魔法少女レイナ(サンプル)

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1 変死体

 空に吸い込まれそうな秋晴れの日が続いている。朝夕は上着なしではいられないほど冷え込むようになってきた。
 北国の秋は美しくて、とてもはかない。ほの暗い青空の下で、忍び寄る厳しい冬に怯えるかのように、一瞬の輝きを見せる−−
 そんな、私の大好きな季節に、ここ L 市周辺では怪事件が続いていた。
 女性が変死体となって見つかるのだ。何者かにレイプされた、無惨な姿で。
 これまでの犠牲者は 4 名。 21 歳の大学生、 23 歳の OL 、 18 歳の高校生、 19歳の専門学校生、と若い女性ばかり。みな全身に擦過傷や打撲の痕が見られるほか、膣と肛門には丸太でも押し込まれたかのような激しい裂傷を負っていた。そして、ひどい脱水症状。検死の結果、直接の死因はそれらによる衰弱とショックであろうということだった。
 死ぬほどの陵辱を加えたあげく、本当に犯し殺してしまう。その、容赦のない痛めつけようから、加害者はひとりではなく複数であると考えられていた。
 上のこと以外にも、ただの暴行致死ではないと思われる共通点がいくつかある。
 まず、ショック死でなく凍死ではないかと見間違うほど遺体が変色していた。まだ秋も半ばだというのに、まるで厳寒期の野外に全裸で放置されたような状態だったらしい。
 また、遺体は粘性の高い液体にまみれていた。その成分は水分のほかにはおもに有機物で、生体から分泌されたものであるのは確かだが、人間の体液ではない。しかも堪えがたい悪臭を放っていたという。
 −−こんなことを、テレビのニュースやネットの記事で知り得ていた。
 謎は多く、犯人については何の手がかりも掴めていないらしい。
 いったい−−
 丸太でも押し込まれたような裂傷とは、何で犯されたのだろう。
 いくらなんでも、そんな太いペニスがあるものだろうか。それとも、ペニス以外のものを挿入されたのだろうか。巨大な棒状のものとか、それこそ丸太とか? しかも前だけでなく、お尻にまで?
 だとしたら、それは何のために?−−
 それに、夏の最中ならいざ知らず、この季節に脱水症状とは−−
 また、凍死とも思われるほどの低温にさらされたのは−−
 そして、悪臭を放つ粘液とは−−
 友達の間では、ネット上に飛び交う真偽不明の情報が誇張されて伝わり、誰のものともつかない創作も加わって、“恐怖のレイプ魔集団”の存在がしきりに取り沙汰されている。彼女らによると−−
 裂傷については、「フィストファック」をされたからに違いない、と。
 フィストは握りこぶし。こぶしを握るかどうかはともかく、腕を挿入する。そんなことをしたがる変態というかマニアがこの世にはいるらしいのだ。膣は赤ちゃんが出てくるところだから、挿入するものを徐々に太くしていけば腕も入るようになる道理だけれど、いきなり腕を挿れられたら裂けるに決まっている。
 脱水症状の原因は、陵辱されながら「快楽責め」というのをされて、大量に「潮を吹かされた」ためであるという。それで体力を消耗したうえ、夥しい数の男に輪姦されて、衰弱した。悪臭を放つ粘液は、快楽責めのためにローションとか「媚薬」を全身に浴びせたものではないか−−
 同い年の女の子からこんな言葉を聞かされるとちょっと引いてしまうが、もし本当だとしたら、そいつらは度を超した変態の集団だ。
 それにしても、フィストとか輪姦は意味がわかるけれど、快楽責めだの、潮を吹かされるだの、媚薬だのは、ピンと来ない。
 「快楽責め」をされると、気持ちよすぎておかしくなるのだろうか。「潮を吹く」って、男性が射精するようなことだろうか。
 「媚薬」を塗られると、感じやすくなってしまう?−−そんな都合のいい薬が、本当にあるものだろうか。
 彼女たちは自分で言って自分で興奮しているようなところもあるのだが、聞かされている側としても不安で落ち着かない。
 快楽責めや潮吹きや媚薬はともかくとして、大勢の男の人に襲われて代わる代わる犯されたら、どうなるのだろう−−
 ベッドに横になると、つい考える。このところ、眠る前はいつもこうだ。
 私の場合は処女だから、最初の人のときに、死んだ方がましというくらい痛いのだろう。
 だというのに−−初体験なのに、輪姦などされたら−−
 お尻の穴−−アヌスまで、犯されて−−
 きっと最後には、太い腕をねじ込まれるのだ。前にも、後ろにも−−
 気がつくと私の左手はパジャマのズボンの中へ入り込み、パンティの上から秘裂をなぞっている。左手はやがてパンティの中に入り、秘裂の上のふくらみをさぐる。そこにはクリトリスが早くも充血してこわばり、刺激される時を待っている。
「…っ…」
 右手は左の太腿を這っている。秘部はもちろんだが、私は太腿もすごく感じる。というより、脚じゅう感じると言ったほうが正確だ。時々じゃれ合って身体を触ってくる友達には、「玲奈は全身が面白いくらいに敏感だね」などと言われている。
 そんな私が大勢に群がられて快楽責めなどされたら、“快楽”では済まないはず。拷問に等しい苦しみで、気が狂ってしまうかも。
 いつもの妄想が始まる−−
 学校の帰り、私は得体の知れない男の人たちに取り囲まれて拉致され、彼らのアジトに連れ込まれる。
 そこには、さらに数え切れないほどの人数が待ち構えていて−−
「…たすけてっ!…」
 泣き叫ぶ私に、彼らが襲いかかってくる。制服を引き裂かれる−−
 こんなことを想像しながらオナニーをするようになったのは、今回の事件を知ってからのこと。
 起き上がり、両脚を前後 180 度に伸ばして開く。体操部を引退してから随分になるが、ストレッチは毎日欠かさない。今日は成り行きでオナニーの最中に開脚を始めてしまった。なぜかというと−−
 レイプ魔たちは、私が体操部の部員であることを知っている。入学当時から私は観察され、写真を撮られていた。私がちょっと可愛い上に、挑発するようなユニフォームで、挑発するようなポーズを取るから。それは体操部なんだから、しかたがないのだけれど−−
 その写真がレイプ魔たちの間に流通し、彼らの性欲の処理に供されていた。私に会ったこともない男まで、私の写真でマスターベーションをしているのだ。
「お嬢ちゃんは身体が柔らかいんだろう」
「平均台の上でやってたように、脚を開いちゃおうな」
 口々に言いながら男たちが私を抑えつけ、両脚を無理やり開こうとする。
「おお?…すげえすげえ、大開脚だ。可愛い顔して、大胆なポーズを取るねぇ」
 男たちが私に群がり、肌を貪ってくる。うなじ、乳房、太腿−−全身の性感帯に吸いつく無数の唇。やがてパンティも取られ−−
 私の中で高まるものがある。呼吸が荒くなる。脚がぴくぴくと震える。左手の動きが速くなる。たまらず、太腿をぎゅうっと締め付ける。
「…むう、うっ…」
 妄想が“本題”に入る前に達した。いじり始めてから、何分も経っていない。
(…弱いなぁ、私…)
 過激な妄想をするわりに、こんな拙いオナニーであっけなく絶頂してしまう。
 このくらいでいっていたら、大勢の男の相手なんて、できっこない−−
(…いやだ。私、何考えてるんだろ…)
 心地良い疲れとけだるさに包まれて、私はまどろむ−−
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・
 私の目の前に、不思議な出で立ちの少女が立っていた。まばゆいばかりの白い光に包まれて−−
「異界から来ました、エレナといいます。はじめまして」
 光に目が慣れてくると、エレナがすごい美少女であることがわかった。身長は私と同じ 158 cm くらい。顔立ちは日本人的だが、瞳はブルーで、ミドルボブの髪は美しいグリーン。その髪には黄金のカチューシャ。鮮やかな紫色のワンピースはノースリーブで、両手には肘までを包む、同色の手袋をはめている。脚には黒のストッキングと紫色の靴。可愛らしくて、セクシーなコスチュームだ。右手には黄金に光る、長さ 2 m ほどのロッドを握っている。
 マニアな男子たちにとっては垂涎の的の、魔法少女のフィギュアみたい。
「…どうして、私のところへ?」
「理由の 1 つめはね。あなたが、異界の者に対する感受性が抜群に高いから」
「…」
「私たちは今、こうやって向き合って交信できているでしょう。ほとんどの人間とはできないのだけど」
 交信−−そういえば、エレナの唇は動いていない。私も心の中で言葉を浮かべているだけだ。それでコミュニケーションができている。
「信じられない。私にそんな能力があるなんて…」
「理由の 2 つめは、あなたの…玲奈の力を借りたいからなの」
「…力?…」
「 L 市で女性変死事件が起きているでしょう。その解決のために私は派遣されてきて、いま到着したところ」
「あなたが解決を?」
「一連の事件の“犯人”は、人間ではないのよ」
「…まさか…」
「初めは信じられないでしょうけど、異界の住人の仕業なのよ」
「…異界?…異界って…」
「あ、違うのよ。私も異界の住人だけど、私は連中を…淫獣を退治する側なの」
 聞き慣れない響きだったが、すぐに淫獣という文字が浮かんだ。
「私たちは『魔法少女』と呼ばれているわ」
 思ったとおりだ−−
「それで、その淫獣というものは、人間の女性を…襲うの?…」
「ええ…奴らは凶暴で貪欲で、異界でも手を焼いている連中なのね。今は奴らの 1000 年に一度というひどい発情期にあたっていて、淫獣にも雌雄があるのだけど、雄どもは淫獣の雌では飽きたらず、人間界に湧いて出て人間の女性を漁っているの。人間の女性では奴らも物足りないはずだけど、つまみ食いでもするような感覚なんでしょう。でも、襲われる側はたまらないわね」
「人間の女性を殺してしまうほどに?…」
「淫獣の生殖器は巨大で、人間の女性にはとうてい無理なサイズなの。それに奴らは人間界で言うところの『絶倫』だから、犯されるうちに消耗しきって絶命する。でもその前に、異常な責めを加えられて精神が壊れてしまうわ」
「どんな奴らなの?…人間より大きいの?…エレナは私と同じくらいなのに」
「フルサイズだと小さいので 3 m くらい。大型のだと 10 m くらいのがいるわ」
「…」
「人間界にいると私たちはエネルギーを急激に消耗するのね。いま私は玲奈の意識の中にいるのでフルサイズの姿を見せているけれど、人間界で行動するときは 20 cm くらいに小型化するわ。でも淫獣は、女性を襲って強制的に快楽を与えて、絶頂のとき発散する精気をエネルギー源にすることができるので、その時にはフルサイズでいるわ。快楽を貪りながら、生命維持のために相手からエネルギーを奪い取っていくの。ひどいでしょ」
 ひどい−−衰弱して死んでしまうわけだ−−
「淫獣の仕掛ける快楽責めで精気を吸い取られるのと、大量に体液を…潮を吹かされるのね。それが奴らにとってはたいそう美味らしいのよ。だから、自分たちの快楽を後回しにしてでも、女性から潮を絞り取るように貪るわけ。それで脱水症状になる」
「…あ…」
「人間にとっては、文字通り、この世のものではない快楽なのよ」
 快楽責めで潮を吹かされるというところだけは、友達の説と一致する。そんな化け物の仕業だとしたら、事件の謎はみな説明がついてしまう。
「玲奈はその辺の知識も多少はあるみたいね」
「えっ、いえ。別に、そんな…」
「恥ずかしがることないわ」
 潮を貪られる、と聞いて、なんとなく吸血鬼を想像していた。
「…潮、って…オシッコみたいなものでしょ。栄養なんてないはずなのに…」
「たぶん、奴らには独特の味覚があるんだわ」
 女性の太腿の間に鬼がかぶりついている図が頭に浮かんで、ぞっとした。
「…それはともかく、私の力を借りたい、というのは?…」
「そうそう…単刀直入に言うわね。玲奈の身体を貸してほしいの」
 何ですって−−
「人間界に出没する淫獣を退治するか、異界に強制送還するのが私の使命なのだけれど、単独ではエネルギーの点で全く非力なの。人間と合体できれば、まず対等以上に戦えるわ。それで玲奈にお願いに来たというわけ」
「私が、戦うの?…」
 そんなこと、できっこない−−
「戦闘になったら私がリードする。私が玲奈の身体を操作するから、それに任せて動いてくれればいいと思うの」
「無理よ、そんな…ロボットメカのアニメじゃあるまいし」
「平気よ。玲奈は体操をやってるんでしょう。柔軟だから脚も高く蹴り上げられるし、バック転くらい軽いわよね。身体を借りるにも身体能力が高くて、体力もあるほうがいいのだけど、玲奈はその点では十分合格よ」
「困るわ。だって…淫獣は人間の女性が好きなんでしょ。もしも淫獣に負けて、犯されるようなことになったら…」
「…その危険は…あるんだけど…」
「ほら。やっぱりそうじゃない。嫌よ」
「うーん…」
 エレナは何かためらうような素振りを見せると、
「まだ言ってなかったわね。ここへ来た理由の 3 つめ」
「…え?…」
「玲奈は異界の者に対する感受性が強い、って言ったでしょう」
「…うん…」
「そういう子は淫獣に目を付けられやすいのね。だから気をつけるように言おうと思って」
 うそっ−−
「それに、玲奈はすごく可愛いわ。学校ではもてるんでしょう」
「…それは、まあ…」
「可愛い子をどうにかしたくなるのは、人間の男も淫獣のオスも同じよ。早晩、狙われることになる」
「…」
「脅すわけではないんだけど、生身で淫獣に襲われたらひとたまりもないわね。何人目かの犠牲者になる可能性が大よ。廃人同様にされたあげく、犯し殺される」
「…」
「そんな時にも私は助けてあげることができないの。単独では、フルサイズでいられる時間はわずかだから」
 話があまりにも突然で、返事ができない。
「…急に言われても、わからない…」
「うーん…そう、か…」
 エレナは少し腕組みをして思案すると、
「それじゃ、明日また現れるから、考えておいて」
 そう言って光の中に消えた−−
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・
 気がつくと、朝になっていた。
 エレナとのコンタクトは、夢にしてはあまりにリアルだった。

2 廃校舎

 この秋一番の冷え込み。朝方の最低気温は 7 ℃、最高気温も15 ℃の予想だった。
 私立慈愛高校は L 市内でも東のはずれにある。地下鉄の終点から徒歩で、またはバスに乗り換えて通学する。 L 市を囲む山地の麓で、標高が 100 m くらいあるので、市街地よりも 1 ℃ほど寒い理屈だった。
 この 1 週間のうちに衣替えすることになっていた。寒いのは好きではないけれど、お気に入りの冬服を着られるのは嬉しい。
 私たち女子の制服は、濃紺のブレザーにグリーンのチェックのスカート、白のブラウスに白のリボン。靴下は濃紺のハイソックス。冬季はスラックスでもいいことになっているのだが、ほとんどの子はスカートで通す。私もそうだ。
 みんな、ナチュラルのパンティストッキングを履いた上からソックスを履いている。これだと冬場でもたいていは平気だし、生足でいるよりも脚が綺麗に見えるから。さすがに真冬の厳寒期にはいささか辛いけれど。
 今日はいつもより 30 分早く来た。教室に荷物を置いて職員室へ向かう。
「おはようございまーす」
「おお、会長。早いな」
「ええ、ちょっと、生徒会の用事で」
 最初に言葉を交わしたのは教頭先生。私は生徒会長をしているので、教頭先生からはいつも会長と呼ばれている。
 ほかにも職員室には 10 人くらいの先生が出てきていた。会釈しながら横を通り抜けて、生徒会顧問の百目鬼(どうめき)先生の机に向かう。
 現代国語が担当で、身長 180 cm 、体重 100 kg の巨漢。珍しく、かつ奇妙な名字のせいもあって、女子にはさっぱり人気がない。本人はそれを意に介してはいないようだけれど−−
「おはようございます」
「おお、おはよう。どうした?」
「来月の学校祭のことなんですけど」
 高校の敷地内、北西の校舎の隅に生徒会室がある。そこからさらに奥まった場所に木造の廃校舎があって、現在はなんとなく倉庫代わりに使われている。私たちも生徒会室に入りきらない物品を仮置きしていた。
 昨年の学校祭で使った大道具・小道具が、廃校舎にしまいこまれたまま放置されている。その中に使えるものがあれば今年も使おうと思っていた。状態がわからないので廃校舎に入って調べたい−−といったことを百目鬼先生に話した。百目鬼先生が廃校舎の火元責任者で、管理を任されているのだ。
「で、鍵をお預かりできればと思いまして」
「ふーん…今日それをするのか?」
「できれば」
「荒れ放題だし、雨が漏って床が腐ってる所があるから、危ないんだけどな」
 百目鬼先生、お電話でーす。 3 番…と、別の先生から声がかかった。
「すまん。ちょっと待ってろ」
 そう言って、百目鬼先生が電話を取ると−−
「あら安部さん、早いじゃない」
 不意に背後から肩を抱かれて、びくりと固まった。
「驚かせた?…ごめんなさい」
「い、いえ…おはようございます」
 古文の志摩先生だった。百目鬼先生とは机が近いのだ。
 志摩先生は 168 cm の長身で、すごい美貌の持ち主。男子からはマドンナと呼ばれ、女子の間でも人気がある。
 そして−−何かにつけ、私を可愛がってくれている。少々度が過ぎると思えるくらい。肩を抱かれたり、手を握られたり、髪を撫でられたり、はしょっちゅうだ。ありがたいのだが、危ない感じがすることもある。女どうしなのに−−
「志摩先生、おはようございます。安部、待たせたな。何だったっけ」
「…廃校舎の…床が腐ったりしていると…」
「そうそう。だから気をつけてな。誰か一緒に行くのか?」
「いえ、今日は見に行くだけなので、私ひとりで十分かと」
「手伝いが要るようなら、遠慮なく言いなさい」
 鍵を渡してくれながら百目鬼先生が言うと、
「私にもね」
 志摩先生もにっこり微笑みかけてくる−−

 その日はずっと、昨夜の夢のことを考えていた。
 異界からやってきた、魔法少女エレナのことを−−
 そして、エレナが言っていた淫獣のことを−−
 あれは夢だったのだろうか。
 夢というものが自分の脳内の情報から生まれるとしたら、説明がつかない。眠る前に女性変死事件のことを考えていたせいかも知れないが、それが人間以外のものの仕業だ、などとは思ったこともない。
 エレナの姿はコミックやアニメの魔法少女の記憶から合成されたのかも知れない。だが、それにしても、エレナの表情も、コスチュームも、ロッドも、詳細に思い出すことができるほどリアルだった。
 そして−−私自身が淫獣に狙われるかも知れない、とも言っていた。
 淫獣も可愛い女の子が好きだからって−−
 淫獣は小さいものでも身長 3 m くらいはあるそうだ。そんなのが−−
 私を犯すために、襲ってきたら−−
 相手は化け物だ。抵抗も何もできないに違いない。腕が何本もあるか、タコのような触手を持っていて、私はあっけなく拘束される。制服を引き裂かれ、強制的に−−どんな風にされるのかわからないけれど−−「この世のものでない」快楽を与えられて、絶頂させられて、潮を吹かされる。脱水症状を起こすほど。それを化け物が飲み干していく。
 気持ちよすぎて、気が狂っちゃうのかな−−
(…やだ…)
 そんなことを考えていたら、濡れてきてしまった。
 妄想は止まらない−−
 その後、私は淫獣の巨大な生殖器に犯されるだろう。
 「巨大な」って、どれくらいなんだろう−−
 エレナはそこまでは言ってなかったけれど−−人間の、身長 175 cm の男性のものが 15 cm だとして、そのサイズがもしも身長に比例するなら−−
 身長 3 m 50 cm の淫獣で 30 cm 。
 自分のお腹を見ながら、 30 cm の肉の棒が貫いて来るのを想像する。
 無理だ。壊されてしまう。
 それに私は処女なのだから、痛いどころではないはずだ。
 快楽責めで気が狂わなくても、死ぬほどの痛みでどうにかなってしまうだろう。あるいは、それで死んでしまうだろう。
 心臓がドキドキと激しく鳴っていた−−
(…私ったら…)
 ふだんのオナニーの時の妄想よりずっと過激なことを考えて、昂奮してる。
 エレナは身体を貸してほしいと言っていた。それで淫獣と戦うと−−
 万が一にも負けたら、淫獣に犯される。
 それはだめ。ぜったい、だめ。
 でも−−
 誰かがエレナに協力しなくては、また犠牲者が出るのだろう。
 それなら−−
 すでにエレナとコンタクトした私が−−
 淫獣に負けて、犯されて、殺されるのを覚悟で?−−
 エレナは今日、もう一度現れると言っていた。また夢に出てくるのだろうか。
 そのとき、私は何と答えようか−−
 不意に、背中をつつかれた。
「安部、聴いてるのか」
 えっ−−
 そうだ。 7 時限目、数学演習の授業中だった。
「…はっ、はい」
「大問 2 はどういう筋で解く?」
 数学U。文字定数を含む 3 次方程式の、解の個数を求める問題。
「定数項 −a を右辺に移してから、左辺に残った 3 次関数を微分してグラフを描いて…直線 y=a との交点の個数を調べます」
「そうだな。ま、安部には簡単すぎたか…ちゃんと集中してろよ」
 先生がそう言うと、
「先生、玲奈も年頃なので、いろいろあるんです」
 私の後ろに座っている倉沢夏生がフォローとも何ともつかないことを言って、クラスに笑いを呼ぶ。背中をつついてくれたのも夏生だ。
 夏生は体操部の仲間で、クラスも同じ。だから私たちは一緒にいることが多い。身体を触り合ってじゃれることもしばしばだ。私よりもひとまわり小柄だが、肉感的で、顔立ちも可愛い。元気がよくて愛嬌もあるので女子の中でも人気があり、男子には私よりずっともてる。
 私は生徒会長などをしているせいか堅く見えるらしく、友達が思っているほどにはもてない。それで夏生を羨ましく思うこともある。
 私も、眼鏡を外すとけっこう可愛いはずなんだけど−−

 まもなく終業のチャイム。
「どうしたのよ。ぼーっとしてたでしょ。珍しいじゃない」
 夏生とさっきの話になった。
「年頃なので、いろいろあるんです」
「ふふふ」
「フォロー、ありがとね」
「で、ほんとにどうしたの。今日は一日変だったよ」
「うん、まあ、受験のこととか考えて」
「そうかなあ…」
 夏生はそう言いながら、私の目を覗きこんでくる。
 そんな仕草も表情も、可愛い。男子にもてるのもよくわかる気がする。
「ま、その辺のことも含めて、 L 駅でお茶していく?」
「ああ、ごめん。放課後、ちょっと生徒会の用事で」
「忙しいんだねぇ」
「それも来月の学校祭でおしまいよ」
「お勤め、ご苦労さまです」
 夏生がおどけて敬礼をするので、私も返す−−
 彼女と別れて生徒会室へ。そこに荷物を置いて、廃校舎へ向かうつもりだ。
 現在の校舎は暖房が効いて暖かいのだが、廃校舎の中は屋外も同然。
 ひとりでは心細いような気もしたので、執行部の何人かを誘ってみようかとも思った。だが季節の変わり目で体調を崩したり、風邪を長引かせている子が多い。結局、予定通り、私ひとりで赴くことにした。
「僕でよければ行きますよ」
 2 年生の南雲くんが申し出てくれたが、断った。私のほうが上級生だとはいえ、男女のペアが人気のない場所に一緒にいるのはまずいはずだった。同じ理由で、百目鬼先生にお願いするのもためらわれたのだった。
 秋の日はつるべ落とし。日没が近づいている−−
 頼りない光を放っていた太陽は、 L 市西側の山なみの下へ隠れていく。
 気温もぐっと下がってきたようだ。
 渡り廊下を過ぎて、廃校舎の前に来た。鍵を取り出して入口の扉を開ける。木製だが、重そうな扉。ギイイイイ…と、想像したとおりの音がする。スイッチを探っていじると照明は点いたが、ランプが切れているところも多く、大して明るくはならない。
 聞いていたとおり、雨漏りがするのか、中は少しカビ臭い。
 広いホール−−
 気のせいか、屋外よりも寒い。どこからか冷気が湧いているようでさえある。
 寒い上にシンと静まりかえっていて、ここにいるだけで心細くなってくる。
 早く済ませて立ち去ろう。
 生徒会執行部は学校祭の全体を取り仕切るほか、一般公開日の入場アーチを用意する習慣だ。去年の学校祭で校門に置いたものの、外側は紙を取り替えるとしても、ベニヤ板で作った骨組みはそのまま使える。それがこのホールのどこかに置かれたままになっているはずだった。
(…ないなあ…)
 去年の学校祭の後片付けをした日以来なので、私の記憶も定かではない。だが、それにしても、この場所を最後に見た日とは随分と様子が違った。
 薄暗い中でもわかるほど、片付き過ぎているのだ。生徒会の備品ばかりでなく、体育祭の大道具類とか、清掃用具とかその他のがらくたとか、何もかもが雑然と置かれていて手がつけられないような状態だったはず。それが、見事なまでに撤去されている。
 やむなく校舎の奥へ捜索に赴くことになった。教室をひとつひとつ見て回る。外はいよいよ暗くなってきた。照明が点かないので、廊下から眺めるだけでは様子がわからない。
 寒気に包まれ、疲労が増してくる。心細さも窮まってきた。
 こんなことなら、やはり南雲くんか百目鬼先生に同行をお願いするのだった。
(…百目鬼先生、もう帰っただろうな…あれ…)
 ちょっと待って−−
 廃校舎の様子がこんなに変わっているのを−−百目鬼先生はどうして教えてくれなかったのだろう。
 いや−−
 今朝話したときには、廃校舎は「荒れ放題だ」と言っていた。
 管理の責任者なのだから、こんなに片付いているのを知らないはずはない。
 私が今日ここへ入るからといって急遽片付けたとも考えられない。百目鬼先生も一日中授業があったはずだし、たとえ一日かけても簡単には片付かない。だからこれまで放置されてきたのだ。
 百目鬼先生は、私に何か隠している?−−
 何か隠したいにしては、鍵をやすやすと貸してくれた。どうして?−−
 薄暗がりで捜し物が見つかる見込みがないうえに、なんだか訳のわからない不安に包まれた。
 引き返そう。
 ずっと冷気に肌を刺されていたので、太腿が冷えて痛くなってきている。
 つい、小走りになる−−
 そのとき。
「…あっ!…」
 不意に何かぬめるものを踏んで私は足を滑らせ、激しく転倒した。ブレザーを着ている上半身や、ソックスを履いている下肢はなんともなかったが、ストッキングで包んでいるだけの膝を床でしたたかに打った。
「…いたっ!痛い…」
 右の膝。びりびりと痺れるような、すぐには立ち上がれないほどの痛み。少し擦り剥いたが、擦過傷よりも筋肉の内部のほうがひどく痛む。
(…いったい、何を踏んだの…)
 ローファーの底にそれがこびり付いている。指で触れると、何か粘りつく液体。肉の腐ったような悪臭もする。
 悪臭−−粘液−−
 女性変死事件の犠牲者の遺体はみな、悪臭を放つ粘液にまみれていたという。それを思い出した。
 手の汚れを床になすりつけながら、いま滑ったところを振り返り見ると、液体がぬらぬらと光っている。
 さっき通ったときに、そんなものはなかったのでは−−
(…いけない…)
 もしかしたら、淫獣が近くにいるのかも知れない。
 危険が迫っている?−−
 出口まではまだ 30 m ほどある。
 私はやっとのことで立ち上がり、その場を離れようとした−−
 そのとき。
 何かに背後から抱きすくめられ、大きな手で口を塞がれた。
「騒ぐな」
 人間だ。しかも、その声には聞き覚えがある。
(…百目鬼先生!…)
 いつの間に、ここへ来たの?−−
「安部ぇ…こんな時間までご苦労だな」
 その口調には、私の労をねぎらったり、手伝ってくれたりするというニュアンスはない。私の精神を追い詰めようという悪意ばかりが感じられる。
 逃げなくては−−
「…いやっ!…」
 思わず、頭を後ろにぐんと突き出した。
「ぐわ」
 私の後頭部は百目鬼先生−−百目鬼の顔面中央を強打し、百目鬼の手を緩めさせるのに効果があった。私の後頭部もがんがんと痛んだ。
 右脚をひきずるように、逃げ出す。
 そこへ−−
「ああら。どこへ行くの?…だめよ、逃げちゃ」
 正面から志摩先生−−志摩に抱き留められた。もちろん百目鬼とグルだ。
「…放してっ…」
 志摩と私は身長差が 10 cm もある。力ではとうてい敵わない。私はもがき、腕を振り上げた。すると、
 ビシィッ!…
 いきなり頬を打たれた。
「あっ!…」
 女性とは思えないすごい力。その衝撃に私の身体ははじけ飛び、廊下と教室を隔てる板壁に叩きつけられた。
 と−−
 その壁はばきばき、と崩れて手応えがなくなり、私の身体は壁の向こう側へのめり込んだ。
 その先には床もなくなっていた。壁も床も腐って朽ちていたのだ。
 無数の木片と一緒に落ちた。廃校舎に地下があるのをそのとき知った。
「…っ!…ぐうっ…」
 3 m ほどの高さを落下し、固い地面で背中をしたたかに打って、悶えた。しばらく呼吸もままならなかった。身悶えながら、泣いた。
「落ちたぞ」
 百目鬼の声がする。百目鬼と志摩は、階段で下りて来るのだろうか。それとも、このくらいの高さなら飛び降りて来るだろうか。
 身体のあちこちに打撲を受けて、私は逃げる気力を失いつつあった。だいいち、ここからどうやって脱出すればいいのかわからない。棒とか石とか、なにか武器を探そうにも、暗すぎて無理だ。
 暗いうえに、恐ろしく寒い。 1 階も寒かったが、ここは度を超している。いくら人気のない場所で、秋も深まった日の夕刻だとはいえ、この低温は尋常ではない。制服の生地を通過して冷気が身体を包み、剥き出しの頬やストッキングの太腿を苛んでくる。
 百目鬼にレイプされる−−
 百目鬼が生徒会の備品を隠して、私を廃校舎の奥までおびき寄せたのだ。
 この時間なら校内にはほとんど人はいない。敷地の片隅の廃校舎で、ましてその地下で何が起ころうとも、聞き止める人はいない。
 教師が生徒をレイプしていても−−
 志摩にも辱められるにちがいない。何をされるのか想像もつかないが−−
 怖くて、悔しくて、痛くて、寒くて、私はその場にうずくまり、声を殺して泣いた。
 そのとき−−
 固い土が露出していると思っていた床面が、ぐにゃりと動いた。足首に何か巻き付いたような気がして、咄嗟に飛び退いた。地下は暗くてどうなっているのかわからないが、この冷気の中で床だけはなんだか生温かくなってきている。
 もたれ掛かっていた壁面から、不意に何かが伸びて−−
 ぺちゃっ…
 肉の塊か何かが、私のうなじを舐めたような−−
「ひっ!…」
 そこからも飛び退く。
(…ここは、何?…)
 何かがわらわらと蠢く気配がする。生物の呼吸音のようなものが耳につき始める。生温かいガスがあちこちで発生している。
 もう、やだ−−
 また涙が出てきた。
「玲奈、しっかりして」
 聞き覚えのある声。
 その主は、いつのまにか私の右横に浮かんでいる光の球だった。
 その中には小さな女の子。身長こそ 20 cm ほどのミニサイズだが、それは夢で会った魔法少女に間違いなかった。
「エレナ?…エレナなのね?…」
「間に合って良かったわ。もう大丈夫よ」
「エレナ、あなたの言ってた淫獣じゃなかった…先生に襲われるなんて」
「先生じゃないわ。淫獣よ」
 何ですって−−
「淫獣が憑依しているの。姿は人間だけど、動かしてるのは淫獣。男のほうにはアトロシャ、女のほうにはフェロシャというのが憑依してる。どちらも超がつく変態で、戦うにも厄介なやつよ」
 続けて、短い時間にエレナから聞かされたことは、驚愕すべきことだった。
 淫獣たちの本来の居住区と L 市の一角、この慈愛高校の廃校舎が時空的なバイパスでつながっていて、淫獣たちはそこからまさに湧いて出てくる。そして、人間界でのエネルギー消費を最小限に止めるため、手頃な人間に憑依するのだが−−
 その憑依の相手が、いま判っている限りでは百目鬼と志摩だという。もちろん淫獣との接点などなかったのだろうが、教員だというのが好都合だったらしい。淫獣が憑依すると脳がしだいに侵されていき、淫獣の“人格”とシンクロする。教員は世界が狭いので、人格が微妙に変化していってもすぐには露呈しないというわけだ。
「こっちに来てる淫獣はオスなんでしょ。どうして志摩先生に乗りうつるわけ?」
「人間の男にも女装趣味とか女体化願望とかあるじゃない」
「知らないわ、そんなの」
「淫獣にもそういうのがいるのよ。普段はその女性になりすまして過ごすことができるからね。もちろん、憑依する前にはたぶん彼女を犯してると思うけど」
 まだ続きがあった。連続女性変死事件の犯行現場は、どうやらこの慈愛高校の廃校舎らしいという。女性はここに連れ込まれて陵辱され、絶命すると他の場所に運ばれ、捨てられたのだろうと−−
「なんてことを…それで不自然に片付いてるんだわ」
「でも私が見たところ、淫獣の身体から出る体液だらけね。そして、女性の身体から噴き出した体液もあちこちにこびりついているわ」
 そう言われると、なんだか卑猥な異臭を感じなくもない。
「そうだ…この地下室は何?…」
「触手の巣ね。あの 2 匹がタネを撒いたのだと思うわ。淫獣の体液が染み込んだところから淫獣の肉組織が発生する。淫獣そのものは生まれないけど、その出来損ないの触手が後から後から生えてくる」
 足許をそれが動く気配がある。捕まらないように、始終脚を動かしていなくてはならない。
「玲奈が落ちてきた拍子に目覚めて、昂奮してるみたいよ。どこで見るんだか、淫獣同様、触手も可愛い子に目がないの」
 いやだ−−そんなゲテモノに−−
「知能が備わっていないから、余計にたちが悪いわね。淫獣と交信していて、文字通り手足になって命令どおりに動く。部屋全体が淫獣みたいなものよ」
 そんなところに長居をしたくない。でも出口はわからない。
「…ねえ、どうしてこんなに寒いの?…」
「異界の温度に合わせてあるんだわ。人間界の気温は淫獣にも触手にも高温すぎるのね。それは私たちにとってもそうなのよ。昨夜は詳しく言わなかったけど、人間界でエネルギーを消耗してしまうのは、高温のせいもあるの」
 それでわかった。異界仕様の冷気の中で裸にされて犯されれば、凍死同然にもなるはずだ。
「この部屋は、いったい何度になってるの」
「人間界の言い方だと、摂氏マイナス20度くらいかしら」
 そんな低温は、この L 市ではまず観測されない−−
「この中に一緒に入れば、大丈夫よ」
 エレナが言うと光の球が次第に大きくなって、私の身体も包まれた。
「もう、心の準備はできたわよね?」
「…私の身体を使って戦う、っていうの?」
「そう。玲奈が生身では、淫獣 2 匹が来る前にこの触手部屋のエサにされるわ。合体するけど、いい?」
 躊躇している場合ではなかった。たとえここから脱出できたとしても、 2 匹の淫獣に陵辱されて、殺される。
 エレナに協力すれば、エレナの力で淫獣を退治して、命は無事だ。
 どちらを選ぶべきかは、はっきりしていた。
「どうすれば?…」
「腕を広げて、私を胸の前に迎え入れて…」
 寒さに腕組みしていた手をほどいて、開く。エレナが胸元に身を寄せてきた。
「玲奈はすごく可愛いけど、胸はちっちゃいのね。貧乳というか、微乳というか」
 こんな非常時に、人が気にしていることを−−
「ほっといてくれる」
「いまどきの男子は巨乳ちゃんを好きなやつが多いんでしょう」
「知らないわ」
 エレナがロッドを正面に構え、私に背を向ける。
「両手で私を抱きしめるようにして…」
 エレナの全身がひときわ強く輝き始めた。やがて、私たちを包む球の周囲に旋風が巻き起こり、変身が始まった。
 気のせいか、どこかで男の子の声を聞いた気がした−−

3 変身

 白い光の中、私の着衣が微粒子となって次々に消失していく。制服も下着も靴も−−そのあと、私の裸体を戦闘服が包み始めた。
 鮮やかな紫色のノースリーブのワンピースと、両手には肘までを包む同色の手袋。脚には黒のストッキングと紫色の靴。髪には黄金のカチューシャ。右手には黄金に光るロッド。魔法少女エレナのコスチュームそのものだ。
 ただし、それを身にまとっているのは私自身だった。私はエレナの姿に変身するのだと思っていたのだが−−
 髪はグリーンのミドルボブではなく、いつもの黒いショートだ。
 眼鏡がなくなっている点だけ、いつもとは違う。裸眼では視力 0.1 にも満たない近視なのに、しかも今はほとんど暗闇なのに、遠くまでくっきりと見えている。
「…ひ…」
 目が利くようになったせいで、その部屋が見るだにおぞましいものであることがわかった。
 赤黒くぬめる肉の壁と肉の床。そこにはびっしりと触手が生えて、海中の藻のようにわらわらと揺れている。
 そこで不意に、また男の子の声がした。
(安部さん?…)
 今度ははっきりしていた。
(…その声は、南雲くん?…)
(そうです。安部さん、僕が見えます?…僕は自分の姿が見えないんですけど)
(玲奈、聴いて。困ったことになったわ)
 私を含めて 3 人の“声”が、私の脳の中で錯綜する。
 エレナが言うには、南雲くんまで巻き込んで合体してしまったという。
(ごめんなさい、安部さん)
と、南雲くん。
(なんとなく心配になって後を追ってきたら、百目鬼と志摩が安部さんを襲ってるじゃないですか。助けに入る間もなく安部さんは穴に落ちて、そこを覗いてたら急に風に巻き込まれて…)
 南雲くんは変身の途中からの“参入”なので、魔法少女の外観は私そのものになったのだが−−
(エレナ、このままじゃダメなの?…)
(人間がふたり重なっていては、動作の同期がうまく取れないわ。敏捷に動けないので、十分に戦えない)
 そんな−−
 それはまずいじゃない。相手は 2 匹いるのに−−
(合体をやり直せないの?)
(合体を解くにも、再度合体するにも、エネルギーが足りないの。彼が参入したせいでエネルギー消費が予定を大幅に超えちゃったわ)
(わあ、ごめんなさい)
(南雲くん、いいのよ。私を心配して来てくれたんでしょう?…大丈夫。エレナ、これで戦いましょう)
 エレナはしばらく沈黙した。きっと形勢が良くないのだ。そして−−エレナにとっては痛恨のミスなのに違いない。
(…玲奈、アトロシャやフェロシャはもちろんだけど、ここの触手も侮ってはだめよ。気を引き締めて、全力を尽くしましょう…)
 光の球は、まだ眩しく輝いている。
 私の全身の運動神経とエレナの脳が接続されていく。私の全身の筋肉は、私が動かそうとすることもできるが、もっぱらエレナからの信号で動く。
 身体の感覚のうち、視覚・聴覚・平衡覚もエレナに接続。これらの感覚は私のものでもあるので、自分の身体がどんな動作をしているかは自覚できる。
 味覚・嗅覚や皮膚感覚など、戦闘に直接関わらない感覚は私だけのものだ。たとえば今ひどく寒いのだが、寒いという感覚は私の脳にしか生じない。身体にダメージを受けても、その感覚は私がすべて引き受けることになる。それでエレナは戦闘に集中できるのだ。
 南雲くんは、ただ重なってここにいるだけ−−
 球の輝きが減衰して、空中浮遊していた私の身体は床に降り立った。触手の丈が長くない所を選んで踏みつけ、近寄って来る触手はロッドで振り払う。
 転倒したり落下したりして痛めた膝や肩は、まだ痛む。だが、そんなことに構ってはいられない。
(玲奈、来たわ)
 近づく足音。ロッドを正面に構える。その先端は両刃の剣になっている。
「…安部さん?…そこにいるんでしょう…」
 先に現れたのは志摩−−いや、外見は志摩だが中身は淫獣だ。
「まあ、無事だったの。骨でも折れてやしないかと心配したのに」
 その口調や表情は、心配していたという様子ではない。
「自分で突き落としておいて、よく言いますね」
「そんなつもりはなかったのよ。大人しくしていればいいものを、あなたが抵抗するから」
「私が大人しくしていたら、どうするつもりだったの」
「ま」
 ほほほ…と志摩が笑う。
「わかってるくせに、私の口から言わせたいの?」
 そこへ−−
「安部は志摩先生のお気に入りだから、こういうチャンスを待ってらしたんだ」
 重そうな体躯を揺らしながら、百目鬼がやってきた。それに志摩が反応して、
「百目鬼先生こそ、安部さんの写真を隠し持ってるでしょう。いったい何に使っているのやら」
 げ、やだっ−−
 なんとなくいやらしい目で見られている気はしてたんだけど−−
(百目鬼も志摩も、もともと玲奈のことがお気に入りだったのね。そこに淫獣が憑依したら、玲奈が狙われるのは自然の成り行きだわ)
と、エレナが言う。すると−−
「おや?」
 百目鬼の声と別の声が二重になって−−
「お前、どうして魔法少女の恰好をしている」
「何だと?」
 美しい志摩の顔がゆがみ、全く美しくない百目鬼の顔もゆがんで、どちらも恐ろしく醜い形相になった。
「…ひっ…」
 肌の色は青黒く、目は白眼を剥き、鼻は鍵状に曲がり、口は大きく裂けて牙がはみ出し−−魔物そのものという顔。
(あれがフェロシャとアトロシャの顔だわ。百目鬼のほうがアトロシャで、志摩のほうがフェロシャ)
 淫獣の名前を覚えるつもりはないんだけど−−
(憑依して間もないから人格が二重のままね。一方が出るときは他方が引っ込むような…敵は見かけ上 2 匹だけど、 4 匹いるようなものだわ)
 身体はそのまま、顔は淫獣となった 2 人が距離を縮めてくる−−
「今日から魔法少女になったのよ」
「そうか。魔法少女と合体したんだな。そうだろう」
「もう派遣されて来やがったか。いったいどいつだ?」
(言わなくていいからね)
と、エレナ。
「まあ、これからたっぷりと訊いてやることにしよう。覚悟するんだな…ひひひ」
 再び百目鬼と志摩の顔になった 2 人の視線が、私の全身を舐めてくる。
 露出した肩や二の腕、黒いストッキングに包んだ脚−−
「…いやらしい目で、見ないでよ」
 そう言わずにいられなかった。エレナが着ているのを見れば率直に可愛いと思うが、自分が身に付けて淫獣の視線に晒されると、ひどく落ち着かない。
「くくく…その生意気そうな眼。ぐっとくるぜ」
と、フェロシャ。
「そんな露出の多いコスチュームで、挑発しているのはどっちだ」
と、アトロシャ。
「綺麗な脚の線をして、とても美味しそうね」
と、志摩。
「お前みたいな可愛いのがそんな恰好をしてるとな、何としても犯してやろうという気になるんだよ」
と、百目鬼。
 百目鬼・アトロシャと志摩・フェロシャの顔が始終入れ替わり、見ていると気持ちが悪くなってくる。もう、人間の人格が言っているのか、淫獣が言っているのか、区別がつかない。
 要は、 2 人と 2 匹の全部が私を狙っているのだ。
「どいつと合体したのか知らないが、新米の魔法少女に教えておいてやろう」
 アトロシャが舌なめずりをしながら−−
「俺たちは人間の女も好きだが、魔法少女も大好物なんだよ。魔法少女を犯るときは同族のメスとするより具合がイイからな」
「魔法少女がイクときに噴き上げるエロ汁が、たいそう美味だしな」
「おまけにそのとき発散する精気が、俺たちの不老不死に近づくエネルギー源になるときたもんだ」
 淫獣 2 匹の台詞を聞いていると鳥肌が立ってくる。
 なかなか攻撃してこないのは、 2 人がかりで新米に負けるわけがない、と高をくくっているからなのだろう。
(エレナ。あいつらが言ってること、ほんとなの)
(少なくとも淫獣たちはそう信じてるわね。魔法少女は手強い天敵だから、戦闘意欲を起こさせるために、淫獣の親玉が吹聴しているんだろうけど)
 “エロ汁”とか“精気”の件の真偽はともかく、淫獣たちは魔法少女を見れば全力で倒しにくるということだ。
「魔法少女にも格付けがあってな。俺たちを始末した件数が多い“優秀”なやつほど、エロ汁も美味なんだ」
 適当なことを言って−−
 そこまで聞かされると、連中が信じこまされているだけのように思えてくる。
「なあ、おい」
「なんだ」
 淫獣たちは喋り始めると止まらない。
「こいつが合体した魔法少女が格付けの高いやつなら、こいつのエロ汁も美味なんじゃないか」
「そうかもな」
「人間界に派遣されてくるくらいだから、優秀なやつだよ」
「なるほど。では、こいつを締め上げて、まずそいつの名前を喋らせたあと」
「エロ汁を一滴残らず搾り取ってやるとするか」
「…そっ…そんなに簡単に、いくもんですか」
 言いながら、声が震えた−−
「ふふふ…いつまで強気なことを言っていられるか」
 百目鬼が言うと、目の前に肉の壁が盛り上がった。
 無数の触手が重なって伸び上がったのだ。
「ウォーミングアップといこうか、安部」
 百目鬼の両目がぎらりと光った。
(玲奈。行くわよ)
 エレナがそう言うと、私は床を蹴っていた。すると同時に、
 シャアアアアア…
 肉床から、肉壁から、夥しい数の触手が飛び出し、うなりを上げて私に向かってきた。
 まるで一本一本が私を見ているように、全身のあちこちを狙って来る。
 触手をロッドで巧みに弾き、あるいは切断する。
 そのとき、触手から分泌される液体の飛沫が身体にかかった。
 とても避けきれない。飛沫が付着したところは褐色に汚れ、異臭がしている。
(気を付けて。触手から出る粘液にはたちの悪い毒が含まれているわ。それに冒されると皮膚感覚が狂う)
 それがどういうことなのか、戦闘状態にあって考える余裕はない。だが、何か忌まわしい効果が現れそうなニュアンスだ。
(気を付けてと言われても、私にはどうしようもないわ)
(そうだったわね。早く決着をつけなくては)
 触手を飛び越え、まず百目鬼にロッドを振り下ろした。
 淫獣の急所が眉間にある。そこをロッドの先端の刃で打撃すれば、仕留めることができるのだ。
 それを手ではね返される。すかさず振り回してくる敵の手を私は蹴り、バック転で後退。着地すると再び跳んだ。
(…く…やっぱり重いわ)
 エレナが言う。私と南雲くんが重なっているために、エレナのイメージ通りには動けないのだ。私にしてみれば、今しているのが自分の動作だとは信じられないのだが。
 私が触手と格闘している様を、百目鬼と志摩は見物を決め込んでいる。触手をけしかけておいて、私の体力の消耗を待っているようだ。
 それにしても−−
 振り払っても振り払っても襲いかかってくる触手の群れを、ひとりでさばくのは難しかった。触手は無数に生えているのだから、きりがない。だから触手を操っている 2 匹の淫獣を仕留めようとするのだが、触手の壁に必ず阻まれる。
 エレナの利き足が右だからなのか、跳躍するときは必ず右足で蹴る。しかしそれが、転倒して痛めた右膝にますます負担をかけていく。その痛みをエレナは感じないが、私にとってはそろそろ堪え難いものになってきていた。
 自然、跳躍にも力が入らず、敏捷さも失われていく。
(玲奈、がんばって。長期戦になったら不利だわ)
 そんなこと、言われても−−
(ねぇエレナ、もう右足では跳べないわ。膝が痛すぎて、もうだめになりそう)
(えっ)
 早く言っておくべきだったのか−−
 このままでは体力を失って倒れるしかない。
 触手から飛び散る粘液によって、私の全身はしだいに汚れていく。肌の露出している肩や二の腕、黒髪も、うなじや耳も、コスチュームに守られている部分も、異臭の漂う液体に濡れていく。その臭気を意識すると吐き気がしてくる。
 時間が経つにつれて疲労が増す。呼吸が辛くなり、高く跳べなくなってくる。
 ロッドも重く感じられ始めた。
 自ずと防御のウェイトが大きくなっていく。
 さらに−−
 私の身体には別の異変が起きつつあった。
「…うっ、くっ…」
 零下 20 ℃の酷寒の中なのに、身体じゅうの皮膚が熱く火照り、ひどく敏感になっているのだ。
 空気の動きに触れただけでも感じる。
 くすぐったいような、しびれるような、おぞましいような、気持ちいいような−−
 まるで、風に愛撫されているような−−
(…エレナ…これ、どうなってるの?…もしかして、触手の粘液のせい?…)
(そう。さっき言った、たちの悪い毒のせいよ。皮膚感覚が異常に高まる…と、いうよりは)
(…と、いうよりは…何?…)
(全身の性感帯を、ずっと刺激し続けてくるの)
 跳躍しては淫獣を攻撃し、着地して、また跳躍する。今や、淫獣と戦うほか、全身を襲ってくる性感とも戦わねばならなくなっていた。
「…あっ、ひィッ!…」
 突然、全身をぞろり、と何かに舐められたような感覚に襲われた。
 思わず身体をすくめそうになるが、身体はエレナの指令で動いていて、それは許されない。ロッドを振るいながら、びくびくと震えた。
 粘液でびしょ濡れになっていたコスチューム。
 粘液が繊維を通り抜けて、淫毒が皮膚に浸みてきているらしい。
 だから本来は肌を守るためのワンピースや手袋、ストッキングが、逆に−−
 繊維に触れている皮膚という皮膚に、忌まわしい性感を生じさせていた。
 乳房にも、もちろん乳首にも、脇腹にも背中にも、手足の指にまでも。そして、
 ストッキングにすっぽり包まれている脚−−太腿にも、ふくらはぎにも−−
「…あっ!…あううッ!…」
 まるで無数の軟体動物に這われているようだ。右膝の痛みも忘れていた。
(玲奈、しっかりして。動き続けなくては、捕まってしまう)
 それはわかるけれど−−
 もう、その場にうずくまってしまいたかった。それでも全身を襲ってくる性感は堪えきれないだろう。
 そんなことは想定の範囲内だとでもいうように、エレナは私の身体を動かそうとする。私の意思はそれを拒み始めた。
 それで一瞬、エレナと私の間に伝達の空白が生じた。
 そのとき。
 着地して、床を蹴ったはずの右足が、力を失ってがくりと崩れた。
 それを淫獣たちが見逃すはずがない。
 猛烈な速さで触手が伸びてきて−−
 たちまち、右足首に巻き付かれた。
「…あっ!…」
 物凄い力で引かれた。そのまま、床に叩きつけられた。
 触手部屋の肉床が、その瞬間はコンクリートのように硬質だった。
「ぐうう」
 背中から落ちて、あまりの衝撃に呻いた。呼吸もできないほど−−
(玲奈、まずいわ。ロッドを取られた)
 えっ−−
 ロッド−−ただひとつの武器−−どこにあるの?
 墜落した衝撃で、手から放したのだ。それは触手に絡め取られ、はるか高所に掲げられていた。
「うっ」
 見ると、私の右脚全体に触手がもぞもぞと這い上がり、絡みついていた。
 嫌だ。気持ち悪い。 
 ただでさえ、淫毒のせいで感覚がおかしくなっているのに−−
「…やっ…上がって来ないでっ…」
 振り払おうと試みても、いまの強烈なダメージのせいで、思うに任せない。
 その触手に、逆さまに吊し上げられた。 2 m 、いや 3 m の高さにまで。
 そして−−
「きゃああ」
 私は再び、床に叩きつけられた。
 あまりの衝撃に、ほとんど失神しかけた。だが−−
 次々に襲ってくる危険を察して、覚醒した。
 四方八方から触手が伸びてくる。
 たちまち両腕と両脚を拘束された私の身体は、また高々と吊し上げられた。
(…また、叩きつけられるの?…)
 そう恐れたが、違った。
 もっと辛い責め苦が私を待っていたのだ−−

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