったのに、寛のそれは私を存分に狂わせてくれた。
体格差によるのか、寛は夫よりも数段大きいものを持っている。それが理由?
すると、私はつまり「巨根が好き」ということになるのだろうか。
小柄で、細身で、お尻も小さい。そんな私が、大柄な男性の巨大なペニスに貫かれている--この構図は、他人が見ていれば相当に卑猥なはずだ。
寛に抱かれている間じゅう、そんな思いが私の脳を絶えず刺激し続けていた。それで、彼に突き上げられながら何度も達した。
巨根が好き--というよりは、巨根に犯される自分が好き?
どちらでもよかった。 35 歳になるまでに味わえなかった官能の高まりと、数え切れないほどの絶頂。私は満足していた。
寛は、自分の技巧で私が乱れていくのにたいそう感激したらしく、私の口内で 1 度、膣内で 3 度も精を放った。
「いけね…眠くなってきちまった」
しきりに目をしばたたき、かぶりを振っている。頬を平手で叩いたりもしている。
4 度も射精したのだ。疲労のほどは想像できる。車内に暖房が効いてきたせいもあるだろう。
「…運転、代わりましょうか」
暖房を止め、窓を開けた。
その時だった。
前を走っていたベンツが停止していた。赤信号なのだ。
慌ててブレーキを踏む寛。だが、アイスバーンで急ブレーキを踏んでも簡単に止まるものではない。
寛は祈るような格好でハンドルを握りしめる。
私も両手を合わせて神だか仏にすがった。
でも、だめだった。
ドシン。
私たちの車はほとんどスピードを落とすことなく、前のベンツに追突していた。
車体が回転しなかっただけ幸いだったのかも知れないが。
「なんてこった…」
平日午後のホテル街。狭い道で交通量も少なく、油断がなかったといえば嘘になる。赤信号で停止していた車に勝手にぶつかって行ったのだから、ほぼ 100 %、こちらに落ち度がある。
前の車はベンツだ。乗っているのが怖い人でなければいいけれど--
そう思いながら、私は頭の中のもう一方で全く別の心配をしていた。
この事故に至った顛末を、夫にどう説明すればいいのか--
「…話してきます。義姉さんは中にいてください」
さっきまでの恋人気分はどこかへ消し飛び、寛の口調は平常のものに戻っていた。
前の車の運転席のドアが開くと--
果たして、いかにもベンツの所有者という感じの男性が降りてきた。
スキンヘッドにサングラス。
白のスーツに黒のシャツ。胸ははだけて、首には金色の飾りを巻いている。
義弟は長身だが細身だ。一方、その男性も身長 180 cm はありそうで、しかもがっしりした体躯。
私がこれまで接したことのない人種に違いない。
私も外に出たほうがいいのかと思いながら、身体が強張ってしまった。
「あー、やっちまったなあー。兄さん」
声が聞こえる。身を縮めて恐縮する寛を従え、男はベンツの破損を調べている。
すると--
助手席、後部座席、とドアが開いて、スキンヘッドの男に劣らず“その筋”の人間らしい男たちが出てきた。総勢 4 人。みな、困ったような、呆れたような表情でその部分を見始めた。
その中のひとりと、フロントガラス越しに目が合った。
「ほう」
彼が言うと、それに続くようにして、他の 3 人も私に視線を向けた。
みな 40 代後半か、 50 代のようだ。スキンヘッドが 40 前後という感じ。一番若いから運転手をしているのだろう。
3 人のうち 2 人はどちらも身長 175 cm くらい。 1 人は短髪、 1 人は額が頭頂部まで禿げ上がっている。どちらも黒のスーツに縦ストライプのシャツ。
残る 1 人が最年長で、かつ最格上らしい。髪はオールバックで、整髪剤でてかてかと光っている。こちらは身長 155 cm くらいの短躯だが、頭も身体も四角く、触れれば手が切れそうなほどの鋭い気配を発している。
スキンヘッドが近づき、私の横のウィンドウをコツコツと叩く。開けろということだ。
スイッチを押して、ウィンドウを下げると、
「あんたも降りてきて、見てみな」
彼の口調は想像していたよりも穏やかだった。
やくざには違いなさそうだが、過度に怯える必要はないのかも知れない。そんな気がしつつも、恐る恐るドアを開けた。
アイスバーンだ。お気に入りの黒いブーツ。ヒールは細い。滑らないよう、慎重に左脚を下ろした。続けて右脚。膝丈のフレアスカートの裾から冷気が忍び込んできた。
ヒュー、と口笛が飛んだ。
再び身を強張らせた。 4 人の視線が私に集まるのを感じる。
だが、そんなことを気にしている場面ではない。
ゆっくりと立って、ドアを閉めた。
私は身長 156 cm 。ヒールのおかげで 160 cm くらいには見えるはずだが、長身・巨体の 3 人には見下ろされる。一方で、短躯のオールバックには鋭い視線で見上げられる。男性に見下ろされるのには慣れている。どちらかといえば、後者のほうが怖い。
白のセーターの上に濃紺のカーディガンを羽織っているだけなので、夕暮れ時には寒かった。だが、いまコートを取り出している余裕はない。
歩を進めて、衝突している部分に目を遣った。こちらの車の前のバンパーが、ベンツの後ろのバンパーにめり込んでいた。
大破してはいないのでややホッとしたものの、この場では一瞬も気を許せない。
それどころか、
「なかなか可愛い奥さまじゃないか」
「眼鏡がよくお似合いだね」
おもむろに左右から 2 人に挟まれた。左の男が右腕を回し、肩を抱いてきた。
「…あ、あの…」
肩をすくめる。抵抗できない雰囲気。俯くのが精一杯だ。
「待った。そのひとは関係ない。俺がぶつけたんだから」
私の身に危険が迫っていると思ったのか、寛が口を開いた。
「…んん?…」
「兄さん、いま『そのひと』って言ったか?」
「あんたたち、夫婦じゃないのか」
しまった--
「そう言われてみると、夫婦にしちゃ“こなれて”ないようだぜ」
「あんたはどこか、いいとこの奥さまなんだろう」
左の男が問い質してきた。
無言でいると、
「なるほど。そういうことか」
「平日の真っ昼間にホテル街をふらふらしてんのは」
「不倫のカップルぐらいなもんだろうからな」
「もうヤッてきたのか?」
「石鹸のいーい匂いがすらぁ」
思わず寛を見た。寛も私を見ている。沈黙するしかない--
「おい、やめとけ。下品だろうが」
オールバックがそう言って制した。やはり彼が最格上なのだろう。
「さて、どうするかな。事故処理を」
オールバックが私に視線を向けて言う。
そうだ。そのために車を降りて話をしようとしていたのだ。
夫に知られるわけにはいかない。だが車は夫の名義だ。
警察を呼ぶとなると、事故現場の所在地も、運転者も明らかにされてしまう。
どうして平日の午後に、紛れもないホテル街などにいて、運転席には寛がいたのか。夫に説明のしようがない。
「警察を呼ばないほうがいいんだろ?」
救われたような気がして、オールバックの顔を見た。
「だろうな。その辺りがわからん訳ではない。俺たちも警察と関わるのは気が進まん」
オールバック--蛇蝮(じゃはみ)というらしい--の話した案はこうだった。
蛇蝮が懇意にしている修理工場が近所にある。軽度のへこみだから、すぐ取りかかれば数時間で復元できるだろう。費用も 2 台で 10 万にはならないはずだ。それを私たちのほうで負担する--
願ってもない解決法だった。言われるままにその工場へ移動する。実際、へこみはベンツのほうが大きかったのだが、 2 台とも塗装落ちはなく、鉄板自体を復元するだけでよかった。修復歴も残らない。合計 4 時間ほどですべてが終わり、費用も 2 台で 8 万円で済んだ。寛はホテル代を支払ったあとほぼ一文無しになっていたので、私名義の口座から引き出して、現金で支払った。
寛とスキンヘッドが作業に立ち会う間、私は蛇蝮や他の 2 人と一緒に工場の事務室に通された。そこで蛇蝮に運転免許証を見せた。
事故現場では意味ありげな視線を送られ、肩を抱かれたりもした男たちだ。素性を知られるのは気が進まなかったのだが、こちらに負い目があるうえ、警察沙汰になるのを避けられただけでも有難いと思わねばならなかった。
名前を知られ、住所も、生年月日も知られた。旧姓・白幡も知られた。携帯電話の番号やメールアドレスも。夫の職業や経営する会社のことも。運転していたのが、他でもない夫の弟であることも。そこまでは想定の範囲内だった。
だが、写真を撮らせろと言われたときはさすがに狼狽した。
「…免許証のコピーを取りましたよね。顔写真ならそこにありますけど…」
「いやいや、今日のことを後で確認しなくてはならなくなった場合のためにも、あんたがどんな服装だったかを記録しておきたい。それをきっかけに大事なことを思い出すこともあるだろうからな。そういう意味があるんだよ」
もちろん、口から出まかせだろう。でも、何を要求されても拒むことはできなかった。
蛇蝮の配下の 2 人がそれぞれデジカメを手にしている。
コートを脱ぎ、カーディガンにセーター、スカートにブーツの立ち姿をいろんな角度から撮られた。そして顔のアップも。まるで 2 人がかりで舐められているかのよう。
眼鏡を外した顔も撮られた--
「いやー、 35 歳には見えない。どう見ても 28 歳くらいだよ」
「化粧が厚いわけでもないしなあ。肌のツヤのいいこと」
「中堅の会社とはいえ、社長夫人でいらっしゃるからな」
「カラダのお手入れも怠りないというわけか」
「それで年下の男と火遊びをね」
口々にからかわれながら、何十枚もの写真を撮られた。
修理が終わり、支払いを済ませたところで私たちは解放された。
だが、それでは済まないような、厭な予感がしていたのだった--
2 呼び出し
事故の日から 1 週間が過ぎた。
夫は出張から戻ったかと思うと、会社に籠もりきりとなった。深夜に帰宅しては早朝から出かけていく。入浴と着替えをして、仮眠をとるだけ。食事も外でするからいいと言う。さほど消耗している様子がないので、どこか別の場所で休んでいるのではないかと勘ぐってしまう。
のどかな日和だった。
洗濯をしながら簡単に掃除を済ませ、軽くストレッチをし、コーヒーを淹れて新聞に目を通す。 12 月も半ばになるというのに、大学生の就職内定率が低いというニュースが目を引く。
この不況下、専業主婦でいられる私は、よく友達から羨ましがられるのだが--
思えば、この生活は夫のがんばりに支えられている。会社の業績が不調となれば私も働かねばならなくなるのだが、コンピュータが少しいじれるくらいでは仕事は見つからないだろう。短い会社員時代に身に付けたスキルは全く時代遅れになっている。
夫は必死に働いているのだから、家では楽をしたいのに違いない。 10 年も一緒に暮らしている妻の前では素をさらすのが当然。愛想も悪くなろうというものだ。その姿だけを見ている私が、愛情が感じられないとか、溝ができているとか、浮気をしているのではないかとか考えるのは、大きな過ちであったような気がし始めた。
だというのに、私は--
よりにもよって、夫の弟に--
請われるままに抱かれ、激しく乱れて、「満足」して帰ってきたのだ。
(…浅ましいったら、ないわね…)
だから、あんなことになった。罰が当たったのだ。
そんな風に自己嫌悪に陥りかけるのだが--
(…でも、私は…淋しかった…)
手を置いていた膝に目を遣る。そして、スカートの裾から伸びる脚を眺める。
あの日--
太腿の内側に軽くキスされて、私がつい悲鳴を上げると、
「…早織さん、太腿が弱いんだ?…」
それまでほとんど無言だった寛が口を開いた。私は頷き、そしてかぶりを振って、
「…脚じゅう、感じるの…」
両手で顔を覆って、そう告げた。それはちょっと勇気の要ることだった。それまで首筋から乳房、脇腹、と入念とも執拗とも言える愛撫で私を翻弄していた寛に、次は脚も同じようにして欲しいと訴えることになるからだ。
「そんなことを聞かされちゃ、脚を責めないわけには行かないね」
期待した通りのことを寛は言い、右手で太腿への愛撫を続けながら這い上がって、左手で私の肩を抱く。唇に唇を重ねる。差し出した舌が寛の舌に絡め取られ、吸い立てられると、気が遠くなりそうだった。両腕で寛を抱きしめる。
「早織さんの脚に、ずっと見とれてたんだよ」
太腿を這う指先の技巧で私を仰け反らせながら、寛が言う。
「…知ってたわ…」
あっあっ、と喘ぎながら、私が言う。
「俺に見られてるのを承知で、いつも脚を見せてたのかい」
「…そうよ…」
「綺麗なストッキングに包んで、俺に見せつけてたの?」
まるで訊問されているようだった。それがなんだか心地良いのだった。
「俺だけじゃなく、早織さんの周りの連中みんなに?」
訊問が続く。
「氷点下の寒い日にもスカートを穿いてるのは、脚を見せたいから?」
「その脚は、脚じゅう全部感じる性感帯なんだろう」
「その性感帯を綺麗なストッキングで演出して、スカートの裾から思わせぶりに露出して、男たちを挑発していたんだね?」
寛の言葉が私の精神を追い詰め、それと同期するように官能も高まっていく。
指が太腿から膝、ふくらはぎと這う。私は気持ちよくて、苦しくて、のたうつ。
寛の頭はずっと私の顔の前にある。私の身体を這い降りて脚を味わうような気配がない。うなじや乳房にそうしたようにキスの雨を降らせてくれる--そう期待したのに、なんだか焦らされている感じだ。
「脚をどうして欲しいの?」
待っていた問いが来た。
「言ってみなよ。触ってるだけでいいの?」
指の動きにたまらず閉じた太腿の境目に、寛の手が押し入ってくる。
たまらずに指を噛みながら、
「…キスしてっ…脚を、舐めてっ…」
そう訴えると寛の顔が後退し、太腿から膝、ふくらはぎ、くるぶしと這い下りて--思いがけず、左の足指を口に含まれた。続けて右。左右を交互にしゃぶられた。そうして、脚全体への長い長い責めが始まったのだった。
今も脚を見ているだけで秘部が潤ってくる。
寛はこの脚を指で、唇で、舌で、そして歯で、技巧を尽くして責め立てた。辛すぎて、泣いてしまうほどだった。でも、嬉しかった--
そしてクンニリングスが始まる。
彼のたくましい腕に腰をがっしと捕えられ、秘部を貪られるうち、最初の絶頂の波が来た。それが、普段とは違った。
「…寛さんっ!…何か…何か来るっ…」
「何か、って?」
子宮のあたりから何かこみあげる感覚--
寛は責めの手を緩めようとしない。
「…出るっ…出ちゃう…だっ、だめっ!…」
びゅううッ!…
こらえきれず、噴き上げた。同時に絶頂した。
「早織さん…」
私のそれを正面から浴びて、寛の顔はびしょ濡れだった。
「…ご、ごめんなさい…私…」
乱れる息で詫びた。初めは失禁したのかと思ったのだが--
「いいんだ。おしっこじゃない、潮を吹いたんだよ」
「…潮…」
「初めて?」
もちろんだった。こっくりと頷いた。
「感激だな。そんなに感じてくれるなんて」
呆気に取られていると、寛が再び頭を沈めて来た。
「…ああ、うッ…」
「全部飲み干してあげるよ」
それから立て続けに 5 回もいった。潮を吹いたのはそれきりだったが、愛液が洪水のようだと寛はしきりに言っていた
やがて寛のものが入ってくる--
寛とはあれから連絡を取っていない。
(…もう一度、抱かれたい…)
夫とのことを反省しかけたところだったのに、寛の肉体を、手を、私はまた欲している。
なんて不貞な--不貞もいいところだ--
家にいると、むらむらして落ち着かない。夫のワイシャツを買うように頼まれていたので、気分転換を兼ねて街へ出ることにする。
秋口から、黒いストッキングを履いていることが多かった。今日はせっかくの日和だから、ナチュラルのストッキングで脚を飾りたい。それに合わせてスカートは暖色系のフレアにし、上半身はシルクの白のブラウスに紫色のカーディガン。これに丈の長いコートを羽織る。
地下鉄で中心街へ出、行きつけのデパートで用事を済ませる。家に帰っても一人だから、軽く食事して帰るつもりだった。
だが--
喫茶室で小休止しているとき、携帯電話が振動した。
一瞬、寛であることを期待したのだが、そうではなかった。登録のない番号からだ。
「…はい?…」
「蛇蝮だが」
嫌な予感が的中した。
「今はひとりかね?」
「…はい…」
「話したいことがあるんだが、今日の午後、時間は取れるかな」
有無を言わせない口調。一応私の都合を訊いてはいるが、時間を取れというのだ。
「…大丈夫です…どちらへ?…」
「今は家にいるのかい」
「…いえ、ちょっと用事で街に…」
「デパートにでもいるのか」
「…高鳥屋です…」
「そりゃいい。屋上に庭園があるだろう。そこに 12 時にいてくれ。俺も行くから」
車の修理はきれいに済んだはずだが、何かまずいことでもあったのだろうか。
蛇蝮に会うのは気が進まないけれど、弱みを握られている身だ。従わないわけにはいかなかった。
高鳥屋の屋上にはちょっとした木立が造られていて、都会の真ん中とは思えないほど静かな場所だ。平日であれば人の目も多くはない。そんな場所を蛇蝮は好むのだろう。それは、私にとっても有難いことだった。
12 時の 10 分前に行くと、外回り中に休んでいるサラリーマン風の男性や子供連れの母親がちらほらいるだけだった。風はなく、暖かだ。コートを脱いで、庭園の隅で冬の日差しを浴びながら街を見下ろす。
人の気配を感じて振り返ると、蛇蝮が立っていた。
「待たせたかな」
いいえ、とかすかに答えて、蛇蝮の話が始まるのを待つ。
すると--
蛇蝮は、話を切り出す前にコートの前を開けて、
「実はこんなことになっちまっててね」
なんということだろう。蛇蝮の首にはギプスが巻かれていた。
「…それは…」
蛇蝮が話したいという、その話の筋がわかった気がした。
「あの時はなんともないと思ってたんだが、ムチ打ちってのはそういうもんらしい。あの翌日から首が痛む、腕が痺れる。それに慢性の頭痛な」
「…ムチ打ち…」
「あんたたちの車に追突されてな」
言葉が出てこない。
「…なんと言っていいのか…」
やっと出たのはそんな台詞だった。
「全治 2 か月と言われたよ。事故の証明ができれば保険も効くんだが、ウヤムヤにしちまったからなあ」
私たちのせい--
治療費。慰謝料。そんな文字が脳内を駆け巡っている。
「しかもだ。俺だけじゃなくて、あの時乗っていた 4 人ともな」
「…えっ…」
4 人とも、なんて--
そうだと言われて疑問を挟むことはできない。でも--
「何か変だと思うかね?」
不審に思ったのが顔に出たのだろう。
「…いっ、いえ…」
「俺があんたを強請るために適当な話をデッチ上げているとでも?」
蛇蝮の形相が一瞬変わった。その鋭い目に見上げられて、私は凍りついた。
「義弟さんはイケメンだが経済力はなさそうだから、あんたと話をすることにしたんだ」
私の脚ががたがた震えているのを見てとったのか、蛇蝮がベンチに誘った。並んで腰かけると、蛇蝮の顔が近づいた。間近で見ると、ますます凄みがある。
「奥さんは、背は何センチだ」
急に関係ない話をされて、訝しく思ったが、
「…百…五十、六…ですけど…」
「そうか、そうか。いいところだな」
「…何が、ですか?…」
「いや、俺は背がないから、小柄な女がいいんだ」
何か意味ありげだったが、どうでも良かった。話はまだ本題に入っていないのだ。
「あいつの不始末には違いないが、あんたのほうでカタをつけてやんなよ。可愛い義弟である上に、愛人でもあるわけだろ」
確かに寛には経済力はない。だが私にしても、夫に知られずに遣えるお金がいくらでもあるわけではない。先日の車の修理くらいが精一杯なのだ。
「…いくら、ご用意すれば…」
知りたくはなかった。でも、知らずには済まない。
「 500 万」
がん、と頭を打たれたような気がした。
無理だ。いくらなんでも、私の自由になる金額ではない。いや、仮に夫に相談したとしても、夫が承知するとは到底思えない。
「早合点するなよ。それは総額じゃないんだぜ」
まさか--
「ひとり 500 万ということだ。 4 人分だから、 2000 万だよ」
「…むっ、無理です。そんな…」
「これは診断書だ。読むかね」
蛇蝮が 4 人の診断書を持っている。渡されて目を通してみた。
「これが俺ので…この馬淵ってのは髪が短いやつ。鹿屋は頭頂部が禿げてる。牛津はスキンヘッドだ」
短髪の馬淵が 50 歳。頭頂部禿げの鹿屋が 49 歳。スキンヘッドの牛津が 42 歳。そして蛇蝮が 58 歳だった。
当然、 4 枚とも同一の医師のものだ。医師がグルになっている可能性もあるが、それを確かめる方法や時間はあるだろうか。
そして、仮に医師がグルだったとしても、それを証明したり、ことによっては裁判で争ったり、ということは考えられるだろうか。
相手はやくざだ。
なお悪いことに、私は自分の--寛の、でもある--不始末を、揉み消してもらった負い目がある。
それがこんなに高くつくなんて--
「顔色が悪いぞ」
吐き気がしていた。それを指摘された途端、こみ上げてきた。失礼します、と席を立って、トイレに駆け込んだ。
泣きながら吐いた。出てくるのは胃液ばかりだった。
口をゆすぎ、涙を拭い、化粧を少し直して、蛇蝮のところに戻った。
「大丈夫かね」
かぶりを振る。全く、大丈夫ではない。気を失ってしまいたいほどだ。
「金さえ用意してもらえば、後は悪いようにはせんよ」
その金が用意できないのだ。
「さすがに 2000 万は無理か」
うーん、と蛇蝮が思案している。だが、私が楽になる方法を考えているようには見えない。
「社長夫人さまには見当もつかないことだろうが」
話が核心に触れる気配。
「頼る者のない女が莫大な借金を抱えた場合、どうやって返済すると思う」
蛇蝮の手が、私の膝に--
「しかも、債権者がその筋の連中で、逃げようにも逃げられない。逃げてもすぐに捕まる。さんざん慰み者にされて、半殺しにされて、あとは海に沈められる、とかな」
まだ脚が震えている。蛇蝮の手が膝を這っている。不快だが、拒めない。
「奥さんは 35 歳だったな。妙齢の人妻、ってやつだ」
蛇蝮を見た。
「あんたなら、大丈夫だよ」
ドキリ--
何を言われているのか、わかった気がした。それでも、
「…どっ…どういう、こと、ですか…」
問わずにいられなかった。
「わかってるだろうが。身体で稼ぐんだよ」
ずばり言われて、目の前がくらくらした。
「若いに越したことはないんだが、幸いにして肌の艶はいい。うちの連中も言っておったが、 28 歳くらいに見えるよ」
風俗店で働けというのだろうか。夫にばれないように?
なんとなく蛇蝮を含む先日の 4 人に、 4 人がかりでおもちゃにされるような気がしていたのだが--現金が無理なら身体を自由にさせろ、ということなのかと--
だが、そうではなさそうだ。確かに、それではどこからもお金が生まれず、彼らの治療費などは賄えない。
「…そんなこと、私には、とても…」
両手で顔を覆って、かぶりを振った。
「甘ったれるな」
両手を顔から引き剥がされた。
「身体を売るしかないと覚悟を決めても、売れないやつだっているだろう。買い手がつくなら運がいいと、喜ぶべきなんじゃないかね」
声を殺して泣いた。
「ただし、普通に風俗で働いたんじゃ、返済し終わるまでにバアさんになっちまう。そこで、だ」
私が言葉を失っているのと対照的に、蛇蝮は饒舌になっている。
「金っていうのは、あるところにはあるもんだ。あんたが払うはずの金を肩代わりしてくれそうな人物を何人か、探しておいた」
驚いて蛇蝮を見た。蛇蝮も私を見ている。その目に好色な光が宿っている。そして、私への憐れみや蔑みが混ざっていた。
「あんたの写真を見て、たいそうお気に入りの様子だったよ。 35 歳だということも伝えたが、結構結構、そんな熟れごろの人妻がいいのだとな。その御仁たちも 60 近いから、あんたくらいの年齢がちょうど好みなんだろう」
私の写真というのは、あの修理工場で撮られたものに違いない。
その手回しの良さは何なのだろう--と疑念のようなものが脳内に湧く。だが、複雑なことを考える余裕は失っている。
蛇蝮の手が私の膝から、膝に置いた手に移った。
「俺の言うとおりにするか?それとも、自力で金の工面ができるかどうか、一応考えてみるか?」
「…」
イエスとも、ノーとも言えない。究極の選択だった。
いくらこちらに落ち度があったとはいえ、奴隷のように売られるわけにはいかない。だからと言って、 2000 万円は私ひとりで用意できる金額ではない。相談できそうな弁護士などもいない。そして--寛に話したところで、解決策があるとも思えない。
「…もう、お金は動いてるのですか?…」
「いいや。実物を見てもいない女にポンと金を払う奴がいると思うか」
「…いいえ…」
「だから、あんたをまずセリにかける」
「…セリ?…」
「今風に言えばオークション、か。あんたの写真を見て興味を持った御仁が何人か集まる。そこで出資に値するかどうか、見てもらうんだ」
お金持ちで好色な老人たちに、品定めされるのだ--
それで少しほっとするところがあった。どんなに好色な人物でも、相手が老人であればそんなに酷い目には遭わない気がする。
「…で、では…もし、気に入られなかったら…」
「彼等に助けてもらうことは適わない。その場合は風俗に放り込む。性質の悪い客も取ることになろうな」
それは、困る。そんな事態は避けたい。
「先方も早くあんたを見たいというから、今度の週末にセットしてある」
「…今度の?…」
「土曜の午後からだ」
あと 3 日しかない。それでは、考える猶予も何もないではないか。
「…そっ、それは、あまりに急で…」
「勘違いするなよ。なんなら、今この場であんたを拉致ってもいいんだぞ」
見てみろ、と蛇蝮に顎で促されて視線を送ると、庭園の反対側の縁に先日の 3 人が立ってこちらを眺めていた。
「いいか、この話を受けるなら今度の土曜だ。 1 日だけ考える時間をやろう」
夫は明日からまた出張だと言っていた。今度は確か香港に 2 週間。
急な話だけれど、丁度いい--そんな言葉がつい脳内に浮かぶ。
「…あの…ひとつだけ…」
「何だ」
「…その、お受けするとして…土曜からいつまででしょうか…」
「なぜだ」
「…友達と出かける、とか…夫には言うことになると思うんです。帰りがいつかはわかっていたほうが…」
「わからんな。セリの結果しだいだからな」
たとえば、お金を出してくれる人と一晩過ごす、というだけではないのだろうか。
「…結果しだい、というのは?…」
「今の段階では人数が読めないということだ」
人数?--
セリに参加する人数、ではなくて--
もしかしたら--
急に心臓が鳴り始めた。
「…あっ…あの、人数って…」
「あんたとお楽しみになる人数だ」
それは--
私ひとりに、男性が複数ということ?--
「セリの参加者が申し出る額によっては、相手が複数になるんだよ。何人かの提供の合計、トータルで 2000 万円分だということだぞ」
言葉が出なかった。
「どうかしたか」
「…お一人なんだと…思ってました…」
「ふははは!そんなはずがあるか」
涙が滲んできた。
「 2000 万だぞ。一夜限定で女一人買うのに、そんなに出す奴がいると思うか?」
「…そ、それではいったい…何人…」
「だからわからんと言ってるだろう。たとえば 1000 万が 2 人ということもあるだろう」
そうなのだ。単純な割り算。
「 500 万ずつなら 4 人だな。まあ、俺の見通しではそんなところに落ち着くと思う」
「…そっ、そんなっ…」
「 3P とかやったことはないのか?…まあ、普通の奥さまでは無理もないか」
「…かっ…」
言いかけて、その言葉を口にする恥ずかしさにどもった。
「んん?」
「…代わる代わるに、でしょうか…」
交代で 4 人だとしたら、長時間のセックスに堪えればいいのだが--
蛇蝮の顔が好色そうにゆがんだ。
「それは、代わる代わるに犯られるのがいい、ということか?それとも、一度に来られたほうがいいと?」
「…いっ、一度になんてっ…」
「それはセリ落とした御仁たちの決めることだ。だがな…どうせ独り占めでないなら」
蛇蝮の手が私の膝を擦っている--
「仮に俺が 4 人のうちのひとりだったら、 4 人で一斉に可愛がってやりましょうや、と提案するな」
「…ひっ…」
蛇蝮の目がぎらりと輝く--
「精力の衰えを自覚していれば、女盛りの人妻を前にして、自分ひとりでは役不足のように思うだろう。 4 人がかりならその心配はない」
4 人がかり-- 4 人で一度に来られたりしたら、おかしくなってしまう。
「…そんなの…私には無理ですっ…」
がたがたと震える肩をすぼめる。蛇蝮の手を押しのけるように、膝を手で隠した。
同時に--なんということだろう--秘部が潤い、子宮が疼く気がした。
私は、蛇蝮にいやらしいことを言われて感じている?
そんな、馬鹿な--
「それからな、いろんな趣味の持ち主がいる。犯られるだけではないと思うぞ。大金をはたくからには、徹底的に楽しもうとするだろう。何をされるかわからん。まあ、取って喰われるわけではないが」
追い討ちをかけるような言葉。
「縄で縛られるくらいは覚悟しておけよ。それにな、自分のものが勃起しないやつは道具を使ってくるだろう。 SM 趣味のやつもいるだろうな」
「…そんな…そんなの、無理っ…」
そう口では言いながら、秘部はどんどん潤ってくる。
蛇蝮に気づかれるわけにはいかない。こんな恥ずかしいことを--
「無理でもなんでもやるしかないんだよ。まあ、一晩では済むまいな。一睡もさせてもらえずに嬲り抜かれることになるだろう」
呼吸が荒くなりそうだった。
「…もしも…そんなことになったら…死んでしまいますっ…」
「そのくらいで死ぬわけがあるか」
「…でも…」
「仮に死ぬような目に遭わされたとしても、週末いっぱい 4 人に可愛がられれば先方は喜び、それで 2000 万になるんだぞ。わずかな時間で効率よく稼ぐというのはそういうことだ。あんただからできることだよ。女冥利じゃないか」
慰めにも励ましにもならない--
「腹が決まったら、心の準備と身体の準備をしておけよ。誰かには気にってもらえるように、せいぜい女を磨いておくんだな」
気に入られても、簡単には済まないのだ、きっと--
「週末はまた寒くなるらしいから、体調に気をつけていろよ。おお、それから」
蛇蝮は大事なことを思い出した、という風に、
「生理が来そうだったりするか?」
頷けば、時期は後ろへずれるのだろう。だが、寛と不倫をする前に生理は終わったところだった。
ここで嘘をついても、先延ばしされるだけ。
「…今のところは、ありません…」
蛇蝮が立ち上がって、そのまま振り向きもせずに去っていった。
午後の陽射しが眩しい。その中に包まれて、私はなお、身体の奥の疼きに戸惑っていた。
庭園のどこか遠くから、子供のはしゃぐ声が聞こえていた。
3 面倒な議論
一夜明けて、また新しい日が始まる。今日は蛇蝮に返事をしなくてはならなかった。
今朝目覚めてからずっと、私の脳はモヤモヤとまとまらない考えに囚われていた。
昨日、高鳥屋の屋上で蛇蝮と会ったときには、ショックの大きさに思考が停止していたのだが--
帰宅して夕食を作り、夫の帰りを待たずにひとりで食事し、入浴して、ひとりでベッドに入るころには、疑念の芽は大きく膨らんでいた。
私は騙されているのではないか--
4 人が 4 人ともムチ打ちになっていることといい、オークションの参加者に私の写真を見せる手回しの良さといい--
あの修理工場で写真を撮られたとき、彼らはすでに私を売り飛ばすことを考えていたのではないか。
ムチ打ちはもちろん、でっち上げで--
でも、それを確かめる方法を考え付かない。
そして、騙されているとしても、解決法が見当たらない。
蛇蝮たちは借金があるのかも知れない。ギャンブルか、サラ金か、それは知るよしもない。あるいは、何かまとまったお金が必要であるとか。
それで、たまたま捕まえた私を売り飛ばそうと?
それなら、納得がいく。
私は、蛇蝮たちの、そして見ず知らずの男たちの、餌食にされるのだ。
弱みを握られたばかりに--生贄にされるのだ。
35 歳になり、女盛りとか熟女と言えば聞こえはいいけれど、女としての旬を過ぎたことは間違いない。
そんな私だが--私の写真を見た人には、すでに欲望の対象とされている。
私の身体を自由にするためになら大金を出すという人がいる。
自分に言い聞かせる--
警察に頼ることはできない。警察沙汰にして、夫に知られるわけにはいかない。
今回のことは私の不始末。会社を守るために必死な夫を巻き込んではいけない。
誘われるままに不倫に走った罰、と諦めて、私ひとりで償って来るべきなのだ。
騙されているのだとしても、従うしかないのだ--
(…面倒な議論よね…)
そう--
蛇蝮の提案を受け入れるため、面倒な議論をして私自身を説得する私。
その私を冷たい目で見ている、もうひとりの私がいた。
(…言い訳でしょ…)
言い訳?
そう。私は--
苦しい言い訳をしている、という自覚がある。
(…本音のところを認めたらどう?…)
私は--
こんな事態となったことを、むしろ喜んではいないか。
「仮に俺が 4 人のうちのひとりだったなら、 4 人で一斉に可愛がってやりましょうや、と提案するな」
きのう蛇蝮にそう言われて、怯えつつも官能を高めていた。
「縄で縛られるくらいは覚悟しておけよ。それにな、自分のものが勃起しないやつは道具を使ってくるだろう。 SM 趣味のやつもいるだろうな」
こうも言われて、秘部を濡らしていたのだ。
(…願ってもないチャンスじゃない?…)
私は--
思えば、少女時代からこんな目に遭うのを望んでいた気がする。
(…複数の男に犯されてみたかったんでしょう?…)
私は--
2 人か、 3 人か、 4 人か--相手の数はともかく、複数の男性に嬲り者にされてみたい。身動きできないように縛られて、恥ずかしい悲鳴とともに絶頂に追い遣られたい。そして泣き叫びながら、めちゃめちゃに犯されてみたいのだ。
(…せっかく可愛らしく生まれてきたのだし…女と生まれたからには、一度くらいそんな仕打ちを受けてみたいわよね?…)
私は--
昔から、何度も何度も同じ夢を見るのだ。
夜の公園を歩く私。コツンコツンと響くヒールの音。春先だろうか、私は白いブラウスに白いカーディガン、白いスカート、ナチュラルのストッキング、そして赤いパンプス、と夜目にも目立つ服装だ。広場は鬱蒼とした森に囲まれ、あちこちのベンチには失業して時間を持て余す人やホームレスがいる。みな私を目で追い、そして目で犯す--
空いているベンチに私が腰を下ろすと、男たちが近寄り、私を取り囲む。
ひとりが縄を取り出す。別の数名が私を取り押さえ、両手を後ろにねじ上げる。
「…助けてっ…乱暴にしないでっ…」
そんな風に懇願しながら、私は抵抗らしい抵抗もせずに縛り上げられ、森の中へ引きずり込まれる。
飢えた肉食獣のように男たちが私に群らがり--
私は夢の中で絶頂に達して、そして目覚めるのだ。
夢見ていたことが、実現する。
女としての魅力がなくなれば、こんな目に遭う可能性はなくなる。
“鮮度”を考えれば、これを逃せばもうない。最後のチャンスだ。
しかも、私のほうから恥ずかしい願望を訴えなくても“災厄”は向こうからやって来るのだ。
不可抗力だ、こうせざるを得なかった、と自分に言い訳ができる。
好都合だ。僥倖といってもいいくらい。
こんなことを考えている私は、きっと淫らな女なのだろう。
(…でも、それを奴らに悟られてはだめね…)
そう--
よもや蛇蝮は、私が進んで身を投げ出すとは思っていないだろう。
でも、油断してはいけない。
私の淫らな本心を微塵も感じ取らせてはいけない。蛇蝮にも、オークションの参加者にも。
彼らをがっかりさせないように--
彼らの嗜虐心をそそるような女を演じなくては--
怖いけれど、不本意だけれど、苦渋の選択をした、ということにしていなくては--
彼らの期待どおりの私を提供すれば、私自身の快楽にもつながるのだから--
蛇蝮からの連絡を待たずに、身支度を始めることにした。
オークションの参加者に、気に入ってもらえるように。
すでに写真では“顔見世”は済んでいるようだが、“実物”を見て、ぜひ犯してみたいと思われるように。そして、できるだけ高額をはずんでくれるように。
まず美容院とエステを予約した。どちらも金曜の午後だ。
次に歯科医院に行って、歯石を取ってもらった。
新品の下着はある。
衣装は、清楚でいて、しかもお洒落で視線を集めやすいものとして、お気に入りのスーツ 4 点を候補にした。とりあえずクリーニングに出して、どれを着て行くかは当日までに決めることにしよう。
おもちゃにされるために、身支度を整える私--
思えば、これもまた浅ましい。
だが、それでもいいのだ。
何をされるかわからないリスクを背負うからには、楽しませてもらわなくては--
「結論は出たか」
その日の夜になって、蛇蝮から電話が来た。
「…仰る通りにします…」
おずおずと答える。悩み抜いた末の決断だと思われるように。
「風邪なんか引いてないだろうな」
そう、私は“商品”だ。体調が悪くてはいけないのだ。
「…大丈夫です…」
「明日の午後 2 時に、 Q 市の某所まで来てもらう。住所はあとでメールで送る。 JR の Q 駅からタクシーに乗ればいい」
「…はい…」
「あんたの名前だが、旧姓の白幡を伝えてある。旦那の苗字じゃないほうがよかろう」
夫の知人がいないとも限らないから、それは有難かった。
「…ご配慮、ありがとうございます…」
もう、何を言っても遅いのだろうが--
「…でも、本名でなくてはいけなかったのですか?…」
「適当な“源氏名”をつけても、あんたのほうでピンと来ないはずだ。それを先方が感づくと、白ける。セリにも影響がある」
そんなものなのか--
「…わかりました…それから、あの…」
「何だ」
「…ひとつ心配が…」
「何だ?客によっては縛られるとか、 SM とかのことか?」
「…い、いえ…それもそうなのですけど…」
それはあまり心配していない。口にはできないが、むしろ望むところだ。
「…避妊は、していただけるのでしょうか…」
このことだった。願望が現実になるとはいっても、妊娠させられては困るのだ。
「さあな。客に自分で頼むしかないだろうな」
「…でも…」
「不倫をしてるくせに、ピルを飲んだりしていないのか」
「…はい…彼はあの…コンドームを使ってくれたので…」
「じいさんたちはコンドームを使いたがらないな。せっかく勃起しても、コンドームを着けようとしているうちに萎えちまうんだよ。勃起したらすぐさま挿れたがるはずだ。だから期待するな」
「…はい…」
となると、私のほうで避妊の策を講じていくほかなさそうだ。
「早織さんよ」
初めて名前で呼ばれた。
「…はい?…」
「そこまで気が回るということは、冷静になって、覚悟ができたということかね」
「…いっ、いえ…覚悟なんて…」
覚悟はできている。だが、それを知られてはならない--
「まあ、いい。せいぜいめかしこんで来いよ。写真で気に入られてるとはいえ、実物の印象が悪くては売れるものも売れなくなるからな」
「…はい…あっ、それから…」
もうひとつ、大事なことがあった。
「…何人に…なるんでしょうか…」
「声を掛けたのは両手くらいだ。返事が来てるのは 4 、 5 人だ。まあ、その全員が金を出してくれるだろうよ」
「…と、いうことは…あの…」
「何だ」
「…私がお相手するのは…」
「だから 4 、5 人だよ。心配するな。みんなじいさんだし、そうそう手荒なことはしない」
そう蛇蝮が言うと、電話は切れた。
ほどなくしてメールが来た。蛇蝮からだった。
12/** 20:25
[from] 蛇蝮
[Sub] 明日の場所・時間
-----------------------------------------
Q 市馬追町 101 番地へ
午後 2 時に
なんとも素気ないものだった。
(… Q 市馬追町って…)
隣町だが、その住所に心当たりはない。道路地図を開いて、馬追町を見つけた。
何にもないところだ。たぶん、見渡す限りの森や農地が広がっているだろう。
こんな所に人が集まる場所が?--
ラブホテルのような所を想像していたので少し戸惑ったが、誰かの家なのだろうか。
そうして、何をするでもなく地図を眺めていると--
またメールが来た。今度も蛇蝮からだ。
だが、今度は少し様子が違った。
12/** 20:50
[from] 蛇蝮
[Sub] S. S.「オークション」の件
表題を見て、なんとなく読むのをためらうものがあった。
「オークション」というのだから明日の件なのだろう。
だとすれば、その前の< S. S. >とは私<白幡早織>のことに違いない。
私に関することを私に連絡するのに、私の名を伏せる必要はないはずだ。
すると、これは--
関係者の間での符牒のようなもの。
明日の参加者への、蛇蝮からの連絡に違いない。
でも、それがどうして私のところへ?--
(…見なくては…)
何か、私には知らされていないことが書かれている気がする。
12/** 20:50
[from] 蛇蝮
[Sub] S. S.「オークション」の件
-----------------------------------------------
世話役より皆様へ一括送信させていただきます。
S. S. こと白幡早織に確認を取りましたところ、
「覚悟ができた」とのことです。体調も良好で、
明日は計画通りの運びとなりそうです。
どうぞよろしくお願いいたします。
また、ご存分にお楽しみくださいますように。
まだ続きがあるが、スクロールする手を止めた。
(…これって…)
思った通り、蛇蝮から関係者への連絡。
一括送信のリストに、何かの間違いで私のアドレスも混ざったのに違いない。
早織にはほんの 4 、 5 人と言ってありまして、
だから「覚悟ができた」のだと思いますし、
挙句に「避妊はしてくれるのか」とまで言って
来ました(笑)まるでプレイ気分です。
厭な予感--
ほんの 4 、 5 人と言ってある、だから、とは?--
皆様にはお断りしておかねばならないのですが、
当初の予想をはるかに上回る 17 人の方が
携帯を持つ手がわなわなと震えた。
17 人?--
(…いいえ…そんな、まさか…)
それはオークションの場にいる人数、ということでは--
実物を見ずして、すでにご出資を名乗り出て
くださっています。つまり 17 人がかり。
早織、大人気です(笑)
これでお一人当たりのご出資額は数倍楽になり、
早織だけが思い込みの数倍ハードだという(笑)
皆様、どうぞお手柔らかにお願いいたします。
皆様のご要望は、蛇蝮が喜んで承りますので、
早織とどんな風にお楽しみになりたいか、
早織をどんな風に虐めてやりたいか、
何なりとお申し付けください。
明日は Q 市馬追町の蛭田様宅に午後 1 時集合です。
読み終えると同時に、その場へ座り込んだ。
4 欲望の巣へ
結局、一睡もできなかった。
昨夜だけではない。この 3 日間というもの、不安と期待、それに淫欲の高まりのせいで、夜はベッドに入ってもなかなか寝付けなかったのだ。それでも日中、眠気に襲われればそれを幸いに睡眠を確保してはいいたのだが、身体や気持ちの消耗を補うには至らなかった。身体が重く、熱っぽい感じもある。そのくせ身体の奥はずっとむらむらと落ち着かない、そんな時間を過ごしていた。
そして昨夜--今夜こそ眠っておかなくては、と強く思うほど目は冴え、身体は火照り、眠りに落ちる気配は遠ざかった。諦めて暗いうちから起き出し、コーヒーを飲みながら夜明け前の東の空を眺めたりしていた。よく晴れていて、明けの明星が綺麗に輝いていた。それだけに放射冷却で冷え込んでいる。
ショックだった。
17 人だなんて、とんでもない人数--たとえ皆、高齢だったとしても--
きっと、ノーマルなセックスの相手だけではないのだ。
それは聞かされていたし、想像もしていたけれど、人数が多すぎる。
お話が違います--そう蛇蝮に言おうと、何度も携帯を手にした。
けれど、結局できなかった。
もともと、逃げられはしないのだ。ならば--
私が<知ってしまった>ことを、蛇蝮や参加者たちに知られたくはない。
私がそれを承知で赴いたとなると「相手が 17 人でも平気」みたいではないか。
それでは、彼らはきっと興醒めなのに違いない。
だから、このことは知らなかったふりを--騙されているふりをする。
それは「オークション」の成功のために、必要なことなのだ--
せいぜい 4 、 5 人を相手にするつもりで--蛇蝮に言わせれば「プレイ」気分で--そこへ赴いた私は、<信じられない数>の男に取り囲まれて、取り乱す。助けを求めてその場を逃げ出そうとする。
もちろん、逃げられはしない。扉に鍵がかけられているか、蛇蝮の配下の 3 人--馬淵・鹿屋・牛津--にたちまち捕えられるだろう。
彼らは、そんな展開を期待している。
それならば、それに従うまで。それも含めて私の「オークション」なのだ。
(…うまく誤魔化したわね…)
もうひとりの私が、また囁く。
(…願ったり叶ったりなんでしょう…)
そう--私は--
(… 4 、 5 人じゃ物足りないと思ってたのよね…)
そう-- 4 、 5 人では輪姦というには“普通”であり過ぎる。
もっと、尋常ではない人数が良かったのだ。夢に出てくる男たちがそうであるように。
夢の中だけのことだった願望が、現実になろうとしている--
お風呂に入り、浴槽に身体を伸ばしてほんの少し、うとうとした。それから目覚めると眠気は完全に消えていた。だが、明らかに睡眠不足だ。
生涯にもう二度とないはずの過酷な経験をする日だというのに、体調が心配だった。こんなことで大丈夫なのだろうか--
いや--
自問自答ですぐに答えが出た。むしろ、望ましいのだ。
こんな日に限って体調がすぐれないのは、“おあつらえ向き”なのだ。
どういうわけなのか、私の身体はこんな時のほうが官能が高まる。忙しくて疲労困憊していたり、風邪気味で微熱があったり、お酒にすっかり酔っているときだ。無性に淫欲が燃え盛って、したくてたまらなくなる。というよりは、めちゃめちゃに犯されたくなるのだ。
男性も疲れているときのほうが性欲が旺盛になると聞いたことがある。一説には、肉体に黄信号や赤信号が点ると、肉体が滅びる前に子孫を残そうとする本能が活発になるということらしい。私の場合もそんな仕組みなのだろうか--
その真偽はともかく、私の身体には早くもスイッチが入っている。
もともと敏感な肌だが、感度が増しているようにも思う。感じやすくなっているから消耗は早い。だというのに、相手は尋常ではない人数。だから、たちまち体力の限界を迎えるはずだ。
私が性感に悶え、喘ぐ様子は、男たちの欲望を煽り立てる。私に対する仕打ちはいっそう酷くなるだろう。それは私の欲望を満たすことにもなる--
私は手足を縛られてベッドに磔にされている。 17 人の男が私を取り巻き、めいめいが手にした道具で私を責め立てている。犯してしまう前に私の全身の性感帯を責めて絶頂させるつもりなのだ。
彼らの予想を上回る反応で私はやすやすと、何度も何度も昇り詰めてしまう。そして訴える。もう、堪忍してください--と。
でも、彼等は簡単には私を許しはしない。
「なんだ、もうダウンなのか?」
「ひとり 100 万出してるんだぞ。こんなことで満足できるか」
「相応のことはさせてもらうからな」
--などと言うだろう。
そして、ぐったりしている私に対してさらに刺激の強い責めを加える。
「…ああ…」
そんなことを想像しているものだから、ずっと下腹がむらむらしている。
週に 2 、 3 度はベッドで自慰をする習慣だが、あの事故の日から何となく遠ざけていた。そして、蛇蝮の提案を受けたころからたびたび妄想に苛まれ、そのたびに自慰の欲求はふくらんだ。だが、我慢してきた。
今日行けば、激しいセックスが待ち受けている。そのために、体力--というのか、欲求というのか--を、温存しておかなくてはと思ったのだ。
そして--私としては珍しく 2 週間も自慰をしていない状態というのが、生贄になる身としては最高だと思うのだ。淫欲が“たまっている”私の身体は、男たちの手管にかかって、彼らを必ずや喜ばせる反応を示す。
ここまで我慢して溜め込んだ淫欲だ。男たちの手で強制的に解放されるとき、これまでに味わったことのない快感があるはず。
だから、もちろん今も、我慢しなくては--
自慰のことを考えないようにして、身支度を始める。
スーツは濃いワインレッドの上下を選んだ。 1 年前、夫に伴って P 市商工会議所の忘年会に出たときに着たものだ。フォーマルなものとは異なり、身体の線を柔らかく見せてくれるジャケットとミニのタイトスカートが可愛いので気に入っているのだが、特別な機会のためにと思い、あまり着ていないのだ。
今日がその、特別な日ということだ--
全裸を姿見に映す。昨日エステにいったばかりだ。お風呂でもチェックしたが、むだ毛は一切ない。陰毛もショーツからはみ出さないように丁寧に整えてある。
ショーツを穿く前に、最大の問題であるはずの避妊--
いろいろ考えた末、「女性用コンドーム」を使うことにした。
寛と不倫をする前、避妊を考えて産婦人科医のところで用意してあったものだ。最近は入手しづらくなっているようなので、そのとき準備していたのが皮肉にも役に立つ。寛との時は彼がコンドームを着けてくれたので、私は何もせずに済んだのだったが、今日はそうはいかない。また、セックスが始まるとなれば、それを着けている猶予などはないだろう。だから今、身支度の段階で装着してしまう。
床に膝をついて脚をひろげ、右手に持つ--
女性用コンドームは片手ほどの大きさがあって、輪ゴムくらいの大きさの輪を折り曲げながら膣の奥に挿入する。手を放すと子宮口付近で輪が広がる。
ウレタン製で、触った感触は男性用コンドームに比べて分厚くて硬い。それに小陰唇が覆われてしまうので自分で見ても不格好だ。贅沢は言っていられないのだが、男性がこれを見たら興醒めだろう。こんなもの、と言って毟り取られるのが「落ち」だ。
だから小陰唇を覆う部分は切り取ってしまうことにした。これなら何もつけていないように見える。膣内でよれてぐちゃぐちゃになってしまいそうだが、子宮口さえふさがっていれば用は足りるのだ。
少し歩いてみると、当然ながら違和感はある。だが堪えられないほどではない。むしろ、子宮口にそれがあることによって膣奥の官能を刺激される気がする。
(…これさえ着けておけば、いくら中に出されても大丈夫…な、はず…)
そして--
さんざん迷ったあげく、ストッキングの色はチャコールグレーにした。
触られて伝染したり、あるいは引き裂かれて無残な様子になっていった場合、脚の肌色とのコントラストでよりエロティックに見えるのは黒を筆頭とする暗色系だろう。だから男性も黒に惹かれるのだと思うし、今日の私はそれを期待されている気がする。静脈まで透けて見えるベージュも悪くないのだが、厳冬期ということもあって、ベージュではがっかりする人もいるように思うのだ。だから黒で良かったのだが、スーツのワインレッドとの組み合わせを考えればチャコールグレーが私としてはベストだった。遠目には黒なのに、明るいところでよく見ればもっと微妙な味わいの色。透けて見える肌色と混ざり合うと、黒よりもエロティックだ。
そのストッキングはガーターベルト式。犯されている間も脚を綺麗に見せていたいし、ストッキングの薄い生地を隔てて脚を愛撫されるのが私は好きなのだ。パンティストッキングであれば引き裂かれるし、それも望むところなのだが、きっと脱がされてしまう。その点、ガーター式であればショーツを抜き取られるだけでいい。
ショーツとブラジャーもストッキングに合わせて黒系にする。贅沢にフリルをあしらった、上下揃いのものだ。
続けて化粧。写真を撮られた日と同じ、暖色系にまとめる。ファウンデーションのほかはアイシャドウだけの、薄いメイク。耳には小さめのイヤリングを着ける。
今日は眼鏡はやめてコンタクトにする。眼鏡では若干固い女に見えるらしいから。
純白のブラウスを着、胸元にリボンを結ぶ。スカートを穿き、ジャケットを羽織る。
そして姿見に映す--
「…よしっ…」
35 歳という年齢に相応しい色気が出せているだろう。注目を引きそうなワインレッドのスーツは寒い日に似つかわしく、どす黒い欲望の生贄になる身にもぴったりだ。
バッグに替えの下着やストッキング、ブラウスとパンプスを入れる。パンプスは、ストッキングに合わせてスエードの黒、高さ 8 cm のピンヒールだ。このヒール高は私が持っている靴の中では一番。ふくらはぎに緊張感を与え、足首や下肢全体をひきしめてくれる。
JR の Q 駅のトイレでブーツをパンプスに履き替え、駅前のロータリーでタクシーに乗った。
蛇蝮から指示のあった住所を運転手に告げると、車はやがて森の中に入っていく。映画で見た北欧の田舎のような美しいところ。こんなところに人の家があるのかと思うほどだった。
着いたのはレンガ造りの古い洋館で、門を入ってから玄関まで数十メートルもある。
いかにも、という感じだが、いったいどんな人が住んでいるのか--
タクシーを降りて、インターホンを見つける。
いよいよだ。
この建物の中に入れば、オークションにかけられ、陵辱される。どんなに泣き叫んでも助けは来ない。彼らが解放する気になるまで私は性の奴隷だ。
(…怖い…)
覚悟は決めて来たつもりだったし、人知れず温めてきた願望が満たされるのは確実なのだ。でも、やはり怖い。
何が待っているか、ほとんど知らされてはいないのだ。
引き返すなら、もう今しかない。だが、引き返すわけにはいかない。
ボタンを押す動作に移れず躊躇していると--
不意に扉が開いた。
「ご苦労」
蛇蝮だった。 3 日前に会った時と同様、首にはギプスを巻いている。
急激に緊張が高まった。胸がぎゅう、と締め付けられるようだ。
入れば、そこにはもう人が集まっているのかも知れない。
「どうした。まだ何も始まらんから心配するな」
導かれて、そっと中に進んだ。
広い吹き抜け--洋館の外見どおり、靴でそのまま入るようになっている。
他に人の姿はなかった。階段を 3 階まで昇る。応接間風の一室に通され、ソファにコートとバッグを置くと、
「これを仕込んで来い。トイレはそこの奥にある」
蛇蝮に手渡されたのは、プラスチック製の見慣れない器具。
非対称の U 字型で、一方はペニスの先端を模したように膨らみ、他方は平たく無数の突起が並んでいる。
「…これは…」
「オルガスタという、まあオモチャだ。初めて見るか?」
もちろん--
だが、使い方はすぐに見当が付いた。
「こっちの長い方を中に入れるんだ。するとこっちのイボイボはいい具合にクリの周辺に当たる。ワイヤレスで操作するようになってる」
これを装着してスイッチを入れられたら、普通にしてはいられない--
「どうした。なんならここで俺が付けてやってもいいぞ」
「…いっ、いえ…トイレに行きます…」
豪華なトイレだった。ジャケットを脱ぎ、スカートとショーツを下ろして便座に座った。
(…濡れている…)
朝、身支度をした頃からむらむらしていたのだ。 Q 駅に着いた時にはもう潤っていた気がする。そしてここへ到着するや、この忌まわしげな性具を突きつけられて、私の官能は早くも燃え始めてしまったようだ。
「…う…」
オルガスタの“亀頭”部はすんなり納まった。その下のくびれが膣口に上手くはまって、多少のことでは抜けない。そして U 字型の他方の突起部は、ものの見事にクリトリスの周囲をすっぽりと覆った。
「…ああ…」
スイッチが入らなくとも刺激は十分過ぎるほどだ。
ショーツを新しいものに替えて、スカートを履く。一歩前へ出ると--
「…いっ…」
もともと、女性用コンドームが子宮口に充ててあるのだ。それにオルガスタが追加されて、膣の内外の違和感はいや増した。
歩くたびにオルガスタが動いて、膣の内壁とクリトリス周辺の性感を掻き立ててくる。
(…いけない…歩くだけで、こんな…)
応接間に戻るまで、十数メートル。やっとのことで数歩進んだ。
その時。
(…え?…)
廊下の窓から何気なく見下ろした森。それはこの邸宅の広大な庭と繋がっていて、敷地
の一部であるのに違いなかった。
その木立が途切れた空間に、数十台の自動車が並んでいる。さっきトイレに向かう時には逆方向で視界に入らなかったのだが--
窓に身を寄せてそこを見渡した。
まるで、郊外型スーパーマーケットの駐車場のような風景。黒塗りの高級車があり、スポー
ツ車あり、ワゴン車あり--
「…まさか…」
この邸宅への来訪者のものだとすれば--いや、そうに違いない。
今日、ここでは私のオークションが行われる。広い屋敷は静かで、他に大きな会合のよ
うなものがあるとは思えない。そもそも、別の催しがある所で、負債を抱えた女のセリなどするはずがない。
私を品定めするために集まったお客だとしたら、数が多すぎないか。
17 人のはずだった。だが、それどころではなさそうだ。
ここにある車の持ち主がすべて、私の写真を見て駆けつけた--のだとしたら
?
オークションであるからには、ある程度の人数が集まったほうが盛り上がるのだろう。
だから“動員”された人もいるだろう。だが、 1 台 1 台の車はそれぞれに“意思”を感
じさせる。“出資”する額が現実的であれば名乗りを上げようという意思を。
出資する人が多ければ、 1 人あたりの出資額は小さくなる。その仕組みを知らずに来て
いる人はいないだろう。そして、出資者が大勢になるほど、私にとっては過酷になる。
確定のはずだった 17 人だけでも、多すぎるくらいなのに--
写真の女に興味を持ち、こんな郊外にわざわざ足を運び、しかも女の実物が「悪くない
」レベルで、それほど大きな出費にもならないとしたら--
自分も遊んで行こう、と考えるのが自然ではないか。
(…いったい、何人がかりになるの…)
顔から血の気が引いている。オルガスタの刺激もどこかへ行ってしまった。
呼吸が乱れている--
「どうした。何をしてる」
背後から蛇蝮に声を掛けられて、怯えあがった。
振り返ると、蛇蝮だけでなくあの 3 人も立っていた。蛇蝮と同様、首には一応ギプスを
してはいる。
にやにやといやらしい笑みを浮かべ、十数メートル先から私のほうへ近づいてくる。
「ご無沙汰でしたねぇ」
「今日は眼鏡じゃないんですね。素顔はまた一段とお綺麗で…くくく」
(…ここに居てはいけない…)
駆け出そうとしたそのとき、
ブブブブブブブブブブブ…
不意にオルガスタが蠢動した。
「…あ、うっ!…」
強烈な刺激に、たまらず座り込んだ。下腹を両手で押さえるが、効き目はない。
「感度良好のようだな。リモコンも、あんたもな」
蠢動は止んだ。でも、立ち上がれない。
(…だめだわ…)
これでは、走ったりはできない。走れたとしても、階段を 1 階まで下りて、さらに門ま
で走り、車を拾わなくてはならない。携帯電話は手許にあるが、電話をしてすぐにタクシ
ーが来るとは思えない。そもそもここで走り出せば、たちまち捕えられるだろう。
「ははあ、ここから駐車場が見えるのか」
見上げると、牛津が窓の外を眺めていた。
「くくく…大人気だねぇ、奥さま」
「よくもまあ、集まったもんだぜ」
「写真と簡単なプロフを流しただけなんだがな」
馬淵と鹿屋もそこにいる。両側から抱えられ、立たされた。
「いーい匂いがすらぁ」
馬淵に鼻を近づけられて、
「…やっ、やめて…」
顔を背けると、鹿屋と目が合った。
「こないだよりも数段めかし込んできたな、奥さま」
その視線を避けて俯くと、牛津が屈んで見上げていた。
「綺麗なオミ脚ですね、奥さま。ミニが似合うじゃないすか」
「その微妙な色合いのストッキングも、ハイヒールも、無性にエロイねぇ」
「…やっ…」
手で触れられそうになって、脚を引いた。
「美容院に行き、エステに行き、取って置きのスーツに身を包んで、ってとこですかい」
「犯られに来たってのに、なんか気合が入りまくってませんか」
「そりゃ、ダンナの弟と不倫するのとは訳が違うもんな。高く買ってもらわなけりゃならんからよ。なあ」
「…やめてっ…」
「このくらいで恥ずかしがっててどうする。皆さんに見てもらうために女を磨いてきたんだろう」
蛇蝮が近づいてきた。その手に縄があった。荷造り用の、木綿製のものだ。
「両手を後ろに組ませろ」
(…縛られる!…)
牛津と鹿屋に左右から押さえつけられていて、抵抗できない。
手首が縄に絡め取られる--
「…ああ…どうして…」
縛られなくても、逃げたりはできない。私を品定めするためなら、普通に立たせておけば良さそうなものなのに--
「お客たちの趣味だからだよ」
「俺らの趣味でもあるけどな」
蛇蝮を除く 3 人の下卑た笑い声。
そこへ--
「結構けっこう。後ろ手に縛られて美貌が引き立っておるわ」
別の人物が現れたのだった。
「歓迎しますぞ、早織さん」
「この家の主の蛭田さんだ」
蛇蝮が言う。蛭田は蛇蝮よりも年輩のようだ。蛇蝮とは対照的に巨体で、和服姿が堂に入っていた。どこかで会ったことがあるような気がしたが、思い当たらない。
「よろしいので」
「ああ。一同お待ちかねだよ」
蛇蝮と蛭田のそんなやりとりがあって、
「連れて行け」
蛇蝮の合図で、私は引き立てられていく。馬淵に縄尻を取られ、鹿屋と牛津に両脇を固められ、後方は蛇蝮と蛭田に塞がれて--
オルガスタのせいで歩みの遅い私。それに合わせて 5 人の男もゆっくりと歩く。
廊下の一番奥がオークション会場のようだっだ。
5 オークション
ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク、ドク…
心臓が喉から飛び出しそうだった。
会場の扉が近づいてくる。
純白のブラウスに、ワインレッドのスーツ。膝上 10 cm のミニスカートからは、チャコールグレーのストッキングに包んだ脚。そして黒のスエードパンプス--年齢相応の“そそる”装い。男たちの欲望の生贄になるための演出が、今は無性に恨めしい。
怖かった。長年の願望が実現するなどと考えた自分の甘さを呪った。
今頃になって、警察に行かなかったことを後悔していた。
「早織さん」
蛭田に呼ばれて、振り返った。
「集まっているのは概ね紳士だ。いきなり襲いかかられたりはしないから、安心するがいい」
蛭田が私を見下ろし、蛇蝮は見上げてくる。その向こう--廊下の窓から、数十台の車が目に入る。
「気になるのかね」
私の視線が駐車場を向いているのがわかったらしい。
「何人集まったかはともかく、車の台数くらいは教えてやろうか」
馬淵ら 3 人も私を見る。くくく…という笑い声に、不安が高まる。
「ざっと 70 台だ」
頭から血の気が引いていく--
「ただし、車 1 台に 1 人とは限らんから」
さっきから吐き気がしていた。それが俄かに高まり、
「…げ、えっ…」
その場に身を屈めて吐いた。出たのは胃液ばかりだ。
「可哀想にのお」
蛭田が私の背を擦り、ハンカチで口を拭いてくれる。牛津らが掃除に動く。
運ばれてきた水でうがいをさせてもらう。両腕は縛られたまま--
ギイイ…と背後で音がした。扉が少し開いていた。
廊下は薄暗いが、部屋の中は明かりが煌々としているようだ。ざわめきが聞こえる。
「立て」
蛇蝮に促され、膝立ちの姿勢から立ち上がる。
突き動かされるように、扉の中へ進んだ。そこには--
舞踏会でも開けそうな広間に、大勢の男たちがひしめき、私を凝視していた。
「…っ!…」
咄嗟には、声は出なかった。だが--
カメラや携帯が一斉にこちらへ向けられ、シャッター音が盛大に鳴り出すと、
「きゃああああああああ」
それがせめてもの救いであるように、悲鳴を絞り出した。
後ずさりしようとした。でも、馬淵ら 3 人の身体の中でもがくのが精一杯だった。
「ほーら。よく見てもらわなきゃ、駄目だろうが」
押し出されるのを足でこらえようとしたが、 3 人の力の前では虚しい抵抗だ。そのまま前へ歩かされると、客たちの群れを割って、高さ 70 ~ 80 cm 、直径は 1 m ほどの円柱形の台が現れた。牛津に担ぎ上げられ、先に上った馬淵と鹿屋に受け止められて、そこへ立たされた。
台の中央には直径が 10 cm ほど、高さは私の身長くらいの丸い柱が立てられている。私の両腕を戒めている縄をそこへ結わえ付けると馬淵らは台から降り、私だけが客たちの視線の只中に残されてしまった。
夥しい数の男に囲まれ、身体が強張っている。脚がわなわなと震え、パンプスのヒールが硬質な台の面を踏んでコツコツと音を立てる。
「綺麗な脚やのう」
“かぶりつき”にいる客のひとりが言う。彼が手を伸ばせば届くところに私の脚がある。今にも手が触れてきそうで脚を引いた。
(…いったい、何人いるの…)
見渡せば、広間の壁までびっしりと人がいる。とても数えられそうになく、また数える余裕もない。
どちらを向いても私を凝視する視線の群れ。目の遣り場に困って、見るともなしに客たちの様子を見ていると--
蛇蝮は老人ばかりだと言っていた。だが--
蛭田をはじめ、確かに老人もいるにはいるが、割合としてはごく少ない。目立つのは蛇蝮ら 4 人と同じ、 40 ~ 50 代と思しき年齢層だ。また、私と同世代の 30 代も、明らかに 20 代と思われる若い男もいる。つまり、老若取り混ぜているのだ。
そして--
“出資”してくれそうな--つまり、身なりの整った実業家風は、 40 ~ 50 代の中にはいるのだが--
20 代や 30 代には、定職に就いてすらいないような雰囲気の男が多い。作業服や迷彩服を含めた、くだけ過ぎた服装。茶髪やピアスは当たり前で、眉毛を剃り込んでいたり、奇をてらうような髪型だったりする。
まるで、どこかの盛り場でたむろしていたのを連れて来たかのよう。
(…どういうことなの…)
彼らは広間の隅の、私からは距離のあるところに数個の群れを成している。ぎらくつ視線で私の身体を舐め、下卑た笑いを湛えた顔で何やらさかんに言い合っている。
それが 10 歳か 20 歳年をとった感じが馬淵や鹿屋や牛津だろうか。 3 人と同世代で、同じような匂いのする男がまた多い。
怖い。
私はそんな連中に囲まれて、“そそる”女としての衣装に身を包み、無防備な姿を晒しているのだ。しかも、後ろ手に縛られて--
こんな状況に置かれてみると、ミニスカートとはなんと心細いものだろう。
愚連隊風にヤクザ風。彼らがオークションに参加するとは、どうしても思えない。場を盛り上げるために動員されたのだとしても、品性がなさすぎる。それに、ただ「いる」だけのためにこんなに集めるのは無駄ではないか。
では、なぜここにいるの--
私を犯す輪に加わるために?--
そんなことができるの?--
“出資”するのが条件のはず。でなければ、見物でもしているほかはないはず。
彼らに見物されるのも、絶対に厭だけれど--
(…いいえ…)
彼ら一人ひとりの表情も視線も、野次馬のそれではない。ひとりの女を集団で嬲り者にする、その加害者側に加わるという期待や昂奮に満ちているように見える。
“買われて”来たのかも知れない。あの連中に経済力はなくても、スポンサーが付いていればいいのだ。
でも--だとしたら、こんな大勢なのはいったい何のため?--
彼らにしてみれば「順番が回ってこない」ではないか--
(…わからない…)
短い時間にあれこれ考えていると、急に照明が落ちた。
そして--私の頭上から、目も眩みそうな明るさのスポットライト。
薄暗がりの中で、客たちの姿は判然としない。私の姿だけが浮かび上がっているはずだ。耳飾りの青い石も、暖色系のメイクも、背後からは爪の色までも、しっかりと見られているだろう。もちろん、ワインレッドのスーツは鮮やかに、純白のブラウスのリボンも。チャコールグレーのストッキングで演出した脚も、ピンヒールのパンプスも。
男たちの視線が、私の全身を舐めている--
今は下卑た笑い声も、野次もない。それが却って私の緊張を高める。
ヒュー!…と口笛が鳴る。思わず顔を背けるが、肩に頬を押し当てるのが精一杯だ。
「顔を上げていなさい」
蛭田が近くに来ていた。
「それでは、皆さんに少し声を聞いていただきましょう」
蛇蝮もいる。台上に昇り、私のジャケットの襟にワイヤレスのマイクを付けた。そして、台から降りながら私に目配せをして、
「まずは自己紹介といくか。名前と年齢と、身体のサイズだな」
最初のひと声が出てこなかった。
「どうした。俺のほうから洗いざらい披露してやるか?都合の悪いことも含めてな」
「…い、言いますから…」
全員が聞き耳を立てているように、部屋は静まり返っている。
「…白幡早織、 35 歳です…身長は… 156 センチ、で…」
「スリーサイズもだ」
言い淀めば、蛇蝮の鋭い声が飛ぶ。
「…上から… 83 、 56 、 81 …です…」
「スリムじゃのう」
蛭田が見上げてくる。
「早織さんよ…自分で何か、喋ってごらん。参考になるようなことをな」
「皆さんが出資してくださるように、お願いするとかな」
蛇蝮はそう言ったが、“出資”の件はなんだかわからなくなっている。
抗議のつもりもあって、口を結んでいると--
ブブブブブブブブブブブ…
オルガスタが蠢動し始めた。
「…うあっ!…」
全身がびくりと仰け反り、爪先立ちになる。太腿をぎゅっと閉じて堪えるが、
ビビビビビビビビビビビ…
蠢動が激しくなり--
「…あっ、ああッ!…ううっ!…」
声を抑えられない。それがマイクを通じて、場内に響いている。
私のそこに責め具が埋め込んであるのは、全員に知れたはずだ。
そのまま続けられたら、いってしまうところだったが--
「いい声で泣きよる」
蛭田の声とともに、蠢動は止まった。その手にリモコンがあった。
くくく…と蔑むような笑い声が立つ。
私が恥ずかしい声を上げたために、場内は卑猥な熱を増したようだった。
息が乱れている。はあ、はあ、と喘ぐ声もマイクに拾われている。
「何か喋る気になったか」
蛇蝮が言う。だが、何も思いつかないし、喋りたくない。
「…何も…」
「それじゃ、皆さんから質問を受けることにするか」
蛭田が言うと、すかさず蛇蝮が続けた。
「質問のある方?」
「何を訊かれても、ちゃんと答えるようにな」
蛭田がほくそ笑みながら睨む。
結局、都合の悪いことも喋らされるかも知れない--
きいん、とハウリングが起こった。場内にマイクが回っているらしい。
はい、と名乗りの声が上がる。
「じゃ、答えやすいことから…結婚はいつ?…で、子どもは?」
紳士然として落ち着いた声だった。
「答えやすいだろう」
蛇蝮が促す。
「… 10 年前、 25 歳で結婚しました。子供はありません…」
「初体験はいつで、ダンナさんは何人目だい」
早くも答えにくい質問にためらっていると、
ブブブブブブブブブブブ…
と、オルガスタが蠢く。
「…い、やッ!…言いますからっ…」
蠢動はまだ続いている。蛭田に視線で訴えたが、逆に睨みつけられた。私が言い終わるまで止めないつもりだ。
「…最初は…じ、 18 歳のときでっ…主人は 3 人目ですっ…」
蠢動が止まった。そこで私は、惨めさのあまり嗚咽を堪えきれなくなった。
「意外と貞淑だね」
はい!はい!…とむやみに威勢のいい声が飛んだ。
20 代と思しき愚連隊のひとりだった。マイクを手にすると、ひひひ…と笑う。
「えーっとぉ…奥さまはいつもそんな、やらしいカッコなんすか」
そう言うや、仲間とじゃれ合いながら爆笑した。
そんな下品な振る舞いも、制する者はいない。
なんとか言ってください…という意味の視線を蛇蝮に送ると、
「いい質問じゃないか」
そう返された。蛭田がまたリモコンをちらつかせる。
「…いやらしくなんか…」
そう言いながらも、苦しかった。実際、男性の欲望を刺激しようと目論んで衣装を選んできたのは間違いない。それを 10 歳ほども年下の、下品極まりないやつに指摘されたのが恥ずかしかった。
「…今日だって、きちんとして来たつもりです…」
「そうすかねぇ?…そんなミニスカートで、エロいストッキングとハイヒールで」
「…ミニスカートもストッキングも普通です。女ですから…」
「普通のカッコの奥さまを見てるだけで、俺らはなんかもうビンビンなんすけど」
露骨なことを言われて、赤面した。
「普通の恰好をしていてもエロスが滲み出てしまうという、因果な奥さまなんだよ」
蛭田が言いながら、スイッチを入れた。
ブブブブブブブブブブブ…
「…ひいいッ!…」
思いがけないタイミングでそれが来て、仰け反った。
「君らがビンビンなのは、こんな声を聞かされてるせいもあろうがな」
蠢動はすぐに止んだが、呼吸は乱れたままだ。
「なにか、変わったセックスの経験は?…たとえば 3P とか」
その質問は、今日ここで起こることを想定したものに違いなかった。
「…ありません…」
「何も?…ノーマルなのばかり?」
「…そうです…」
「じゃ、今日はいろいろアブノーマルなやつを初体験するわけだ」
恥ずかしくて、顔を背けた。
「さっきは大変なうろたえようだったが、何人だと思って来たんだい」
だんだん核心に迫っていく。
17 人--と思わず言いかけて、踏み留まった。
「…お話では、 4 、 5 人だと…」
場内がどよめいたような気がした。
「 4 、 5 人?…ぜんぜん違うじゃないか」
呆れたような調子の、そんな声も上がる。
そうか--
ここにいる全員に丸呑みされそうな絶望的な状況だけれど、もしかすると流れを変えられるかも知れない。
仮にもオークションであるなら、私に“高値”をつけてくれる人が--つまり、予定どおりの 17 人が“独占”を主張してくれればいい。それなら無難な人数に収まる。
「…そっ…そうです。こんなはずでは…」
「その 4 、 5 人の出資者によく見てもらうために、女を磨き、お洒落をして来た、というわけだね」
ちょうどいいタイミングで蛭田が説明してくれたように思えた。
だが--
「皆さん、騙されちゃいけませんぞ」
しばらく黙っていた蛇蝮が、再び場面を暗転する一言を発したのだった。
6 追い詰められて
「相手がせいぜい 4 、 5 人ならと安心して来た、みたいに言ってますがね」
蛇蝮の鋭い目が、台上の私を見上げる。
「違うよな?…いちおう確かめるか」
そう言う手には、私のハンドバッグ。
「どれどれ」
蛇蝮が私の携帯を操作している。メールをチェックしているのに違いない。
いけない。うっかりそのままにしていた。
「ほら、俺からメールが行ってる。ちゃんと読んだわけだな」
突きつけられたのは、誤って送られたと思しき 2 通目のメール。
「 17 人になりましたって、書いてあるだろ」
客たちは静かだ。蛇蝮と私のやりとりに意識を集中させているのだ。
「そ、それは…」
「客全員に送信したのが、間違ってあんたのところにも行っちまった。そう思っただろ」
(…何ですって…)
違うの?--
「あんたのところにしか、送ってないんだよ」
「…えっ…」
それきり、言葉が出なかった。
蛇蝮が自分の携帯の送信リストを見せる。確かに私ひとりに送ったものだった。
「わざと半端な数にしたから信用したよなあ」
蛇蝮の横にいる蛭田がうんうん、と頷いている。
「これを見た時点で、話が違うと思わなかったのか?」
「…お、思いました…」
「どうして俺に何も言って来なかった」
「…そ…それは…」
「抗議しても無駄だと思ったか」
「…そうです…」
「違うよな」
まずい。絶対にまずい。場内の全員に聞かれてしまう。
「…違いませんっ…だって、逃げられないから…」
「だんだん自信なさげになっていくね、奥さま」
野次が飛び始めた。
「 17 人がかりでマワされるとわかって、むしろ喜んだだろ」
蛇蝮は容赦ない。
「 4 、 5 人じゃ物足りないと思ってたからな」
「…ちが…」
顔が赤らんだのが自分でもわかった。
「図星か」
ひひひ…と嘲笑が起こった。
「早織さん、あんたも相当なものだな」
蛭田がリモコンを弄び、スイッチを入れてはすぐ切る、という動作を何度も繰り返す。そのたびに一瞬だけ蠢動が来て、私を翻弄する。
「ヤクザに脅されて、止むを得ず苦渋の決断をした…というイタイケな女を演じたかったのだろうが」
何を言われるのか、わかった気がした--
「実のところ、今回の話はあんたにとっても望むところなんだろ」
「…なっ…」
「また図星のようじゃのう」
「…ち、ちが…」
「わかりやすい女だ」
脚が震えていた。
「止むを得ず、ではないのだ。騙されているのを半ば承知しながら、自らの意志でやって来た。何のために?…自分の欲望を満たすためだ。そうじゃろ」
あまりの恥ずかしさに声が出ない。ただ涙がぽろぽろとこぼれた。
「金を工面するためには身体を売るしかない。しかも一度に全額を賄うには出資者がひとりでは無理だ。複数の男に身を任せるしかない。普通に考えればひどい災難だが、あんたにとってはかねてからの願望を満たす絶好の機会だった。そうだな」
「…お願い…」
否定する気力はなかった。恥ずかしさに、ただ泣いた。
「 17 人にマワされるつもりで、きっちりめかしこんで来たわけだな」
何も言い返せない。
「ところが、それをはるかに上回る人数がいた。さすがのあんたも恐ろしくなったというわけだ」
「…はい…」
涙も涸れたかに思えたころ、
「…蛭田さん…蛇蝮さん…」
絶望しかけていた私は、中心人物のふたりにすがることにした。
「…お願いです…どうか…」
「往生際が悪いな。いまさら何だ」
「…こんなに大勢のお相手は無理です…ですから…」
「人数を絞ってくれというのか?」
「…はい…」
流れが変わってほしいという、一心だったが--
「奥さま。いや、早織さんよ」
蛇蝮が台に肘をつき、私を見上げる。
「そのためのオークションなんだがな」
意外なその言葉に、
「…あっ…」
つい、不用意な声を出した。
「なにが『あ』だって?」
「…いっ…いえ…」
信じられないことだが、私は墓穴を掘ったに違いなかった。
「こんな大勢の相手は無理だと?…当たり前だろう。人数が多すぎりゃ順番が回って来ないわい」
蛇蝮に続けて、
「奥さまは何を妄想なさったんですか?」
「もしかして、ここにいる全員にマワされるとでも思ったんですか?」
「恐ろしいことを考えるもんだよ」
「三日三晩ヤリ続ける気だぜ」
「それより、全員が自分とヤリたがると思い込む、その自信は何なのかね」
場内のあちこちから声が飛ぶ。続けて、ぎゃははははは…と爆笑の渦。
「いやああ」
ただ、泣きじゃくった。
「早織」
泣き止まない私を制して、蛇蝮が言う。ついに呼び捨てにされた。
「全員は困るんだよな。なら、いったい何人ならイイのか、言ってみろ」
そんなことは言えない。それで黙っていると--
ブブブブブブブブブブブ…
またしてもオルガスタの蠢動。
「…あぐ、うっ…」
それまでの度重なる刺激で官能がすっかり高まっていた。絶頂の波が寄せては引く、その繰り返しで、下腹部には淫欲が沸き立っている。
でも、この場で絶頂するわけにはいかない--
蠢動はやがて微小になっていったが、止まらない。平静を保てるぎりぎりのところで、それは私の秘部を苛んでくる。
「言わないなら、こうするか」
蛇蝮の合図で、場内の照明がすっかり落ちた。
私を照らすスポットライトだけが煌々としている。
「お前が全員にマワされると思った、ここにいる人数を当ててみろ」
「…え…」
それは、いったい--
「そうだな。正解を基準にプラスマイナス 10人。その精度で合っていたら、お望みどおり 17 人に絞ってやろう。出資額で順位をつければいいだけのことだ」
客の集団はずっと視野に入っていたが、人数を数える余裕はなかったし、数えたくもなかった。数えろと言われれば数えられるかも知れないが、いまは照明が落とされて影も見えない。だから、勘で答えるほかない。
それで--
人数を当てられなければ、どうするというの?--
鼓動が高まる。オルガスタの蠢動は続いている。
「当たらなければ、出資額の下限はなしということにする。どうだ」
咄嗟に意味を掴みかねたのだが--
「…下限はなし…というのは…」
「お前とヤリたければいくらからでも受け付けるということだよ」
がん、と頭を打たれたようだった。
それでは、まず間違いなく、全員を相手にすることになる。
「答が基準の中でない場合はだめだ。それから、お前が答えないか、あるいは当てる気がなさそうな場合は、全員にマワされるのがお望みだとみなす。いいな。いずれにしても、全員を相手にすることになるぞ」
場内から、くくく…と私を追い詰める笑い。
「では今から 1 分以内に」
自暴自棄になりかけていたが、それでは彼らの思う壺だ。壊されてしまう。
答えなければ--
車の数はざっと 70 台だということだった。ただし 1 台に 1 人とは限らないとも。
では-- 80 人?--それとも 100 人?--
そのぐらい、いそうだった。この広間をぎっしりと埋めているのだから。
100 人と答えれば、プラスマイナス 10 人までの誤差が許されるけれど--
でも--100 人と答えるのは、 100 人に輪姦されるのを想像したということだ。
それはまるで、 100 人に犯されることに「理性が付いていっている」みたいではないか--
さらに、まるでそんな願望があるかのように、思われてしまわないか--
そんなことを恥じらっている場合ではないのはわかっているのだが--
それに、約束が守られるという保証もない--
思考が錯綜して、まとまらない。
集中できないのは、オルガスタの蠢動のせいでもある。
「何人に犯られると思ったのか、言ってくれればいいんだよ」
「こっちが足りなかったりしてな」
ひゃはははは…という嘲笑とともに、客席から野次が飛ぶ。
見えない視線が私の全身にねっとりと絡みつく。
とうてい落ち着いて考え事ができる状態ではない。
でも--
「答えたらどうだ。あと 20 秒」
答えなくては--
先ほどからの嘲笑の大きさ。肌に感じる熱気。 100 人というのが妥当に思える。
額に汗が滲む。
「 10 秒前」
その直後、
「 9 !… 8 !… 7 !…」
と、一斉にカウントダウンが始まった。
その声は、これまでに聞いた嘲笑の声などよりはるかに強烈に、私を圧倒した。
間違いない。 100 人くらいいる。
「 5 !… 4 !…」
カウントダウンの声はいよいよ盛大になった。
私を追い詰めることに酔っているような、獣の咆哮。
タイムリミットが来る。
言わなくては--
「…ヒ…」
声がかすれた。 100 、と言おうとしたのだが。
でも、私は--
その数を口にするのが怖くて--どうしても--
全身をがたがたと震わせたまま、ついに言えなかったのだ。
「ゼロぉ!…」
イェーーーーーッ!という歓声。
「なんだ、何か言えばよかっただろうに」
客席からのそんな声に、
「どうしてだか言えなくなっちまったんだよな」
私を慰めるように、蛇蝮が応じる。そして、
「だがな、早織さん、極めて惜しいですぞ」
と蛭田。
「わしは隣で耳をそばだてていたんだが、どうやら見当はついていたようだ」
えっ--
「正解は 90 人だよ。約束は約束だ。覚悟を決めてもらうぞ」
蛇蝮に言われて、また涙が溢れた。
正解の範囲内だったのだ--まだ、信じられない数だけれど--
「これで話はついたな。ルール変更だ。さて皆さん」
蛇蝮が台上に上がってきた。
「白幡早織への出資はいくらからでも結構。出資をご希望の方はそのままお残りください。ご希望でない方は退出願います」
7 奸計
およそ 1 年前のことである--
P 市の商工会議所の役員である蛭田は、忘年会で夫・高岡卓に同伴した早織に、一目惚れした。
34 歳の早織は、下ろしたてのワインレッドのスーツに身を包み、会場に居合わせた多くの男の注目を集めていた。少女時代からずっと輝き続けているはずの美貌、そして 20 代の頃から変わらぬであろう肌の潤い。他にも経営者の妻は大勢いたが、そのオーラで早織を凌ぐ者はいなかった。自然、早織を囲む男女の輪ができていった。
蛭田はスリムな美女に目がない。その輪に紛れ込み、それとなく早織に接近した。
「ご主人が会員になって 10 年ほどになるが、奥さんとは初めてお目にかかりますな」
それは暗に、仮にも社長夫人のくせに付き合いが悪くはないか、という非難を含めていた。美人妻を隠していた高岡への非難でもあった。
「申し訳ありません。ずっと零細経営だったので、夫婦で顔を出すのはまだ憚られると、夫が言うものですから」
「遠慮など要らんのに」
巨躯の蛭田が身を屈めながら早織の機嫌を伺っている様は滑稽でもあった。だが、匂い立つような白いうなじ、ショートの髪から露わになった耳に輝く石、ブラウスの襟元からのぞく肌や、これこそ白魚と比喩されるべき指など、早織の身体の隅々までを目に焼き付けようとしていたのだ。センスのいい香水と早織自身の体臭を一緒に吸い込むと、頭がくらくらしそうだった。
「奥さんは、高岡さんとは少し歳が離れておられますな」
蛭田の視線はさらに早織の身体を這い下り、ミニスカートの裾から伸びる脚を舐め始めた。
「私が 10 歳下です」
「どんなご縁で?」
初対面の男だ。プライベートなことにあまり立ち入られたくない。それが早織の表情に出ていたが、その程度で蛭田は引かなかった。
「夫は大学の講座の先輩なんですよ。創業してすぐのころに彼が研究室へ来て、私、アルバイトにスカウトされまして…卒業と同時にそのまま入社しました」
「それからプロポーズされたと」
「ええ」
「今、奥さんはお仕事は」
「専業主婦です」
「それはもったいない」
「性に合っていますから」
「高岡さんと同じ大学なら… P 大の工学部の…」
「情報工学です」
「才媛じゃないですか」
「いえ…学部卒業で、専門を極めたわけでもないですし… 10 年も経つと時代に取り残されてしまって」
「商工会議所の事務部門で、いくらでもポストがご用意できますがね」
そろそろ話を切り上げたい早織とは対照的に、蛭田はしつこかった。
「あ…すみません」
早織のハンドバッグで携帯が鳴っていた。パーティで居合わせた顔なじみが、助け船を寄こしたのだった。
「ちょっと失礼させてください」
早織はそう言って携帯を取り出し、蛭田に軽く会釈をすると会場を後にした。
やがて戻ってきた早織はもう蛭田の側へは近寄らず、“救出”してくれた相手のところへ駆け寄っていく。
早織の弾けるような笑顔がうっとりするほど愛らしい。何を話しているのか聞こえはしないが、自分の側にいたときの強ばった表情とは対照的に華やいだ表情から、
--会議所の役員らしいんだけど、初対面の老人にしつこくされて、困ってたの--
--露骨に身体を縮めて、私の身体をじろじろ観察するのよ。気持ち悪いったら--
聞こえたわけではないし、唇を読んだわけでもない。だが、そんな台詞がものの見事にはまりそうな、早織の表情や仕草だった。そこで勝手に憎悪の芽が生まれた。
それにしても--と、蛭田は思った。
30 代半ばだというのに、なんと輝かしいほどに早織は愛らしいのだろう。
小柄ながら脚は長く、整ったプロポーション。おそらく身長は 155 、 6 cm なのだろうが、 160 cm はありそうに見える。そして、ブラウンのストッキングに包んだ脚は細めではあるものの、そこは 30 代ならでは、ほどよく脂の乗ったふくらはぎがヒールで緊張を与えされ、なんとも危うげにエロティックであった。
ダンナひとりに独占させておくには惜しい--
あの足首に縄をかけてやれば、さぞや絵になるだろう--
蛭田は中年のころからほぼ性的に不能である。女体に挿入して快楽を得るのが難しくなってくると、それと同期するように、若い頃からの変態性欲に拍車がかかってきた。女を縛り上げて自由を奪い、あるときは全身の性感帯を責め抜き、あるときは苦痛を与えて、悲鳴と快楽を絞り取るのである。女に泣き声を上げさせているときだけ、蛭田の一物は勃起している。女の苦しみが蛭田の快楽なのであった。
早織の全身を観察しながら、蛭田は同様の妄想を膨らませた。ただ、パーティで大勢の男の中に早織を見たからか、もうひとつの妄想が合体した。集団で襲うというものである。数に任せてひとりの女を蹂躙し、女が精根尽きたあとは全員で犯すのだ。
顔馴染みらと楽しげに過ごす早織を見ながら蛭田は妄想した。そして、それをなんとしても実現したいと心底望んだ。
妻を早くに亡くしてからというもの、独身のまま女遊びを続けてきた蛭田だが、ここへ来てかけがえのない女に出会った気がした。人妻であろうとも構わない。むしろ、他の男のものだからこそ、力ずくで奪う意欲も湧こうというものだった。
蛭田がそこまで早織に入れあげるのは、死期が迫っているという自覚によるのに違いなかった。
早織との出会いがあって間もなく、蛭田は P 市の総合病院で胃の摘出手術を受けた。癌であった。早期発見でもあり、年齢のわりに体力があるため比較的楽観していたが、癌は癌である。胃の大部分を失ったあとも、どこに転移しているかわかったものではない。転移の場所によっては、人生の最期を迎えることになる。
だから蛭田は焦った。同時に、全財産を投げ打ってでも妄想を実現するのだと自分に誓った。どす黒い欲望に忠実になることにしたのである。
健康な肉体はないが、まだ旺盛な性欲と資金力はある。まず Q 市の田園地帯に別荘を買った。
古い洋館である。業者を頼んで、現場となるであろう 3 階の広間に必要な設備を作り付けていく。また縄や拘束具はもとより、女を責め苛むための大小さまざまな道具、陵辱行為の一部始終を記録するための録画・録音機材を徐々に仕入れては運び込む。
ハード面は自分の努力で片付くが、問題は“人材”だった。早織を蹂躙する集団の調達もまた重要だし、早くから呼びかけなくてはならないが、自分の心当たりだけでは人数に限界があった。そこで、かねてより親交があり、裏社会のいろいろなタイプの男と付き合いのある蛇蝮に協力を要請した。蛇蝮は、自身も女に目がないせいもあり、全面的協力を約束した。
「集団で女を嬲るのが好きそうな奴なんて、いくらでもいますぜ。しかも妙齢の人妻で、超のつく美人なんでしょう。」
「いい女であることは請け合うよ」
「蛭田さんのお知り合いと同席させるにはちょっと品性の悪い奴らもいますが、いいですかね。失礼のないように、俺の配下の者がちゃんと管理しますから」
「結構だ。多少ワルそうなというか、理性に問題のありそうな奴がいたほうが、早織も<楽しめる>だろうからな。狼藉は早織に対してするのであって、わしらには関係ないよ」
あとはいかに早織を陥れるか、であった。そのため蛇蝮らは早織の身辺調査も進めていった。
早織は確かに平凡な専業主婦であった。夫は出張が多く留守がちであること、また夫には年の離れた弟がいることもやがてわかった。その弟・寛が膨れあがる借金に悩んでいたことも--
そして 2 か月前。
ミュージシャン養成の専門学校での仕事の帰り、高岡寛は蛇蝮に呼び止められた。強引に引きずり込まれた黒塗りの車には、配下の 3 人も乗っていた。
「あんたのことを少し調べさせてもらった」
初めは怯んでいた寛も、因縁を付けられるわけではないとわかると、落ち着いて話を聴いた。
「 CD の自費製作で借金をしているな。それが返せないまま製作を繰り返して、借金が膨れあがっているだろう」
「よくご存じで…で、それが何か?」
「その借金をそっくり肩代わりしたうえ、さらに出資してやってもいいという御仁がいたとしたら、どうする?」
「それは美味い話だね…でも、何か取り引きをするんだろ」
「もちろんだ」
「俺に何をしろと?」
「女をひとり、ひっかけてもらいたい」
「…え?」
「イケメンに加えて、その身長だ。バンドじゃなく俳優でも良かったはずだ。もてるよな」
「いや…ちょっと待ってくれ。その先を聞いたら、抜け出せなくなるよな」
「察しがいいじゃないか」
「人の生き死にに関わるようなのは、勘弁してくれ」
「その心配はない。むしろ互いの快楽につながる、天使のような役回りだよ」
首を傾げる寛だ。
「何を言ってるのか、わからんが」
「だろうな」
「どこかに離婚したいダンナがいて、その奥方に浮気を仕掛けて離婚話を有利に進めようとか…思いついたんだが、違うよな」
「離婚話じゃないが、奥方に浮気を仕掛けるというのは当たりだ。人妻は嫌いか?」
「人妻にもよるね」
「さるベンチャー企業の経営者の夫人で、 35 歳。小柄でスリムで、ショートカットが似合う美人だ」
そう聞いて、寛はぎょっとした。心当たりがあるからだ。
「そういう人を俺も知ってるが…まさか、じゃないよな」
「大当たりだ。だからあんたに声を掛けたんだ」
「なんだって」
寛はしばらく無言で蛇蝮を睨んだ。
「高岡早織のことだよな?」
「ああ」
「身内を陥れろっていうのか」
「身内といっても、兄の嫁だろう。兄弟は他人の始まり、その嫁も所詮は他人だ」
「どういうことか、説明してくれ」
「してもいいが、抜けられなくなるぞ」
「いいさ」
ほう、と今度は蛇蝮が驚く。
「抵抗するかと思えば、ずいぶんあっさりしてるじゃないか」
「実にやりがいのある仕事だよ」
「思い入れでもあるのか」
「あんたたちはもう早織を知ってるんだろ」
「もちろんだ。そそる女だよな」
「俺は、兄が結婚すると聞かされたころから、ずっと挑発されてきた。かれこれ 10 年になるな。一度押し倒したいとずっと思ってたよ。向こうも俺も歳を取ったが、気持ちは変わらない」
目をぎらぎらと輝かせて話す寛。
「で、ひっかけた後はどうする。何が目的なんだ」
寛は興味を示すどころか大乗り気だった。蛇蝮が順を追って説明するうち、計略の大筋から詳細にまでアイディアが出始める。その道に通暁する蛇蝮と、身内でなくては知り得ない早織の情報を持つ寛。ふたりの奸計が早織を絡め捕っていく--
誰ひとりとして、広間を出ようとはしなかった。
自分の足で立っていられなくなる、そのぎりぎり手前のところでオルガスタの蠢動が止まった。スイッチが入っているのを蛭田は忘れていたらしかった。
官能の高まりを堪える苦しみから解放されて、私は後ろ手に縛られたまま崩れた。縄尻はただ支柱に絡めてあっただけなので、私が膝を折ると縄もずるずるとずり下がった。
馬淵らが台上に上がり、私の手首を戒めている縄を解く。馬淵と鹿屋が私を抱えて台から下ろすと、牛津が台の固定を外して外へ運んで行った。
座り込んでいると、スーツのジャケットを脱がされた。
私の両手は今、目の前にある。それが鹿屋の手で纏められ、手首に再び縄が来た。抗う気力はなかった。
されるがままにしていると、からから…と乾いた音がして、天井から何か降りてくる。滑車だった。そのフックの部分に縄尻が固定されると、また音がして滑車が動く。私の身体がぐん、と上方へ引かれた。
「…あっ…」
パンプスの爪先と手首の縄だけで身体を支えている、不安定極まりない姿勢。両腕をずっと後方へ引っ張られていたので、別の方向に引き伸ばされるのはこたえた。だが、そんなことはすぐに気にならなくなった。
台から下ろされ、周囲と同じく床に立たされてみると、私を取り囲む 90 人の集団はなんと圧倒的に重厚なのだろうか。爪先立ちのせいで私の視点は本来よりもわずかに高いけれど、私を囲む男たちの頭はみなずっと上にある。前列にいる客たちの一部には床に胡坐をかき、私を見上げる恰好だが、視線はもっぱら私の脚に集まっているようだ。
「蛭田さん?」
前列のひとりが口を開く。蛭田と同年輩だろうか。
「奥さまのオミアシにマッサージをしてさしあげたいんだが」
(…えっ…)
「ああ、それはいいですな。ずっと立たされていて疲れてきているだろうから、ほぐしてやってくださいよ」
「わしも行って、構わんかな」
「どうぞ」
ではわしも、わしも…と、おもに高齢の層が集まってきた。 10 人近くの老人が私を取り囲むと、手がわらわらと伸びてきた。
「…いっ…いやですっ…」
「早織さん、遠慮することはないぞ」
「こんなエロなものを見せつけられてお預け喰らったままじゃ、寿命が縮むからな」
「間近で見ると、また一段と美味しそうで」
チャコールグレーのストッキング。その上に、がさついた数十本の指が来た。
「…あっ、うっ!…」
初めは距離を置いて手を伸ばしていた 10 人が、今はみな身を乗り出して、私の下半身に群がっている。左右の足首が数本ずつの手に掴まれ、ふくらはぎから、膝、太腿へと指が撫で回す。ストッキングを薄い生地を介しているため、がさがさした彼らの指に触れられても痛みはなく、むしろくすぐったいのだった。まるで微細な蟲でも這っているような刺激だ。
「…いやあっ…」
もがいても、逃れられない。手首を吊るしている縄にすがるのが精一杯だ。
「気持ちイイのか?…気持ち悪いのか?」
「どこを触ってもびくびくと弾かれるようだよ。こんなのは初めてだ」
「なんというか、脚じゅう感じるみたいだのぅ」
ブラウスの袖を噛んで堪えていると、
「おおっと、こりゃいかん。ストッキングがあちこち伝染しとるわい」
「せっかく綺麗なストッキングだのに、もったいないことだ」
老人たちはそう言いながらも、脚をいじるのを止めない。ストッキングはますます伝染して、無残な様子になっていく。
「先輩がた、これを塗ってやってくれませんか」
と、蛇蝮が何か差し出した。
「オイルか?」
「特別に調達した媚薬入りでしてね、肌から浸透して感覚を数倍に高める。効き目には個人差があるらしいですが、淫乱な女ほど効きますよ」
そんなものを--
「なら、この奥さまにはテキメンだ」
「ストッキングの上からでいいな?」
老人達が瓶から馬油のような液体を手にとり、四方から脚になすりつけ始めた。
「…いやっ!…そんなの、いやっ…」
感触としては、まさにスキンオイルだが--
「違うだろ?…望みどおりなんだろうが」
「敏感すぎる脚だからこそ、ねちねちと責めてもらいたかったんだろう」
それはストッキングを通して皮膚に滲みてくる。やがて水分が飛ぶとぬるぬるした感触は薄れ、脚全体が火照ってきた。そして--くすぐったいような、ぴりぴりするような、
何かに纏わりつかれるような感覚に包まれた。
「…あう!…うっ…くうっ…」
媚薬をすり込む彼らの動作はそのまま愛撫の動作に戻り、皮膚感覚の増した脚を苛んでくる。時折、思い出したように媚薬をまた手にとっては、執拗に擦り込んでくる。
脚に軽く触れられるだけでも辛いのだ。それがわかっているから、彼らは爪を立ててみたり、蟹が這うような動きで刺激してきたりする。
「…いやあっ!…いやっ!…」
気が付くと、もがく私の背後に鹿屋と牛津がいた。何か企んでいる様子だ。
見れば、ふたりもまた、先の媚薬の瓶を手にしている。
「純白のブラウスってのは綺麗だが、これまたエロな代物だよ」
両手にそれをたっぷりと取った牛津は、私の真後ろに立った。
「…なに?…何をするんです…」
「こうするのさ」
その両手が、左右の腋の下へ来た。
「…うぐううっ!…」
牛津は、そこをくすぐりながら、ブラウスの生地を介して媚薬を擦り込んでくる。
「くすぐったい部分てのは、皮膚が薄い部分だ。魔法の薬もよく効くぜ」
「…あうっ、あっ!…ぐうっ!…」
額に滲んでいた汗が頬を伝い落ちた。脚じゅうを襲う辛い感覚が一瞬消えた。
だが、一瞬だけだった。腋の下への刺激が追加されただけ。脚じゅうを苛む性感から逃れられはしなかった。
「皆さん、ちょっと失礼しますよ」
胸の前に手が伸びていた。老人達の間を縫って、鹿屋が正面に来ていた。
「リボンをほどいてしまうのはまだ惜しいから、このままにしておくぞ」
そう言いながら、ブラウスのボタンを外していく。
「…なっ…」
「動くなよ」
鹿屋の手に鋏があった。はだけたブラウスの前からそれを滑り込ませ、ブラジャーの肩紐を左右とも切った。
「…っ!…」
「牛津、背中のを外せるか」
「オーケー」
牛津が腋から手を放して、ブラウスの上からブラジャーの背中のホックを外す。すると今度は鹿屋が、ブラウスの前からブラジャーを抜き取ってしまった。
「ご挨拶は後にして、と」
鹿屋がボタンをまた留めて前を閉じると、その直後だった。
「ほうーら」
牛津の両手が前に伸びてきた。やはり媚薬がねっとりと付いている。
「…うむううっ!…」
左右の乳房を掴まれて、仰け反った。
「なーんだ、もうコチコチに凝ってるじゃないか」
「おい、手伝わせろ」
「へいへい」
牛津の手がまた腋の下に戻ると、乳房には鹿屋の手が来た。
「…ふう、うっ!…」
「くくく…小ぶりだが、揉み心地のいいオッパイだぜ」
そして、ふたつの乳首を同時に摘まれた。
「…ひいいっ!…」
「乳首が完全に勃起してやがる。いやらしい奥さまだ」
鹿屋がそこをぎゅうぎゅうとよじる。たまらず腰を引いて逃げようとするのだが、背後に牛津がいるうえ、下半身には老人たちがひしめいている。
鹿屋がもっぱら胸を責めているうちに、牛津の手は私の上半身を隈なく擦っていった。ブラウスは媚薬でぐしょ濡れになっていく。牛津の風貌とは対照的にその手はごく器用で、特に脇腹から腋の下にかけてしごき上げるような動作はひどくこたえた。
(…私を…いかせるつもりだ…)
ストッキングはとうに媚薬まみれで、脚を伝い落ちたそれはパンプスの中までじっとりと染み込んでいる。ブラウスも肌が透けて見えるほどだ。この状態でオルガスタが蠢動すれば、ひとたまりもないはずだった。
「先輩がた、スカートが邪魔でしょう。脱がせましょうね」
牛津はそう言うと、腰のホックを外し、ジッパーを下ろして--
スカートがすとん、と落ちて、
「…あっ、いやっ…」
老人たちの手で足許から抜き取られ、蛇蝮に手渡された。
「これはこれは…パンストじゃなかったか」
「なんといやらしい眺めかのう」
「ガーター式とは、また気合が入っとるなあ」
「白い肌に黒いパンティとガーターベルトが映えるわい」
スカートがなくなったために、彼らの手が太腿の上部にまで上がってきた。もちろん、媚薬を塗りたくってくる。ストッキングの縁のフリルの部分より上は素肌だ。そこにも当然のように手は来る。
「…うああっ!…いっ、いやああっ!…」
その状態になって、どれだけ時間が経っただろう--
10 分や 20 分ではないはずだった。
牛津と鹿屋の役回りは、いつの間にか客の希望者に交替している。下半身の老人たちはまだそのままのようだった。執拗なのだ。
「…い、ひイッ!…ああ、あうっ、ぐっ!…」
全身を蝕んでくる性感にのたうちながらも、依然として絶頂に至ることはなかった。こんなときに限って、なぜかオルガスタは微動だにしないのだ。いくら媚薬漬けにされようと、百数十本の指に揉まれようと、それだけで昇り詰めることはできない。子宮の奥に源を発する淫欲のマグマは爆発の時を求めて体内から私を追い詰めてくるが、クリトリスやヴァギナの感覚は逆に遠ざかり、絶頂の波は引いたままになっている。
蛭田と目が合うと、懐手のまま淫靡な笑みを返した。リモコンは蛭田の和服の袖に収められたままのはず。まるで、止めを刺さずに生殺しにして楽しんでいるようだ。
「ずいぶんとお楽しみのようだな」
私の額の汗を手で拭うのは蛇蝮だった。その声を久しぶりに聞いた気がした。
「そろそろ止めにしてもらいたいか?」
そう言われて、素直に頷いた。今の責めの終わりは次の責めの始まりということだが、それはどうでもよかった。
「せっかく高まっているだろうに、このまま止めていいのか?」
「…え…」
いかせてほしいのだろう、という意味に違いなかった。
「ふふふ…どうされたいのか、言ってみろ」
いきたい。もう、気が変になりそうだった。
けれど--
これまでの彼らのやり方から推せば、私が望むことはすべて踏みにじられるはずだった。私はそれで墓穴を掘り、さらに窮地に追い込まれるのだ。
いかせてほしい、と私が言えば、それはきっと却下されるに違いない。恥ずかしい台詞を口にさせられただけで、さらに辛い責めが始まる。
「ずっと我慢してるのも体力を消耗するだろう。後のことも考えて、一度楽になったほうがいいんじゃないのか?」
蛇蝮が気遣うようなことを言う。だが、きっと別の意味を含んでいる。
私に群がる十数人は、私を責めながら聞き耳を立てているのだろう。蛇蝮の言葉に反応して、ひひひ…と口々に笑った。
「イキたいんだろう、奥さん」
「オモチャのスイッチを入れてもらいな。俺たちも手伝って、イカせてやるから」
全身の性感は一向に楽にならないが、もう喘ぎ声を聞かせたくない。それで歯を食いしばった。
彼らの卑怯な手口も、彼らの思う壺に陥る自分も、もう許せなかった。
「…どうされたいか、と言われれば…」
「んん?」
「…シャワーを使わせてほしいわ…」
もちろん、そんな要求が通るはずはない。精一杯の反発のつもりだった。
そんなことは彼らにはお見通しのはずだった。だが--
意外にも、その一言で場内の熱気が急に引いていった。
「はは、は」
十数人の手が離れていく。白けた、という表情だ。
「おい、意地を張るところじゃないと思うがな」
蛇蝮が目の前に来た。その場を取り繕っているかに思えたのだけれど、
「…気持ち悪いから、洗い流したいんです。下着やストッキングも替えたいし…」
そんな言葉がすらすらと出た。
口答えをすればかえって事態を悪くするだけ。それはわかっている。だが、反発する気持ちは抑えきれなかった。
そんなに何もかも、あなたたちの思い通りにはならないんだから--
「特製オイルの効果も今ひとつだったというわけか」
「いえ、そんなことはないでしょう。ただ、指でいじられるだけでは物足りないということでしょうな」
蛭田と蛇蝮が言い合う。
「ならば、指以外のものも使えばいいわけだな」
「媚薬も、肌に塗る以外のこともしてみますかね」
シャワーがだめなのは当然だったし、さらにきつい責めが始まりそうなのも予想通りだった。
ただ--それは私が反発したせいだと思っていたのだが--
蛭田らの表情を見ていると、この展開も彼らの思惑通りであるような気がしてきた。
ごろごろごろ…と、重量物にキャスターが付いて動く音。馬淵ら 3 人が、ベッドとも手術台とも見える皮革張りの台を運んできた。その高さは 80 cm ほど。
たぶん、拷問台なのだろう--
8 俎板の上
滑車が下がって、足がしっかり床に着く。手首の縄を解かれると、腕への血流が回復してじんじんと痛んだ。
手首を掴まれて、
「…あっ…」
拷問台に引き上げられた。そのはずみにパンプスが脱げた。
鹿屋と牛津に両腕を取られる。次いで馬淵には顎を掴まれた。
馬淵の手には小振りのグラス。それは怪しげな緑色の液体--というよりは、どろどろしたゲル状のもの--で満たされていた。 100 cc ほどもあるだろうか。
「こいつをぐっといってもらおうかな、奥さま」
「…な、なに…」
「媚薬に決まってんだろ」
ひひひ…と 3 人が笑うのにつられて周囲の客たちも笑う。
「肌に塗るだけでは効き目が薄いみたいだからな。内臓から吸収しな」
「…やっ…」
馬淵に顎を掴まれているので顔を背けることはできない。牛津には鼻を摘まれた。それでも口を閉じていると、鹿屋に腋の下をくすぐられた。あっ…と声を出したところに、グラスが押しつけられた。
どろどろした感触の、わずかに甘みはあるが美味でもなんでもない液体が流し込まれた。
「飲み込め」
口を閉じて押さえられた。鼻を摘まれているので、呼吸するためには嚥下して見せなければならなかった。だが、
「…げ…」
口が自由になったとたん、逆流しかけた。
「おおっと」
またしても口を塞がれ、上を向かされる。喉元まで来ていたそれは、再び胃に戻っていく。
「高価い薬を無駄にしてもらっちゃいけねぇ」
苦しさに涙がこぼれた。嘔吐を堪えさせられているうちに、それは胃の中でどうやら落ち着いていったようだった。つまり、胃壁から吸収されていくのだ--
吐き気が治まって、ほっ…と息をついたとき、背筋をぞくりと貫く感覚があった。
「…うっ…」
それは背筋から全身の神経を冒すようにさわざわと広がっていく。
「…いっ…」
両腕を取られているので、身をよじるしかなかった。淫欲の火に油を注がれたよう。体温が上がり、視界がぼんやりしてきた。
「早速効いてきたようだな」
ブラウスのリボンに手がかかった。
馬淵の手でしゅるしゅる…と解かれていく。次はボタンだ。
「…い、いや…」
「媚薬にまみれて気持ち悪いんだろうが」
ブラジャーは先に抜き取られてしまっていたから、乳房も乳首も透けて見えている。それでもブラウス一枚身につけているのと上半身裸にされるのとでは、恥ずかしさが全く違う。
ブラウスが一気にはだけられて、肩までがすっかり露出した。
「…あっ…」
乳房が露わになり、口笛が飛んだ。
続けて腕を抜き取られると、仰向けに寝かされた。両手を頭の上に引かれると、手首に皮のベルトが巻かれていく。抗っていると、蛭田と蛇蝮が左右の足首を掴む。足首には縄がかけられていく。
「…い、いやっ…」
足首の縄は左右に引かれ、両脚は 90 度ほどの角度に開かされてしまった。
「吊されているより楽だろう」
蛭田は目をぎらぎらさせている。
そこへ--
かちゃかちゃ…とガラスの触れ合う音。思わずそちらを見ると、ワゴンに乗せられたステンレスのトレイに注射器が数本並んでいた。
それらを蛇蝮と 3 人が手に取り、今度は淡いピンク色の液体を吸い上げている。
「…なに?…何をするんです…」
「注射するんだよ」
ぎゃははは…と、彼らからも、客たちからも、下卑た笑いが起こった。
「さっきのドリンクで効き目は十分なはずだが、仕掛けは念入りにしなくてはな」
と、蛭田が言う。
「何だと思うかね?」
にやつきながら、怯える私を睨む。
「…ま、また媚薬ですか…」
「惜しい」
「…では…」
4 人がそれぞれ注射器の針先から中の液体を少し押し出す。準備完了だ。
4 か所に打つ気だ。
「…何なんです…」
「感覚増幅剤だよ」
蛇蝮が言う。ひひひ…と陰湿な笑いがあちこちから起こる。
「皮膚感覚が数倍から十数倍に高まるらしい。らしい、というのは、俺たちは自分では確かめてないからな。まあ、おまじないみたいなもんだよ」
嘘だ。おまじないなら、打つはずがない。しかも 4 か所も--
「…いやっ!…いやですっ…」
もともと敏感な肌だ。媚薬オイルを塗りたくられて全身が火照り、何かが這うような淫靡な感覚はずっと続いている。すでに十分すぎるほど感覚は増しているのに、まだ追い討ちをかけるようなことを--
「大人しくしてろ」
左右の腕に蛇蝮と馬淵が、脚には鹿屋と牛津が来て、肘と膝を押さえつけられた。すごい力。
注射器 2 本は二の腕に、もう 2 本は太腿を狙っている。太腿は、ストッキングの縁の上で剥き出しになっている、柔らかい部分だ。
4 か所に針が来た--
「…うっ…」
「動くなよ」
液体が入ってくる。思わず息を止める--
「よーし。じきに全身に回るはずだから」
針が抜かれ、それぞれの場所が手で揉まれている。
私は、どうなってしまうの--
「風が吹いても感じるようになるぜ」
くくく…と馬淵らが笑う。
しばらく何もされずに放って置かれているのは、薬の効果を見るためなのだろう。
ほどなく--
「…いっ…」
腕や脚をざわり、と何かが這ったような--
次の瞬間、それは来た。
「…ああ、あっ!…」
1 万匹の巨大な毛虫にまとわりつかれれば、かくや--という、おぞましい感覚。
身をよじるだけでは堪えられない。のたうちまわりながら、全身をさすっていなくては気が狂いそうだ。
もちろん、手足の拘束は外れない。
「…ほっ、ほどいてっ!…お願いっ!…」
「けっこう効いてるようだぞ」
蛭田が頭の上に来て、汗で貼りついた前髪を額から除けている。
「苦しそうだのう」
先に飲まされた媚薬は身体の芯から、感覚増幅剤は皮膚から、挟み撃ちにするように全身の性感を追い立ててくる。
「…あ、あっ…たすけ…」
「どうしてほしいか、言ってみろ」
もう一刻もこのままではいられない。拘束を解いてほしいと言っても無駄に決まっている。
それで、苦しみのあまり、
「…ほどいてもらえないなら…さすってっ…」
そう言った。懇願した、というべきか。
「ほう」
わざとらしい蛭田の反応が私を追い詰める。
「全身をかね」
「…はっ…はいっ…」
「よかろう…じゃ、おまえたち」
蛭田が合図すると、
へへへ…と口々に下品な声を出しながら私を取り囲む集団。
首を起こして見ると、 20 代と思しき愚連隊の連中だった。
オークションのときに台の上から見たときは作業服や迷彩服を着ていたが、今は上半身裸になっている。肉体労働でもしているのか、みな筋肉はたくましい。間近で見ると、髪の色は茶色のほか、赤かったり白かったり、七色だったりと、むちゃくちゃだ。ピアスは耳のほか鼻とか唇にも。
なんとなく、知性も理性も欠けていそうなのを誇示しているようですらある。近寄られるだけで怖い。
そんな連中が少なくとも 15 人はいて、手足を縛られた私を取り囲み、見下ろしている。
目が合うと、これ見よがしに舌なめずりをして私を怯えさせる。
事態を理解すると、気が狂いそうな性感がまた蘇った。
「…あうっ…ううっ!…」
たまらず声を上げると、
「近くで見ると、また一段とエロいすね、奥さま」
「 35 歳って聞いたからどんなオバサンかと思ったけど、肌とかすげぇ若いし」
口々に言いながら、指を鳴らしたりしている。そして、
「舐めたり吸ったりしてもいいんすか?」
などと言って、またひひひ…と笑う。
「これだけ細工をしてあれば、お前らでも感じさせてやれるだろう」
蛇蝮がけしかけると--
一斉に群がられた。
「…ああああっ!…」
先を争うようにして左右の乳房に 2 人来た。両手で掴んだかと思うと、むしゃぶりついてきた。
「…ううううーーっ!…」
ぐん、と背中を湾曲させたが、大勢に群がられてまた押さえつけられる。。
乳房の争奪に遅れを取った者は、腋の下から二の腕に、あるいは脇腹に、やはり吸い付いてくる。
そして--左右の脚にはそれぞれ 6 、 7 人が来て、指や口を使っている。
指はただ這っているのではない。先に老人たちがやっていたのを真似て、つまんだり揉んだり、爪を立てたり、蟹が這う動作をしたり。同時に舌で舐め、唇を吸い付かせ、歯を立ててくる。
馬淵らが指示するのか、足指までしゃぶられている。
「…いやあっ!…いやっ!…あううっ!…」
「そんな声出されると、俺らコーフンしてもっと頑張っちゃいますよ…ひひひ」
技巧は拙いなりに、それぞれが手探りで私の反応を試しているようだ。
追加の媚薬オイルが浴びせられる。愚連隊たちは、肌がオイルまみれであるのも厭わずにむしゃぶりついてくる--
「天井を見てみろ。自分のありさまがよくわかるぞ」
蛇蝮にそう言われて目を開けると、拷問台とちょうど向き合うように鏡が吊り下げられている。
そこには私が映っているはずなのに、目に入るのはおよそ 20 の頭、頭、頭…、そして手だった。場所を争うように蠢く黒や茶、赤や白その他の色の髪の固まりから浮かび上がるように、やっと私の顔が見つかった。
(…あんなにもびっしりと、私の身体に若い男たちが群がっている…)
そう思うと、ますます官能が高まってしまう。
「…ゆっ…ゆるしてっ!…」
淫欲のマグマが下腹部で煮えたぎっている。いつ絶頂してもおかしくないほど高まっているのに、この状態では煽られるだけで、絶頂には至らない。
そんな私の様子を見通しているように、
「さすってもらいたかったんだろう。お望みどおりのはずだが」
蛭田が追い詰めてくる。
「…こんなの…こんなっ…」
呼吸ができないほどだ。
(…いきたい…いかせてもらわないと…)
「…おかしく…なるっ…」
つい、口に出た。
蛇蝮がそれを聞き逃さなかった。
「何だって」
「奥さまぁ…おかしくなるって、どうなるんですか」
乳首に歯を当てている奴にも聞かれた。
全身を責め立てる手にいっそう熱が入った。
「…ひい、いっ!…ゆるしてっ!…」
「どうしてほしいんだ。そろそろ言わないと、本当におかしくなるぞ?」
蛇蝮のその言葉で、さらに責めはきつくなる。愚連隊たちは夢中だ。
媚薬漬けにされて、感覚増幅剤なども注射されて、狂わされているとはいえ--
この連中の手でそこまで追い詰められたとは、言いたくない。
「言いたくなるようにしてやろうか」
蛇蝮が言うのと同時だった。
ブブブブブブブブブブブ…
「…あぐっ!…ひいっ!…」
忘れていたオルガスタの蠢動--待ち望んでいた、と言うべきか。
ビビビビビビビビビビビ…
蠢動が激しくなる--
膣内のスポットとクリトリス周辺から淫欲が溢れ出しそうだ。
(…いく…いくっ…)
やっとそのときが来た。愚連隊たちにそのいまわの際を見せてしまうけれど--
もう、どうでもよかった。
そう思った、そのとき。蠢動はぴたりと止んだのだ。
「…ふ、う、うっ…」
そうだった--
私がいきたそうにしているからといって、そう簡単には許さないはずだった。
私の絶頂が近いのを察してか、愚連隊たちの責めは極限にまで激しくなっている。
「…いやあっ!…お願いっ…」
「なにがお願いなんだ」
蛇蝮が促す。もう、無理だった。
「…いかせて…いかせてくださいっ…」
とうとう泣き出してしまった。
「ふふふ」
「とうとう言ったな。強情はりおって」
この期に及んでなお、まだ何か企んでいそうな蛇蝮。そして蛭田。
「…許して…もう、無理ですっ…おかしくなる…」
「おかしくなりそうな奴は、自分ではそうは言わんよ」
なんですって--
絶望させられるような蛇蝮の一言に、涙がまた溢れた。
「限界だと感じて自分からいかせてと口にする。そこが言わば臨界点だな。だが」
だが?--
「そこから先が面白いんだよ…くくく…早織、楽しませてやるぞ」
「…どっ…」
どういうこと--
ブブブブブブブブブブブ…
またオルガスタが蠢く。
そして、どこからか--ブンンンンンンン…という電動音。
厭な予感がして、首を起こすと--
蛇蝮と馬淵ら 3 人が、手に手に電気アンマ器を持っていた。
「…い、いやっ!…」
「使ったことがあるのか?」
鹿屋が言うのにつられて、ついかぶりを振ると、
「使ったことがないのに、どうしてそんなにいやがるんだよ」
「実は、奥さまは電マで虐められてみたかった、と?」
愚連隊たちが乳房や太腿から離れる。
かぶりを振り続ける私に、電マ 4 本が迫って--
左右の乳房に、左右の内腿に、
ブンンンンンンンンンン…という重い蠢動が押しつけられて、
「…あぐううううっ!…」
私の全身は上下にがくがくと弾んだ。
乳房を、内腿を、その蠢動が舐める。
「…あ、ううっ!…ひいっ!…」
ビビビビビビビビビビビ…
オルガスタの蠢動も激しくなる。
そして--右の太腿を舐めていた蛇蝮の電マが、ショーツごしにオルガスタの前部にぶつけられたのだ。
クリトリスに電撃を受けたような、堪え難い感覚が来て--
「…だめっ!…もう、だめっ!…いっ…」
いく--そう叫びかけた瞬間。
電マ 4 本と愚連隊たちがさっ…と私から離れ、オルガスタもぴたりと止まった。
「…うううううーーっ…」
爆発寸前で制止され、行き場を失った淫欲のマグマがごぼごぼと暴れている。
絶望的な苦しみ。拘束された手足をもいでしまいたいほど。
「イキたかったよなあ」
はあ、はあ、と追いつかない呼吸をしながら、
「…お願い…お願いですから…」
そう訴えると--
「いいとも」
愚連隊たちがまた群がり、電マ 4 本が来て、オルガスタも動き出す。
「…うう、うっ!…」
ビビビビビビビビビビビ…
オルガスタの蠢動は最大。そこに再び、蛇蝮の電マが来た。
「…ひい、いっ!…いかせてっ!…このままいかせてっ!…」
祈るような気持ちで懇願した。だが--
またしても、一斉に責めが止まる。
「…いやあっ…もう、いやっ…」
「よしよし」
そうして、また始まる--
「…ああああああーーっ…」
もうどのくらい、続けられただろう--
絶頂寸前まで淫欲を煽られては、そこで止められることの繰り返し。
10 回ではなかったはずだった。 20 回を超えていたかも知れなかった。
もともと睡眠不足で体調が思わしくなかった私の身体は--
卑劣な作用をもたらす薬を身体の内外から盛られ--
たびたびの精神的な衝撃のためもあり、男たちの執拗な性拷問に屈して、とうに限界を超えていた。
意識が朦朧として、声も出せなくなった。
最後の寸止めのとき、げぼり、と泡を吐いたようだった。
「どうやら出来上がったようだの」
蛭田の声が聞こえたような気がした。
下腹にひやりと金属の感触があった。ハサミのようだ。
ジョキリ…とショーツを切られた。 2 か所にハサミが入り、ショーツは抜き取られた。
「おうおう…これは綺麗な」
90 度に開かされた両脚。その間に、蛭田がいた。愚連隊たちは離れて、蛇蝮らとともに蛭田の背後にいる。そして私の秘部に視線を集めている。
オルガスタが慎重に抜き取られる--
「こんなことでイクんじゃないぞ。もったいないからな」
蛭田がそこを覗き込んでいる。
「こんなに溢れさせてしまって、可哀想にのう…ん?…」
手がそこへ伸びて、
「…あっ…」
何かをつままれた。
思い出した。女性用コンドーム--
さんざん悶え苦しむうちに膣内でよれて、はみ出してしまったのだ。今となっては子宮口を塞ぐ役割はとうに失って、単なる異物となっていた。
「これは何だ?…なんだなんだ…」
蛭田の指がそれを引きずり出す。
「コンドームのようだが」
最後は輪の部分をすぽん、と抜いた。
「ははあ、女性用コンドームですな。その半分というか」
蛇蝮目を見られて、視線を逸らした。
「こんなもので子宮を塞いで、避妊しようとしていたわけか」
蛭田がそれを手でつまんで周囲に見せつけている。
「…やっ…」
「あざといというか、愚かというか」
蛇蝮が頭のそばに来た。髪を掴まれた。
「相手は 17 人だと思って来たわけだよな。 17 人とやりまくって、楽しむだけ楽しんだ上に妊娠はしたくないとか、虫のいいことを考えていたわけだ。実にけしからん」
「それもそうだが」
蛭田が再び顔を近づけている。その姿勢で、何をされるか、わかった。
「こんなもので大量の精液をはね返せるはずがなかろうに、わざわざ無粋なものを仕込みおって…その愚かさが許せんのお」
蛭田の指が花弁をくつろげている。
「そういう女はたっぷりと懲らしめてやらねばな」
かぶりを振る私を睨みながら、蛭田の頭が太腿の間に沈む--
「…ああ、ああっ!…」
すっかり敏感になった秘部に、ぺちょり、と熱く潤った肉の感覚。
押しつけられた唇が蠢きながら、ずずずっ…と、滲み出した愛液をすする。
「…うううーーっ…」
「うまいぞ」
クリトリスから秘裂、会陰、アヌス…と唇が這い、往復しながら、粘膜の襞を舌先でくすぐる。
「…あっ、あっ…だ、だめっ…」
足首は縛られ、太腿は蛭田の腕にがっしりと押さえられる、その被虐感が私の官能を極限にまで追い立てる。
そして、蛭田の歯にクリトリスの包皮を剝かれた、その瞬間。
「…あ、ぐ、うっ!…いくっ!…」
私は、待ちに待った絶頂へ導かれた。同時に--
びゅうううううッ!…
子宮の奥から熱い液体が湧き出して、蛭田の顔面にそれを浴びせた。
「…うううーっ!…うっ…うむっ!…」
さんざん寸止めされたあげくの絶頂は、身体をねじ切るほどの辛さを伴うものだった。
びゅうッ!…
びゅッ!…
液体が何度も噴き出す。全身を快楽が貫き、私の身体は拷問台の上で何度もバウンドした。
「ひょおおおおおーーーっ!」
周囲から大歓声が起こり、私は我に返る。
「潮吹きってやつ?」
「すげえすげえ、初めて見たぜ」
潮を吹いた。寛との時にもあった、あれだ--
「これが目的で責め抜いたわけだが、見事だ。これほど盛大なものとはな」
顔じゅうの愛液を手でぬぐいながら蛭田が言い、そしてまた頭が沈んだ--
「…ひい、いっ!…」
蛭田は私のそこを愛おしむかのように、丹念に唇を、舌を、そして歯を使ってくる。
一度昇り詰めてしまうと感覚はさらに鋭敏になって、加えられる責めの重みは増す。
そして--たちまち二度目が来て、
「…いくっ!…」
びゅううううッ!…
またしても潮を吹いた。でも今度は蛭田は離れず、顔を埋めたままだ。その手も私の腰をがっしりと捕らえて放さず、執拗なクンニリングスは続けられている。
「…だっ、だめ…またいくっ…いく、うっ!…」
すぐに三度目。
びゅうううッ!…
絶頂の感覚が狭まってきた。
「…ゆ、ゆるしてっ…」
そのまま続けて 10 回絶頂した。自分で数える余裕などなかったが、私がいくたびに周囲の男たちが何度目かと言って騒ぐのだ。
蛭田が私から離れるころには頭の中が真っ白になり、全身の痙攣が止まらなかった。
「ずいぶん楽しんだようだが」
クチュ…
横に立つ蛇蝮の指が入ってきた。
「…あっ!…うっ!…」
「さんざん溜め込んだから、まだまだイケるはずだ。何度吹けるか、試してみような」
「…う…もうだめ…もう、いけない…」
「イカせてくれと懇願したくせに、何を言ってる」
蛇蝮の指ははじめ 1 本、そして 2 本になり--
「…あ、あっ!…」
「ここか」
敏感なスポットをすぐに探り当てた。そして--
クチュクチュクチュクチュクチュ…
そこを激しく摩擦し始めた。
再び淫欲が高まり、やがて堰が切れた。
「…あっ、いやっ!…」
蛇蝮が指を抜くのと同時だった。
びゅうッ!…
「 11 回目ぇ」
と、周囲から歓声。
立て続けに絶頂し、そして潮も吹かされてしまう--
子宮が締め付けられるような、鈍い痛みが起こっていた。
蛇蝮の指がまた入ってくる--
「…お、お願い…お腹が…」
「あん?」
「…お腹が、痛むの…少し、休ませて…」
「激しくイッたから、子宮が悲鳴を上げとるんだろう。だが、それで休もうとは甘いな」
「その通り。あざとい計略の罰だと思え」
愚連隊たちが再び群がってきた。今度は蛭田が電マを持って、 3 人とともに追い討ちをかけてくる。
もう、悲鳴を上げる気力はなく--
「…うっ、いくっ!…」
びゅッ!…
たちまち昇り詰めた。ぎゅう、と子宮が収縮して、鈍痛が増す。
「…う、うっ…むうっ…」
全身を包む快楽と下腹部の重い痛み。脚がぴくぴくと痙攣する。
「さすがに量は減ってくるな」
「…もう、もうだめ…」
「馬鹿を言え。一滴残らず絞り取ってやるから、覚悟しろ」
蛇蝮の手にはバイブレータが握られていた。先端がちょうど 2 本の指のようになっている。
がしゃがしゃがしゃ…と、それは凶暴な前後運動をしながら私の中へ入ってきた。
「…きゃあ、あっ!…」
びゅううッ!…
びゅうッ!…
あまりに激しい刺激に、立て続けに昇り詰める。
全身の性感帯を貪られながら、 4 本の電マと凶悪なバイブに苛まれる私。
恥ずかしい悲鳴と、快楽と愛液を絞り取られていく。
それからいったい何度いかされたのか、 20 回というカウントを聞いたあとはわからなくなった--
9 陵辱の輪
目が覚めると、浴室でバスタブにつかり、蛇蝮ら 4 人に身体を洗われていた。
彼らは上半身裸でバスタブのまわりにしゃがみ、スポンジを使っている。私はストッキングも脱がされて全裸。だがもう、羞恥心は起きなかった。
ほどよい熱さの湯とスポンジの刺激に身を委ねるうち、頭がはっきりしてきた。
下腹部の鈍い痛みはまだ残っている。
絞り取られたのだ--空っぽになるまで--
一瞬、これで許されて帰れるような気がしたが、そんなはずはなかった。きっとこれから輪姦されるのだ。その前に身体を清められているのだろう。
90 人--ということだった。
私ひとりに対して、信じられない人数。一晩では終わらないのに違いない。
それより、私は最後まで生きていられるのだろうか。
「気がついたか」
蛇蝮のほうへ顔を向ける。よく見るとギプスがなかった。ほかの 3 人も同じ。
「…蛇蝮さん…」
「なんだ」
「…ギプス、どうしたの…」
「もう外してもよかろうと思ってな。不自由だしな」
3 人は黙々と手を動かしながら、私と蛇蝮の会話に聞き耳を立てているようだ。
「…やっぱり、嘘だったのね…」
「今となってはもう、どちらでもよかろう」
「…騙されるなら、最後まで騙されていたかったわ…」
「ふん」
ムチ打ちが嘘だとわかれば、次の疑問が湧く。
それを訊こうとする前にバスタブから出された。バスローブを纏い、脱衣所の化粧台の前で身支度をするように言われた。もちろん、男たちの前に再登場するためだ。化粧を直したあとは下着も着けず、ストッキングだけ履けという指示だった。
あちこち伝染してずたずたになり、さらに媚薬まみれになったストッキングは捨てた。今度はシンプルな黒で、ガーターベルトはなし。オーバーニーソックスのように太腿の上部で止めるものだ。
渡されたペットボトルの水を飲んだ。 500 mL をすぐに飲み干してしまうと、ようやく自分の身体の渇きに気がついて、もう 1 本もらった。 2 本目を飲んでいるうちに精気が戻ってきた気がする。
全身に塗りたくられた媚薬オイルが洗い流されても、肌から染み込んだ成分は簡単に抜けはしない。無理矢理飲まされたり注射されたりしたのはもちろんそのままで、その作用はまだ続いている。大量の液体を絞り取られたあとでは、さすがに淫欲は治まっているが--微熱のような身体の火照りがあり、ざわざわと全身を毛虫が這うような感覚もある。
少し離れて私を見る蛇蝮が鏡に映っている。ほかの 3 人は広間に戻ったようだ。
振り向いて、さっき湧いた疑問をぶつける。
「…蛇蝮さん…」
「なんだ」
「…ひとつ聞いておきたいことがあるの…」
蛇蝮が近づいてくる。
「…どうして…こんなに手の込んだことをしてまで、私を…」
「私を?」
「…私を、辱めるの…」
「 1 年前に商工会議所の忘年会に出ただろう」
「…ええ?…」
「そこで蛭田さんに見初められたんだ」
(…あっ…)
どこかで会ったことがあると思ったら--
言われれば、思い出す。夫との年齢差のことなど、いろいろ訊かれたのだ。
「一目惚れしたそうだぞ」
(…そんな…)
それは、そんな感じだったけれど--
「…それで、この仕打ちですか…」
「蛭田さんの趣味なんだよ」
耳を疑った。
「…どういう意味…」
「サディストってのはな、女を虐めて快楽を与えるのが自分の快楽なんだ。ただし蛭田さんはもっと屈折していて…自分ではもう勃たないからだそうだが…大勢でひとりの女を嬲り者にするのが極上の喜びなんだよ」
「…それで私を、生贄にしようと?…」
「蛭田さんとお前は、ちょうど裏返しで願望が一致してるじゃないか」
「…ひどい人たち…」
「だが、お前にとっては願ったり叶ったり、だった」
もう、その件には反論はしない。
「それでな…これは俺だけが知らされてるんだが」
そう言ったあと、少し間があって、
「蛭田さん、余命幾許もないらしい。癌でな」
言葉が出なかった。
「生きているうちに、何としてもお前を陵辱したかったそうだ。それで俺たちは協力してる」
身勝手なものだ。冥途の土産に、私を陵辱したいだなんて--
けれども--
ひどく歪んでいるとはいえ、そんなにまで私を欲しいと思う人を、心底から憎む気にはなれない。
異常としか思えない仕打ちだけれど、背後には深い愛情すら感じてしまう。
私もまた、どうかしているのか--
「ついでに、もうわかってるだろうが、寛も協力者だ」
もう驚かなかった。全体が嘘なのだから、寛との不倫も罠でなくてはおかしい。
「…寛とあなたたちは、いつから?…」
「 2 か月前だ。今回の計画のためにスカウトしたんだよ。たいした演技だっただろう」
あの日--額を床に擦りつけて私を求めた寛が、グルだった。
私を好きだったというのも、嘘だったのだろうか--
そう思うと、涸れていたはずの涙がまた出てきた。
「悲しいのか」
「…だって…」
「あれはあれで、満足したんだろう」
その通りだ。だが、ここで素直に肯定はできない。
「寛からいろいろ聞いているぞ」
「…え?…」
「全身が敏感だってな。脚は脚じゅう感じるって、自分で白状したんだろ」
「…やっ…」
「今さら恥ずかしがることでもないだろうが」
寛は、私の身体を味わいながら、品定めしていたのだ。それを蛇蝮たちに報告--
「潮吹きの素質があることもな」
「…やめて…」
「ふふ…そういう反応を見せながら、こうやって言葉責めされるのが好きなんだよな」
なんということだろう。クリトリスが充血してきていた。秘裂も潤いを取り戻している。
あんなに絶頂させられて、大量の愛液を絞り取られた後だというのに--
両手で頬を押さえた。
媚薬の作用のせいもあるに違いない。けれども--
私は、自分の置かれた状況そのものに官能を高めていた。
蛭田という異常者に目をつけられ、悪夢のような陵辱の生贄にされる。
身内まで抱き込んだ罠にはめられ、恥ずかしい願望を暴露されて、
身体を狂わされる薬を盛られて性の拷問を受け、大量の潮を吹かされ、
精も根も尽き果ててからは、終わるとも知れない輪姦が待っている--
これほどまでに蹂躙されるのは、私にそれだけの魅力があるからだろう。女冥利といえば、その通りだった。
「まだあるぞ。お前はデカイのが好きなんだろう」
(…それは…)
確かに、寛に抱かれてそう思ったが、口にしてはいない。
「寛のはでかかっただろ。それをすんなり受け入れて痛いとも苦しいとも言わず、しっかり快楽を求めた上に、締め付けてきたってな。小柄で、細身で、尻も小さいのにな」
「…そんなことまで?…」
「あいつは金はないがもてるから、女には一応不自由していない。だから比較できるわけだが、お前は他の女
とは全く違ったそうだ。大抵の女は寛のを見て、入るかしらとか、大きすぎるとか、口にする。挿入したとしても辛そうにしていて、激しく感じたりもできない。普通は絶頂もしない」
それは、私には思いがけないことだった。
「だから、お前が寛のを受け入れて感じまくったので、寛も感激したと言ってたぞ。惚れ直したってな」
「…勝手だわ…」
「そうだな」
「…惚れ直したのなら、私を守ってくれればいいのに…」
「まあ、俺たちを裏切るのは無理だよ」
「…だとしても…」
「ふふふ…わからんのか。あいつも蛭田さんや俺らと同類だったよ。お前が陵辱ショーの生贄になるというシチュエーションに燃えていた」
私は、完全に包囲されていた、ということ--
「お前は… M のオーラでも出ているのか、ある種の男たちにそんな気を起こさせるものを持ってるんだろうな。自分でも願望があったわけだしな」
饒舌気味な蛇蝮をよそに、いま思い至ったことがあった。
「…まさか、寛はここへは?…」
この場面で寛に会いたくはなかった。
「あいつは今日は裏方だ」
「…何ですって…来ているの?…」
「ただし登場はさせない。ひとりだけ長身のイケメンがいたら浮いちまうだろう。場にふさわしくないんだよ。だから別室で録画担当だ」
ちょっと待って--
「…録画って…」
「ビデオを回してるんだよ」
「…そっ…そんなっ…」
「お前のような上玉が拷問を受けて潮を吹いて、何十人もの男にマワされるんだぞ。こんな極上のイベントを録っておかない馬鹿はいない」
「…いやっ…」
「心配するな。蛭田さんや俺らや、一部の年寄りがお宝として持っているだけで、世間に流通したりはしない。これこそ、金のある奴だけの特権だ」
「…それでも…」
恥ずかしい願望を暴露されるところも、きっと撮られているのだろう。
でも--拒んでも、もう手遅れだ--
「…それじゃ…寛は、別室で見物してるんですね?…」
「ああ。きっと、目をらんらんとさせながらな」
ドアをノックする音。
ドアが開き、牛津が顔を出した。
「ハミさん、そろそろ」
「おう、そうだな」
蛇蝮と牛津がすぐ横に来た。牛津は手に縄を持っている。
「…また縛るの…」
「腕だけな」
牛津が私の両腕を掴み、背中に回す。両手首を組まされると、そこに蛇蝮が縄をかけていく。
最初にジャケットの上から縛られたときより、入念だ。手首を戒めた縄は胸の上下に回され、乳房をくびりだすように挟む。下側の縄には腋のところでさらに止め縄がかけられ、私の上半身は完全に自由を奪われた。
「…縛られなくたって、抵抗できないわ…」
「蛭田さんや俺らの趣味だと言っただろう。お前も嫌いではないはずだしな。それにな」
「…それに?…」
縛られていたほうが、諦めがつくけれど--
「抵抗したくなるはずだぞ。逃げ出したくなるというか」
ずっと黙っていた牛津が、くくく…と声を出した。
「…どうして?…」
「覚悟はできているのか」
「…きゅ… 90 人の相手を…するのでしょ…」
それ以上にひどいことがあるはずがなかった。けれど--
まだ何かあるような気配。
「そうなんだが…覚悟ができてしまっていては、つまらんのだよ」
くくくく…
牛津はまだ卑猥な笑い声を立てている。
「…なに?…」
「オークションで、 100 人と言いかけただろう」
人数を当てろと言われたときのことだ。
「だから、というか、キリのいい数にしようということで、 10 人増やした」
「…え…」
少し身構えたが、ひどく驚きはしなかった。 90 人が 100 人になっても、今となっては大した違いではない。
だが--単に数が増えたということではないような--
「ほらな。大した違いはないと思っただろ」
「…そ、それは…」
「ふふふ…その 10 人というのが特別な奴らでな」
「見せますか」
牛津が言う。おう、と蛇蝮が言うと、牛津が自分の携帯を取り出し、
「この連中だ」
と言って、私に写真を見せた。
上半身裸で写っている 10 人の肌は、みな濃い黒色だった。
「…こっ…」
「黒人だ。 Q 市のとある施設で働いてる」
「みんなでかそうだろう。平均身長 190 cm 。一番でかいこいつが 210 cm だとよ」
「当然チンポも特大だ。デカイのが好きなお前のために来てもらった」
蛇蝮と牛津が交互に喋る。
「…そっ…そんな…」
「全員 30 歳前後なんだが、女にちょっと不自由しててな。35歳の日本人女性はどうだ、とお前の写真を見せたら大乗り気だった」
「ショーとしても面白いから、最初はそいつらの相手だ。いいな」
寛のものが巨根だとして、それが私と相性がいいとしても、黒人のものはまた別格のサイズだろう。そのくらいは知っている。
「…いっ…いや…黒人のなんて…」
「人種差別はいけないな、奥さま」
牛津が顔をにやつかせながら言う。
「…違うわっ…そんなことじゃ…」
「他の客たちも楽しみにしてるんだ。身長 156 cm のお前が 2 m 近い奴らにサンドイッチにされてヨガる構図は、さぞや絵になるだろうとな」
と、蛇蝮。
「…サン…」
その一言は、私を狼狽の極致に追いやった。
「前と後ろに 2 本突っ込まれるんだよ」
「…う、後ろって…」
「アナルだ。決まってるだろうが」
「…いやっ!…」
立ち上がって、逃げ出そうとした。だが、疲労困憊しているうえ上半身を拘束されていては、思うように身体が動かない。たちまち牛津の手に捕らえられた。
「…お願いっ!…無理ですっ!…ぜったい無理っ…」
そんなことをされたら、壊れる。
ただでさえ、 90 人もの相手をしなくてはならなかったのに--
「あれだけ潮を吹かされて消耗してるはずだってのに、奥さまはますます色気を増してる気がするね」
もがく私を牛津が制する。
「あいつらも昂奮すると思うぜ」
「潮吹きショーのあたりから見物してただから、連中はもう出来上がってるはずだ」
蛇蝮が脱衣所のドアを開ける。
私は牛津に縄尻を取られて、脚をもつれさせながら広間へ引き立てられていく--
広間には黒人 10 人が待ち構えている。
私は、ストッキングしか身につけていない全裸だ。こんな姿で彼らの前に登場を?
「…やめてっ…お願い、助けて…」
「あいつらは慣れてる。されるがままに身を任せていればいいんだよ」
慣れてる、というのは--
前後からサンドイッチにして犯すことに、ということらしい。
「そうやって抵抗するのを引き摺りこむのも、いい演出になるな」
「…蛇蝮さんっ!…私、お尻なんてっ…」
「心配いらん。普通はそうだからな。連中も心得てるさ」
ばん、と広間の扉が開いた。
中は--眩しいほどに煌々とている。
真っ白な光の中に、全裸で連れ込まれた。
そして--
広間の中央には、写真で見た 10 人の黒人がすでに全裸で勢揃いしていた。
黒光りするたくましい筋肉の、巨大な塊。
離れて見ても、棍棒のように長大で太いペニスがずらり、と勃起していた。
口笛が飛ぶ。
不意に突き飛ばされた。
「…あっ!…」
転げるようにして倒れ込んだのは、黒人たちの手の中だった。
「…いやあっ!…いやっ!…」
みな大きい。こんな巨大な人間を、間近で見たことがない。
ひとりに、軽々と抱き上げられた。
10 人の顔が寄ってくる。
「…いやあ…」
恥ずかしくて、怖くて、泣いた。
「コワガルコトナイヨ。可愛イ奥サン」
「マズハ、うぉーみんぐあっぷネ」
宙に浮いたまま、左右の膝を掴まれ、開かされた。
「…あっ、いや…」
「くんにりんぐすガ好キナンダロ」
正面の男はそう言うや、頭を沈めてきた。
「…うっ!…うう…」
分厚い唇と長い舌が秘裂をなぞり、クリトリスをついばんでくる。
背後の男に乳房を揉まれ、乳首を摘まれた。
「…あうっ!…あっ…いやあっ!…」
見かけどおり乱暴な動作だが、性感帯を責め立ててくるその動きは、信じがたいほど繊細だった。
唇を奪われた。舌が侵入してきて、私の舌を絡め取り、あるいは歯茎を愛撫する。
太腿やふくらはぎにいくつも頭がくる。
そして--
「…ひ、い…いっ…」
アヌスにも別の舌が来たのだ。
粘膜の襞をちろちろとなぞっては、舌先を中に入れてくる。
「…ああっ!…ううっ!…」
黒人たちの責めは熱気を増していく。
宙に浮かされたまま全身を貪られて、私の体内の淫欲もまた煮えたぎっていく。
(…犯す前に…また、いかせるつもりなの?…)
いきなり挿入される心配はなくなった。だが、別の心配が起こる。
私の身体にはもう、体力は残っていないのだ。もともと体調は良くなかった。
たびたび絶頂していてはさらに消耗を激しくする。
堪えなくては--
と思ったそのとき、
「奥サン、くりとりすが完全ニ勃起シテルナ」
はっ、とそちらを見ると、クリトリスの包皮が指で巧妙に剝かれ、そこに歯が来た。
するどい刺激に、
「…ひいっ!…いくっ!…」
私はあっけなく堪え性を失った。さすがにもう、何も出ないのだが--
そのとき。
アヌスにねっとりしたものを塗られる感触があったーー
そう思うと、ずぶり、と指が来たのだ。
「…うっ、いやあっ…」
「後デコッチヲ使ウンダカラ、ホグシテオカナイトナ」
太い指が直腸をこねまわし、何かを塗り込んでくる。ローションだろうか。
指はやがて 2 本になり--
その間にも、クンニリングスは続き、全身への愛撫も止まることはない。
ほどなく、
「…いやあっ!…いくっ!…」
また昇り詰めた。群がる黒人たちを振り払わんばかりに、全身が震える。
「奥サン、あなるヲ責メラレルノガ好キナヨウダナ」
「デハあなるカラ行クカ」
彼らの会話が耳に入っても、抵抗する気力はない。
前の男が上半身を起こし、私の身体を胸に載せる。両手がお尻の肉を左右に割る。
「力ヲ抜イテルンダゾ、奥サマ」
思わず振り向いたが、見えはしない。
だが、私のお尻を何かが狙っているのはわかった。
アヌスを犯される。それも、とてつもなく大きなものに--
「…いっ…いやあっ…」
巨大な体積の肉塊が押し当てられる。お尻の肉を割く手に力がこもる。
(…あっ…)
次の瞬間、それはずぶり、と貫いてきた。
「…っ…」
初めは、あまりの体積に驚愕していた--
「…あ…あ…」
呼吸もできないでいたが--
それがゆっくりとピストン運動を始めると--
「…きゃああああっ!…」
涙が散った。私は精一杯の力で仰け反っていた。
「コンナニ小サナ尻ナノニ、チャント入ッタゾ、奥サン」
すちゃっ、すちゃっ、と、その剛棒は着実にピストンを繰り返す。
直腸の粘膜が引き摺り出されては、また戻される。
「…ひいいっ!…や、やめてぇっ!…裂けるっ!…」
「ソウダ。力ヲ抜イテイナイト裂ケルゾ、奥サン」
その感覚にわずかに慣れてくると--
直腸の感覚に異変。
むず痒いような、切ないような、淫靡な感覚が起きている。
媚薬がまだ効いているのか。それがアヌスに?--
それとも、先ほど塗り込められたローションにも媚薬が?--
「…ああ…ううっ…い、いや…」
ピストンを続けられるうちに、そこの官能も高まっていく。
「初メテノクセニあなるガ感ジルノカ」
恥ずかしくてかぶりを振った。だが、
初めて味わうアヌスの性感に、私は堪え性がなくて--
「…いい、いっ!…いくっ!…」
がくがくと震えながら、あえなく昇り詰めた。
「オオ、オッ」
背後の男が呻いている。
「スゴイ締メ付ケダ。イッテシマウトコロダッタ」
「初メテノあなるデイク女ヲ初メテ見タ。大シタ好キ者ダナ」
前の男が、まだ痙攣を続ける私の身体を背後の男に預けた。
「デハ、前ニモ入レテヤロウ」
はっ、と我に返ると、秘裂にそれが押し当てられていた。
ずうっ…と、一気に侵入された。
「…きゃああああっ!…」
深々と私を貫いたそれは、膣壁を抉り、さらに子宮口をこじ開けてくる。
今度こそ裂けると思った。
「…たっ、助けてえっ!…」
「タップリ楽シマセテヤルヨ」
前の男もピストンを始める--
「…ひいいいっ!…あぐう、うっ!…」
両腕を後ろ手に縛られ、上半身をがっちりと戒められたまま--
前の男に太腿を抱えられ--
私は前後を貫く剛棒に突き上げられている。
2 本の長大なものが、薄い肉壁を隔てて擦れ合う。
やがて、それまでよりも重い絶頂の波が来て--
「…ぐ、うっ!…いくっ!…」
激しく昇り詰めたそのとき、
「オオオッ」
「ウオッ」
どぴゅ、どぴゅ。
どぴゅ、どぴゅ。
前後のペニスから交互に精液が吹き上がるのがわかった。
どろどろとした熱いものが、腸内に、膣内に--そして子宮の中に?--
「…うう、うむっ…」
男 2 人がそれを抜き取る際の刺激で、私はさらに昇り詰めた。
呼吸が苦しい--
まだ絶頂の波に震えて喘いでいる私の身柄は、すぐに別の男 2 人の手に引き渡される。そしてまた前後から犯されるのだ。
彼らが射精するたびに私も一緒に絶頂していてはだめ。されるがままにじっと堪えて、嵐が通過するのを待たなくては--
そう念じていたが、私の身体は制動のきかない車のように暴走し始めていた。媚薬の作用なのか、私がもともと淫乱なのか、膣内や腸内にペニスの抽送を受けるとあっけなく昇り詰めてしまう。前後を 2 人に貫かれると、彼らが射精を遂げるまでに私は 3 度も 4 度もいってしまうのだ。
こんなことが続いたら死んでしまう。すでに「潮吹きショー」で最後の一滴まで絞り取られ、身体はぼろぼろになっているのだ。
それなのに、身体は言うことをきかない。黒人たちが私の中で快楽を貪るのに同調して、私も快楽を求めてしまう。
気がつくと、拷問台の上に寝かされていた。
どうやら黒人 10 人、 2 人一組で 5 組の「サンドイッチ」は通過したらしい。
全身の関節が外れたように、身体に力が入らなかった。
このあとは、 90 人の相手をするのだ。
蛭田を筆頭に年齢順ということらしく、しばらくは老人が続いた。彼らは昂奮していながらも勃起が維持できない。それで“代用品”としてバイブレータで私を犯し、それに電気アンマ器を合わせてくる。またしても媚薬オイルを浴びせられた全身には老人たちがひしめき、“順番”の男への加勢に余念がない。
口には誰のものとも知れないペニスが半勃起の状態でねじ込まれ、やがて射精を果たしていく。その汚濁を吐き出そうとする間もなく次のペニスが入って来るので、嚥下せざるを得ない。
ずっと吐き気に苛まれ、呼吸もままならない状態で口を犯され続け、一方では全身の性感帯への責めとバイブで繰り返し絶頂させられて、私は悶絶寸前だった。黒人 10 人も過酷だったが、これもまた辛すぎた。
いまは蛭田のものに口を犯されていた。完全には固くならないものの、口で受け入れるには辛いサイズ。それに喉奥まで侵入されたとき、
「…げっ…」
とうとう吐いた。だが蛭田のペニスに出口を塞がれて出せない。
「わしが出すまでは許さん」
私が嘔吐しているのを承知で蛭田はペニスを抽送する。
またバイブの動きが速まり、電マの蠢動が重くなる。全身への責めは止まない。
「…うむっ!…」
また絶頂した。苦しみに背を湾曲させ、身をよじった。
「うっ…美しい」
そんなことを言った直後、
どぴゅ、どぴゅ。
喉元まで来ている吐瀉物にふりかけるようにして、蛭田が射精した。
「ふーっ…ふーっ…素晴らしいぞ、早織」
蛭田が離れていく。そこでようやく、
「げええ」
私は嘔吐を許された。どろどろした白い精液に茶色い胃液が混じった、おぞましい吐瀉物。そんなものが胃の中にあったという思うが次の嘔吐を呼んで、また吐いた。今度は胃液だけだった。
「思えば俺の前でよく吐く奥さまだ」
ふと両脚の向こうを見ると蛇蝮がいた。
「楽しませてもらうぞ」
その短軀には不釣り合いな長さのペニスが勃起していた。ところどころに不気味な突起がある。
ずっ…と貫かれた。
「…あああっ!…」
「潮吹きショーの時からかれこれ百何十回かイッてるはずだが、よく正気を保っていられるな」
蛇蝮のペニスの突起が膣内のあちこちのスポットを摩擦する。それはバイブで責め立てられるのよりも過激に私を追い詰め、数回ピストンを浴びせられただけで、
「…いくっ!…」
あっけなく絶頂した。だが蛇蝮は構わず抽送を続けている。
「いい女だ。蛭田さんでなくても夢中になるな」
両手で私の乳房を弄ぶ蛇蝮。目を閉じ、愉悦に浸っているようだ。汗が滴り落ちてくる。
このカミソリのような男まで、私の中で快楽を貪ろうとしている--
「…蛇蝮さん…」
「なんだ」
「…気持ち…いいですか…」
「ああ」
そう言われて、なぜか気持ちが安らいだ。涙がこぼれた。
「そんな口をきける余裕があるとは、正直驚きだ」
抽送が速まる--
「…あっ、あうっ…」
「その調子なら、最後までもつだろう」
「…だっ…だめっ…」
蛇蝮のものが深々と抉り込み--
「…いくっ!…うむっ…」
また昇り詰めると、
「おう」
どぴゅ、どぴゅ。
蛇蝮が射精する--
代わって入ってきたのは馬淵だ。鹿屋と牛津も傍に来ている。
「綺麗にしてもらおうか」
蛇蝮に髪を掴まれ、自身の精液と私の愛液に濡れたものを含まされた。
「まだ 75 人いるんだが」
見上げると、蛇蝮と目が合った。
「 1 巡したところでひと休みさせてやる。食事もな。老体たちや俺らは 2 巡目はないが、若い連中も黒人たちも 1 度では済まない。延々とマワされることにから、まあ 3 日くらいはここにいることになるだろう」
馬淵が呻き、汚濁を噴き上げる。彼がせわしなく離れると、鹿屋が来る。
いま私は、いかなかった。
このままいかずにいられれば、されるがままに堪えていればいいのだけれど--
今朝までは避妊をどうしようかとあれこれ考えていたのが嘘のように、どうでもよくなっていた。
いったいなぜ、私はここにいて、 100 人もの男たちに陵辱されているのか--そのこともまた、意識からは失われていた。
私の体内に流し込まれ、溢れ出す精液。身体のあちこちや拷問台、床にも飛び散っている。
大量の精液は、彼らが私に欲情している証。
私は、男たちの欲望の対象。
蹂躙され、快楽を絞り取られながら、男たちの快楽も絞り取る。
その精液の海に溺れていく、私は生贄--
(C) 2011 針生ひかる@昇華堂