君の罠-海帆の受難-

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1 未来の身体

 窓から射す陽光の強さに、目を閉じたまま顔をしかめた。その感触で意識が覚醒方向に促される。目覚めはいつも、水底から水面に向かって浮き上がっていくイメージ。窓の外の、動き始めている都会の脈動が身体に伝わってくる。
 眩しい。昨夜カーテン、閉めなかったっけ--不用心じゃない?--
 お酒弱いのに、たまにはいいかと思って遅くまで飲んだのがいけなかったかな--運が悪ければ二日酔いの苦しみと闘わなくてはならない。でも、どうやら頭痛も吐き気も感じない。助かった。
「海帆先輩、今もフリーなんですか。じゃ、俺と付き合いません?」
 西城のやつ--
 実は高校時代から気になってました…なんて、今ごろ言うな。
 お酒の席でそんな風に言われたって、本気にできるわけないじゃない。
 私が彼氏なしだったら、どうだというの。足許を見るような言い方をして--
 だいたい、万里子がそんな話を始めるからいけないんだよ、まったく。
 昨夜は故郷の高校から東京文科大学に進学した者の集まりだった。一学年に 2 、 3 名しかいないので在学生すべてが顔を揃えても規模は知れている。私--三橋海帆はその中でもさらに少数派の、女子のひとりだ。
「せっかく東京で女子大生やってるのに、地味だよね、私」
 つい、同期の芳賀万里子にこぼした。就活で朽ち果ててしまいそうな気がしていたのだ。
 文科大の一類、通称「文一」に現役で合格。高校時代まで堅実に勉強していたつもりだったがさすがに文一はハードルが高く、浪人覚悟だった。いや浪人しても受かったかどうか。試験当日が絶好調で、問題を解くのが楽しくさえあった。思えばそのときに幸運の持ち札をあらかた使い果たしたようだった。高校時代も家業の手伝いと家事、そして勉強に忙しく、容姿はそこそこだと思うのに彼氏をつくるきっかけがなかった。大学に入ってからも学業とアルバイトで一杯一杯。サークル活動などもしていないせいで友人が少ない。たまにいいなと思う男がいても、必ず彼女がいる。
 文一からほとんどが法学部に進む中、数名の枠で文学部に入ってしまった。高校時代は上昇志向が強くて、官僚とか法曹を目指す気で文一を受けたのだが、教養部で受けた日本史の講義が素晴らし過ぎた。くすぶっていた歴史好きに火が着き、史学科で古代史なんぞを専攻するに至った。
 浮世離れした学問ゆえか、同窓には裕福な家庭の子女が多い。多くは大学院に進学するが、文大卒であろうと研究職に就けるのはごく一握り。寝食を忘れて古文書と格闘できるような環境にないうえに、卒業後に奨学金の返済を控えている私は、必然的に就職活動をすることになった。希望は出版社だが、これがまた文大の比ではない狭き門。文一現役合格というほかに特別ウリのない私は苦戦を強いられていた。
 21 歳になり、大学 3 年も終わろうとしているのに処女のまま。欲求はあるのに持て余すばかり…目下の最大の悩みはこれだったりして。それを話したことはないけれど、私がずっと彼氏なしで処女なのを万里子は知っている。
 万里子は文科大の二類から経済学部。見栄えのする美人で、地方出身の文大女子にしてはイケている。私の知るかぎり大学入学から彼氏が 3 回変わり、今の相手は経産省の官僚だ。将来の安定が見えたからと、万里子は希望どおり大学院に進学するらしい。
「海帆はぱっと見ガリ勉だし実際その通りだし、地方出身の文大女子を絵に描いたような地味めやしねえ」
「そりゃ、あんたの前に出たら誰でも地味めやさ」
「せっかく文一に入ったのに古代史なんて浮世離れした学問に首突っ込んでるし」
「就活もだけど卒論もやらなあかんしなあ」
 そんな会話に 1 年後輩の西城が聞き耳を立てていたのだ。
「彼氏をつくる機会、ないじゃないですか。俺なんかお買い得だと思うけど」
 それで酔いに任せて口説いてきたのだった。西城も現役で文一だが、こちらは高 1 の時から合格確実と言われていて、私のように「風」が吹かずとも受かるべくして受かった。政治コースで国家公務員を目指している。希望は財務省らしい。
「私はね、あんたみたいに二物も三物も与えられたタイプは好かんのよ」
 西城は学業優秀に加えて身体能力が高く、また腹立たしいことになかなかの美形だ。しかも地元の資産家に生まれ、お父さんが既に亡くなっていて結構な額を相続したらしい。
「そんな。海帆先輩も“二物”じゃないですか、万里子先輩と二人やと凸凹コンビで、制服も似合って可愛かったすよ」
 万里子が 168 cm 、私は 153 cm と身長に差があるが、高校時代からウマがあってよく一緒に過ごしていた。
「どうせ私は万里子の引き立て役よ。ちょっとは可愛いんはずなんやけど」
「すごく可愛いです。いまセーラー着ても似合うと思います。あ、可愛いままぐっと女ぽくなったから高校時代よりイイかも」
「なんでセーラーの話になんの」
 昨夜の記憶が鮮明に蘇って、つい、声を出してぼやいた。
 あれ…声が、違う--
 さっき寝返りを打ったとき違和感があった。身体がやけに重いのだ。
 起き上がろうとして、ベッドがいつになく硬いのに気づいた。そのまま身体を起こして座った。
「…どこ…」
 自分の部屋ではなかった。
 昨夜は解散して万里子と二人でタクシーに乗り、先に降りた。だから万里子の部屋に泊まったのでもない。そもそも万里子の部屋はもっと広くて、綺麗だ。
 この部屋には、若い女の気配がない。勉強机の上に機能の高そうな PC 、小振りだが凝った感じのオーディオ。そして書棚から溢れる本。よく見ると理工系の専門書らしきものが多い。だから西城の部屋に連れ込まれたわけでもない。万が一にもあり得ないけれど。
「いたっ」
 周囲を見渡そうとして身体を捩ると、肛門に痛みを感じた。便秘のあと、やや硬めのものを排出したあとの感覚に似ている。この身体もそんな状態なのかと思い、ずっと続くものでもなかったので、特に気にも留めなかった。
「誰か…いますか」
 いなさそうだった。ワンルームマンションなのだ。
 改めて自分の身体の変容に気づいた。手足が伸びている。腕も脚もいやに骨格がしっかりしている。そして初めて見る T シャツと短パン。
 眼鏡を掛けなくても、部屋中はもちろん窓外の風景も鮮明に見える。
「ない」
 胸を触ると、あるはずの膨らみがない。あるといっても 84 の C カップだけど。
 そして--胸がない代わり、股間に何かがもっこりと膨らんでいるのだった。クリトリスが勃起したときの感覚に似ているけど、その何十倍も存在感がある。おそるおそる手を遣ると--
「…うそ…」
 実物はまだ見たことも触れたこともないが、知識としては知っている、ペニスだった。ペニスが見事に屹立している。
「まさか」
 最近、高校生の男女が入れ替わるという映画を見たばかりだった。だから、現実には信じがたいのだが、事態はすぐに飲み込めそうだった。
「誰かと入れ替わってる。それも、男」
 ベッドを降りて鏡を探した。姿見があった。
「…男の子や…」
 なかなかのイケメン、というのが第一印象だった。歳は同じくらいだろうか。
「なんか…キレイやね、この子」
 中性的、というかむしろ女性的な顔立ちで、髪が長ければ女の子と間違われそう。毛深くもなく、肌にも手入れが行き届いている感じ。脚はほっそりとして、やはり無駄毛の処理がされている。朝だから髭は生えているがごく薄い。喉仏が出ていない。
 映画みたいに男の身体に入ったらさぞ不自由だろうと想像していた。映画の男子はイケメンだったけれど、ふつう男の身体はゴツゴツしていて毛深くて不潔なはずだった。大きくて重くて、操縦しづらいだろうと思った。
 この子は、今時の若者にしては小柄。万里子のほうが背が高いはず。
 よかった。大男だったら操縦しきれないだろうから--
 こんな身体の男子なら入っていてもそれほどイヤじゃない。
 そう思いながら各部を動かしてみたが、いちおう骨格がしっかりしている分、海帆でいるときほど機敏には動けないし、柔軟でもなさそうだ。目の位置が高くなり、頭が床から遠のいて不安。いっぽう、天井が近くなって圧迫感がある。何気なく足を踏み出すと歩幅が大きいので驚く--

 目覚めたのは午前 6 時だった。それから小一時間、室内を漁ってこの子の素性を調べた。
 まず、ここは京都だった。映画では 3 年ずれていたけれど、それはない。私たちは同じ時間を生きているのだ。
 名は宮下未来。京都理科大学工学部情報系 2 年。新潟県出身の20歳。
 映画では一日しのげば元に戻るはずだった。日付を確認すると金曜日。
「理大か…宮下未来のフリをして行くんよね。けど情報系って、無理やろ」
 うちの高校からも京都理大には毎年数名ずつ入っているが、国立の理系ではダントツの難関。中でも確か工学部の情報系は入試最高点を医学部と競っているのではなかったか。
 優秀なんやね、君。でも--
 驚くべき事実と言っていいだろう。女装趣味があるようなのだ。
 奥の間の一角、カーテンで仕切られた向こうは、女物の衣装・下着・化粧品が整然と並んでいるのだ。その充実ぶりは、私の持ち物を質・量ともに軽く凌駕している。これだけ美形な子だったら許される趣味だと思えなくもないけれど。
「なんや、不愉快やね。この…」
 お洒落で品のいいブラウスやワンピースに、何種類ものウィッグやパンプス。趣味の域を超えている。ぶつぶつ言いながら手に取ったりしていると--
 はっ。
 重大なことに思い至った。
 自分が今“こっち”にいるということは、同時に宮下未来は“向こう”にいる。
 私の身体を--好き勝手にされちゃないやろか。
 それもだが、私の持ち物を見て呆れかえったりしてないやろか。
 お願いだから、勝手に物色せんといてよ。
 自分のことは棚に上げてそう案じたとき、スマホの着信音がした。

 “向こう”で異変に驚いた宮下未来が自分の番号に掛けてきたのではないか。見れば案の定、発信の番号は私の携帯のものだった。
「…はい。宮下未来さんの、携帯です」
 この事態とは無関係の第三者が聞いたら奇妙な応答ということになる。
「…三橋海帆さん?」
 私の声ってこんなだったっけ。意外に綺麗なソプラノやわ。
「そうです…未来くん、なの?」
「ええ。はじめまして」
「はじめまして…私も電話しようと思ってたの」
「海帆さん、昨夜、酒飲みました?」
 最初はその話か。
「ええ…」
「ひどい頭痛がして目覚めたら、こうなってて…まだフラフラします」
「あっ…それは…ごめんなさい」
「入れ替わりと酒は関係ないでしょうけどね」
 未来もこの事態を受け入れつつあるようだ。
「海帆さんは、あの映画、見ました?」
「ええ」
「じゃ、あの二人を見習って、うまくこの事態を乗り切りましょ」
 さばけている。理系の聡明な子というのはこんな感じなのかも知れない。
「僕の素性はもう?」
「ええ。概略は…」
「奥の部屋も見た?」
「えっ…ええ…まあ」
「じゃ話が早いです。お察しのとおり、女装趣味があるんです。大学には普通に男の姿で行きますけど、休みの日は女の子に化けてお寺をぶらぶらとか」
「心は女の子…ってことなのかしら」
「…ってわけでもないんです。男でいる時間も違和感はなくて。女の子を演じるのがとても楽しいんですよ」
「…そうなんだ…」
「変態だと思った?」
「…いえ、未来くん綺麗だから、女の子の姿もさぞ似合うんやろなって」
「ありがとうございます。大学には男の恰好で行ってほしいんですけど、ほかは女装で出かけてくれてもいいですよ。化粧とかお手の物で…」
 そこで未来は言い淀んだ。なんでやねん。
「海帆さん、あまりお化粧しないみたいですね」
 顔に血が上ってカッと熱くなる。
「私の持ち物、見たでしょ。どうせ私は女の子らしくないわよ」
「違いますよ」
 2 歳年下の子が私をなだめるような口調で言う。
「お化粧の必要ないじゃないですか。すっぴんでこんなに綺麗なんだから」
 褒められているようだ。
「…綺麗かな…」
「こんな綺麗で可愛い女性の中に入れて、こんな嬉しいことはないです。女装の僕もイケてるはずなんですが、海帆さんには素材の段階でかなわない」
「…ありがと…」
「でも、就活のときはもっとお洒落をしたほうがいいんじゃないかな」
 就活のスーツとか写真とか見られたのだ。
「手帳とか、見た?」
「ええ。苦戦してますね。文大文学部でも出版社は難関なんですね」
「…うん…そうなんよ」
 幸い、今日は就活関係の予定はない。
「来週はまた面接があるでしょ。僕のほうで海帆さんをちょっといじっても構いませんか」
「え」
「少し出費がありますが、まずスーツを変えましょ。パンツじゃもったいない」
「…もったいないって…なに」
「脚」
「…脚?」
「海帆さんの脚、すごく綺麗です。見せたほうがいいです」
「…私、ふだんもスカートはあまり…」
 脚を見せるのも、見られるのも恥ずかしい。脚を不特定多数の男性の目に晒していると思うと、なんだか不安なのだ。高校時代までは何ともなかったのに。
「採用担当のオヤジたちに見せつけてやるくらいでいいんじゃないですか。この子が欲しい、と思わせるだけの魅力が海帆さんには絶対あります。とりあえず吊るしのスーツでも、ぐっとアピールが増しますよ」
「…そう、かな…」
「ブラウスとか、ストッキングとか、靴とか、ひととおり揃えてみますよ」
 衣装のコーディネイトということでは未来のほうが数段上のはず。
「…それじゃ、お任せしようかしら…」
 衣装だけではなかった。髪をちょっと明るめに染めましょう。眼鏡も似合うけどコンタクトを入れて素顔バージョンを作りましょう。未来は私を変身させるべく、次々に提案してきた--
 その日のスケジュールや交通、友人関係、お金の在処などを慌ただしく教えあったあと、私たちはそれぞれの持ち場へと向かった。私の中に入った未来は文大へ。今日は講義が少しあるだけで、ゼミも卒論のヒアリングもない。講義が終わったら買い物に行くらしい。
 私は--理大の数学の講義や情報処理実習を淡々と過ごした。講義は全く理解できず、先生の板書を書き写すので精一杯。見たことのない記号ががんがん出てきて、ちゃんと書けている自信は全くない。実習では隣に座った男子に「今日なんだか調子が悪くて」と手取り足取り教わって急場を凌いだ。
 その夜、再び未来から連絡が入った。大学ではさんざんだったと報告すると、
「お疲れ様です。それで十分です。あとで取り戻しますから」
「でも、親切な人が多くて助かったわ」
 理大での未来は、少数派の女子学生にも大勢いる男子学生にも受けの良い存在であるらしい。それは美貌のなせるところもあるには違いないが、多分に性格や立ち居振る舞いの良さに負うのだと思う。
「ふだんは僕が手伝ってやったりしてるんで。たまにはいいでしょ」
 こういう人物なら、私の身体を預けていても大丈夫だろうと思える。
「僕は今日一日、楽しかったです。講義はわりあい面白かったし、文大の女子にも綺麗な子が結構いて」
「でしょ。半分以上は東京近辺の子で、チェック厳しい環境で育ってきてるから」
「でも海帆さん、彼女らに全然負けてませんよ。素材では」
「そうかな… Q 県代表としては、希望が持てるかな」
「もちろん。だから少しずつ磨きをかけましょ。やらないともったいないです」
 女を、磨く--
「今日、買い物の前にエステに行ってきました」
「え」
「行きつけのお店はなかったでしょ。ひとまず本郷で評判のいいとこに」
 行きつけどころか、エステというものに行ったことがない。
「…そ、そう…どんな、だった?」
「感心されましたよ。肌に張りがあって綺麗だって。僕もそう思ってたんだけど、お店のお姉さんにほぐされながら、綺麗ねぇ…羨ましい…って感嘆されました。接客上の口上じゃなかったと思います。自信持っていいですかって訊いたら、もちろんって」
 嬉しい--
「素顔も可愛いって言われましたよ。童顔だから女子高生みたいにも見えるけど、ちょっとメイクを工夫したら“魔性”っぽくもできそうだって」
「…どういうこと…」
「目許でしょうね。言うなれば、エロ可愛くできるってことでしょ」
「…エロ…」
「…とは言われなかったけど」
 そうなんだ--
「やってみようかな…」
「やるべきです。それからね、脚のこと」
「…脚?」
 今朝と同じ展開--
「どうやったら綺麗に見せられますかって、訊いてみたんですよ」
「うん」
「まず、今のままでも十分美脚だって。少し O 脚気味なのを自分で矯正できるように、体操を教わってきました。ついでに 180 度ベターッて開脚できるようになるのも。あとでそれやって動画に撮っておきます」
「それ、できるようになるの?」
「できます。エステで試したらできたし、さっきも独りでやってみました。ちょっと股関節がきついけど、続けていればどんどん柔らかくなりますよ。骨格が整うので、全身のバランスが改善されてもっと綺麗になるそうです」
「…嬉しいかも…」
「でしょ。あと、演出ですけど、スカートは絶対。身長低めだから長すぎないのがいいそうです。膝上 5 cm くらいが可愛くて知的にも見える。それにヒール」
 ヒールね…試してみたことはある。でも、脚から上の様子が良くないとかえって恰好悪い気がして、諦めていた。
「ご存じでしょうけど、ペタンコ靴よりも脹ら脛に緊張感が出るから美脚度が増します。身長の割に腰の位置が高くて脚が長めだから、ヒールの高さはがんばらなくてもいい。 3 cm くらいのから慣らして、そのうち 5 cm 前後を定番にするといいそうです。もう買ってありますから、元に戻ったら試してみてください」
「…いろいろありがとう…」
「ふふふ。自分を綺麗に見せることに、意欲が湧いてきました?」
「うん」
「良かった。あのね、海帆さん。僕らの入れ替わりの必然性ってものをずっと考えてたんですけど、多分に海帆さんのためなんですよ。僕が入って動くことで、海帆さんを変身させる」
 ちょっと大袈裟な気もするけど--
「そのお店には月イチくらいで通うといいですよ」
「あのね…私、エステって実は行ったことなかったんだけど、どんな風なの」
「まずシャワーを浴びて」
 ええーっっっっっ!…
「シャワー…で…洗った、の…」
「決まってるでしょ。何言ってんですか」
「…だって…」
「身体のことでしょ。シャワーを浴びなくたって着替えのとき見てるし、トイレも使ってるんですよ。それはお互い様で」
 それはそうだ。私も、未来の身体を全部見て、触ってしまっているのだから。
「…そうよね。ごめんなさい…」
「いえ、無理もないと思いますよ。だって…」
 話題は唐突に転換して--
「海帆さん、処女ですよね」
 そこで途絶えた。私が電話を切ったのだ。

2 海帆の身体

 未来の意識が覚醒に向かっていた。屋外の喧噪で、京都でないとわかる。
(今日は、海帆だ…)
 これで入れ替わりは 3 度目になる。決まって金曜の朝から月曜の朝までだ。二人はいちおう毎日連絡を取り合って、入れ替わりが不意に訪れても対処しやすいように、翌日の打ち合わせをするようになっていた。海帆は今日、午前中は大学に出て、午後は中堅の出版社の先輩を訪ねることになっている。わりあい忙しいが、今はまだ午前 5 時だ。少しだが“自由時間”がある。
 全身の肉付きの薄さにまだ違和感がある。未来でいるときも重いと感じたことはなかったが、海帆の小柄な身体の軽さは格別だ。筋肉が身体をしっかり覆ってくれていないこの感じは、ひたすら頼りない。
 両手で顔を撫でる。頬から耳、うなじと指を這わせる。
「…ン…っ…」
 女の性感帯は凄い。目覚めて間もないのに、触れれば即スイッチが入る。海帆の身体が敏感にできすぎているのかも知れないが--
 未来は楽しい。今は正真正銘、女なのだから、女の子らしい声を漏らすのもごく自然だ。男でいる時にこれをやっても結局は嘘だという気がしている。そんな自分を、この入れ替わりは解放してくれる。
 右手で左手首を握ってみる。あまりにも柔らかいその肉の感触に、どきりとする。こんなに柔らかくて細いのに、ちゃんと腕としての機能を果たしているのが不思議だ。肌の質感が、筋肉の付き方が、男女でこうも違うものかとつくづく思う。そのへんに不用意に手をついたら骨が折れるのではないかと心配になる。
 手首に限らず、この身体は細く、華奢だ。足首がまた細いので、ちょっとよろけたらすぐに捻挫でもしそうだ。どのくらい無理をしたら壊れるのか不安だが、限界を試してみたい気もする。
 両手を胸元に移動する。そして、パジャマ越しに掌で押してみる。かすかな抵抗があり、弱い弾力をもった膨らみがへこみ、つぶれる。すべての指を曲げて、軽く握ってみる。
 結構、ある。この存在感は嬉しい。そして気持ちいい。男でいるときよりも、胸、そして尻は、よほど質感があると思う。
 パジャマを脱ぎ、露わになった乳房に指をめり込ませる。
「…ああ…」
 パジャマ越しとは段違いの感覚に、声を堪えきれない。
 豊かではないが、貧乳というほどでもない。小柄な身体にはちょうどいいサイズで、胸から腹、腰 にかけての曲線はとても美しく、エロティックなのだ。
 眼鏡を掛けて視野の鮮度を上げる。起き上がると、正面にちょうど鏡がある。
 起き抜けのことで、髪に多少寝癖はついているが、海帆の顔は綺麗だ。実は眼鏡もよく似合っていて、就活向けにコンタクトを入れるのも半分惜しい。
「可愛いよ…」
 “自画自賛”しながら乳房を揉み続ける。息が上がってくる。すっかり充血した乳首を指で摘まむと、
「…いいッ…」
 気持ち良すぎて、苦しい。それでも手は止まらない。どころか、いっそう動きを執拗にする。激しく揉みしだくうち、乳首が強ばってくる。痛いほどだ。
 感度良すぎだ--処女のくせに。
「…ああ…だめっ…」
 乳房を男の手に嬲られるのを想像しつつ、海帆になりきって喘ぐと、ますます高まってくる。手が止まらない--不意に、背筋から脳天まで快感が貫いた。
「…あ、うッ!…」
 達した。軽く、だけど--
 マジか。おっぱいだけでイクなんて、敏感なのにもほどがある。
 いつの間にか股間が潤っている。このくらいでやめないで、と海帆の身体が訴えているようだ。
 ショーツを脱ぐ。薄い茂みが恥丘を覆っているのがやはり可愛い。
 浴室に行こう--ベッドを汚さないように。
 洗い場に膝をつき、脚を開く。まずは指でなぞる。
「…あ、くっ…」
 潤いが増してくる。左手の指先を秘裂に沿って往復させるうち、じんじんと強張ってくるものがある。クリトリスだ。それを右手で捏ねる。愛液が量を増して、ぬちゃぬちゃと音を立てる。
「…ひッ…はあっ…はうっ…ふっ…」
 息が乱れる。熱が出たように、身体が火照る。
 すごい--女の--海帆の身体は、すごい--
 クリトリスが直に触れてほしいと訴えている。指に力を込め、包皮を剥いた。
「…ううっ…」
 指にローションをつけ、摘まむと--
「…ひい、イッ!…」
 たちまち昇り詰めた。
 呼吸が苦しいが、海帆の身体はなおも求めている。摘まんだ指で捏ね回す。
「…あ、くううッ!…」
 またイッた。あっけない。というか、弱い。爪先がぴくぴくと震えている。
 こんなにイキまくるんじゃ、体力がもたないじゃない--
 膣内の壁が火照るような、むず痒いような感覚があった。右手の中指を秘裂に滑り込ませる。女の子の指 1 本ならぎりぎり通過できる。
 むず痒いスポットは、腹側にあった。 G スポットっていうやつ?
 処女のくせにイキまくるし、 G スポットまで発達してるのか--
「…ここを擦ったら…どうなるのか、な?…」
 こりっ…
 と、指先でしごいてみる。
「…はぐ、ううッ!…」
 それまでにない激しい感覚が背筋を貫いた。二度、三度とくり返すと、
「…う、ぐうッ!…」
 びゅううッ!…
 液体がほとびり、全身がびくびくと跳ねた。これが潮吹きというものだろうか。放出しても男の射精のような虚脱感はない。終わった気がしないのだ。
 女は無限というけれど、海帆の身体の欲求は際限がないようだ。右手は中指を動かしながら、左手で再びクリトリスを弄ぶ。
「…あああッ!…い、くッ!…いくッ!…」
 びゅううッ!…
 びゅうッ!…
 びゅッ!…
 何度か続けざまに達したあと、全裸で 1 時間ほど気を失っていた。

「海帆先輩、今日これから面接ですか」
 午前中の講義を終え、学内を正門に向かって歩いていると、法学部 3 年の西城が話しかけてきた。遠慮なく並んでくる。
「ええ…ううん、面接っていうか先輩を訪ねるの」
 この男とは最初の入れ替わりの日にも少し話した。海帆によれば、あの日のひどい二日酔いはこいつのせいだということだった。
「スーツ、前のよりすごく似合ってますよ。それに最近いちだんと美しくて」
 本気かどうか、西城は海帆と付き合いたがっているらしい。その目に好色の光が宿っているのが未来にはわかる。男の視線には慣れているのだ。
「ありがと…前はちょっと地味だったかもね」
 ふうん…と、西城は不思議そうな顔をする。
「なあに?」
「いえ、いつもなら『からかわんといてよ』って怒られるとこなんだけど…それに先輩、なまりがなくなってますね」
「就活も長くなってきたからね。それに、綺麗だって言われるのは嬉しいのよ」
「そんな台詞を聞くと、なんか萌えちゃうな…って言ったらどうです」
 ムラムラくる…ということか。まあ、そういうのにも未来は慣れている。
「『萌え』の対象になるのなら、女冥利かもね」
「すばらしい」
 以前の海帆は素っ気なかったのだろう。優しくしたつもりはないのだが、感動しているようだ。
「最近、法学部でも先輩の噂、聞くんです。文一から史学科に行った三橋さんが、なんだか急に綺麗になったって。実に萌えるって」
「そうなんだ…」
 そう言えば、文学部でもよく声を掛けられるようになったと海帆が言っていた。
「ね、先輩。写真撮らせてください」
「今、ここで?…私の写真なんか、どうせ、もう持ってるんでしょ」
 適当に言ったら、図星だったようだ。隠し撮りか。ストーカーか、こいつ。
「いや、その…そのスーツ姿がお宝に欲しいんですよ。ね、そこに立ってみて」
 言われるがまま、木の下に立つ。西城がスマホを構える。文大の学生たちは理大と同様さばけていて、二人がじゃれ合っているのを誰も気に留めない。
 何枚か撮られた。奴のスマホを取り上げて見ると、上半身だけでなく全身が写っている。“我ながら”スーツはよく似合っていて、脚も綺麗だ。 O 脚を矯正してきているのも効果が上がっているのだろう。
「西城くん、さ…」
「はい」
「女の子の脚が好きなの?」
「え…いや、まあ。好きですね」
 海帆の脚に欲情しているのだろう。
「客観的に…って無理かな。私の脚って綺麗?」
 西城は驚いたようだ。
「…綺麗ですよ。すごく」
「私の脚に萌えたりしてるわけ?」
「え、え…いや、脚だけじゃないです。先輩のこと、全部です」
「私の全部に萌えて…欲望の対象にしてるとか?」
 西城は言葉を失った。写真は自慰のネタなのだろう。細工とかもして。
「いいのよ。脚が綺麗って言われるのも、欲望の対象にされるのも、女冥利」
「…先輩、何か変わったこと、ありました?」
「ううん…ただ、自分に素直になっただけ」
「俺と付き合ってくれる件は?」
 この流れでは「海帆とやりたい」と言っているようなものだ。アホなやつ。
「ま、考えとくわよ…あ、もう行かなくちゃ。写真、悪用しないでね」
「…悪…」
「どこかにアップしたり、知り合いにコピーさせたりしないで。怖いもの」
「もちろんっす。あ、先輩」
 駅に向かっ去ろうとすると、追いすがってきた。犬みたいだ。
「明日…土曜の予定は?」
「会社訪問が 1 件だけ」
「その後は」
「行ってみないとわからないの。先方しだいなの」
「じゃ、日曜は」
 しつこい--
「日曜は洋服を買ったりしに行きたいから」
「それに付いてっちゃだめすかね」
「だーめ。来週、学食でお昼でも食べましょうね」
 そう言って別れた。一度振り返ると、意味ありげな苦笑を見せていた。

3 未来のアルバイト

 また金曜日--目覚めるとやはり入れ替わりが起こっていた。おそらく月曜朝まで私は未来として過ごす。このパターンが続くので、お互い週末には代わりの利かない用事を入れないようにしている。
 スマホにメール着信の合図が出ていた。未来からの連絡だと思って見ると、違った。「四条さん」--未来から聞かされていない人の名だ。

   また顔が見とうなった。今夜から日曜までうちの別宅に来んかね。

 顔が見たい?--別宅?--男性らしいけど、親戚のおじさんか誰か?
 未来はよほど可愛がられているのだろうか。
「…っていうメールが来てるんやけど」
 未来に、というか私の携帯に電話すると、未来はいま私の身体の中で覚醒したところだった。
「ああ、来たか」
 と、未来は私の声で呟き、続けた。
「言わなきゃ、と思ってたんです。それね、僕のバイト。愛人をしてるんですよ」
 ええええっ!--
「話せば長いんですけど、話さないとわからないので」
 という前振りで、未来は説明を始めた。四条氏は京都の有名な和菓子屋の何代目かの当主で、今は引退して隠居生活。未来が理大に入ってすぐのころ、銀閣を見物していたら声を掛けられたのだそうだ。
「そのときは、女の子の姿で?」
「そうです。あまり目立たないように、春物のワンピにジャケット…だったかな。お嬢ちゃん、ちょっとお茶でもどうやね…とか誘われて」
 品のいいご老体だったから断る理由もなく、超高級な茶房の個室に入った。そこで、ガールフレンドにならないかと持ちかけられた。それで--
「私、女の子じゃないんですよ。黙っててごめんなさい、って謝ったら…」
 最初からわかっていたという。バレバレだったのではなく、むしろ本物の女子より女の子らしかったという。四条氏だから見抜いたのだ。
 京都は古来から男色の盛んな土地柄で、四条氏は女子より女子らしいような女装男子が好みのツボなのだ。未来を見つける少し前に、それまで囲っていた子が就職で京都を去ったので、淋しい思いをしていたそうだ。
「海帆さん、行ってくれますよね。バイト」
「え」
 未来は私の、家庭教師のバイトに行ってくれている。数学などは私よりも教え方が上手いので喜ばれてしまっている。
 だけど--
「…つっ…つまり、女の子の姿になって四条さんのところへ」
「そうですよ。別宅は嵯峨の山あいの、静かなところです」
 女の子の姿になることには、抵抗はない。というか、私の“入れ物”が男の形をしているだけで、男の大学生を演じるよりも楽なはず。でも--
 愛人というからには、会って食事だけということはないだろう。
「…別宅に行ったら、何があるの」
「セックス」
 そんなっっっ!…
 自分の身体でも、セックスしたこと、ないのに--
「四条さん、もうお年だから男性の機能は衰えてるんです。だから基本的には身体を愛でられるだけ」
「…愛でられるだけ…って、言われても」
「されるがままにしていればいいです。何をされても僕の身体だし」
 触られたり、舐められたりするのだろう。自分の身体でも、経験がないことだ。
「頼みますよ。僕、四条さんの援助のおかげで他のバイトをせずに生活できてるんです。洋服とか靴も買ってもらってるし。愛人といってもバイト感覚でいいから、とまで言われてて。恩義があります」
「…体調悪いから…とかで、お断りできない?」
「だめです。女子と違って生理ないですし。いつ呼び出されてもいいように週末は空けておく約束なんですよ。それに」
 四条氏はどうやら病を抱えていて、余命いくばくもないという。未来という“ガールフレンド”を得て、人生最後の日々に輝きを取り戻したのだという。
「…わかった…」
 そう教えられては行かないわけにはいかない。未来の言う通り「何をされても未来の身体」と自分に言い聞かせる。

 その日、理大では例によって全く理解できない講義を 3 つ受けた。ノートを取るのは諦め、講義の模様はスマホで撮影・録音した。愛人のバイトのことが頭から離れず、何も考えられなかった。
 “愛でられる”っていうのは--
 ペニスをいじられたりするんだろうか。男同士で?
 他にいじるところなんてなさそうだし--
 そのことを考えると、今そこにあるペニスが気になって仕方がない。朝からずっと勃起しているし、精液が充満しているように下腹部がむらむらする。
(…男の子って、こんな苦しみがあるんやね…)
 そこに溜まっているであろうものを出してしまえば楽になるに違いない。でも、まさか大学のトイレとかでできるわけがない。幸い実習のない日だったので、早めに未来の部屋に戻ったのだが--
 下腹部の“充満”感が限界に達している気はするのだけれど、自分で処理する勇気は出なかった。それに、四条氏はきっと自分の手で未来のここをいじって射精させたいのだろう。“出勤”前に出してしまって、いざというときに回復していなかったら、四条氏をがっかりさせてしまう。
(…ごめんね、未来。今はガマンやよ…)
 そう未来の身体に言い聞かせて、未来の指示どおりの身支度をすることにした。まず入浴と無駄毛の処理。
(…想像するなっていうほうが、無理やよね…)
 その時のことをつい考えて気分を高めてしまう自分が恨めしい。考えるほど下腹部が辛くなるのでなんとか気を紛らわせようとするのだが、下着--もちろん女性用の--を着ける段になって、また高まってしまう。
 股間にペニスを挟むようにしてショーツで押さえつける。ブラにはパットを入れて胸の膨らみを作る。下着は上下とも淡いピンク。鏡に映して見ると、胸のシルエットもそれなりで腰のくびれもあり、身体の線はおよそ男子らしくない。裸体でこれだから、女装がぴたっと決まるのも当然だ。
 悔しいことに、化粧道具は私が持っているものよりも充実している。四条氏は未来と初対面の日から薄めのメイクがお気に入りだそうなので、ファンデを塗って口紅を軽く引くだけにする。ミディアムボブのウィッグを着けて完成。
(…この雰囲気は、私にはないなあ…)
 切れ長で、いくぶん吊り気味の目尻が、“我ながら”ゾクゾクするほど美しい。髪の間からのぞく耳もセクシーだ。未来はもともと女性的な顔立ちなので、どう見ても女の子だ。女の私が感心するくらい、可愛い。
 まだ肌寒いのでストッキングは 50 デニールの黒にする。これに濃いグレーのワンピを合わせ、黒のベルトをする。靴は、よくこんなお洒落なのを…と思うような、ダークグリーンのスエードのパンプス。
 通路に人がいないのを確かめて、足早にマンションを出た。人混みに紛れると未来の素の姿でいるよりも抵抗がない。地下鉄に乗っても自然にしていられる。最寄り駅で降りるとタクシーを拾った。
 四条氏の別宅は竹林に囲まれた広大な敷地の中にある。人気はなく、日が沈むと気味が悪いほどだ。
 ここで身体をおもちゃにされる。自分の身体では、ないけれど--
 呼び鈴を押すのが少し躊躇われた。やっと手を伸ばしたとき、扉が開いた。
「いらっしゃい。お嬢さん」
 四条氏の別の愛人、こちらは正真正銘の女性がいると未来から聞いている。紫乃という、 30 代半ばのひとだ。その紫乃に出迎えられた。
「…こんばんは。お招きいただきまして、ありがとうございます」
「今日も可愛くして来たのね。偉いわ」
 未来は紫乃とも顔馴染みのようだ。未来が女装男子であることも知られているのだろう。
「おじさまがお待ちかねよ」
 招き入れられ、後に付いて歩く。彼女は未来よりも少し上背がある。
 新しい畳の香りがする 8 畳ほどの和室。料理やお酒とともに四条氏がいた。
「…こんばんは…」
 精一杯の笑顔を作って挨拶。
「おお、よう来たな。今日は黒系でまとめたんか、お洒落や」
「ほんと、どう見てもええとこのお嬢さん。同女あたりにいそうな」
 ふたりに褒められて、気分は良い。緊張が少しずつ解けていく。
「…そうですか?…それじゃ今度、同女に潜り込んでみようかしら」
 軽口を利いてみる。
「女子大生目当てのナンパ男に囲まれて、面倒なことになりそうやね」
「そしたらやな。そいつの一物をぎゅうと握って、『私にも同じものが付いてるけど、ええの?』と言うてやり」
「『ええよ』って言われるかも。『こんな可愛いなら、付いとっても構わん』ってな」
 紫乃と四条は楽しげだ。いつもこんな風に、未来は男の娘として自然に受け入れられているのだろうか。
 この雰囲気でなら、身を任せても大丈夫なような気がしてきた。
 四条氏は 66 歳。恰幅が良く和服が様になっている。円形のフレームの眼鏡の奥に、やはり円い瞳が優しげではある。食事が用意されていたが、未来を待ってくれていたのか、手つかずだ。
「さ、まずは一杯いこか。もうじき 20 歳になるんやったな」
 林檎酒だという。四条氏とグラスを合わせ、四条氏がぐい、と飲み干したのを見て私も続いた。紫乃はそれを見ている。
 美味しい--そう思ったのと、なんだか上半身がぐらりと揺れたのが、同時だった。

 ミキちゃん。ミキ?…
 誰かが未来を呼んでいる。いや、呼ばれているのは私だ。
 私は、四条さんの別邸に来て--
 林檎酒を飲んだところから記憶がない。あの後、急に眠りに落ちて--
「…う…」
「お目覚め?」
 目を開けると紫乃の顔があった。
「ごめんなさい。私、眠って…」
 はっ。
 手の自由が利かないのに気づいて右手を見ると、手首に縄が。
 驚いて反対側を見ると、左手首にも縄。
「…何?…」
 脚も動かない。顔を起こすと、左右の足首にも縄。服は着せられたまま、私は--未来の身体は--いつの間にかベッドに寝かされ、大の字に四肢を拘束されていた。
「…何をするんですっ…」
 おもちゃにされるというだけで、具体的には何も想像していなかった。
 縛られた上、まさか二人がかりで?--
「あら、今日は初めての時みたいに初々しいのねえ。素敵よ」
 そう言って、紫乃はうなじに指を這わせてくる。
「…う…」
 男の身体でも、感じる部分は感じるのだ。
「紫乃よ。今日は目一杯、焦らしてやってくれ」
 頭の上から声がした。見上げると、四条の目に好色の光が宿っていた。
「ええ。この間は油断しましたわ。あっけなくイカせてしまって」
 何を言っているの--
「ねえミキちゃん、おちんちんが苦しくない?」
 紫乃の両手がスカートの裾から中に入り、太腿を這い上がると、ショーツの上から触れてくる。
「…あっ…待って…」
「ああら。もうこんなに」
 ショーツの中で、未来のそれは充血してしまっている。ペニスはアヌスのほうを向けて押さえてあるから、ずーんという重く、鈍い痛みが根元の辺りを覆っている。紫乃がショーツの上からさわさわと擦ってくる。
「…うっ…や、やめて…」
 日中からの“充満”感はもちろん解消されておらず、堪え難いほど辛い。
「今日のミキちゃん、いつにも増して女の子そのものやね。可愛いわあ」
 紫乃の愛撫にじわじわと追い詰められる気がする。
「今日は例の薬をどうしてもミキに試してみたかったんや」
 四条は両手で耳たぶをしきりに弄んでいる。
「…く…薬?…」
 聞き流せないことを言われた。
「バイアグラを知っとるやろ。あれのもうちょっと効き目のキツイやつ」
 勃起不全の対症薬だ。それの、きついやつ?--
「媚薬の作用もある優れモンなんやで。性器が通常の数倍はビンカンになって、しとうてしとうてたまらんようになるはずや」
「若い子には無用のものでしょうけどね。もうビンビンや。可哀想なくらい」
「未来をここに寝かせたときに喉に入れたんやが、ちょっと効くんが早過ぎやで。もしかして、溜まっとるんか」
 溜まって--精嚢に、精液が--ということだ。不意に言い当てられて、
「ああら、赤くなっちゃって」
 顔の変化を紫乃に見て取られた。
「おおかた今日あたりお呼びがかかると予想して、我慢してたんでしょう。ここにずっしり溜まって、破裂しそうなの?…ミキちゃんも好きねえ」
 紫乃の手がそこを撫で続けているので、ますます余裕がなくなっていく。
「ね、もしかして今日、ここに着いたときにはもう苦しかったんやないの?」
 またしても--
「そうよね。なんだか顔色がすぐれへんかったもの」
「なんや、ムラムラを我慢しとったんか。ここで嬲られるのを期待してか」
 恥ずかしくて顔を背けたが、四条の両手がうなじを弄び始めて、仰け反った。
「…うっ、うっ…」
 その手はさらにワンピの袖口から侵入し、ブラの中の乳首を摘まんだ。
「…ああ、うッ!…」
 身体のどこを触られてもペニスの緊張が増して、痛いほどだ。
「ええ声で泣きよる。可愛いで」
 その間も紫乃の手はペニスを撫でている。不意に、ぎゅうと握られた。
「…うあっ…」
「どう、気持ちいい?」
 気持ちいいと言えなくもないが、強ばって痛いほうが勝っている。クリトリスが充血したときの辛い感覚を、量はそのままに体積を増やしたようだ。
 だから我慢しやすくはあるけれど--
「…辛いです…」
 精液の“充満”感も、とうにぎりぎりだった。何かの弾みで堰が切れそうだ。
「あら、やっぱり直に触らなきゃだめ?」
 スカートがめくり上げられ、ショーツにハサミが入る。同時に、
 ぐん!…と、それは激しく屹立したのだった。
「…ああっ…いやあ…」
 自分の下腹部にそんなものがそそり立っているのを、正視できない。顔を背けるのだが、四条の手に左右から掴まれ、そちらを向かされてしまう。
「ミキちゃんたら、女の子なのに…こんな立派なものが生えてるんやねえ」
 紫乃に上目遣いで見詰められると、それだけでいってしまいそうだ。我慢していたものが一気に沸騰する。薬を盛られて、官能が異常に高まっているのか。
「もう、出したくてしょうがないんでしょう」
 紫乃が掌に取ったのはローション。その手が今、ペニスの先端を包んで--
 こしっ…
 ペニスの包皮がくつろげられ、ピンク色の、神経の固まりが剥き出しになる。
「…ひい、いッ…」
 出してしまいそうになった。そんな姿を晒したくなくて、必死に堪えた。出せばワンピやシーツを汚すのは間違いない。それに、何よりも恥ずかしい。
 我慢しなくては…だが、紫乃は手を休めようとしない。
 こしこしこしこしこし…
 リズミカルな上下動に、今にも屈してしまいそう。それをしごかれる感覚自体が初めてだというのに、射精を堪えなくてはならないなんて--
「…あああッ!…だめっ…だめ、無理ッ!…」
「そんなに仰け反っちゃって…歯を食い縛って…どうしたの。イッていいのよ」
 くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ…
 紫乃の右手は、単に竿の部分をしごいているだけではない。亀頭全体をこねたり、亀頭のエラの部分に爪を立てたりしながら、男性器の官能のツボを抉るように責め立ててくる。
「気持ちいいでしょ…ああン…あっ…あンっ…あッ」
 歯を喰い縛り、堪える私。その代わりをするように紫乃が艶めかしい声を絡めてくる。それを聞かされているだけで私は追い詰められていく。
「いっぱい出していいのよ…あっ、あっ、あっ…」
 せり上がってきた。出てしまう。
「…いやあっ…だっ…」
「だめなの?…もうだめ?出ちゃう?…だめっ…、もうだめっ…ああンっ」
「…だっ、だめえッ!…ほんとにっ!…出ちゃ…あッ…」
 そのとき--
 ぎゅううううう。
 ペニスの根元をすごい力で握りしめられた。
「…ぐう、ううっ…」
 射精する寸前、それは堰き止められてしまった。あまりの苦しみに背が湾曲する。脂汗がどっと噴き出す。
「イカせない」
 さっき四条が「焦らせ」と言っていたのは、このこと?--
 はあ、はあ、と追いつかない呼吸をしながら、顔を上げて紫乃を見る。
「ミキちゃん?…私ね、女の子を虐めるのも好きなんやけど、男のこれを焦らし・寸止めしていたぶるのがもう、何倍も好きでね」
 その手には再びローションが取られ、真っ赤に怒張したペニスを包んだ。
「…くう、うッ!…」
 こしこしこしこしこし…
「ミキちゃんは本物の女子より女の子らしい。中に女の子がいるみたいやから愛しゅうてたまらんのよ。今夜はこってり、虐めてあげる」
 くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ…
「お姉様にたっぷりシゴいてもらいなや…へへへ」
 紫乃の手管だけでもたちまち昇り詰めてしまいそう。それに加えて、四条の指が左右の小さな乳首を執拗にこね回すのが切なくて、苦しい。
「…た、助けて…」
「出そうになったら言うんやで。ティッシュで包んでやるさかいにな」
 四条が言うと、それが合図であったかのように、
 こしこしこしこしこし…
 上下動のテンポが速くなり、私は追い詰められる。
「…ああっ…だめ、えッ…やめてッ!…」
「気持ちいいのね?だったら、そう言わなくちゃ」
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…いいいっ!…きっ、気持ちいいで…すっ…」
 気持ちいいどころではない。頭がおかしくなりそうだ。
「出していいのよ。出しなさい」
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…もっ、もうッ…出る…出ちゃうッ!…」
「女の子は『いく』って言わなくちゃね」
「…いっ…いきますっ…いく、うッ!…」
 苦しくてかぶりを振ると、涙が散った。出るッ--
 だが--
 ぎゅううううう。
 ま、また--
「イカせない、って言ったでしょ」

 恐ろしいことに、そんなことが 10 回も繰り返されたらしい。私はとうとう気絶してしまったが、それがちょうど 10 回目の寸止めだったそうだ。
「 10 回はやりすぎだったかもね…だってミキちゃん、今日はほんとに女の子みたいなんやもの。夢中になっちゃったわよ」
 私の口許の涎や額の汗を紫乃が拭っている。ワンピやストッキングが汗に濡れて、気持ち悪い。
 ところが、ペニスは--
 あんなにいきり立っていたのが、なんということだろう。萎えてしまっている。
 気絶している間に射精したのではないはず。
「そろそろ出させてあげようと思ったのに、これじゃあね。寸止めも度が過ぎると萎えちゃうって、ほんとなんやね」
 そこで、奇怪な形をした道具を見せつけられた。
「…なっ…何?…」
 一見、化け物の指。男性の指を少し太くしたような、 15 cm ほどのシリコンの棒。棒といっても数個の瘤が連なっているようでもある。
 怯えていると--
「エネマグラ。忘れたとは言わせへんよ。この間もこれでひいひいヨガッて泣いてたやない」
「…あっ…」
 アヌスに何か塗られている。ローションだ。
「…そっ…そこに、それを?…」
「決まってるやないの。ほかに入れるところがあって?」
 思い出した。未来の身体で最初に目覚めた朝、アヌスに感じた痛みはこれのせいではなかったか。
「それを使えば、ふにゃちんも一発で回復やろう。ひとたまりもないでぇ」
「こないだ使ったときは、ミキはアナル処女だったわね。たいそう痛がってね…でも途中から喘ぎ始めた。前立腺にこの瘤がフィットして、途中から立ちっぱなし、イキっぱなし」
「人生初アナルであそこまで感じる子は珍しい」
「開発のしがいがあるというものやね。今日も頑張りましょうね」
 ふふふ…とほくそ笑みながら、その物体を見せつける。
「…いやっ…そんなの、入らない…無理ですっ…」
 抵抗しようにも、縛られている。懇願するほかない。
「こないだは入ったやないの、無理矢理だけどね…だから今日も入るわよ」
 アヌスに先端を感じたと思うや、ずいっ…と貫かれた。
「…きゃあ、ああッ!…」
「溜まりに溜まった精液、出してしまわないと身体に悪いからね」
 エネマグラが動き始める。
「…きゃううっ!…あぐ…」
 そのとき--
 ペニスに鈍痛を感じたかと思うと、それはたちまち屹立した。
「ほうら、わかりやすい子やね。ひとたまりもないやないの」
 今度こそ、射精させられる。思わず顔を起こすと紫乃と目が合った。
 顔が赤らむ--
「ああら、期待しちゃって…女の子がはしたない。そんなに射精したいの?」
 エネマグラが乱暴にこじられる。
「…あううっ!…したい…したいですっ…」
「こないだみたいに飛び散るのはかなわんな」
「そうですわね」
 紫乃の手がいったん離れると、何かを手に取った。ビニールのパッケージを開ける。コンドームだ。
「極薄だから、着けてないのと感覚はほとんど変わらないんですって」
 紫乃の手がペニスの包皮をゆっくりとくつろげ、次にコンドームを被せた。
「…い、いや。恥ずかしい…」
「これで、いくらでも出していいわ」
 こしっ…
「…くうッ…」
 紫乃の右手がしごく。その動作が速くなっていく。
 こしっ…こしっ…
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…ひいいッ!…おっ、お願いっ…このまま出さ…いかせ、てぇッ!…」
「いいわ。その代わり、楽あれば苦ありやよ。覚悟してな」
 その意味がわからなかったが、もう、どうでもよかった。
 紫乃の右手に再び握られた。
 こしっ…
「…ううッ…お願い、もっと…」
 こしっ…こしっ…
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…ああッ…いくっ…いきますッ!…」
「イキなさい」
 紫乃が亀頭のエラに爪を立てたそのとき、堰が切れた。
 どぴゅうううッ!…
「…ひい、いいいッ!…」
 尿道から噴き上がる熱い白濁。激しい快楽に、目の前が真っ白になる。
 どぴゅううッ!…
 どぴゅうッ!…
「たくさん出るのねえ、ミキちゃん。ずっと我慢してたのね」
「…ううっ…うむっ…」
 全身が弓のようにしなり、硬直する。手足の縄を引きちぎってしまいそう。
 どぴゅッ!…
 最後の一滴まで搾り取られた--
 脚ががくがくと震え、爪先が反り返っている。どうっ…と崩れ落ちる。
「見て、こんなにたくさん。女の子なのに射精したのよ。恥ずかしい子ねえ」
「…うっ…うう…」
 放心状態から正気が戻ると、涙が溢れた。恥ずかしい姿を晒したから--
 ペニスはまだ熱い。エネマグラはまだ挿入されたまま。
 休ませてもらえるだろうか--そんな期待をしたのだが、紫乃も四条も手を休めはしない。不安になって顔を起こすと、紫乃も私を見詰めていた。
「もしかして、休ませてもらえるとでも思った?」
「…え…」
「ああら、図星なの?可哀想に。いや、甘いわね」
「楽あれば苦あり、って言うたやろ。紫乃が」
 両目に涙を湛えたまま、かぶりを振る。
「…まっ…待って…さっき、全部…」
「全部出たやて?…何日も溜めてたんやろ。一度に全部出るわけあらへん」
 エネマグラをごりっ…と動かされた。
「…あううッ!…」
 同時に、ペニスは再び硬度を増したのだ。ずーんという鈍痛に包まれる。
「ほうら、こうしてすぐ勃起する。まだまだ出したい証拠や」
 コンドームを外され、蒸しタオルで拭かれる。そしてまた新しいものを被せられる。紫乃の手にローションが取られ、再び握られる--
 こしっ…
「…ああっ…」
 こしっ…こしっ…
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…うッ…くう、うッ…いや…」
 紫乃の右手に竿の部分をしごかれ、左手に亀頭を捏ね回されていると--
 さっきの射精からまだ 2 分も経っていないはずなのに、再びこみ上げてきた。
「ミキちゃん、汗びっしょりやね。もうイキそうなの?」
「…ああっ…私…わたし…こんなっ…」
 こしこしこしこしこしこしこし…
 紫乃の左手の指先が、亀頭のくびれを引っ掻いて--
「…うっ、いくっ!…」
 どぴゅうッ!…
 どぴゅッ!…
 また、出してしまった--
 紫乃の手は休まずに動いている。
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…ああっ…もう、許してっ…」
「まだこんなにびんびんに勃ってるやないの。まだ出し足りない証拠や」
 紫乃の言う通りだった。おそらく、薬のせい--
 こしこしこしこしこしこしこし…
 ペニスが燃えるように熱い。
 こしこしこしこしこしこしこし…
「…いっ…」
「イキなさい」
 どぴゅッ!…
「…うう、うむッ…」
 爪先がぴくぴくと痙攣しているのがわかる。
 紫乃の手はやはり動き続けている。
「…許して…もう、いけない…死んじゃう…」
 紫乃に、四条に、懇願する。
「わかっとるでえ。そうやって許しを請いながら何度も何度もイカされるのがミキは好きなんやろ」
「ここはまだ勃起したままやないの。許して、が聞いて呆れるわ」
 それは、薬の作用で--
「薬も利いとるんやろが、ミキの素質に違いない。若さのなせるワザかもな」
「若いって素晴らしいわねえ、ミキちゃん。もっともっと出しましょうねえ」
「搾り取ってもらいなや。ほんまに何も出んくなるまでな」
 コンドームがまた外され、新しいものが被せられる。
 本当に搾り取る気だ。紫乃の右手が握ってきた--
「…あ、ぐっ…お願い…」
「しごいてほしいのね?」
 くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ…
「…うううっ!…もう、いやッ…あう!…」
 びゅうううううッ…
 さっきまでの射精とは、違った。
「ああら、こんなにたくさん…潮だわ」
 潮--
「ミキちゃんは潮吹きができるの。いい子ね…潮吹きが始まったら、続けざまにしなくちゃいけないのよ」
 くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ…
 こしこしこしこしこしこしこし…
 さっきまでよりも、一層激しくしごかれた。
「…ひいいっ…ゆるし…」
 びゅうううううッ…
 たちまち、噴き上げてしまった。コンドームの中が液体で膨れあがっている。
 びゅうううッ…
 びゅうッ…
 びゅッ…
 再びコンドームの交換--
「…お願いっ…もう、無理っ…もう出ないっ!…」
 必死に懇願したつもりだった。だが、
 ビシッ!…
「…あっ…」
 思いがけず、紫乃に頬を打たれた。
「無理とか出ないとか、時々言うなら可愛いけど、繰り返されたら興醒めや」
 そう言われるのと、エネマグラでごりっ…と抉られたのが同時だった。
「…あああッ!…」
「自分の立場を忘れたわけじゃないでしょうね」
 なおもぐりぐりと掻き回されると、
「…いっ…いたっ…痛いですっ!…」
「もっと気の利いたことは言えんの?」
「紫乃よ、ほどほどにしといたれよ。そこが裂けたりしたら楽しめんからな」
 四条はうなじや耳を弄んでいる。鈍痛とともにペニスが再び固くなる。
「こんな風に虐められるのは百も承知で、おめかしして来たんでしょ。おじさまを喜ばせたいんやないの?」
 そうだった。これは、未来のアルバイトなのだ--
 未来はいつも、こんな辛い責めを受け入れているの?--
「許しを乞うてばかりやから女王様を怒らせるんやで」
 四条が言う。助け船を出してくれているようだ。
「辛い時こそ、おねだりをせんとなあ」
「それでこそ M 奴隷よねえ」
 ここで台無しにするわけにはいかない。“おねだり”をしなくては--
「…すみません、でした…私…私は…」
 まだ呼吸が追いつかなくて、途切れ途切れになる。
「気を失うまで虐められたいわよね?」
 恐る恐る頷くと、自分の口で言えと促される。
「…気を失うまで、虐められたいです…」
「おじさまと私が満足するまで、存分に嬲って欲しいわね?」
「…未来を、ご満足のいくまで、ご存分に…嬲ってください…」
「ちゃんと言えたじゃないの。それでこそミキだわ」
 ブブブブブブブブ…
 電動音がして顔を起こすと、紫乃の手には電動按摩機が。
「…え…」
「後半はこれで楽しみなさい」
 蠢動する先端が、亀頭に近づく--
「…い、いや…そんな…」
「ミキはこれが大好きよね。今日も楽しませてあげる」
 ずーんという衝撃とともに、激しい刺激が押しつけられ--
「…あ、ぐッ!…いやッ!…」
 びゅうううううッ…
 びゅうううッ…
 びゅうッ…
 手足を縛られたまま、全身を精一杯持ち上げる。
「…うう、うむっ…」
「ほんとによく出るわねえ。いやらしい子やわ…あ」
 身体がベッドに沈む。左右の目尻から涙が一筋、伝い落ちた。
「可愛いで。ミキ」
 ブブブブブブブブ…
 電気仕掛けの獰猛な拷問器具は、依然として亀頭を蹂躙している。堪えようがなかった。
「…ううッ…だめ、えッ!」
 びゅうううううッ…
 びゅうううッ…
 びゅうッ…
「…止めてッ!…お願いですっ…おかしく…」
 ブブブブブブブブ…
「…あうッ!…」
 びゅうううッ…
 びゅうッ…
 呼吸が苦しい。痺れるような快感と鈍痛に、気が変になりそう。
 またしてもコンドームの交換--
「脚を痙攣させちゃって、可愛いイキっぷりだこと。まだまだイキたいわよね?」
 言い淀むと、エネマグラをこじられる--
「…いい、イッ!…いきたい、ですっ…」
「そうよね…いいわよ。気絶するまで出させてあげる」
「これも使ってみよか」
 四条の言葉に嫌な予感がした--
 ビビビビビビビビ…
 新たな電動音がして顔を向けると、四条の両手に小さな金属棒。
 それを左右の耳に触れさせてきた。
「特製のマイクロバイブやで…へへへ」
「…ひいいっ!…」
 淫靡で、電気按摩機よりもたちの悪い刺激に、たちまち絶頂した。
「あらあら。イキっぱなしやから耳でもイッちゃうんやね」
「これをそこへ使うてみよか。紫乃」
 四条の恐ろしい企みに、目を見開いた。
「ま、おじさまったら、なんて酷いことを考えるのかしらね。ミキちゃん」
「…い…いやっ…いやです…」
 紫乃の両手にマイクロバイブが渡された。
「いやいやって言うわりには、やっぱり勃起したままやなんやねえ」
 その通りだった。何度絶頂しても、ペニスは萎えることなく屹立したまま。凶器で責め立てるには好都合なはずだった。
 亀頭のくびれに、左右から蠢動が迫る--
 ビビビビビビビビ…
「…やめてッ…お願い、いやッ!…」
 それまでのどんな刺激よりも鋭いものが刻み込まれて--
「…きゃう、うッ!…」
 びゅうううううッ…
 びゅうううッ…
 びゅうッ…
 液体が噴き上がる間も、マイクロバイブは亀頭の周囲を舐めていく。
「…ぐッ!…いやッ…いや、いやあッ!…」
 びゅうううううッ…
 びゅうううッ…
 びゅうッ…
「…助けて…お願い、気が…」
「何か出てるうちは大丈夫や」
「何も出なくなってからもイキっぱなしだと、おかしくなるかもなあ」
 四条と紫乃の言葉に絶望させられつつも、私は--ミキの身体は、絶頂の波に呑まれたままだった。

4 就活女子学生

 ふらりと入った本郷のカフェで、加賀見克彦はひとりの女子学生から目を離せなくなっていた。
 最初に見かけたとき女子高生がいるのかと思ったのは、全体の服装ではなく頭部に視線を吸い込まれたせいだ。ショートボブの黒髪に赤いセルフレームの眼鏡。化粧気のない頬やうなじは美しく白く、輝くような若さを発散させている。俯き加減に手帳の文字を追う目はほどよく潤い、眼鏡は主人の美貌が目立たぬよう守るはずが、髪のデザインによく調和してむしろ視線を集めてしまっている。髪は無造作に切っただけのようでいて、実は細部まで調整が行き届いている。
 視線をズームアウトして全身を眺めると、一転して大人びた印象になる。スーツはリクルート用にしてはセンスの良い、黒に近い濃紺。その爽やかな暗色が娘の素材の良さを引き立てている。寸法を取って仕立てたような身体へのフィット感に加え、彼女自身の着こなしの巧みさのためか、難度の高い仕事をバリバリこなしている総合職 OL のようである。
 じっくり鑑賞せずにはいられない。距離はあるが障害物がなく、娘を正面から見られる席を加賀見は選んだ。視力はあるので離れていても良いのだ。
 場所がら、このカフェで過ごす若い女の多くは東京文大の学生である。加賀見は自身がロクデナシであるせいか知的な女に目がなく、文大の女子学生たちが集うこの店も気に入っていて、週に 1 度は立ち寄る。
 文大で女子学生はまだ少数派だが、可愛い娘が増えた。ミスコンも行われるようになって久しく、そのレベルは私大の有名どころに拮抗していると言われる。だが、その有名どころがそうであるように、女子大生たちは綺麗で可愛くはあるものの特徴がない。身長はそこそこ、髪はロング、化粧も巧み。場合によっては整形も施され、己が美貌のアピールに余念がなく、そのことに疑念も持たない。可愛らしく生まれ育った身としてが当然の権利ではあるのだが、せっかく文大に入ったのならそのエネルギーを学問にも注いではどうなのかと思わなくもない。
 それはさておき、件の娘だ。
(小柄なのに、存在感があるなあ…)
 身長 152 ~ 3 cm 。細身だが、ほどよい胸の膨らみとシャープな腰のくびれがスーツの輪郭から想像できる。膝上 5 cm ほどのスカートから伸びる脚は、座り姿勢のため太腿の半ばから見事な曲線を見せている。薄手の黒ストッキングとピンヒールのパンプスに演出されて、娘の顔と同等以上に加賀見の欲望を刺激してくるのだった。
(就活で黒ストにピンヒールはないんだろうけどな…)
 だがそれらは娘の美脚によく似合い、スーツの暗色にも調和的だ。
 いま自分の思念というか煩悩を釘付けにしているその娘を、加賀見はこれまで見かけたことがあったような気もするし、初めて見るような気もする。おそらくは文大の 4 年生で、就活に忙しい毎日なのだろうが、疲弊している様子はない。ただ、ほのかに憂いを湛えたその表情は、何か解消されない悩みを抱えているような匂いを漂わせ、加賀見の妄想を掻き立てずにおかない。
 あの子で撮れたら--いつの間にかそう願っていた。
 加賀見は AV メーカー「マジックミラー」の社長兼監督兼男優である。業界ではいちおう老舗の部類ではあるものの、このところヒットから遠ざかっている。それは脚本やカメラワークのマンネリのせいでもあるが、もっぱら女優に恵まれないためだった。ハード系で知られるマジックミラーは女優から敬遠されがちなのだ。
 東京文大の学生で AV に出る娘は希少ではなくなりつつある。加賀見がこのカフェに来るのは純粋に目の保養のためで、女優候補を物色する意図はなかったが、今日初めてスカウトに動く気になったのだった。
(…話すだけでも…ダメモト、ダメモト…)
 席を立とうとした、そのとき。娘のほうが先に立った。
 店を出てしまうのか?急いで追いかけなくては、とマグを手にした。だが--
 なんと、娘が近づいてくるではないか。加賀見に視線を合わせて。
 どうしたことかと、加賀見も娘から視線を動かせないまま席に座り直す。美しい脚がゆっくりと左右交互に動くのを見ているだけで勃起してきそうだ。
 いやらしい目で見るのをやめてください…などと抗議されるのかも知れないと、少し身構える。だが、そんな話でも言葉を交わせるのなら歓迎だ。幸い加賀見の周囲に客はおらず、立ち入った話をしても他人の耳を気にする必要はない。
「すみません。こちら、お邪魔してよろしいでしょうか」
 チャーミングで美しいソプラノだ。
「ええ。もちろん」
「失礼します」
 向き合って座る。眼鏡レンズの奥に大きめの瞳が喜びを湛えて自分を見る。
「あの…加賀見出版の加賀見社長さんではいらっしゃいませんか」
「え」
 確かに社名は加賀見出版で自分が社長だが、普通の人間はそんなことを知らない。知っているとしたら、マジックミラーの AV を観て会社組織にも興味をもち、ネットで検索でもして調べたことがある者だけだ。
 目の前の娘がそうだというのか?--あり得ないだろ。まずそう思った。
「そうです」
「良かった…私、東京文大の 4 年生で三橋と申します。初めまして」
「こちらこそ、初めまして…でも、どうして俺のことなんかを」
「御社の作品が好きで、よく拝見していますので」
「まさか」
 なんということだ--こういうのを僥倖というのだろう。
 ひとまず名刺を出す。

    株式会社 加賀見出版
    代表取締役 加賀見克彦

 娘も名刺を持っていた。自前のプリンタで刷ったものだったが、それがあるだけでこういう場面では要領が良い。しかも写真入りなのが加賀見には嬉しい。

    東京文科大学文学部史学科 4 年
    三橋海帆(みつはし・みほ)

「俺を見つけて、声を掛けてくれたのかい」
「はい。でも、加賀見さんのほうが先に私を見つけてくださったのでは?」
 上目遣いに、悪戯っぽく見つめてくる。可愛い。
「君に見惚れてたの、バレてたのか。いや、可愛い子には目がなくてね」
「ありがとうございます。私も男性の視線には敏感で」
「盗み見するのは得意なつもりだったんだけど」
「…見られたくて露出してますから…」
「綺麗な脚だよねぇ」
 そう振ると、
「ありがとうございます。加賀見さんが女性の脚をお好きなのも存じてます」
 その通りだった。作品の中でもヒロインの脚をねちねちと嬲って性感を煽るのが流儀だった。この世に女の脚くらい美しいものはないと思っている。
「スーツがとても似合っているね。リクリート用には見えない」
 声が大きくならないように、自制する。
「これ、吊るしなんですよ。それなりに値段はしましたけど」
「着こなし上手ということなんだろうな」
 改めて見ると、中のシルクブラウスには可愛らしいリボンが結ばれ、男の欲望を掻き立てずにはおかない。
「それから…立ち入ったことだけど、ストッキングが黒なのは?」
「会社訪問のときはナチュラルなんですよ。終わったら好きな色のに替えてるんです。汗もかくので」
 ナチュラルのときのも見てみたい気がする。
「ところで、俺に声を掛けてくれたのは…まさか就職希望ってわけじゃないよね」
「はい…あの、すみません。私いま就活中で、出版社が希望ではあるんですが、まずは紙媒体の本とか雑誌のほうが希望で」
「いや、それはそうだろう。今のは冗談…で、実のところは」
 そう振ると、海帆は顔を赤らめるのだった。
「…作品に…出していただけないかと、思いまして…」
「マジで、かい」
 こくりと頷く。その仕草も可愛いくて、この場でどうにかしたくなる。
「履歴書はいま、手持ちがないんですけど」
 自分の名刺を裏返して、お洒落なボールペンで書き始めた。

    Q 県出身 満 21 歳
    153 cm  40 kg  B 84(C) - W 56 - H 83

 薄いクリーム色の紙にブルーのインクが映える。
「…いいね。君みたいに小柄で華奢で、でも存在感のある子が欲しかった」
「ありがとうございます。あと、ご参考までに」

    恋人なし 男性経験なし

 無言で海帆を見つめると、海帆も無言で頷く。顔はさらに赤らんでいる。
「…御社の作品を拝見しながら、私もあんな風に…って思っていました」
「そうなのか」
「今日、加賀見さんに見つけていただけたのは、チャンスに違いないって」
「そうとも」
「普通はどこかのプロダクションに応募してから…だと思うのですけれど」
「その点は大丈夫だ。メーカーが直接スカウトしたっていいんだから」
 心なしか潤んでいる、海帆の美しい目。加賀見は一歩踏み出す。
「うちの作品の方向性というか、嗜好性はもちろん承知だと思うんだけど」
 マジックミラーはストーリー性の高いハード系が売りもので、拷問・ SM ・輪姦がメインだ。もちろん、社長の加賀見が撮りたいものを撮っているのである。
「はい」
「好奇心…ではないか。その…願望…があるの?」
「あります」
 きっぱりと言い切る海帆。
「でもね。君…経験がこれで…よりによってウチとは…」
 処女の身でマジックミラー作品は無理ではないかと、加賀見は思う。
「…私ったら…経験もないくせに、おかしいでしょうか。それとも厳しい現実が見えていないんでしょうか」
「そうは思わない。覚悟のほどは十分伝わってくるし、君のようなひとが志望してくれるのは望外のことなんだよ」
「私は、マジックミラーさんだから、出たいんです」
 声が高くなりがちなのを必死に抑制しながら、海帆は言う。
「ちょっと失礼します」
 受け取った加賀見の名刺に、ボールペンで書きつける--

    女の身体は愛でるものだ

 マジックミラーの作品のパッケージに記されている文言だ。
「御社の作品はハードですけど、女体に対する情念の深さゆえだと思うんです」
「うん」
「私の身体は、願望が充満して、破裂しそうなんです。それを御社の方法で解放していただけるなら、そんな幸せなことはないと思います」
「わかった。手加減はないと思ってくれ」
「ありがとうございます」
 左の目頭から涙が一筋流れた。それを指で拭いながら、海帆は続ける。
「それから…計算高いやつと思われるでしょうけれど…若いうちほど商品価値は高いのですよね?」
「その通りだ。それに君は可愛くて、最高学府の学生で、しかもこれだから」
 男性経験なし、と海帆が書いた箇所を指さす。
「実は私、卒業後には奨学金の返済がありまして…」
「…いくらなの?」
「 400 万円くらいです。私なんて、まだ楽なほうなのでしょうけど」
 今時の大学生は苦しい。特に地方出身で東京の大学に通うとなると、学費や生活費で奨学金に頼らざるを得ず、卒業時には返済額が数百万円にまで膨れ上がっていることも珍しくない。最高学府の学生であっても事情は同じだ。
「首尾良くヒットすれば、デビュー作だけでそれは返せると思う」
「本当ですか」
「いや、もしかするとン百万円の貯金もできる」
 すごい…と海帆は手で口を抑える。
「それなら就職をやめて、大学院に行けるかも」
「就活してるけど、本当は進学したいんだね?」
「たぶん…いえ、したいです」
 この後は他人の耳を憚る話になる。いったん解散とし、翌日の土曜日、加賀見出版のスタジオでカメラテストと打合せをすることにした。

5 盗聴

「このタイミングで加賀見が割り込んでくるとはな」
「娘が加賀見を知っていて自分で近づいたのはオドロキでしたね」
「ちょっと妬ける。いや、許せん」
 海帆と加賀見がカフェの前で別れたあと、海帆を尾行る 2 つの人影があった。 AV メーカー「 EON スナイパー」の社長兼監督兼男優の土佐俊成、そして相棒格の男優、秋田明美である。
「まあいい。筆談してた部分は不明だが、大いに素質アリじゃねえか」
「それにしてもいい脚だな。尻は小さめだけど、そそる身体をしてますね」
 ふふふ…と、顔を合わせて含み嗤いをする。
 EON スナイパーはずっとインディース系や市場に出せない私的なものばかり撮っていたが、最近になってメジャー作品を撮り始めた。社員は有能ではあるのだが女優に恵まれず、作品は鳴かず飛ばず。なお、レーベル名の EON というのは「いい女」から来ている。安直もいいところだ。
 メジャーでヒットが出ないためやむなくインディーズ系に戻らざるを得ない状況にあり、暇なので秘密の撮影も請け負っている。紹介された女を依頼人の意向に沿って陵辱する、「犯し屋」である。そんな依頼は滅多に来ないのだが--
 それがこの日、久しぶりに来た。ウェブサイトに書いた

     女優さん募集 自薦・他薦を問いません

 たったこれだけの文言に反応して、ひとりの大学生が“他薦”をしてきた--
 土佐の自宅マンションが事務所になっている。金曜の午後、西城悟は土佐と秋田の両名と向き合っていた。
「お話を伺う前にお断りしときますが、高くつきますよ」
「承知です。無理をお願いするわけですし」
 依頼主から受け取った金は、一部が経費と社員の給与に充てられるほかは女のものになる。すべて事が済んだあと、女は大枚の金とともに解放されるのだ。“演技”の“報酬”ということである。
「スナイパーさんのお仕事なら信頼できます。間違いなく僕の望みどおりのことをしてくださると確信しています」
「それはどうも…うちの作品をご覧になったことが?」
「無論です。大ファンですよ」
 「スナイパー」の作品は「マジックミラー」がやることを数段、非常識にしたものだと考えればよい。ぎりぎり世間の許容範囲内のものがインディーズ系で売られており、それを凌ぐ内容のものや、「犯し屋」として実行したものは通常世間には出さない。というか、出せない。
 だから西城が見たというものはスナイパー作品では穏やかな部類のもので、彼らの本領を西城は知らずに来ている。宮下未来も西城と同じ嗜好の持ち主だが、未来はマジックミラーなどのメジャー作品しか見ていない。
「お宅が奈落の底に落とそうとお考えの子は、独り暮らし?」
「ええ。実家には正月にしか帰っていないはずです。彼氏もないので 2 、 3 日姿を消しても誰も怪しみません」
「大学生なんだね?」
「そうです。大学 4 年になったところで 21 歳。いま就活で苦戦してますよ」
「お宅も大学生なんだろ。同じ大学?」
「ええ。学部は違いますけどね」
「料金はお話を伺ってから決めたいが、構わないかね」
「結構です。その点はご心配なく」
 西城の家は資産家で、父の死によって莫大な額を相続した。株の一部を換金すればこの“撮影”の費用は軽く出るのだった。
「じゃ、紹介していただきましょう」
「ありがとうございます。この女です」
 写真を取り出す。スーツに身を包み、立木の脇でポーズを取る女子大生。
「三橋海帆といいます」
 ほおお…と溜息が漏れた。
「身長 153 くらい。地味めでガリ勉タイプでしたが最近急に女らしくなって」
「素材がいいんだろ。磨けば光る玉ってことだ」
「キッカケは就活か、何かに目覚めたのか、男か…って探ってみたんですけど」
 西城はそれが気になって仕方がない、という風情だ。
「男だろうな」
「…そうですかね、やっぱり」
「女の子が変身するのは、綺麗な自分を見せたいからだよ。男に」
「ですよねえ」
 いまさらのように落胆する。
「惚れてるの?」
「ええ、まあ…惚れていたっていうべきですか。俺は相手にされてなくて」
「お宅もなかなかイケてると思うけど、彼女のツボじゃないんだろうね」
「いいんです。脈ないのわかってますから。だからこちらに伺ったわけで」
 なるほどね…と秋田が頷く。
「犯らせてもらえないなら、プロに犯られてしまえ…と。あ。できれば見物したいんですが、可能ですか」
「邪魔しなけりゃいいよ。それに、バレてもいいならマワシの輪に加われば」
「いいんですか。やった。思い知らせてやる」
 幼稚にも思える西城の有頂天ぶりに、土佐と秋田は辟易する。きっとこういう馬鹿な部分が嫌われてるんだろう。まあ、出資者の意向は尊重しなくては--
「実は好きっていうよりはずっと劣情が優勢で。彼女が地味めだったころから」
「わかるよ。欲望を煽られて、犯りたくてしょうがなかったんだろ」
 土佐が翻訳すると、
「それ、見透かされてるんだよ」
 秋田の余計な一言に、西城はまたも落胆する。
「女の子ってその辺、鋭いからね…それに、頭良さそうだもん、この子」
 うんうん、と土佐も頷く。
「頭良さげでエロ可愛い、か。欲望の対象になるよなあ」
「大学の一部でもそういう噂です」
「もしかして文大とかじゃないだろうね」
 文系の大学では最難関であるのを、たいていの日本人は知っている。
「…そうです」
「…おおお…文大にこんな可愛い子がいるわけ?…」
「女子は少数派なんですけど、可愛い子が増えたって言われますね」
「エリートの男には美形が結構いるし、才色兼備の奥さんをもらうだろう。だからかなりの確率で娘もそうなるんだよ。だけど、そういう出自の子は、可愛いとはいっても特徴がないよな」
「そうですね…彼女は田舎育ちだし、父親は連絡船の船長で」
「小さい頃から食ってきたものが都会の子とは違うんだろうな。素材が良ければ何かのきっかけでイイ女に化けるんだ」
 西城は鞄から写真の束を取り出す。みな海帆を盗撮したものだ。
「よくも撮ったねえ…熱意だけは俺たちが認めてあげるよ」
 全身像のほか、顔のアップ、バストアップ、胸、腰、そして脚。眼鏡なしで素顔を見せているものもある。スカート姿は最近のものだ。膝上 5 cm ほどの裾から、絶妙なバランスの膝と下肢が露出している。その脚は黒やチャコールグレーなど暗色系のストッキングに包まれて隠微な風合いを見せ、脹ら脛は高めのヒールで緊張感を与えられて、脚好きには堪らない色気を発散している。
「可愛いし、脚がいいよな」
「自分の脚が綺麗なのを自覚して、しっかり見せようとしてるんだ。これ」
「挑発されるなあ」
「こういう不届きな娘には、思い知らせてやる必要があるよなあ」
 くっくっくっ…と含み笑いが漏れる。
 それがほんの数時間前である--

 海帆は会社訪問を終えたあと、大学のある本郷に再び現れた。“張り込み”をしていた土佐が海帆を発見し、追跡してバッグの中に盗聴器を仕込んだのだ。喉飴の小包装に入れた小型のもので、バッテリーは 2 時間ほどしか持たないが、まず気づかれる心配はない。
 明日加賀見出版で打合せがあるのも、土佐と秋田は承知だ。

6 デート

 本来の姿でいるときに一度会いませんか、と未来から申し出があった。年度の変わり目だから平日でも自由な日がある。月曜日の今日、未来が東京に来ることになっていた。
「デートなんかな、これ…」
 金曜の夜から四条の別宅に閉じ込められ、帰されたのは日曜の朝だった。すっかり消耗させられたけれど、自分の身体に戻ってみれば疲労は無論ない。未来は会社訪問をつつがなくこなしてくれ、金曜に会った先輩とはもう一度会う運びとなっていた。そのほかは何事もなく、東京巡りを楽しんでいたらしい。
 未来の身体に入って、何度も官能を高められては、精を搾り取られた--
 その感覚をこの身体にも持ち帰ってしまったように、下腹の奥が疼き、むらむらと落ち着かない。スカートとストッキング・パンプスという装いにも慣れたけれど、太腿がスカートの生地に擦れるたび、敏感な肌は私を悩ませる。
 気のせいだろうか。未来と入れ替わるようになってから、感度が増した--
 ちょっとしたことで官能が高まる私の身体を、未来も持て余しているのでは?
 そのとき、未来はどうしているのだろう--
 オナニーをしているかも知れない。
 怖くて訊く気になれない。いまさら怖がっても仕方が無いのだけれど。
 また、尋ねたところで未来が本当のことを言うとも限らない--
 男の性の快楽は、女のそれに比べると刹那的であるようだ。一度射精すれば普通は欲求が解消される。強制的に何度も射精させられた後は途絶えることのない快楽に呑み込まれたけれど、やがて何も出なくなって収束に向かった。
 女の身体は--オナニーでしか知らないのだけれど--快楽に際限がない。一度いってしまうと一層敏感になって“次”を求めたくなる。しかも、絶頂するごとに快楽は重く、深くなっていく。苦しいが、その苦しさがまたたまらない--
 それを未来が知ったら、たとえば夜通しオナニーをしたりしても不思議はない。あんな過酷な責めを受け入れている未来のこと、私がするよりも激しく、長時間にわたってするかも知れない。そんなオナニーを経験した私の身体は味をしめて、四六時中も快楽を求めるようなことになっているのかも知れない。
 会えばそういう話になりそうな気がする--
 恥ずかしい。でも、未来が入っている正真正銘の未来に会ってもみたい。小柄だが超のつく美形の男の子と一緒に過ごすのは楽しいに違いない。
 本郷のカフェで午前 10 時に待ち合わせ。何となく舞い上がって 9 時少し過ぎには着いてしまったが、まもなく時間だ。あと 5 分--
 視線をウィンドウの外に向けたとき、見憶えのある“美少女”が現れた。
「え、えっ?」
 私を見つけて向かってくる。満面の笑顔が、眩しいほど可愛らしい。
「おはようございます」
 未来の声は男にしては高い。それをさらに高めにつり上げたメゾソプラノだ。
「…お、おはよ…」
 未来は正面に座り、ウェイターにコーヒーを頼む。私もお代わりを頼んだ。
「まさか、その姿で来るなんて」
 顔を寄せて小声で言うと、未来も同調する。
「この姿で遠出するのは初めてです。これまでは故郷の県内とか京都府内とか、近場限定で」
「それが普通やわ」
 すぐ目の前にある未来の顔は本当に綺麗だ。メイクも完璧で、私が未来に入っているときとは段違い。男の娘は喉仏をどうカモフラージュするかが難しいというが、未来はもともと全く目立たない。つくづく女装向けにできているのだ。
「でも、綺麗」
「ありがとう」
 お洒落な濃紺のジャケットを脱ぐと、中は高級そうなレース切替ワンピースだ。基調色はボルドーだが袖は黒のレースで、肩と腕全体が透けて見える。膝上数 cm のスカートの裾からはパープルのストッキングに包んだ美脚が露わになっている。靴は低めのピンヒールパンプスだ。肩までのウィッグを付けて、どう見ても美貌の女子大生。同女あたりにいそうな?--
「海帆さんも、本物と向き合ってみると素敵。それを着てくれてるの、嬉しい」
「あなたの見立てだものね」
 薄紫のシルクブラウスにグレーのチュールスカート、濃紺のカーディガン。目にはコンタクトを入れ、素顔を出している。
 コーヒーが来た。
「この間はありがとう。辛かったでしょ」
 アルバイトの件を未来が切り出した。
「…うん…そうね。あんなに過酷だなんて想像もつかなかった」
「ごめんなさい。何があるのか教えたら、行ってくれないだろうと思って」
 それもそうだ--
「いいのよ。あなたの身体だし…あなたこそ、大丈夫なの」
「ちょっとフラフラするかも。でも理由はわかってるし、すっきりしてるかな」
 そう言うと、顔を近づけてきて、
「お尻はちょっと痛いの。ずいぶんしごかれたみたいね」
「そうなのよ…だけど、あの時以外は二人とも優しかった」
「身の安全は保証されながら虐められるのって、得がたい快楽よね」
 そう思う--でも、肯定していいものか。
「あのね。海帆さん、これ」
 未来が差し出したのは、お金だった。 1 万円札で封筒が膨らんでいる。
「…どうして?…それも、こんなに」
「週末、上手く乗り切ってくれたから。それに散財させちゃってるでしょう」
「それにしても、多すぎるわよ…散財といっても私のためなんだし」
「大丈夫。私も遠慮なしに遣わせてもらいたいから…私ね」
 今度は未来が小声になる。
「四条さんに、本当にたくさんもらってるの。このワンピも靴も高かったんだけど、こんなのを毎週買っても平気なくらい。貯金もずいぶんできたし」
「そう、なんだ…」
 未来が気に入られているからだろう。つくづく、台無しにしなくて良かった。
「ねえ…立ち入ったことを訊くけど、辛くないの?…アルバイト」
「ふふふ」
 未来はコーヒーを一口飲んでから、
「辛いわ。もちろん」
 意味ありげな微笑を湛えて言った。
「でも、四条さんが喜ぶなら、いいの。四条さん、癌なんだけど…とっくに余命は尽きてるらしいのに、元気そうでしょう。もしもお役に立ててるのなら、素敵だわ」
 頷ける話だった。ただ--
 未来があのアルバイトをしている理由はまだあるような気がする。
 お金のためでも、四条のためでもなく--自分の願望のためでは?
 女装を趣味にしているのは身体が女装向きということもあるだろうが、未来は“女体化”したいのだ。そして、女性として性的に蹂躙されたい--
 四条と紫乃も未来のそんな願望を知っているから安心して拷問できるのだ。
 いま未来を目の前にして、そんな思考が一気に進んだ。
(…ちょっと待って…)
 仮にそうだとすると、この入れ替わり--
 未来にとっては長年の願望が実現したことになる。
 本物の女の身体を手に入れた奇跡を利用しないということがあるだろうか。
 私の“女”を磨くためにいろいろ動いているのは--
 私の就活などではなく、自分の欲望を満たすための準備だとしたら--
「どうしたの?」
 呼ばれて気づくと、未来がこちらを見詰めていた。
「…何でもない」
「何を考えてたの?」
 この場で私の心配事を伝えるのは憚られる。伝えても否定されるだけだろう。
「…あのね、このところ週末のたびに私たち、入れ替わってるじゃない」
 別の話を切り出す。
「ええ」
「四条さんに呼ばれるのが必ず週末だとすると、これからも私が引き受けることになるよね」
「…困る?」
「…困るわ。だって…すごく辛いのよ…」
「うーん…」
 未来が思案顔になった。
「予定のない週末だから、ゆっくりお楽しみいただけてるんだけど」
「…それは…そうなんでしょうけど」
「月に 1 度か 2 度のことだし、頑張ってくれない?…私たちの現象も週末からずれていくのかも知れないし、いつまで続くかわからないし」
 そう言われて、
「…この現象って、いつか終わるのかしら」
 そんな思いがつい、口に出た。
「終わるでしょうね、きっと」
 あっさりしたものだ。未来らしい。
 終わるなら、どうか未来が何か実行する前に--
「海帆さんの変身が完成したときとか、ね」
「まあ」
 この現象はそのために起きているのじゃないかと未来は言っていた。
 未来は私のことを私以上に理解してくれている気がする。一緒にいられたら、きっと心強いだろうと思うけれど--

 早めの昼食を摂ってから私の部屋へ行く。未来にとっても勝手知ったる部屋。入れ替わりが始まってから整理整頓を心がけているので慌てることもない。それに未来はどう見ても女の子だから、一緒に部屋に入るのを他人に見られても気にすることはない。
「お邪魔します…っていうか、ただいま…かな」
 いちおう来客のようなことを言いながら未来は奥へ進む。ジャケットを脱ぎ、カーペットの上で斜め座りをすると、パープルのストッキングに包んだ脚が露わになる。その足首に四条の別宅で縄を掛けられたのを思い出す。
「これも取っちゃおう」
 ウィッグを外したが、依然としてショートヘアの美少女だ。
 紅茶を淹れる。ガラスのテーブルを挟んで向かい合わせに座ると、私の脚も剥き出しになる。チュールスカートの透け感のせいで、我ながらエロティックだ。
「いい脚」
 未来が褒めてくれる。
「ありがとう…チュールスカートって、エッチやよね…」
「だからいいんじゃない…って、海帆さんも承知なんでしょ」
 正直に頷くと、
「開脚、できるようになった?」
 不意に訊かれた。未来がエステで教わって、動画まで撮ってくれたやつだ。
「ええ、御陰様で」
「ベター…ッと?」
「うん、 180 度にね。まだちょっとキツイんやげど、短い時間なら平気」
「私もできるの。左右 180 度はまだ難しいんだけど、前後なら」
 言いながら、開脚して見せる。
「海帆さんもやって見せて」
「え…う、うん」
 私は左右にも開くことができるようになった。スカートを履いたままだと本当にいやらしい気がするが、未来の前でなら不安はない。
「あ、素敵…綺麗にできるようになったわね」
「もう、いい?」
「ちょっと待って。そのまま」
 立ち上がると、未来はカーテンの奥を探り、何か持ち出してきた。
 そんなところに、何かあったかしら--
「え」
 両手になにやらクッション風のもの。それを私の足首に載せようとする。
「ちょ…」
 まず、左。戸惑ううちに、右にも。次に両腕を後ろに取られた。
「…未来く…何を?…」
「縛るのよ」
 まさか--もがくうちにも、いつの間にか未来が手にしていた荷造りロープで、私の手首は後ろ手に戒められていく。
「…いやっ…いやよ、未来くん…」
「ミキでいいわ」
 抵抗しようにも、左右の足首は未来特製の「重し」のせいでびくとも動かない。もともと私の脚の筋肉は貧弱だ。この不自由な体勢で足首を固定されてしまったら、展翅を施された蝶のようだ。
「縛られるのは私の身体で経験済みよね。自分の身体では?」
「…初めてに…決まってるじゃ…」
「そうよね。気分はどう」
「…恥ずかしい…」
「このまま身体を嬲られるとしたら?」
 そんな--
「…いっ…いやよ、こんなの…」
「そうかな。もしかして、もう濡れてきてるんじゃないの」
 未来が正面から顔を寄せてくる。
「いやらしい姿勢で手首足首を固定されて、顔が上気してる。呼吸も乱れてる」
 未来の手がスカートの中に侵入して、股間に--
「…いやっ!…うっ…」
 滲み出た愛液がショーツを湿らせている。未来の指がそこをなぞった。
「やっぱり…反応良すぎよ、海帆さん」
 開脚したあたりから官能は高まっていた。不意に縛り上げられて、私の身体にはあっけなくスイッチが入ってしまったのだ。
「これまでの 3 度の入れ替わりで、見当がついたことがあるのね」
 秘裂の潤いにストッキングとショーツの生地を押しつけるように往復した指は、太腿へ移動する。手は 2 本になり、左右 5 本ずつの指が内腿のひときわ敏感な部分を這う。
「…くう、うっ!…やっ、やめて…」
「ここ、すごく感じるわよね。知ってるんだ」
 左右 180 度に開いた両脚は無防備の極み。足首の重しはびくとも動かない。未来の指に弄ばれながらもがくうち、股関節の鈍痛が増してきた。
「…お願い…関節が、辛いの…」
「自分の身体では人生初縛りなんでしょ。もう少し楽しんだら?」
「…楽しむだなんて…」
 未来の両手の指が右の太腿に集まる。爪を立て、蟹が這うような動作を--
「…あぐううっっっ!…」
 不自由な姿勢のまま上半身を仰け反らせる。
「あんまり大きな声を出すとご近所に聞こえちゃうわ」
 呼吸が苦しい。
「太腿がすごく感じるのよね?」
 返事をせずにいると、再び激しい感覚。
「…くう、うっ!…か…感じるわ…」
「もう一度、自分でちゃんと言ってごらん」
 従わなければ、また同じことをされる。
「…太腿が、すごく感じるの…」
「太腿だけじゃないでしょう。脚全部でしょ」
 未来にとっては、私の身体の性感帯も勝手知ったる…ということなのだろうか。その指は左右の膝から脹ら脛にも動いていく。
「…脚じゅう、敏感です…」
「ちょっとした刺激でもすぐに高まってくるのよね?」
 太腿を、膝を、脹ら脛を、指が這うたび、あっ、あっ…と声が出てしまう。
「いやらしいことを想像しても、すぐに高まってくる」
「…そうです…」
「三橋海帆は処女だけれど、その身体は欲望で充ち満ちている」
 休みなく手を動かしながら、未来は語り始める--
「全身が敏感なので、ちょっとした刺激でも欲求が高まってしまう。脚を見せるのに抵抗があったのも、敏感な性感帯を露出することを不安だったから。そうよね」
 頷くほかはない。
「敏感なのは生来のものでしょう。でも、乳房を揉むだけで絶頂に達したりするのは、自分で開発した成果なのじゃない?」
 なんですって--
 そんなことも、試されていたなんて--
「三橋海帆は天性の淫乱」
「…やめて…」
「小柄で華奢で敏感。そして、淫乱。こんなに可愛いのに」
 右手が太腿から離れ、おとがいにかかった。
「…いや、可愛いのと淫乱は矛盾しないか。男を喜ばせる黄金の組み合わせ」
 ふふふ…と、意味ありげに笑う未来。
「華奢だけど性的にはタフみたいね。 10 回くらい絶頂して潮をさんざん吹いたりしても、 1 時間眠っただけで回復して、もう次ができそうな感触があったもの」
 あまりのことに言葉を失った。
「自分でもそこまで激しいオナニーはしないって?」
「…私の身体は…おもちゃじゃないんだから…」
「女の快楽ってすごいよね。男のそれの比じゃない。で、海帆さんは今や両方知っている」
 おもむろに私の背後に回ったかと思うと、両手が乳房に来た。
「…ああっ、うっ!…」
「女の快楽を極めたいとは思わない?」
「…やっ…やめて…」
 私をいかせるつもり--
「あとでちゃんとイカせてあげるから、答えて」
「…答えるって…」
 何を?--
「欲求が募って、辛い日常を過ごしてるんじゃない?」
「…それは、君には…」
 つい認めてしまったが、そのレベルのことはもうどうでもよくなっている。
「関係あるわよ。週末がくるたびにこの身体を引き受けるんだから」
「…だって…オナニー、してるんでしょう…」
「本当はセックスをしたくてたまらないんじゃないの」
 何が言いたいのだろう--
「というより、男のペニスをここに受け入れたい。違う?」
「…あ、うっ!…」
 右手が再びスカートの中に入り、今度はショーツの中に指を滑らせてきた。
「…やっ…やめてっ…」
「ここを指で刺激するだけじゃ飽き足らなくなってるでしょう」
「…そっ…」
 そんなことは--
「隠しても無駄よ。見ちゃったんだから」
 何を--まさか--
「ふっと閃いて、ベッドから布団とマットレスを外したら、果たしてそこにあった」
「…嘘っ…」
 嘘のはずはなかった。手製の隠しポケットに、小道具を忍ばせてある。
「あのバイブは女性が開発したオナニー用のやつね。通販で買ったの?」
 恥ずかしすぎて、何を言えばいいのかわからない。
「男のペニスが欲しくてバイブを手に入れた。男と交わる日が来るのを待ちきれなかったのね。でも、今日まで結局使うに至っていない。なぜ?」
 それは--
「せっかくの処女を、バイブなんて人工物で失いたくはない?」
「…そう…そうよ…」
「それに、やっぱり怖い?」
「…ええ…」
「そうかな」
 不意に、太腿に激しい感覚が来た。
「…いいいいいッ!…」
「正直に言わないと、このまま太腿とか胸を責め続けるわよ。一度もイカせないままね」
 そんな--
 今も未来の指は内腿に淫靡な刺激を加え続けている。
「…い、いや…」
 私の体内には淫欲が煮えたぎり、解放の瞬間を待ち焦がれているのだ。
「自分でするのが嫌なんだ。無理矢理されたいんでしょ。縛られたりして」
 ああ--
「どうなの」
 10 本の指が左の太腿に来て、周方向にぐるりと引っ掻く。
「…うぐううううッ!…」
「言ってごらん」
「…そん…」
 今度は右。
「…くうッ!…許してっ!…そうですっ…」
「処女喪失はレイプが望みなのよね?」
「…そうです…でも、そんなの現実には…」
 妊娠とか怪我とか、いや場合によっては命を奪われたりとか、写真を撮られて社会的に殺されたりとか--恐れるべき点がいくらでもある。
「危険よね。でも、身の安全を保証された上で実現するとしたら、どう?」
 未来が四条にされてるみたいに…ということ?--
「…君が、私を?…」
 このまま未来に抱かれるのなら、それでもいいような気がしてきていた。
「それもアリでしょうけど、それじゃレイプにならないのじゃ?」
「…もう、それに近いことになってるわよ…」
「初体験の相手に想定してもらえてお気持ちは有り難いけど、私には海帆さんを犯したい欲求はないの。いまは海帆さんの気持ちを知っておきたいだけ」
 私の気持ち--
「…もう、十分でしょう…」
「まだあるの、海帆さんの就職のことなんだけど」
 急に話題を変えるの?--
「海帆さんが就職しようとしてるのは、奨学金の返済を心配してるからよね」
「…そうだけど…」
「その返済があっさり解決して、どころかン百万の貯金ができたりしたら、どう」
「どう…って、そんな上手い話が」
 そこで思い当たった。未来は私にパトロンでも見つけてくれようとしているのか。身体と…処女の身体と引き替えに?--
「本当は進学したいんじゃない? 大学院入試の過去問があったわよね」
「見ていたの…でも、どうするつもりなの」
「いいわ。訊きたいのはここまで。よく我慢したね」
 未来の右手がショーツの中に侵入し、秘裂をまさぐる。
「…あッ…うッ!…」
 クリトリスを摘ままれる感覚と同時に快楽が突き上げてきた。
 どくっ!…
 激しく液体が溢れ、床に広がる。
 上半身を仰け反らせながら、達した。引き裂かれた両脚がぴくぴくと震える。
「いまのでイッたんだ…弱いよね、海帆さん」
 未来の手は容赦がなかった。
 次には指が膣に滑り込み、敏感なスポットを掻き立てる。
「…ぐっ、だめッ!…また、いくっ…」
 びゅうううッ!…
 潮が噴き出た--
 その後も未来の責めは続いた。夕方になって目が覚めると未来の姿はなく、私は拘束を解かれてベッドに横たわっていた。

7 事件

 先の週末は未来の身体で四条と紫乃に嬲られ、開けた月曜は自分の身体で未来に弄ばれた。
 普段は毎日オナニーをしなければ“持たない”ほどだけれど、さすがに疲れた。自分自身でいる間くらい、しばらくオナニーを控えよう…そんな風に禁欲することにして 3 日目。木曜日である。
 先日訪問(未来が入って…)した先輩からいつ連絡が来てもいいように、スーツで大学に行っている。朝夕はまだ冷えるのでコートを手放せないが、昼時はコートなしで学内を移動する。未来が見立ててくれたスーツは男子の視線を集める。慣れたつもりではいたが、オナニーを我慢しているせいで欲求が募っているのか、視線を意識して身体が火照る。
 未来は何を算段しているのだろう--
 私の身体を求める誰かと愛人契約でもしようとしているのかしら--
 未来のほうから、私を知りもしない誰かに提案するということは考えにくい。
 私を知っている、あるいは何かで見初めた誰かが、声を掛けてきた。ちょうど、四条が未来にそうしたように。四条ほどではないにせよ、経済的に余裕のある人物。声を掛けてきたのはその代理、としよう。
 彼は私の姓名はもとより、文大生であること、就活に人並みの苦労をしていること、就活の動機は奨学金の返済への不安であること、本当は進学したがっていること、彼氏がいたことがないこと--を、なぜか知っている。
 愛人にならないか、と言う。
 未来が問う。セックスの相手をする代わり、報酬をくださるということですか?
 その通りだ。飲み込みがいいね、などと言われる。続けて、
 受けてくれれば、奨学金の返済は心配しなくていい。もしも相性がよくて長い付き合いになれば、貯金も増えていくはずだ。経済的に余裕のある人物の愛人をしながら、大学院で学問に打ち込む。どうですか。
 未来が問う。願ってもないお話ですけれど、なぜ私なのですか?
 まずはその知性を湛えた美貌と、時に女子高生かと見紛う可愛らしさ(妄想だからいいのだ…)。そして、小柄で華奢そうだが素晴らしいプロポーション。張りのある、感度の良さそうな美しい肌。就活用とはいえスーツの着こなしが絶妙で、巧まずして男を挑発するエロスを発散している。君のようなひとはなかなかいない。君がほしいのだ。
 再び未来。有り難いお話です。でも私はまだ男性を知りません。ご期待に沿う自信はないのですが--
 やはりそうでしたか。それは実は織り込み済みです。処女ならばなおのこと、その人物に身を委ねなさい。腕によりをかけて料理してくれるはずです。できるだけ辛くないように、快楽への目覚めを味わえるはずです。ただし--
 そこでようやく、問題の条件が出てくる。
 ただし、何ですか?…と未来。
 その人物は、君のような美少女の身体を拘束するのが趣味なのです。そして半ばレイプのように強制的に、女体に性の快楽を刻み込むことに至上の悦びを感じる。女体を快楽へ導くためのスパイスとして、肉体的な苦痛を与えることもあります。君には、それを受ける覚悟はありますか?
 ありていに言えば…レイプ的な性交で締めくくる SM プレイ。
 その人物は、私を見かけて欲望の対象とした。陵辱したいと思った。縛り上げ、身動きできない状態にして--全身の性感帯を嬲り、時に苦痛を与え--何度も絶頂させた後、処女を奪う。何度も何度も犯す--
 私に対してそんな妄想を抱く男性はひとりではないかも知れない。だが、その人物は現実に私を支配しようと動き出している。今日にもまた声が掛かるかも知れない--
 そんなことをずっと考えているから、午後のゼミの間じゅう頭が働かなかった。オナニーの欲求が高まって身が持たない。ゼミの後も残って卒論の準備をするつもりだったが、諦めて帰宅することにした。
 日没が近づき、冷えこんできている。コートを羽織り足早に歩きながら、さっきの妄想をまた脳内に蘇えらせていると、地下鉄駅の入り口で呼び止められた。
「三橋海帆さん?」
 愛人契約の件かと思って咄嗟に振り向くと、 40 歳前後と覚しき長身の男性が近づいてくる。背広姿だが、その背広はややくたびれていて、経済的に余裕のある人物と関係があるようには見えない。
 いささか幻滅して、返事もせずに立っていると、
「警察です。少しよろしいですか」
 男性は、そう言って手帳を見せた。
「え」
 信じがたい展開--
「お尋ねしますが、これ、あなたですよね」
 写真を見せられた。紛れもない私だった。今と同じスーツ姿。眼鏡はしていない。どこかのビルの入り口で、正面にいる男性に笑顔を向けている。
「…そうですけど…でも」
 心当たりがない。
「先週の土曜の夜、*****町で撮られたものなんですが?…」
 それならしかたがない。土曜の夜は未来が入っていたのだから。
 未来がここで何か?--
「…ここに行ったのだと思うのですが…よく憶えては」
「…憶えてない?…」
「いえ…これは私に間違いありません。でも」
 私は不審がられているらしい。まさか、何かの事件に?--
「悪いスジの連中が出入りしているビルでね。そこを張ってる刑事が、就活中と覚しき女子学生が出てきたっていうんで、不思議に思いながらも写真に納めたという次第です。このビルで何を?」
 困った。未来からは何も聞かされていない。心当たりがあるとすれば愛人契約に関わることだが、それを言うわけにはいかない。
「…わかりません…」
「わからないってことがありますか、あなた」
「本当なんです。このビルも記憶はなくて、何をしに入ったのかも」
「ここで人が死んでるんでね」
 うそ--
 時間が止まる。わけがわからない。
「顔色が悪いようですな」
「…何があったのかわかりませんけど、私は本当に…」
「署にご同行願っても?」
 従わないわけにはいかない。覆面パトカーらしい車が待っていた。後部座席の奥には別の刑事。促されてその横に座ると、二人の刑事に挟まれる恰好に--
 何となく不穏な気配に、胸騒ぎがした。車が発進した、そのとき。
 左側の刑事に腕を抑えられ、右の刑事にはハンカチのような布きれで鼻と口を塞がれた。
 嗅いだことのない薬物の匂い。
 眠らされる。自分の身に危険が迫っている。でも、なぜ?--
 一瞬のうちにいろいろなことを考えたが、それきり--
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・・
 ・・
 目覚めはいつも、水底から水面に向かって浮き上がっていくイメージ--
 だが顔を照らしているのは陽光ではない。人工の、突き刺すような光線。
 埃と重油の臭い。
 どこ--
 今日は、私自身だろうか。それとも未来だろうか--
 最近の習慣で、手を回して肩を抱いてみようとした。肩を抱けば骨格の感じでどちらかがわかるはずだった。けれど--
 手が動かない。
 両手が頭上に引き上げられた状態で束ねられているからだ。
 視界に入ったブラウスの袖から、この身体が私のものだとわかる。
 はっ。
 私は…刑事を騙る男に促されて車に乗り、眠らされた。拉致されたのだ。
 目を開こうとしたが、あまりの眩しさにまたきつく閉じた。幾本もの光の矢から顔を背け、また開ける--
 強烈な光源がいくつも見えた。空間は大半が暗闇なのに光線はすべてこちらを向き、一つひとつが何かの意図を持って身体の各部を狙っていた。パンプスの爪先がぎりぎり床に届く高さに固定され、自力で立っているのは難しい。
 姿勢の辛さを堪えて、視線を上下に動かす。
 眼鏡は掛けている。スーツの上着は脱がされているがブラウスとスカートは無事。ストッキングもパンプスも履いたまま。左手の腕時計はなく、両手首を縄で縛られて上方に引き伸ばされている。未来の見立ててくれた上物のブラウスは半袖で、二の腕がほとんど剥き出しになり、腋の下も露出している。そして、薄手の生地はどぎつい光線の通過をやすやすと許し、ピンク色のブラや肩の肌が透けてしまっている。上半身は半裸のようなものだ。
 広い空間。複数の人の気配。人…というのはもちろん、男ばかりのはず。
 彼らは暗闇に身を隠し、私にだけ過剰な量の光を浴びせて品定めをしている。私がいま昏い眠りから目覚め、置かれた状況を知ろうともがいていることも、彼らは承知だろう。静かなのがかえって気味が悪い。
 陵辱されるに違いない。そこで息を潜めている、卑劣な集団に--
 私の身の安全への配慮など、あるはずがない。あるのは欲望だけだろう。
 背筋を冷たいものが流れ落ちた。
 怖い。そして、寒い--
 どれほど長くここに吊されていたのか、その間ずっと、無機質なコンクリートの床に立ちこめる冷気に私の身体は包まれ、体温を奪われていたようだ。
 寒い。そして、怖い--
「…うっ…」
 身震いを堪えることはできなかった。一度震えると治まらなくなった。
 ぎりぎり可能なところまで両脚を開き、歯を喰い縛る。それでも止まらない。
 そんな私の仕草に、たまんねえ…という声が漏れ、そしてそれを皮切りに、
 くくく…ひひひ…けけけ…
 女を侮辱する悪意も露骨な嗤いが私を包み始めた。四方八方から--
 腕の隙間から恐る恐る覗くと、背後にもびっしりと人影。
(…あ…ああっ…)
 そこでやっと私は、私を取り巻く人数が尋常ではないことを知ったのだ。
 人影の奥に、赤く輝く点がある。おそらくはビデオカメラの動作ランプ--
 そのランプのところから、無意識に人数を数え始めていた。
 11 、 12 、 13 …
 一度に視界に入っただけで、この数。視線を動かしていくと、どの方向にもぎっしりといる。
 25 、 26 、 27 、 28 …
 まだ、半周もしていないのに--
 この空間は最初感じたのよりもずっと広いようだ。人影が何層も重なっている可能性もあるが、今は知りようがない。身長 153 cm の私が爪先立ちをさせられても目の高さは 160 に満たない。いっぽう、男たちは--そんなのを選んで集めたかのように、みな大柄だ。“後列”は見えない。
 たとえ“一層”だとしても、絶望的な人数。その何倍もいるのだとしたら--
 無事では済まない。きっと、殺される。
 さんざん辱められた挙げ句に、終わるとも知れない輪姦の果てに、死ぬ。
 衰弱か、失血か、脱水か、または地獄のような痛みによるショックで。
 そうなる前に、助け出される見込みは?--
 強制的だったとはいえ、私は自分の意思で車に乗った。目に留めた人がいたとしても、それを拉致だと思うはずがない。また私が行方知れずとなっても案じる人はいない。明日金曜日はゼミもなく、私が大学に現れなくても会社訪問だと思われるだけだろう。万里子や西城と毎日連絡を取っているわけでもない。未来からの電話に今夜出られなくても未来はすぐには心配しないはず。
 だから--助けが来るとはとうてい期待できない。
 明日まで命があれば、未来が入れ替わるかも知れないけれど--
 涙で視界が霞んでいる。その涙は頬を伝い、滴となって床へ落下していた。相変わらず不安定な私の身体は、恐怖と絶望に力を失い、踊るようにぐらぐらと揺れる。
「おい」
 微かな声が背後から聞こえる。それは私に対するものではなかった。
「お姉様、泣いてるぜ」
「まだ何も始めてねえじゃん」
 こんな状況でも、聞きたくもない話でも、聞こえるものなのだ。極力抑えた声だから、かえって内容に注意が向いてしまうのか。
「目が覚めたらこんなことになってたんで、怖くなってんだろ」
「自分が何されるのか、わかんのかな」
「そりゃわかんだろ。吊されて、こんだけの数の男に囲まれてりゃよ」
 その話しぶりからは、オスとしては一人前ながら知性も理性も足りていないという印象を受ける。私を“お姉様”と呼んだのがからかいではなく、じっさい私の方が年上なのだとすれば-- 20 歳か、まさか未成年なのか。
 幼いぶん女の扱いはぞんざいで、それでいて欲望のエネルギーは成人の男の比ではなさそう。昏い眠りに落ちていた間じゅう、そして今このときも、私の身体はそんな連中の視線にも晒されている。
「目が覚めてすぐわかんのか。さすが文大」
 聴くともなしに耳を傾けると、聞き捨てならないことを言っている。まさか全員が私の素性を知っているのだろうか--バッグには学生証や手帳、携帯などが入っているから、それを見られていれば仕方がないのだが。
「ばぁか。文大じゃなくたって女なら普通だって」
「文大なんか入る女は勉強ばっかしてて他のこと知らないと思った」
「アレに興味ない女なんていないって」
「それよか、勉強とかシューカツ?…とかでストレス溜まってさ」
「他の大学の女より興味津々?」
「オナニーとか、してんのかな」
「してんだろ」
「だって処女なんだろ」
 なんですって--
「処女だってオナニーするって」
「してなきゃ、あんなエロくないと思う」
「ブラとか肩とか透けてんのは照明キツイせいだろうけどな」
「あの脚な」
「尻じゃなくて?」
「尻が好きなのはガキ。女のエロは脚にあるってよ」
「確かに、お姉様の脚を見てると勃ってくるなあ」
「だけどよ、処女だったらマワシなんか無理なんじゃないの」
「無理…ってか、無茶?」
「無茶だろ。俺らまで回ってこないぜ」
「心配すんのはそっちか」
「あ、お姉様のほう?」
「ひっでえな。可哀想だろ」
「平気だろ。高校生ほど幼くもないし、けど若いし、性欲溜まってるらしいから」
「若いって、何歳?」
「お前聞いてないのかよ。 21 歳…になったばっからしいぜ」
「じゃあホントにお姉様だ」
「オレら頭わりいし年下だけど、アレでなら勝てるな」
「勝てるとかって何よ。意味わかんね」
「アレでイカせたら勝ち」
「だな」
「イクって言わせるのか?」
「言わなくてもわかんだろ」
「あのよ」
「ちらっと聞いたんだけど、お姉様はイクとき潮を吹くって」
「マジ?」
「え、俺、潮吹きって見たことねえ。 AV でしか」
「だって処女なんだろ」
「処女だって熟女だって関係ないって」
「でも俺らに回ってくるころはイキまくった後で、きっと何も出なくなってるな」
「マワシの前にも、拷問してイカせまくるって話だしな」
 信じられない。まるで他人のことを聞いているようだ。
 処女であるとか潮を吹くとか、そんなことまで、なぜ?--
 私以外に知っているのは未来と、もしかしたら未来に愛人契約を持ちかけた人物。情報源は他には考えられない。そして、未来とこの集団に接点があるとは思えない。だとすると--未来がどこかで話したことが漏れたのだろうか。
 くっくっくっ…
 男たちの下卑た嗤いに、じわじわと追い詰められていく。
 卑劣で、残酷で、非道で、どす黒い欲望に充ち満ちている男たち。
 許せない。でも--
 抵抗するすべはない。彼らの欲望のままに蹂躙されるほかはない。私は身体の自由を奪われたまま、性的な拷問を加えられ、輪姦されるのだ。異常な人数のケダモノに。手加減はなく--
 せめて心だけは、抗おう。
 未来は私を美しく変えてくれた。それがこの状況の一因でもあるのだろうが、未来に悪意はない。
 それに報いるためにも、心だけは美しくいたい。どんな辱めに遭おうとも。
 明日のこの時間に、私はもう生きてはいないのだとしても--
 不意にざわめきが止んだ。
「始めるぞ」
 その場を支配する者の声。
 部屋が広いのに残響がないのは、人間の数が多すぎるからに違いない。

8 暴露

 近づいて来たのは刑事を騙った男だった。彼が首謀者なのか。
「可愛い寝顔を見せてくれていたが、お目覚めのほうがやはりいい」
 右手がおとがいに掛かる。上を向かされるのを堪え、上目遣いに睨む。
「ふふふ。そんな表情も悪くないぞ。心だけでも抗おうというわけか?」
 悔しくて、また涙が滲んだ。
「…そのつもりです」
「気丈に振る舞おうとするほどお前にとっては不都合だぞ。わかるか」
 くっくっくっ…
 悪意に満ちた嗤いがまた起こる。
「どうなんだよ」
 こんな連中の考えることなんて、わかりたくもないけれど--
「…あなたたちは、サディストで…」
 おお?…と、どよめきが起こった。
「…加虐対象の抵抗が大きいほど、嗜虐欲が増大する…のでしょう…」
「いいぞ。だがちょいと表現が硬いな。アタマの悪いのもいるから、少しわかりやすくしてやってくれ。そうだな…『加虐対象』でなく『私』にしてもうらおうか」
 何のために私に言わせるのか気になる。でも、言わざるを得ない。
「…私が抵抗するほど…激しく責めたくなる…」
 言ってから、私が自分の口でそう言う危うさに気づいた--
「よく言った。つまり、お前が何かしら抵抗するときは…」
 待って、と言いかけたが、後の祭りだった。
「もっとキツーく虐めてほしいという意思表示だと。そうだな」
 ひょおおお…と、感心したような、蔑むような声。
 こんなにあっけなく、挫折させられるなんて--
「私は、マゾヒストだ・か・ら~」
 とおどけた声が飛び、爆笑が起こった--
 騒ぎがようやく鎮まると、男が私から離れ、正面の椅子に座る。
「自己紹介してもらおうか」
 いまさら?--
「…もう、何もかもご存じなのでしょう。むしろ…あなたたちこそ、誰なんです」
 この後に及んでまだ逆らう気か、という空気を感じる--
「…教えてくれてもいいでしょう。これは抗うことにはならないと思いますけど」
「いいだろう」
 男は煙草を咥え、火をつける。
「俺たちはマジックミラーの同業者だ。俺は代表の土佐。隣は相棒の秋田」
 「マジックミラー」と言われてもわからない。未来は重々承知の相手なのだろう。ここでは黙っているほかない。
「お前は加賀見にスカウトされて出演を決めたはずだが、その加賀見が急病でね。それで代わりに撮ってやってくれと頼まれたんだ」
 加賀見は「マジックミラー」の人間なのだろう。未来(の入った海帆…)はその加賀見と親しくなって、「出演」を決めた。
 その報酬で、奨学金の返済も貯金もできる…はずだったのね--
 アダルト…ビデオなの?--
「…それで今日、あなたたちが…私を、撮る…というのですか」
「そうだ」
「同業者から依頼されたにしては、ずいぶん手荒なやり方だと思いますけど」
「手荒なのはうちのスタイルでね」
「騙して車に乗せたり、薬で眠らせたり…が、ですか」
 縛りはいいみたいだな、と外野が言い、嗤いが起こった。
「その通り。それに、加賀見にはそれで構わないと言われている」
 嘘くさいのを隠そうとしない。私が既に囚われの身だからだ。
 未来の計画では「マジックミラー」で安全に撮影をされるはずだったのだろう。報酬の件も確実だったはず。だが、今やどちらも限りなく怪しくなっている。
「…『マジックミラー』での制作がだめになった時点で、私の撮影の件も消滅するはずでは?…」
「そう言うと思ったよ。だがな」
 土佐から秋田に手渡されたのは 1 枚の書類。秋田がそれを持って近づく。
「お前は同意書を書いただろ」
「…え…」

 同意書
 私、三橋海帆は、
 (株)加賀見出版(レーベル名:マジックミラー)およびその協力会社において
 映像作品制作のために監督が要求するすべての演技、その他の行為を
 遂行することに同意します。
 201*年3月**日
 署名 三橋海帆   捺印 (拇印)

「うちはその『協力会社』でね。そして俺が監督を代行する」
 署名は誰がしたものか知れたものではない。未来が筆跡を私に似せて書いたとしても、私が書くものとは異なる。それを証明することは可能だろう。でも、拇印は--
「…これ、私じゃありません…」
「お前は三橋海帆じゃないのか」
「そうですけど…これに署名した私は、私じゃなくて」
 説明のしようがない。
「何を言ってるのかわからんが、拇印はどうなんだ。今確かめるか?」
 拇印も、私か未来が触れたところで指紋を採ったりすれば偽装できるに違いない。でも、それこそ実証が難しい。おそらく未来が押したのだ。
 万事休す--こんな状況でなければ法律家を頼ることもできるはずなのに。
「うちでの撮影がイヤだとでも言うのか?」
 いまさら、何を--
「…決まってるじゃないですか」
「イヤでも構わないが、契約上はこっちに分があるんだぜ」
「…でも、こんな…本物のレイプみたいな…」
 そう言うと、
「本物のレイプにしたっていいんだぜ。自分の状況をよく考えてみな」
「俺たちとしちゃ、そのほうがやりやすいくらいだよ」
 土佐と秋田が交互に言い返す。そうそう…と外野からも声が飛ぶ。
「…最初からそのつもりだったんでしょう?」
「そう思っても構わんが、なぜだね」
「あなたが私に見せた、あの写真」
 ああ…と土佐は頭を掻くが、悪びれた様子はない。
「土曜の夜に撮ったのでしょ。そのときはまだ、加賀見さんからあなたたちに話は行っていなかった。そうでしょう」
 未来にあの話を聞かされたのは月曜日だった。先週土曜の夜の時点では、マジックミラーでの制作は進行中だったのだ。
「よく気がついたな。さすが文大」
「…茶化すのはよして」
「で?」
 えっ?…
「加賀見から話が来る前にお前の写真を撮ったら、何が変なんだ」
 そんなの--
「…ですから…もともと、私を…」
「前から目を付けて、ストーキングしてたって?」
「…そうとしか…説明できないじゃ…」
「すいぶん自信があるんだな」
 そう言われて、固まった。
「自分が不特定多数の男の、欲望の対象になってるっていう自覚があるようじゃないか」
「…別に、そんなこと…」
「あるだろ。でなければ就活のスーツくらいでそこまでオンナを強調するか?…会社訪問が済んだらストッキングは黒に履き替えるそうじゃないか」
「…あ…」
 それは未来が--でも、それを言うことはできない。
 くくく…ひひひ…けけけ…
 またしても悪意に満ちた嗤いが私を包む。
「また図星のようだねえ。文大のお嬢ちゃん」
「ちなみに、今もストッキングは黒か。そそるねえ」
「今日は就活がなかったからか?」
 数名が両脚に近づき、脹ら脛に触れんばかりに顔を近づけてくる。
 ぐひひひ…と下品極まりない声を出して、舌なめずりをする。
「男どもを挑発して、面白がってんだろ」
 うすうす自覚しているところを突かれて--
「…違うのっ!…それは…私じゃなくて…」
 つい、そう口走った。
「お嬢ちゃん、二重人格なのか?」
 入れ替わりなど常識では映画の中の話で、二重人格は現実にあることだ。
「…そう、かも…知れません…」
「それじゃ」
 土佐と秋田がぎらついた笑みを浮かべる。
「オイタをしている海帆に罰を与えるためにも、本物のレイプを経験させてやろう。今いる真面目な海帆は、すまないが犠牲になってくれ」

 やはり、逃げられないのだ--
「では…改めて自己紹介してもらおうか」
 拒む術はなくなった。従うほかないけれど--
「…ひとつだけ、教えて…これから撮影したものは、世間に出回るんですか」
「それはない」
 なぜ?--
「世間に出せるような代物になるとは思えないんでね。出資者で楽しむだけだな。それは主演女優がどうってことじゃなく、ハード過ぎて無理なんだ」
 そんなものに、私は供されようとしているのか--
「だから安心して素性を出してくれ。でないと出資者が納得しない」
 出資者?…そうか--
 私を陵辱するように、誰かが土佐たちに依頼したのだ。出資をして--
 それなら、ストーキングされていても不思議はなかった。
 そして、マジックミラーでの撮影が没になったというのは嘘に違いない。
「じゃ、名前から行こうか。漢字もな」
 まだ見知らぬ加賀見さん、そして未来、ごめんなさい--
「…三橋、海帆…漢数字の三にブリッジの橋、海に、帆掛け船の帆…」
「出身地と生年月日、年齢」
「出身は Q 県で…生まれは 199* 年 3 月 ** 日、満 21 歳」
「身長、体重、スリーサイズ。バストはカップも」
「… 153 cm 、 40 kg … 84 の C 、 56 、 83 」
「大学名とか」
「…東京文科大学…文学部…史学科、 4 年生」
「結構。すらすら出てくるじゃないか」
 当たり前じゃない--
「じゃ、最初のお楽しみといくか」
 秋田が私の背後に来た。振り向いて見上げると、大きい。 180 は優に超えていて、格闘家のような体躯だ。背後に来られただけで身の危険を感じる。
 両手が私の頭に来た。左右から挟まれるだけで、もう動かせない。
「前方に赤いランプが見えるか」
「…ええ」
「何かわかるかね」
「…カメラの…動作ランプ…」
 ほう、と声が上がる。この程度で感心されるのもなんだか不本意だ。
「何のためのカメラだと思う」
 確認するまでもないこと。なぜ私に言わせるのだろう。
「問題を変えるか。何を撮るためだと思う?」
 わかりきったことであるのに変わりはない。
「…アダルトビデオの作品…」
「それはそうだが、答になってないな。内容を言わないと」
 男の手が離れた隙に、背後に顔を向ける。
「…言うもんですか。私自身に言わせたいのでしょうけど」
「そうか」
 そのとき--
 私の両手をいじっていた彼の両手がするすると下降し、二の腕を通過した。
「抗うのはきつく虐めてほしいという意思表示だったな、 M 子ちゃんよ」
 嫌な予感がしたのと、腋下に強烈な刺激が来たのとが、同時だった。
「…はうううッ!…」
 仰け反った頭は秋田の厚い胸に跳ね返され、向こうはびくとも動きはしない。彼の左右の指--親指と他の 4 本--が腋下のくぼみを挟むようにつまみ、ブラウスの生地ごしにまさぐっている。ごつい手の造作からは信じがたいほど器用--というか、いやらしい動きだ。
「…くうッ…くっ!…いやッ!…」
「両手を縛られて吊されたら、最初にこれがあるって想像しなきゃな」
 想像したからといって防御できるわけもないのに--
「さあ言え。あのカメラは何を撮影するんだ」
 二の腕の筋肉を痛めたらしく、そこだけは痛い。額に脂汗がにじみ、目に伝い落ちてくる。
「…いっ…言いますからッ!…やめてッ…」
「やめるもんですか。ちゃんと言うまで」
 秋田がさっきの私の口調を真似ておどけると、爆笑。
「こんなことで体力を消耗しないほうがいいぞ」
「…ふううっ…うッ!…わ、私を…」
「うん。私を?」
「…あなたたちが…襲うところを…」
「『襲う』って何だ。もっと具体的に言えるだろうが」
 言えないことはない。だが、言いたくない--
「どうした。やめてほしいんじゃないのか」
 秋田の手は腋下からさらに滑り降り、脇腹に達した。太い指が 10 本、肋骨の間に入り、前後に往復した。
「…いいいいいッ!…いやッ!…」
「言え。もう一度最初からだ。『襲う』は具体的に」
 脇腹への責めは、腋下よりも一層堪えがたい。
「…わっ…私を、あなたたちが…」
「今度は間違えないようにな。人手が増えるぞ」
 恐ろしい一言に鳥肌が立つ。ブラウスは汗でぐっしょり濡れ、上半身の肌が完全に透けてしまっていた。
「…拷問して…く、うっ…」
「『性拷問』にしようか。最初から」
 従わないわけにはいかない。
「…私を、あなたたちが…性拷問して…」
「それから?」
「…りょ…」
 犯す、という言葉は遣いたくない。陵辱とすれば解決するわけではないが。
「難しい熟語を遣うなよ。アタマ悪い奴もいるからな」
 そんな--
 だが逆らえば、きっと手が増える。ここで意地を張っても消耗するばかり。
「性拷問して?」
 私の次の一言に、全員が耳をそばだてている気配。でも、言わなくては--
「…犯す…ところを…」
 そう言って、俯いた。涙がぼろぼろとこぼれた。
「もう一度、最初から通しでお願いしようか」
 今度は正面にいる土佐だ。
「…もう、いいでしょう」
 土佐をきっと睨んだ。一瞬、まずいかもと思ったが、後の祭りだった。
 横から別の男が近づき、両手を私の脇腹に伸ばした。秋田の手は再び腋下に戻っていた。
「…うううううううーーーーッ!…」
 涙が散った。身を捩って逃れようとするが、前後に大柄な男がいて動けない。
「普通の女なら狂ったように笑っちまうところなのに、ひたすら悶え苦しむのか。大したタマだな。性感の開発は自前で進めてるってのはホントだったんだ」
 それこそ気が狂いそうで、何を言われているのか全くわからない。
「何を撮影するんだった?ほら」
「『私を』じゃなくて『私が』にしてみるか」
 早く、やめてもらわなくては--
「…私が、あなたたちに、性拷問をされて…犯される…ところを」
 これで終わる--そう思ったが、甘かった。
「『犯される』って、何人にだ」
 え、えっ?--
 数え切れていない。そもそも、“後列”がいれば数えようがない。
「ひとりか、複数か」
 なぜ、そんなことを--
 気がつくと左右にひとりずつ男が増えている。 2 人は首を回したり、指を鳴らしたりと、これ見よがしの準備運動をして“戦列”に加わる意図を見せつける。そして--私の胸に左右から顔と両手を近づけ、いつでも乳房を攻撃できるというポーズを取った。
 上半身を 2 人にくすぐられているだけで、早くも精根尽きかけている私。
 4 人がかりになどなれば--しかも、左右の乳房をひとり一つずつ責められたりしたら--
 いってしまう。そうすればきっと、乳房でいく淫乱娘などと呼ばれるだろう。
「…ふ…複数っ…」
 誘導されるまま、彼らの想定どおりに答えた。
「複数に犯されるのを、何という。知ってるよな。これは熟語でいいぞ」
 それを、言わせるの--涙がまたこぼれる。
「…輪姦…」
「何人がかりで輪姦されるんだ」
 そんな--
 言い淀む間も腋下と脇腹は休まされず、左右の乳房が危険に晒されている。
「…かっ…数えられません…私、背が低くて…後ろは見えないから…」
 何を求められて、どう答えればいいのか、わからない。
 たとえば 10 人とか 20 人とか言えば--それだけでも多すぎるのだが-- 21 番手以降をないがしろにした、などと言われるだろう。
 途方に暮れかけた、そのとき。
「…う…」
 別の難題が発生した。クリトリスが充血し始めたのだ。
 どうして、今?--
 狼狽する間にも、そこを意識すればするほど充血の度合いは増していく。
 全身の感度が良すぎる私も、幸いにして、クリトリスの悪戯に苦労させられた経験はない。官能が高まって秘裂が潤うことはあっても、クリトリスは膨張して多少痛む程度。直接刺激すればもちろん激しく感じるのだが、他の性感帯への刺激がクリトリスに“伝染”することはあまりなかったのだ。
 それが、今は--
 上半身を苛まれて悶え苦しんだ挙げ句、乳房を狙われて絶頂の瞬間が迫っている…と思ったとき、クリトリスが“連動”した。まるでクリトリスまでが、主人を裏切って拷問に参加したようだ。
 痛い。破裂しそうに--
 生まれて初めて味わう苦しみ。いったい、なぜ?--
 普段は休んだことのないオナニーを 3 日も我慢しているせいなのか。
 それにしてもおかしい。なぜ、こんな時に限って--
 はっ。
 そこでにわかに思考が進んだ。
 「こんな時に限って」ではない--
(…こんな時だから、なんだわ…)
 拉致され、縛られて、異常な数の男に囲まれて、今にも陵辱されようとしているこの状況。それに私の身体が勝手に反応してしまっている--
(…なんてことなの…殺されるかも知れないのに…)
 この事態を男たちに知られるわけにはいかない。凌がなくては。
 爪先立ちで不自由ではあるものの、太腿をよじり合わせて堪えるほかない。
「…あ、ああっ…」
 痛すぎる--
 膨張しきった本体が、解放を求めて包皮を突き破ろうとしているようだ。
 また汗が噴き出した。
 お願い--今はピンチなの。鎮まって--
 せめて身を屈められたら--
「海帆ちゃーん?」
 はっ。
 呼ばれて我に返った。痛みに苛まれて尋問されているのを忘れていた。
「…すっ…すみません」
 涙と汗で視界が霞んでいる。その向こうに、にやつきながら見下ろす土佐や他の男たちが見える。
「様子がおかしかったが、別の場所が疼いたりしてるのか?」
「…そっ…そんなことは」
 顔がかっと熱くなる。
「脚をくねらせて悩ましかったぜ。下半身のどこかなのか?」
「責められてるのは上半身なんだがなあ」
 くくく…ひひひ…けけけ…
 私の下半身の異変を見透かされているよう。
「…はうううッ!…」
 休まされていた腋下と脇腹がまた責められる。クリトリスは痛み続ける。
「海帆ちゃんは何人がかりで輪姦されるんだ?」
 これに早く答えなくては、いかされてしまう。
 ブラウスが汗で肌にべったりと貼り付き、ブラの模様もくっきりと浮き出ている。乳房の至近距離に男 2 人の顔と指。彼らと目が合った。
 そのとき--正確に人数を知らなくてもいいことに思い至った。
「…ぜ、全員…」
 それでざわめきが消えた。
「いいだろう。最後にもう一度、通しで言ってみろ。何を撮影されるんだ」
 と、土佐。
「…私があなたたたちに、性拷問をされたあと…全員に、輪姦されるところ…」
「よく言った」
 わずかな時間だったのだろう。でも何十分もそうされていたような気がする。
 前後の 2 人が手を離し、乳房を狙っていた 2 人も下がって、ようやく許された。手首に全体重がかかるのも構わず、崩れ落ちる。呼吸が乱れ、顔じゅうから汗と涙がしたたり落ち、ブラウスは水を浴びたように濡れている。クリトリスは充血したままだが、少し鎮まった気がする。
「おい」
 土佐の声のあと滑車が回り、私の身体はそれまで以上に上方へ引かれた。爪先が完全に宙に浮いてしまう寸前。顔を上げて正面を見ざるを得ない。
「全員とは恐れ入ったよ。お嬢ちゃん」
 土佐が言う。
「…え…」
 くくく…ひひひ…けけけ…
 意味ありげな嗤いがまた私を包む。
「お嬢ちゃんは、処女なんだろ」
 無言で返す。
「 2 、 3 人がかりでも地獄だぞ。アタマのいい子だから、いくら願望があっても現実的にはせいぜい 10 人とかで済ませると思ったんだが」
「…なっ…」
 なんですって--
「…だ…だって、それは…」
「それは?」
「…正確に言わなければ…もっと非道いことを…」
「人数は訊いたが、間違ったらどうするとかは言った憶えはないぞ」
 まさか--
「それに非道いと言っても、くすぐられるだけだったよな?」
「…それはっ…私は、あなたがたの…」
「俺らの意向を忖度しただけだって?」
「…はい…」
「ホントは全員にマワされるなんてあり得ない、と思うのか?」
「…そうです…」
「だが、ちらっとでも考えたんだろ。だから自分で言ったんだよな」
 否定できない--
「考えたってことは、願望があるんだよ。お嬢ちゃん」
「…ちっ、違いますっ…そんなわけ…」
「まあ、あり得ない人数にマワされたいなんて普通は言えないよな。ところで」
 秋田が近寄ってきた。またくすぐりかと身構えたが、違うようだ。
「何人いると思う」
 きたきた…と囁く声。
「集団に襲われるのがお望みだと聞いたんでな。心当たりに片っ端から…募集を掛けたんだ。ほら」
「…ぼ…募集って…」
 スマホの画面--

     この女子大生と近づきにないりたい者は連絡を
     イニシャル M.M.  153 cm  21 歳
     頭脳明晰 感度抜群 詳細は応募後に

 添付された写真は、私の全身像のほか顔や胸、そして脚のアップ。スーツ姿で、大学の学食そばの木立らしいところでポーズを取っているものもある。
 それらすべてが、いつ撮られたのか記憶にないものばかり。
「そしたらよ…お嬢ちゃん、大人気でなあ」
 くくく…ひひひ…けけけ…
「スタジオには入りきらないから、慌てて広い場所を確保したんだよ。廃工場で埃臭いが、雰囲気があってイイだろう」
 呆然とする私とは対照的に秋田は楽しげだ。
「何人いるのか、知りたいか?」
 知ったところで、どうしようもない。最悪の事態なのは明らかだ。
「人間の煩悩の数を聞いたことがあるだろう。仏教の」
 まさか--
「… 108 …なんですか…」
「その通り。こいつらもひとつ利口になったよ」
 くくく…ひひひ…けけけ…
 怯える私を、残酷な視線と嘲笑が包み込んでいる。
「…助けて…」
 一度は諦めかけたが、懇願せずにはいられない。本当に死んでしまうだろうし、絶命するまでの苦しみも想像がつかない。
「…助けてください。お願い…」
 うっ、うっ…と嗚咽が混じる。
「どうして」
「…どうして…って…」
 理由がいるの?--
「…だっ、だって私…初めてなんですよ」
 口笛が飛んだ。でも気にしている場合ではない。
「…それなのに、百人だなんて…」
「百人くらいじゃないと物足りないようなことを言ってたじゃないか、自分で」
 なんですって--それも、未来が?--
「それにさ」
 くくく…と、秋田は嗤いを堪えきれない様子だ。
「そもそも俺たちが全員お前を犯りたがってると思うのか?」
「…え?…」
 思わず周囲を見渡す。わざとらしく、呆れたような表情を見せてくる。
「…だ、だって…」
「『だって』が多いなあ、文大のお嬢ちゃん。自信ありすぎだぜ」
「まあ、そこそこ可愛いから、犯ってやらないこともないけどな」
 なんてこと--
 悲しくて、悔しくて、涙がまた溢れた。
「ただし、最後まで正気を保って、最後のひとりまで相手するんだぜ」
「途中でダウンしたら、それこそ全員でマワすからな」
 ぎゃはははは!…と爆笑。
 ぎりぎりの高さに吊されていて、今度は崩れ落ちることもできなかった。
「さっきのを、な…お前が自分で言った証拠があるんだよ」
 秋田が CD をプレーヤにセットする。
「うちの協力会社とかそのまた協力会社の奴はまだ聴いてないから、ここで」
 何?--
「三橋海帆の本音トークを」
 戸惑っていると、土佐が男たちに向けてアナウンスし始めた。
「先週の土曜、海帆はマジックミラーの事務所で社長兼監督兼男優の加賀見と男優兼縄師の光岡と打合せをしていた。そのときの録音だ。ここに吊されてる女子大生がどんな女かよーくわかると思う。後の参考にしてほしい」
 ボタンを押すと話し声が聞こえてきた--

9 未来の願望

加賀見: やあ、来たね。こっちは男優兼縄師の光岡。
海帆: はじめまして、三橋海帆です。以前からよく拝見しています。
光岡: はじめまして。加賀見さんから聞いた通りだ。可愛いんだねぇ。
海帆: ありがとうございます。
加賀見: 今日もスーツで来たんだね。
海帆: 昨日褒めていただいたのと、今の私の勝負服なので。
光岡: 海帆ちゃん、うちの作品をよく見てるって言ったけど、いま 21 なんだろ。
 何歳から?
海帆: えっと… 14 歳…だったかな…
加賀見: えええっ…
光岡: 中 2 とか中 3 だろ?
海帆: 私、早生まれなので…中 3 ですね。隣に住んでた叔父がよくダウン
 ロードしてまして…それをこっそり。
光岡: 悪い子だなあ。お仕置きが必要だよ、こいつは(笑)
海帆: ありがとうございます。ぜひお願いします(笑)
加賀見: 見てただけ?
海帆: うふふ…してました。オナニー。
加賀見: 今はちゃんと自分でダウンロードするんだろう。
海帆: はい。これ、私が好きな作品のリストです。他社のも混ざってますけど。
加賀見: おお…いや、構わないよ。君の嗜好性を知ったほうが書きやすい。
光岡: それはそれとして、綺麗な脚だねえ。
海帆: ありがとうございます。加賀見さんも気に入ってくださいました。
光岡: だろう。この人は女の子の脚に目がないから。
海帆: 昨日カフェで強烈な視線を感じたんですよ。その主が加賀見さんで。
光岡: バレバレなんじゃないか(笑)
加賀見: 海帆ちゃんが悪い。見られたくて露出してるって言ってただろ(笑)
光岡: そういう罪深い脚にはお仕置きが要る(笑)
海帆: ぜひ(笑)…あ、脚といえば…私、そんなに柔軟ではないんですけど、
 最近 180 度開脚ができるようになったんです。エステの人に教わって。
光岡: 前後?左右?
海帆: どちらもです。前後は完全に平気で、左右は数分くらいなら続きます。
光岡: 左右 180 度は 10 分を超えると辛くなってくる?
海帆: きますね。参考になりますか?(笑)
光岡: なるなる(笑)
加賀見: それは後で見せてもらうとして…眼鏡を外してみてくれるかい。
海帆: はい。
加賀見: 眼鏡の顔も可愛いけど、素顔が綺麗だねえ。
光岡: 今のそのショートボブは眼鏡の顔のほうがよく調和するみたいだね。
海帆: そうでしょうか。でも眼鏡にショートだと女子高生みたいですよね。
光岡: みたい…っていうか、きっとセーラーを着たら女子高生そのものだよ。
・・・・・・・・・・
加賀見: それじゃ、身体のチェックとカメラテストをするよ。
海帆: お願いします。ここで?…
加賀見: そう。まず、立ってみて。ジャケットを脱ごうか。光岡、彼女の横に…
 ふむ。光岡、 183 で 80 kg だっけ。海帆ちゃんが 153 で、ヒールは?
海帆: 今日のは奮発して 7 cm です。体重は 40 kg です。
加賀見: いい体格差だし、小柄で華奢な海帆ちゃんは、大柄な男優と組むと
 被虐のオーラが出るな。パケ写だけで売れそうなくらいだ。
光岡: 参るな…“虐めて”オーラが出過ぎだ、海帆ちゃん。横に立ってるだけで
 犯したくなるよ。
加賀見: 俺もだ。第一印象は正しかったな。
海帆: うふふ…撮影の日には存分に犯していただきますから、どうか今日は
 我慢なさってくださいね(笑)
光岡: はい。ああ、たまらんな。
加賀見: 俺もだ。これじゃ、近くにいる男たちは大変だろうな。言われないか、
 犯らせてくれって。
海帆: そんな露骨には言われませんけど、それに近いことは…
光岡: どんな?
海帆: 最近では、スーツ姿を写真に撮らせてくれとか、私の脚に萌えるとか、
 脚だけじゃなくて全身に萌えてるんだとか…彼は高校の後輩なんですけど、
 私を好きっていうよりは抱きたいんだと思います。ちょっとしつこいので、今度
 のビデオができたら「これでも観てなさい」って渡そうかと。
光岡: 可哀想だよ、そいつ。でも、君はツボじゃないんだな。
海帆: それもありますけど、私は 1 対 1 のセックスに興味がないので…
加賀見: なるほどなあ…よし。それじゃ海帆ちゃん、全部脱いで。
海帆: はい…
・・・・・・・・・・
光岡: ところで…男性経験がないそうだけど。
加賀見: うん。男性経験がないし、縛りも SM もないそうだ。
海帆: 彼氏がいたこともないです。
光岡: 可愛いのにねえ。
海帆: ありがとうございます。私、就活を始めるまでは本当に地味目で…女を
 磨くことに無頓着で…素材は悪くなかったと思うんですけど。
加賀見: もちろんだ。。
光岡: 女を磨くことにしたきっかけは?就活なの?
海帆: はい。文大の女子っていうのは必ずしも就職に有利じゃないんですね。
 やっぱり、この子を入社させて一緒に仕事をしたいと思わせるものが要る…
 って思ったんです。それでまずスーツはスカートにして、エステに行って…と
 いろいろやってるうちに調子が出てきました。それで今に至るという…
加賀見: 見せる才能もちゃんと備えてたってことだなあ。
光岡: でも美帆ちゃんよ、初体験が俺らみたいなオヤジでいいのかい?
海帆: いいのか、だなんて…お二人が女優さんたちになさっているようなの
 が望みなんです。身体に快楽を刻み込まれながら処女を失うなんて、ふつう
 望んでも叶わないですから。
光岡: それは光栄なことだな。
加賀見: でもね…海帆ちゃん。一晩考えたんだがね…君の望みはありがたく
 受けとめるし、覚悟の上でのことだとは思うんだが、なにしろ経験はないわけ
 だろう。始まってみたらとんでもない地獄かも知れないぜ。
海帆: …痛くて苦しくて、やっぱり無理…って?
加賀見: そういうことになる可能性はある。
海帆: …処女でなくなってから、出直したほうがいいでしょうか。
加賀見: えっ?
海帆: バイブとか使って、自前で喪失してもいいんですけど。
光岡: いやいや。それはそんな、もったいない。
海帆: では…あの、よろしければ…事前に私を抱いて、奪ってくださっても。
 今日も、その覚悟はしてきてるんです。
加賀見: いやいやいや…抱きたいのはその通りなんだがね。撮影まで取って
 おきたいんだ。
海帆: …でも少なくとも、手加減が必要だとお考えですよね?
加賀見: うーん…そういうことになってしまうか?
海帆: 御社の作品としてそれでいいのか、というところでお悩みですよね?
加賀見: そうなんだ。
海帆: あの…自惚れを承知で伺いますが、私は「そそる女」でしょうか。
光岡: ああ。
加賀見: 実にそそるよ。
海帆: 服装や立ち居振る舞いがそそる…挑発的な女の子がいたとして、鬱憤
 が溜まりに溜まった挙げ句その子を陵辱する…というときに、処女だとわかっ
 ても手加減なんかしないはずです。
光岡: しないな。
海帆: むしろ、男っていうのは残酷になるのでは?
加賀見: そうかもな。
海帆: 私はマジックミラーさんだから、出たいんです。手加減を望むようなら、
 お願いしません。
加賀見: うん。そうだったね…
海帆: 問題は処女かどうかではなくて、本人が仕事として筋を通す気持ちが
 あるかどうか、だと思うんです。
加賀見: ふむ。
海帆: 報酬をいただけるということでした。
加賀見: そうとも。
海帆: 昨日も申しましたが、私、奨学金の返済があって…
光岡: そうなんだってね。
海帆: 虫のいいことを考えてお恥ずかしいのですけど、ずっと抱いてきた願望
 を安全に実現しつつ、収入も得られたら、こんな都合のいいことはないです。
光岡: 確かにな。
海帆; ご心配のように、やっぱり無理…って思い知るかも知れません。でも、
 素人の分際で志願して、しかも主演を張ってお金をいただくんだ…って思った
 ら、そんな筋の違うことを私は言えないです。…どうか、お願いします。
加賀見: わかったわかった。どんなに君が苦しんでも手加減しないよ。
海帆: ありがとうございます。
光岡: 君が頑張ればいいのが撮れると思うよ。ヒットしたらドーンと入るはず
 だ。加賀見さんも弾んでくれると思う。いわばインセンティブだ。な?
加賀見: ああ。俺たちの責めに付いて来れたら、まずそれに見合うだけ出す。
光岡: マジックミラーがまた無茶をやってる…って評判になるのを撮ろうな。
海帆: ありがとうございます。失礼があったらお詫びします。
加賀見: いいんだ…なに、こんな可愛い子で撮れるのかと思うと嬉しくてね。
 大事にしてやらなきゃと思ったんだ。だけど君の望みは違うんだな。
海帆: 大事に思っていただけるなら、どうぞ思う存分、愛でてください。
・・・・・・・・・・
光岡: 話を蒸し返すようだけど、中学高校時代もずっと彼氏なし?
海帆: はい。勉強と家の手伝いでずっと忙しくて…彼氏がいたら、処女はあげ
 てたと思いますけど…でも、私は満たされていなかったと思います。
光岡: そうか。 14 歳からうちの AV を見てるくらいだから。
海帆: 中学生のころからレイプ願望がありました。輪姦願望…かな。
加賀見: それをずっと抱え込んできたわけか。そんなものを抱えて、よく文大
 なんかに入ったな。
光岡: もともと勉強が得意だったんだよ。
海帆: いいえ…田舎の公立高でちょっとできるくらいでしたから、ぎりぎりで。
光岡: ご謙遜だなあ。うちに女優兼監督で来てほしいくらいなんだけど。
海帆: 大学院に落ちて、就活が全滅だったら、お願いします。
・・・・・・・・・・
光岡: 作品リストに戻ろうか。うちの作品だと『潜入捜査』か『標的』…
加賀見: 『潜入捜査』が合ってるかな。
光岡: 同感。
海帆: そんな由緒あるシリーズに加えていただけるんですか…だって、蒼々
 たる人気女優の方々を並べてこれまでに確か 10 作…
加賀見: そういうのこそ新人を投入して心機一転すべきなんだ。
光岡: 荒唐無稽だけど、捜査官はまだ高校生というのはどうだ。
加賀見: それは主演女優が処女だからか?
光岡: ああ。処女であろうが手加減はない、という流れにしやすいんじゃない
 か。海帆ちゃんはセーラーが似合いそうだしな。どう?
海帆: 女子高生の捜査官、素敵です。ありがとうございます。
加賀見: それが上手くいったら、次は『標的』で OL とか秘書をやろうか。
光岡: せっかちだねえ(笑)
・・・・・・・・・・
光岡: では次…当然縛ることになるが、縛りそのものが初めてなんだよね?
海帆: はい。
光岡: その華奢そうな身体をギチギチに縛り上げる。拷問だから。いいか?
海帆: もちろんです。
光岡: 監禁するときは着衣で緊縛。徐々に剥いていって、メイン部分は裸体に
 縄。吊るし、後ろ手、四肢拘束で大の字、っていうのがよくある流れだが…
海帆: それ、フルコースでお願いできますか。それから…左右の足首を縛っ
 て、両脚を 180 度に…・・・・・・・・・・
光岡: そうだった。股間を無防備に晒されて、何をされたい?…剃毛は?
海帆: お願いします。それから…クンニリングス…で、いかされたいです。
加賀見: いいだろう。ただし、簡単にはイケないように、全身を嘗める。
海帆: 私の身体に、群がって…ですか?
加賀見: 大勢でね。媚薬オイルも使おうか。いいだろ。
海帆: すてきです。でも、何人くらいに?
加賀見: 君は何人に犯られたいの?
光岡: 処女だと 3P くらいまでが常識だけどな。
海帆: …それじゃ、つまらなくないですか。
加賀見: うん。そうなんだ。
海帆: 自分で言うの憚られますけど…可愛い女子高生が捕まって、拷問され
 て、男たちの欲望をさんざん刺激してしまうんでしょう。
加賀見: ああ。
海帆: 絶頂させたり、させなかったりするために、大勢で私の身体に群がって
 貪るんでしょう。それならその全員に犯していただきたいです。
加賀見: 全身嘗めをするなら、 12 ~ 3 人てとこかな…
光岡: ですかね…ちょっと無茶な気もするけど。
海帆: お気遣いくださってありがとうございます。お二人とも、優しいんですね。
光岡: ふふふ。
海帆: でも、「無茶だからいいんじゃないか」って、いつも仰ってますよね。あ…
 無茶ついでに…後ろにも挿れてもらって、サンドイッチに…
加賀見: おいおい…処女のくせに、なんてことを言うんだ(笑)。無茶だろ。
海帆: 無茶は承知です。上手にしてくださるの、知ってますから。
加賀見: わかった。じゃ、やってみよう。
海帆; そのときは、ぜひ後ろ手に縛られていたいわ。
加賀見: なんだか、君が M なのか S なのかわからなくなってくるな。
海帆: 私も…対象が私自身であるだけで、むしろ生粋の S かもって思うこと
 がありますよ。
光岡: 俺もそう思う。
海帆: 本当を言うと…
加賀見: まだあるのかい(笑)
海帆: リストの欄外に『狩られる女』っていう映画を書きました。ご存じですか。
加賀見: 知ってる。
光岡: 女弁護士がヤバい筋の会社の秘密に触れて、拷問されてマワされる
 やつだ。
海帆: 物語としては私の中のベストがそれです。女優さんも素敵で。
加賀見: 成人映画だから実際にはやってないが、男は 30 人だかいたぞ。
海帆: 現実だったら、怖いと思います。でも、そんな状況に陥って、泣き叫びな
 がら蹂躙されてみたいとも思うんです。もっと大勢…百人とか、絶望的な人数
 に取り囲まれるのも素敵でしょうね。

10 拷問

 未来ったら--なんてことを--
 「マジックミラー」の打合せで未来が話したことは、ほぼ全部が未来の願望に違いない。私にも確かにレイプ願望はあったけれど、それだけだ。“ハード系”だというマジックミラーの性拷問をフルコースでとか、 12 ~ 3 人がかりの輪姦とか、 30 人とか百人とか、そんなのを想像したこともない。
 おそらく、未来は--私の身体に入り、三橋海帆として陵辱されるのが望みだった。私への“歪んだ愛情”なのだろうか。私の身体に欲望を抱き、他の男性の力を借りてめちゃめちゃに蹂躙したかったのか。
 未来のその願望はいま、実現しつつある。未来の預かり知らぬところで。私が“身代わり”になって--いまこの瞬間にでも入れ替わりが起きないかと願う。
 土佐たちが言うところの「オイタをしている海帆」。私はそう見なされている。さっきの録音をここにいる全員に聴かせたということは、少なくともその程度の無茶は構わないと知らせるためだ。“本人”の願望通りなのだから--
 録音の再生が終わり、次の“演目”へ行くまでの小休止らしい。土佐や秋田の配下の男たちは椅子に座ってくつろぎ、煙草をふかしたりしている。
 録音を初めて聴いたらしい“協力会社”の若い者は、あの中の海帆の発言に盛り上がっている。
「可愛い顔して、ずいぶん過激な願望があったんだなあ、お姉様はよ」
「アタマのいい子はエロな方面も考えることが違うぜ」
「俺らでマンゾクさせられるか、不安になってくるな」
 絶えず私に視線を送っては時折、ぎゃはは…と聞こえよがしの大声で笑う。私を威嚇しようとでもしているらしい。
 あんな連中にも、いずれ犯されるのだ--
 いったん縄を解かれたものの、コンクリートの床に直に座らされている。私は囚われの身。辱められ、痛めつけられるだけの存在だ。
 手首の皮膚がすりむけて血が滲んでいた。消毒をされ、包帯を巻かれる。
「痛むかね」
 手当をしてくれているのは“縛り担当”の数名のリーダー格らしい。若い者から「柴さん」と呼ばれていて、 30 代後半くらい。土佐や秋田がおそらく 40 代後半でどうやら最年長。柴くらいの年代が“中間管理職”にあたるようだ。
「…平気です…」
 久しぶりに自由になった左右の手で反対側の手首を擦り、涙を拭う。
「手首のことじゃないって」
 にやつきながら、私の顔と交互に、ぴったり閉じた太腿へ視線を這わせてくる。クリトリスが痛んでいたことを見透かされているようだ。至近距離で見られるのが恥ずかしくて、両手を組み合わせて太腿の上に置く。
 柴は中肉中背だが筋肉質で岩石のような体躯。その上にある顔は、パーツ一つひとつが重厚でくどい。眉が濃く、鼻が大きく、唇が厚い。私の手が太腿を一部隠したので彼の視線は脹ら脛に移り、また胸をも狙うようになった。この人のすることはねちっこそうだ。
 ブラウスは汗に濡れたまま。ブラウスの替えは持っていないし、脱ぐようにも言われない。だから上半身の肌は透けて見えているままだ。
 数本のおしぼりを差し出され、顔周辺の汗や涙を拭うのを許される。眼鏡のレンズも拭く。髪も汗で濡れていたが、さすがに洗わせてはもらえない。せめてブラシをかけたい。
「…バッグを取っていただけませんか。髪を直したいので」
 バッグは彼らに取り上げられていた。柴に言われた若い男が持ってくる。
「…ブラシと鏡が入ってるのですが…」
 携帯などは抜き取られているのだろう。バッグごと渡してくれればいいのに、柴が中を漁る。見られて困るものは入っていないけれど、好色そうな目つきで掻き回されるのは正直、気持ち悪い。特にこの男には。
 本当は髪を洗ってドライヤーを使いたいほどだが、望めない。可能な範囲で乱れを直す。こんなとき、ストレートでショートの髪は便利だ。
「こんな状況でも女のたしなみは忘れないというわけだ」
 柴の吐息がうなじにねっとりと絡みついてくるよう--
「…撮影されてるので…髪が乱れたままではいやなんです」
「化粧は直さなくていいのか」
 化粧道具の入ったポーチを見つけ、差し出してくる。
「…何か塗ってもまた、汗とか涙で流れてしまうので」
 そう言ってはみたが、どうせ撮られるのなら綺麗にしていたいと思った。
 口紅だけでも--
 ポーチから口紅のスティックを取り出し、鏡に向かう。ショートボブに眼鏡では女子高生みたいだとよく言われるが、口紅を塗るだけで急に大人びることも今では承知している。
 ふと対面の壁を見ると--
 巨大なスクリーンが置かれていた。ちょうど電源が入ったところ。しばらくすると、ビデオカメラが捕らえているのだろう、部屋の一角が映し出された。そして、画像はすぐにいまの私のアップに切り替わった。
 スクリーンの私が、こちらを見ている--
「ここからはこれをつけろ」
 柴が次に差し出したのはカチューシャ…を模した小型マイク。表情や身体の各部をクローズアップするだけでなく、どんな小さな喘ぎ声や悲鳴も拾って逃さないつもりだ。それを男たちに鑑賞されるだけでなく、私も自分の悲惨な状況をつぶさに見、聴かなくてはならない。
「…悪趣味ね…」
 呟いた声はスピーカで拡大され、画面の私も唇を動かす。
「口紅を塗ったのか。それだけで急にエロさが増すもんだな」
 土佐の声も拡大されている。
「…ただの女のたしなみです」
「そんな余裕はもうなくしたと思ったよ」
「…どんなに辱められても、綺麗でいたいものなんです。女の子は」
「いい心がけだ。たっぷり辱めてやるから期待していろ」
 柴を中心に“縛り担当”が 4 人来た。床に正座した状態で、両手を後ろ手に組まされる。カメラは数台あるらしく、うち 1 台が私の背後に来て縛りの模様を中継し始めた。
 柴のごつい手で左右の手首をひとまとめにされ、縄を掛けられる。
「高手小手にしてやれ」
 土佐の指示が飛ぶと、手首が背中の中央までぐい、と持ち上げられた。
「…つ、うっ…」
 腰の上で組むのよりも当然辛い。手首を戒めた縄は胸の前に来て、乳房の上に 1 回、下に 1 回巻き付いたあと、背中で改めて締め上げられた。乳房の下を回る縄に直交して別の縄が掛けられ、引き絞られる。
 未来に縛られたとき、相手は未来だけだった。でも今は私に欲望と悪意しか抱いていない 108 人もの男の前。腕の自由を完全に奪われてしまうと、吊されていたときの数倍怖い。そして--
 ブラウスとブラジャーの上からではあっても、乳房を上下からくびり出されるのはどうしようもなく不安だ。 84 の C という平凡な膨らみだが、ブラのフレームのせいもあって、私の上半身のシルエットはどうしようもなく女そのもの。オスたちの視線を集めてしまう。
「ギチギチに縛られるのが望みだったな。後で裸に剥いても緩まないようにしておけ」
 秋田の声も拡大されるようだ。しばらくは着衣のままらしい。
「立たせろ」
 土佐が命じると“縛り担当” 3 人の支えで立ち上がらされる。背中の縄に滑車からのフックが噛まされ、上方に引かれると、ふらつく身体は一応安定する。
 今度は爪先だけでなくヒールも床に着く。腕の関節に負担がかからぬようにとの配慮か…と初めは思ったが、違った。もとより、そんな優しい連中ではない。
「…あっ…」
 足首にも縄がかかり、左右に引かれた。また爪先立ちを強いられる。せめてもの抵抗で膝をわずかに曲げると、両脚は内側に折った「く」の字形になる。
 口笛が鳴る--
 スクリーンには“人の字”に縛られた生け贄の姿が画面一杯に映し出されている。無防備そのもののポーズであるのに加え、膝上 5 cm のスカートは太腿の半ばまで捲り上がり、黒ストッキングに包んだ脚線が露わになっている。
 なんて危うい、いやらしい姿。性の饗宴に供される“生贄”だ--
 そう思った、そのとき。
 どくん!…
 と、心臓の拍動が聞こえた気がした。
 まるで何かのスイッチが入るように。そして--
(…ま、またなの?…)
 官能が高まってしまうのと同期して、クリトリスがまた暴れ出したのだった。
「…うっ…」
 中途半端に膨張したまま鈍い痛みを発し続けていたそれは、いままた包皮を突き破ろうともがいている。
(…だっ…だめ…)
 さっきは太腿を捩り合わせて辛うじて凌いだけれど、今度はそれができない。左右の足首を戒められ、膝を曲げても左右の太腿は 45 度より縮まらない。
 痛い。痛いけれど、不用意に声を出したくない。意味不明の喘ぎ声が拡大されて全員に聞かれてしまう。
 でも--
 額にまた汗が滲むのは隠しようがなく、粒状のそれがスクリーンにはしっかりと捕らえられていた。いまこの瞬間までの表情の変化をコンマ数秒かの間隔でコマ送りで並べたりもして、私が眉根を寄せて苦悶している様子が詳細に映し出される。専従の担当者が、私の映像を面白がって加工しているのだろう。
 場内は静かだ。全員が私の異変に注目しているから--
 歯を喰い縛り、声を堪える。寄せた眉の間を流れる汗。それだけでオス達の嗜虐欲を刺激してやまないはずなのに、唇の赤色がアクセントになって、どうしようもなくエロティックだ。口紅を引き直したのを後悔する。
 これを見ている全員の欲望を煽ってしまっていると思うと、怖くてたまらない。そしてその思いがまた、私の官能を高めてしまうのだ。
 いつの間にか淫欲が沸騰していた。
「…はっ…はっ…」
 声を堪えても、喘ぐ声をマイクに拾われてしまう。
 太腿を--合わせたい--
 叶わない切実な気持ちが脚を震わせる。別のカメラがそれを捕らえ、苦悶の表情と画面を分割して映し始めた。それがまた私を追い詰める。
 クリトリスの膨張はわずかずつ進行しているようだ。どうやらそれに比例して痛みは大きくなっている。
 いけない--
 そう思ったとき、また痛みが増した。そしてその直後、
 ずるり--
 一瞬の痛みとある種の解放感。植物の芽生えを早送りした動画を思い出す。クリトリスの本体がとうとう包皮を突き破って露出したのに違いなかった。
「…あっ…」
 破裂しそうな痛みが去った代わり、露出した本体が鋭い痛みを呼んでいる。生まれて初めて感じる感覚だ。
 頼りない粘膜に包まれただけの、ほぼ剥き出しの神経の固まり。ほんの数 mm というサイズのはずだが、それがショーツの生地に触れると、忌まわしい感覚が数倍に増幅されて私を苛む。それで、
「…あ、あッ!…あうッ…」
 とうとう泣き声を上げてしまった--
 おおお…というどよめき。私に“異変”が起きていることを、もはや隠すことはできない。
「どこか痛かったりするのか?」
 神経を逆撫でする秋田の声。
「…なっ…何でも…」
 そう返す今この時も、痛い。
「さっきもそうだったが、どうやら下半身に何か起きているようだがな」
 不意に手がスカートの前に伸びてきた。それで思わず、
「…やめてっ!…」
 叫ぶのと同時に足首を最大限動かして後ずさった。その衝撃が、ショーツの生地を介して「もろ」に来た。
「…つううううッ!…」
「ひどい苦しみようだな。そんなんでこの後の拷問やら堪えられるのか?」
 私が望んだわけではないのに、そんなことを--
「…具合が悪いと言えば…帰してもらえるんですか」
「いいや。手加減はなしだ。それが望みだろ」
 ぎゃはははは!…と爆笑。
「改めて訊こう。下半身のどこが痛いんだ」
 言えるわけがない。秋田から視線を逸らし、左の肩に頬を当てる。その頬に手が来て、また秋田のほうを剥かされる。
「素直に答えたほうが身のためだぞ」
「…いやです」
「そうか。言いたくないか」
 秋田が柴に目配せをした。いやな予感。
 柴の両手が胸のリボンにかかる。
「…なっ…」
 シュルシュル、とシルクの擦れる音がマイクに拾われ、拡大される。
「はじまりはじまり、だ」
 柴がにやつきながらブラウスのボタンを外し始めた。
「…いっ、いや…」
 もがいても無駄だった。ブラウスのボタンが全部外れるとスカートから裾が引き摺り出され、背側へ一気に剥かれた。
「…ああっ!…」
 ブラウスが汗に濡れていたせいで上半身の肌は透けてしまっていたが、ついに生身を晒すことになってしまった。あとはブラが残されるのみ。でも--
「じっとしてろ」
 柴が手にした大型のラシャ鋏がブラの中央に差し込まれ、あっけなく切断される。左右のカップがぽろりと外れ、乳房が露出してしまった。
「…いやあっ…」
 無数の視線が犯してくる。もちろんカメラが放っておくはずはなく、スクリーンには私の顔と胸がアップになっている。吊されている身では前屈みになろうとしても叶わず、逆に背後の秋田に胸を反らさせられる。
「抵抗するのは拷問されたいからだったなあ」
 ご、拷問--乳房に?--
 鋏の冷酷な感触を思い出し、背筋を冷たいものが流れた。
「いきなりじゃ可哀想だから、ちょいとウォーミングアップをしような」
 怯えていると正面に別の 2 人。先のくすぐりのとき乳房に触れようとしていた連中だ。
「さっき“お預け”だった分も楽しませてやれ」
 秋田が指図すると、二人同時に来た。左右の乳房をひとつずつ咥えられた。
「…はううううッ!…」
 辛い感覚に仰け反ると、かえって二人に乳房を差し出す恰好になってしまう。二人の両手が揉みしだき、やがて乳首を鋭い刺激が襲った。
「…いやあっ!…ああッ!…」
 乳首を甘噛みされている。未熟な果実のような乳房に左右十本ずつの指がめり込む。ぺちゃぺちゃと卑猥な音をさせながら唇や舌で唾液まみれにされていく。縛られているうえ、秋田と柴に押さえつけられて身動きできない--
 そうやって、どのくらい責められたのだろう。二人の唇が左右の乳首を一段と強く吸ったあと、不意に離れた。
「見てみろ」
 荒い息をして俯いていると、前髪を掴まれてスクリーンを見せられた。
「…あ…あ…」
 乳首が勃起してしまっている。無惨なほどに--
「こんな状況でも、下半身のどこかが痛くても、愛撫を受ければ乳首は勃起する。因果な身体だな」
「…だっ…だって…」
 しょうがないじゃない--
「ふふふ。いいぞ、その反抗的な目つきがまたそそるわい」
 そのとき--カチャカチャと、金属やガラスがかち合う音。胸騒ぎがしてそちらを見ると、医療用器具と覚しき道具類が並んだワゴンが近づいていた。
「…なっ…何をするの…」
「今、わかる」
 柴が背後に来て、乳房を両手で鷲づかみにした。
「…くう、うッ!…な、何…」
「怖くなって乳首が萎えちまうとつまらんからな」
 乳首が?--
 見ると、秋田が手指をアルコールで消毒している。
 その秋田の手には--マチ針。その針にも消毒を始めた。
「…ひ…」
 何をされるのか予想がついて、もがいた。だが柴の腕は信じがたいほど逞しく、乳房を揉みながら私を完全に押さえつけている。
「…いやっ!…いやですッ!…むっ…」
 タオルを噛まされた。猿轡だ--
「これを外した後は何でも喋りたくなるだろう」
 かぶりを振ることしかできない。左の乳首を秋田の手が捕らえ、アルコールを染み込ませた脱脂綿で消毒する。こんな時も乳首は固く勃起したままだ。
「スクリーンをよーく見てろ」
 見たくない。そう思っても、なぜか視線を逸らせないのだった。スクリーンには左の乳房がアップになっている。そこに柴の手と秋田の手、そして--針。
 ちくりと冷たい感触。
 顔を背け、目を閉じた。
 ぷすり…
 鋭い痛みが脳天まで届き、
「…むうううううーーーーッッッ!…」
 眩暈がした。想像した通りの苦痛。涙が溢れ、胃液がこみ上げてくる。
 恐る恐るスクリーンを見る。乳首は横一文字に針を突き通されて無惨な有様だった。
 猿轡を解かれる--
「言え。下半身のどこが痛むんだ」
 それを言わせるために、こんな?--
「乳首が 2 つあるのを忘れるな。それに、乳首ひとつに針は何本でも刺せる」
 恐ろしいことを言われて脚がすくんだ。
「言え」
「…く…クリトリスが、です…うっ…」
 あまりの仕打ちに、嗚咽を堪えきれない。
「ほう。クリトリスが痛むとな」
 わざとらしく驚いてみせる秋田。俯く私の前髪を掴み、
「そいつは面白い。さっき様子が変だったのもそうか」
「…はい…」
 意味ありげな表情で私の目を見据える。
「クリトリスが痛むのは、充血してるからだよな」
 秋田の指が右の乳首の周囲を這っている。答えなければ次はこちらだと。
「…はい…」
「そして、充血するのは官能が高まるからだろう。さっきは上半身を責められて否応なしに高まったのだとして、今のはいったいどういうわけだ。まだ縛られただけで何もされてない。足首も縛られたからか?」
 言わなければまた針が来る。でも、言えない。言えっこないじゃない--
 わずかな沈黙に危険を感じたときは、遅かった。
「おい」
 秋田の合図に、またしても猿轡がきた。
「答えなければどうなるか承知の上で黙っているとは、殊勝だな」
 抵抗も虚しく、右の乳首が消毒され--すぐに針が来た。
「…んむうううーーッ!…」
「 1 回目ほど痛がらないな。もしかして、もう楽しんじゃってるのか?」
 ぎゃははは…と爆笑。非道い。辛すぎる。
 それでも、身を捩ることすら許されない。口だけは自由になった。
「…お願いです。もう…もう、許して…」
「俺たちが知りたいことを喋ればいいんだよ」
 涙が止まらない。だが泣いてばかりいては次の針が来る。
「…スクリーンで…」
 ほら見ろ。やっぱりな--そんな囁きが耳に入ってくる。
「スクリーンで、どうした」
 わかってるくせに--でも、ここで無駄な抵抗をしても針が来るだけだ。
 私に言わせたいのだ。この恥ずかしい事実を--
「…スクリーンで…自分の姿を、見たから…」
「ふふふ。自分の姿ってのは、これか?」
 頭をスクリーンのほうに向けられると--
 “人の字”に縛られた生贄が、画面に納まりきらぬほどの男の群れに取り囲まれ、危うい姿を見せつけていた。
 ズームアウトして見ると集団の大きさに圧倒される。 108 人という数だけではない。一人ひとりの体躯が私の倍ほどもあるのだ。そして--黒々と立ち並ぶ悪意の塊の中央で縛られている私は、全身がどぎつくライトアップされ、男たちとはひどく対照的に小さく、頼りない。
 すでに上半身は裸に剥かれ、小ぶりな乳房の 2 つの頂点は鋭い金属の筋に貫かれて、傷口から幾筋か赤い糸も垂れている。
 限りなく卑猥で、残酷な構図。そのヒロインが、私だ--
「…あ、あ…」
 思わず声を漏らすと、スクリーンは私の顔のアップに切り替わった。
 ショートの髪に赤いセルフレームの眼鏡、カチューシャ--という女子高生のようなパーツ。それと不釣り合いな口紅が、我ながら艶めかしい。そして--
 被虐の証である涙の跡が残る頬は、見るうちにほの赤く上気していく。
 赤面する自分を見せつけられてますます赤面する私。それをリアルタイムで映されるからたまらない。
 はっ…はっ…という荒い呼吸がスピーカからずっと流れている。
「…いやっ…」
 くっくっくっ…四方八方から嘲笑が浴びせられる。
「自分のいやらしい姿を見て昂奮するとは自意識過剰なんてもんじゃないな。大した変態だ。こうしてる間にもまたクリの痛みが増してるんだろ?」
 秋田の台詞に何も言い返せない。それどころか--
 乳首までじんじんと火照り出した。傷口というべきか、針のあるところ全部が震源地のよう。
「…あ、あっ……」
 毒虫に刺されたような痛痒さと熱さが乳首を包んでいく。
「どうした。クリが痛いのとは様子が違うようだが」
「…い、いえ…くっ…」
 平静を装うのが難しい。上半身を捩って堪えるのが精一杯だ。
「乳首が辛いんじゃないのか。そうだろ」
 指摘された。ということは、彼らの計略--
「…これは、何?…」
「針に媚薬が塗ってあるんだよ。 5 ~ 6 時間は効果が続くはずだ」
 媚薬--
「…手の込んだことを、するんですね…」
「そうとも。だが、これだけじゃないぞ」
 秋田が取り出したのは、菱形の青い錠剤が入ったパック。
「バイアグラだ。これをお前に飲ませた」
「…ば…」
 バイアグラ?--四条の別宅で盛られた、あの薬?--
 男性のペニスのためのものではないの?--
「本物は高価いんでジェネリックだが遜色はない。っていうか、効きは本物より多少荒っぽいようだがな。お前をここに連れ込んだとき、喉に押し込んどいた」
「…そっ…そんな…」
 大小の、いくつもの卑劣な企みに、私は捕らえられているらしい。
「…ひどい…女の子に、使うなんて…」
 あまりの仕打ちに、土佐や秋田を睨まずにいられない。
「わかるのか?」
「…何が、です」
「バイアグラの作用だよ」
「…知っていたら、どうだと…」
 はっ。
 私が-- 21 歳の処女の女子大生が知っているはずがない?--
「参ったな。さすがは文大。進んでるというか」
「処女なんだろ。よく勉強してるよな…っていうか」
「使ったことがあるみたいな口ぶりじゃないかよ」
 ひええーっ…と呆れる声の後、
 ひっひっひっ…と、これまでになく下卑た、侮蔑に満ちた嗤い。
「彼氏なしなんだろ。じゃ、オナニーでかよ」
「エロな方面への感心は熟女並みだぜ」
 ぎゃはははは!…と爆笑。
 取り繕いようがない。
「すいません。どういうことなんスか」
 若いひとりがおずおずと訊く。黙っていてほしいのに--
「バイアグラって勃たなくなったおっさんとかが飲むやつでしょ」
「そうだ。男性のペニスに相当するのが女性のクリトリスだろ。女が飲めば男と同様、性感帯を刺激されたりして官能が高まったとき充血しやすく長持ちする」
 秋田の講釈は続く。
「男の場合は 1 回 1 錠。個人差はあるが効き目は数時間てとこだ。クリのほうがデリケートだし体積も数十分の一だから、女は 1 錠じゃ多すぎる。細かく割って飲めば十分だが、それでも効き過ぎるとびんびんに充血して、痛くてたまらなくなるらしい。で、お姉様には大サービスでちゃんと 1 錠盛っておいた」
「…な…」
 それじゃ…男性の数十倍効くということ?--
 くっくっくっ…と押し殺した嗤いが広がっている。
「それじゃ、静まってくれ。続けるぞ」
 天井の滑車がぐん、と音を立てて縄が緩む。私の身体が沈むのを秋田と芝、ほか数名が抱え、いつの間にか運ばれてきていたベッドに仰向けに転がされた。ベッドは革張りの、固めのものだ。上半身を戒めている縄がベッドのフックに固定される。スカートを下ろされ、左右の足首の縄が左右に引かれ始めた。
「…いっ…いやっ…」
 抗う間もなく、両脚はぴんと伸ばしたまま120度ほどに開かれてしまった。
「どんな具合になってるのか、見せてもらうぞ」
 上半身にも左右の脚にも男たちが群がって、びくとも身動きできない。秋田の両手の指がストッキングの臍下あたりにかかり、
 ピリリリリリ。
 一気に引き裂かれる。
「…あっ…いやあッ!…」
「ジワジワ剥がしてもいいんだが、せっかくクリが勃起してるそうだからな」
 冷たい金属の感触。さっきブラを切られたときと同じだ。大型のラシャ鋏の先が内腿の付け根を這っていた。
「…やっ…やめ…」
「そんなわけにいくか」
 2 枚の刃がショーツの布を噛んだかと思うと、それらはおもむろに動いた。
 ジョキリ。
「…いやあ…」
 私の啜り泣く声に混じって、若い連中が固唾を呑む音が聞こえる。
「ほほう」
 秋田が、芝が、その他の連中が、覗き込んでいる。
「大変な有様だな、文大のお嬢ちゃん」
「…いやっ!…いや、あっ…見ないで…」
 顔を起こされて、スクリーンを見せられる。私の秘裂や恥丘が大映しにされていた。全体が汗と愛液に濡れそぼり、スポットライトを照り返して輝いている。
 そして--真っ赤な粘膜を愛液で光らせ、クリトリスの本体がぽっちりと勃起していた。消え入りたいほど恥ずかしい。
「小柄で華奢なくせにクリは立派なサイズじゃねえか。これが勃起しようとして暴れてたらさぞかし辛かったろう」
 秋田が太腿の間に陣取り、クリトリスを凝視している。それは外気に晒され、これから受ける仕打ちに戦慄いているようだ。
「あの録音ではクンニでイカされたいと言ってたな」
 それは、未来が--
「クンニをされたいか。もう、何かしてほしくて堪らないんだろ」
 欲求を見透かされたようだが、肯定するわけにはいかない。
「…いいえ」
「楽しませてやってもいいんだぞ」
「…あれは、私が言ったのではありません」
「そうか、そうだったな。オイタをする三橋海帆だった」
 もともとそんな気はなかったような口調。実際、その通りだった--
「真面目な三橋海帆はクンニを望んでいない。拷問がお望みのようだ」
「…え…」
 カチャカチャと、さっきの忌まわしい音がする。顔を起こすと、秋田はまた手指を消毒している。
 そして、またしてもマチ針。
「…まっ…」
 まさか--
「…まさか、何だ」
 問答している余裕はない。許しを請わなくては。
「…お願いですっ…それだけは、堪忍…してくださいっ…」
「まだ何をするとも言ってないぞ」
 くっくっくっ…と、冷酷で陰湿な嗤い。今日聞かされた中でたぶん最悪だ。
 文大のお嬢ちゃん、好きだねえ。焦り過ぎだぜ--そんなヤジも飛ぶ。
 戦慄くむ私に、秋田は問うた。
「バイアグラの作用をなぜ知っていた」
 それを訊くの?--
 未来の身体に入っていたとき試されたからだが、信じてもらえるはずはない。
 ネットで見た、くらいでは説得力がない。それだけでは、今起こっていることがバイアグラのせいだと確信を持つには至らない。
 どうしても未来の顔が目に浮かぶ。盛られたのは四条と紫乃からだが、未来に教えてもらったと思えば話しやすいのではないか。
「…友達に、教わったんです」
「素直だな。教わっただけか」
「…分けてもらって、試しました。もちろん、 1 錠全部なんかじゃありません」
「なかなか賢明だな。だがそれはさておき…その友達は女だな?」
 えっ--
「今週の月曜日、本郷のカフェでお前が女友達と一緒だったという情報がある。その子もまたとんでもない美少女で」
「…なっ…」
 スクリーンに私と未来の画像。そして未来のアップ。盗撮されていたのだ。
 どよめきが起こる。誰が見ても美貌の女子大生だ。
「…どうして…」
「間違いないようだな。お前はこの子とデキてるのじゃないのか?」
「…そんな関係では、ないです」
「そんな関係でもないのに女がバイアグラを使う件など教えるか?」
 秋田がマチ針を消毒する。そして私の秘部にも--
「…やめてえッ!…それだけは、いやッ!…死んじゃうっ…」
 こんな事態でもクリトリスは依然、屹立したままだ。
「本当のことを白状すればいい」
「…本当なんです。彼女からもらって…でも、そんな関係じゃなくて」
「この子の名前と大学名を言ったら許してやるぞ」
 そんなっ--
「お前の携帯を調べたがメールも通話記録も残っていない。関係がばれたときのことを心配して全部消去してるだろ」
 そうなのだ。なんとなく未来とのやりとりは逐一消すようにしていた。
「…言ったら、彼女をどうする気です」
「決まってるだろ。今日お前がダウンしたら続きをこの子でな」
 ひひひ…と下卑た嗤い。
「この子も相当の好き者に違いないし、処女でなければお前より使える」
「…やめてッ!…」
 未来が捕まって男だとばれたら無事では済まないだろう。それこそ殺されるかも知れない。
「どうした。怖いんだろ。言えよ」
 針が近づく。このままでは私が死ぬかも。
 元はと言えば未来が巻いた種。でも--
 生贄になるのは私だけがいい--
「…言いません。どうぞ、好きにして…」
 一瞬、驚いたように秋田が目を剥いた。針は容赦なく近づく。
 怖い。心臓の鼓動は限界まで高まり--
 ちくり、と冷酷な金属が触れた瞬間、
「…むうっ…」
 プシャアアアアア…
 失禁した。そのあとしばらく、記憶がない--

11 処女生贄

 気絶していた。
 目覚めても、さっきまで寝かされていたのと同じ革張りのベッドの上。男たちが何重にも取り囲んで、私を見下ろしていた。
「…っ…」
 彼らの異様さに息を呑む。誰も彼もが覆面をしているのだ。モンスターを擬したものもあれば、見る者を嘲るようなふざけた表情のものもある。いずれにせよ対峙すれば不愉快な顔ばかり--こんなものを被って視覚的にも侮辱しながら、私を犯そうということだろう。しかも人物が特定されず、映像からでは誰が私を犯したのかわからないということだ。
 卑怯者たち--
 ほぼ全員が上半身裸で、身に纏った筋肉を誇らしげに見せつけている。
 私は全裸で人の字縛りの状態。両脚の角度は 90 度くらい。さっきまでの汗や尿は綺麗に拭き取られ、湯で洗われたように身体はさっぱりしている。
 スクリーンで確かめると、髪は綺麗に直されていてカチューシャ型のマイクはそのまま。誰がしたのか、唇には改めて口紅が引かれている。
 乳首の針は抜かれていたが、媚薬の作用はまだ残っている。
 そこで思い出す。クリトリスに危機が迫っていたのを--
 痛みはない。顔を起こすと柴と目が合った。“主役”級は素顔のままらしい。
「お目覚めか。ずいぶん盛大に漏らしたな」
「…あれから…どうなったんですか…」
「クリのことか。見てみな」
 促されるまま再びスクリーンに目を向けると、またしても秘部がアップにされている。カメラがさらにズームインしてクリトリスの辺りが拡大されると--傷付けられた形跡はない。代わりに銀色のリングが根元に填められ、本体が露出したままの姿で固定されていた。
「そのリングはうちの会社の特製だ。気に入ってくれるといいがな」
 血流を半ば堰き止められている上にバイアグラの作用も続いている。こうして見ているうちにも充血が増していくよう。鈍い痛み。そして、空気の流れを表面の粘膜に受けるだけで痺れそうな性感に苛まれる。
「…許されたんですか、針…」
 芝に問うと、
「気絶しちまったからな。ショックで死なれたりしてもつまらんしな」
 覆面の連中もスクリーンを喰い入るように見、また私の太腿の間を--実物を覗き込もうとする。恥ずかしさに身を捩り脚を閉じようとすると、あちこちから手が伸びて押さえつけられた。
「しっかり見せてくれよ。どうせカメラでアップにされてんだろ」
「クリがボッキしてるとこなんか、なかなか見れないからな」
「てか、クリをちゃんと見たの初めてだよ。けっこう体積あるのな」
「リングで剥いてるから」
「三橋海帆は小柄なくせにクリは立派だって秋田さん言ってたけどな」
 口々に言うのは“協力会社”の若い者たちだ。彼らの顔など憶えてはいない。ただ、無闇に大柄で、粗暴で、たちの悪そうな連中だということだけ。覆面の口の周囲は本人のものが剥き出しになっていて、唇のピアスなども見て取れる。
(…あっ…いや…)
 脚に纏わり付くいくつもの手が、蠢き出した--押さえつけるだけでは飽き足らなくなったのか。それとも女の肌の感触に欲望を掻き立てられたのか。
 動きが次第に広がっていく。
(…反応してはだめ…連中を調子づかせてしまう…)
 だが--太腿や膝、脹ら脛はもちろん、足指にまでも指が絡みついてくると、さすがに堪えきれない。
「…く、うう…」
 とうとう声を漏らしてしまった。ふと目を開き、脚のほうへ向けると、
「…うっ…」
 十数人が両脚に群がり、私の顔を注視していた。指の動きはそのまま--
「どうしたんスか、お姉様」
 観察されていた--
「なんか歯、喰い縛っちゃって、辛そうにしてたけど」
「足の指ぴくぴく震えちゃってよ」
「俺らがこんな風にして触ってるの、感じるんスか」
 左右の内腿に触れている何本かの手が、一斉に指を立てて引っ掻いた。
「…くう、うッ!…」
 下半身はびくとも動かない。上半身を捩り仰け反るのが精一杯。
「脚、ビンカンなんスねえ」
「見られたくて露出してるって言ってなかったっけ」
「ビンカンなのに?」
「ビンカンな脚を触ってほしいから見せびらかしてんだろ」
「三橋海帆は好き者だからな」
 ぎゃははは!…
 私を言葉で責める間も彼らの手は休まない。どころか、だんだん技巧的に、かつ陰湿になっていくよう。特に膝や太腿に指を立てて蟹歩きのように這わせる動きが、ひどくこたえる--
「…うっ、うっ…いやっ!…」
 いつの間にか全身汗だくになっていた。
「海帆ちゃーん…いま左右に 10 人ずつでご奉仕してるからねえ」
「見てみな」
 仰け反っていた頭を起こされ、見せつけられる。両脚にびっしりと覆面の男、そして無数の指。それらが一斉に肉にめり込む。
「…あっ、ああッ!…」
 再び仰け反る--
「お姉様は脚がビンカンなんスよね?」
 今更のように問われる。
「…だったら、どうだと言うの…」
「もっと責められやすいポーズにしてやるよ」
 何ですって--
 足首の縄が左右に引かれた。
「…やっ…」
 角度が 150 度あたりを超えると鈍痛が始まる。だが、止めてはくれない。
「身長 153 にしちゃ長い脚だなあ」
「…あっ…そんなに、開かないで…うっ」
 そうして 180 度にまで開かされてしまった。
 足首をまた固定される。鈍痛が股関節を苛み、脂汗が出始めた。
「…お願いっ…このままじゃ、辛いの…」
「大丈夫っスよ。そんなの気にならなくしてやるから」
 男たちの頭が近づいてくる。そして、
「俺らの指だけじゃ物足りなかったでしょ」
 という台詞のあと、一斉に齧りついてきた。
「…あっ…ひいいッ!…」
 左右に 10 人ずつが--肌に唇を押しつけ、舌を這わせ、唾液を塗りたくってくる。そして、時に歯を立て、それを横に滑らせる--
「…ぐううッ!…いやッ!…」
 あまりの辛さに上半身が何度もバウンドする。  もちろん、彼らの手も遊んではいない。指先を肉にめり込ませ、揉んでくる。
「脚だけじゃ淋しいだろうから、オッパイとかもねえ」
 目を開くと別の数名と目が合う。乳房に、脇腹に、うなじに、群がってきた。
「…ううううーーーッッッ!…」
 涙が散った。上半身も押さえつけられているので、仰け反ることも叶わなくなってしまった--

 そうして、いったいどのくらい貪られていただろう。
「お楽しみだったなあ、お嬢ちゃん」
 柴が私の頭を抱えあげ、口にグラスを押しつけた。気味の悪い緑色の液体。
「ぐいっといけ。高い薬だからな、こぼすなよ。吐くのも許さん」
 鼻を摘ままれ、抵抗する間もなく喉に流し込まれた。ひどい味。これを吐くなと言われるのも拷問のようだ。大きな手で口と鼻を押さえられ、すべて嚥下するまで許されない。
 解放されると激しく咳き込んだ。吐きそうになったけれど、こらえた。吐けばきっとまた飲まされるに違いなかったから。
「…何なの…」
「今のも媚薬だよ。全身の皮膚感覚が数倍に高まる優れモノだ」
 皮膚感覚って--
 汗と男たちの唾液にまみれた私の身体を、何人かが蒸しタオルで拭いている。
「芝さん、お姉様はもともとビンカンなんですけど」
 ひとりが芝に問うた。
「いいんだよ。普通の女は敏感に、敏感な女はより敏感に」
「そりゃ都合がいいや」
 ぎゃはははは!…
「さっきのは予定外だったからな。あれで時間を喰ってお嬢ちゃんの感度が鈍ってたらつまらんだろ」
 柴の台詞に男たちは頷いている。
「…予定外って、どういうこと…」
「適当に終わらせるつもりだったんだが、若い連中も夢中になっちまったからな。流れに任せたら 45 分もかかっちまった」
 45 分--もっと、ずっと長かったような--
「感じまくってたよな、お姉様」
 へっへっへっ…
 仕事を終えた男たちが、また私を見下ろしている。
「けっこう気を遣ったんだぜ。お姉様がイカないように」
「これでイッたら段取りが狂うからなって、秋田さんにキツク言われましてね」
「オッパイだけでイクっていうからヒヤヒヤだったぜ。乳首に媚薬打ってるし」
 確かに、一度もいってはいないけれど--
 それは彼らが加減したからではなかった。理由は二つ。
 ひとつは、何より秘部だけは放っておかれたこと。
 もうひとつは、乳房への刺激以上に太腿への責めがきつかったことだ。
 もともと自覚はあったのだが今日改めて思い知った。太腿の性感というのは独特で、敏感だといってもひたすら辛いだけ。太腿への愛撫で昇り詰めるひともいるのかも知れないが、私の場合、絶頂には結びつかない。むしろ絶頂に昇り詰める妨げになるのだ。スカートで脚を露出するのに最近まで抵抗があったのも、いたずらに太腿への刺激を受けたくないからだった。
「一度もイッてないよね、お姉様」
 一度もいっていなくて、辛い。いまはこうして放置されてクールダウンさせられているけれど、身体の奥がずっとむらむらしている。
 解放されたい。男たちの手でいかされたい。でも--
 それを知られるのは、いや--
「どうなんだよ。それとも、こっそりイッたとか?」
「お姉様はイクとき潮吹くんじゃなかったっけ?」
「それ見てないな。じゃ、やっぱりイッてない?」
 好き放題を言われているのも不愉快だ。
「…いってないわ。もう、いいでしょう…」
 それだけ言って、顔を背ける。
「なんかご機嫌ナナメだね」
「身体中さんざん舐めまくられて疲れちゃったかな?」
「ああ」
 無闇に大きな声を出すやつ。何?--
「イッてないから機嫌悪いのか」
 え--
 一同、ははあ…などと合点が行ったような様子だ。
「大事なところは手つかずだったけど、ビンカンな脚とか胸とか、責めたいだけ責めさせてあげたのに、どうして一度もイカせてくれないのかって」
 顔を背けている私の正面に来て言う。
「図星だろ」
「…違うわ」
「媚薬飲まされたよね。今もイキたくてたまらないんじゃないの」
 顔を向ける向きを変えても回り込んでくる。
「…違うったら…いきたくなんか…」
「えええ?」
 またしても、わざとらしい大声。
「イキたくないの?イキたくて出したくて気が狂いそうなんじゃないの」
 そんなことを言われると、本当におかしくなってきそうだ。
「イカされたいんだろ。言ってみてよ。お願い、イカせてっ…てさ」
 ぎゃはははは!…
 さすがに我慢できなくなって、
「…いかされたくなんかない。あなたたちになんか」
 そう言い切った。
「そこまでだ」
 秋田の声。
「予定のやつを始めるぞ」
 今まで角度を緩められていた両脚。その縄がまた引かれる。 180 度に--
「イキたくないのも結構。イキたくないやつを無理にイカせたりはしない。イケば体力を消耗するだろうしな。後でキツイやつが控えてるから、賢明だと思うぞ」
 秘部に刺激。思わず顔を起こすと、刷毛でシャボンを塗られていた。
 続けて柴が剃刀を手にして近づく。
「…やっ…」
 スクリーンには両脚を引き裂かれた全身と秘部のアップが組み合わせて映し出されている。陰毛にシャボンの微細な泡が纏わり付き、そこに小さいが鋭利な刃が這い始めた。上半身と両脚は 7 ~ 8 人に押さえつけられている。
「…いやっ…怖いッ…」
「じっとしてろよ」
 ジッ…ジッ…と、陰毛が剃りとられる音がする。
「…う、くっ…」
 急所の官能を揺さぶる刺激に、スクリーンに注目する余裕を失った。全身に力を入れて背中をベッドから浮かせないと堪えられない。
「…あっ…ああッ…」
「怖いと言いながら感じてやがるのか。貪欲なお嬢ちゃんだ」
 ひっひっひっ…
 下卑た嗤いがまた私を包む。
「下手に動くとクリが切り取られるぞ」
 恐ろしいことを告げられ、身を強ばらせる。だが柴の、外見からは想像し難い器用な剃刀さばきは弥が上にも性感を煽ってくる。額に汗が浮いてきた。
 スクリーンを見れば、恥丘のあたりはすでに無毛にされている。それが恥ずかしくて視線を逸らしたとき、陰唇の周囲を剃刀が撫でた。
「…あ、うッ!…」
 甘美な感覚がそこを包み、にわかに淫欲が沸騰した。だが--
 数本の手が左右の太腿を同時に引っ掻き、
「…いいいッッ…」
 辛い感覚が絶頂の波を遠ざける。
「今、イキそうになったか?」
 はあはあと息を荒げる私を、にやつきながら柴が見据える。
「…いいえ…」
「そうか。イキたくないんだもんな。良かったよ」
 何か、また彼らの企みに囚われているよう--
「太腿を責められるとイケなくなるんだろ」
「…え」
 秋田に不意を突かれて、不用意にそんな声を出してしまった。
「当たりだな」
「…だっ…だとしたら、どうだと…」
「お前がイキそうになってもブレーキをかけてやる」
 ひっひっひっ。こりゃいい。そんな声が聞こえる。
「イキたくないんだろ。だったらお前には好都合じゃないか」
「そろそろ媚薬も効いて、余計にイキやすくなってくるだろうしな」
 秋田と柴にそんなことを企まれては、どうしようもない。
 左右の太腿には大勢の覆面男が何十本もの指を立て、私がいきそうになるのを待ち構えている。
「イキそうになったら全力でフトモモを引っ掻いてやるから」
 安心してイキそうになってくれ、などと言う--
 秘部に剃刀を充てられているというのに、太腿に纏わり付く手はじっとしてはいない。
「…お願いっ…手を…せめて、動かさないでっ…」
「動かさなけりゃ、いいのか」
「じゃ、こうしてぴたっ…と触っててあげようねえ」
 意識すまいと念じても、無数の手に、指に太腿を触られているだけでおかしくなりそう--
 芝の剃刀のタッチがより細密になった気がする。性感のツボを執拗に拾い上げては鋭い刺激を刻んでいく--
「…うッ…く、うッ…んッ!…」
 堪えても声が漏れる。また淫欲が沸騰する。
「…うっ…む、うっ…」
 自然に腰がベッドから浮き、全身が硬直する。すると--
 またしても太腿を引っ掻かれる--
「…うううーーっっ…」
 無論、絶頂には至らないのだ。
「苦しそうだなあ、お嬢ちゃん。イキたかったか?」
 行き場をなくした淫欲に灼かれて、悶え苦しむ私--
 結局、剃毛が終わるまでにそんなことが 5 回も繰り返された。媚薬が効いたのか全身の感覚がいっそう鋭敏になったよう。どこを触れられても辛くて、脂汗が出る。もう限界だった。
 私が絶頂を求めているのは誰の目にも明らかなはず。たとえば今、クリトリスを少しでも刺激されれば呆気なく昇り詰めるだろう。だが、そんなことをしてくる気配はない。
 スクリーンには無毛となった秘裂がピンク色の粘膜を露出している。それは私自身が分泌した液体でてらてらと卑猥な光沢を見せていた。
「では、 180 度開脚で味わわせてやろう」
 柴の頭が太腿の間にあった。その両手は私の腰をしっかと捕らえている。
 クンニリングス--
 柴の顔が近づいてくる。パーツ一つひとつが重厚でくどい顔。眉が濃く、鼻が大きく、唇が厚い。口吻を交わすなら一番敬遠したいタイプだが、よりによって、そんな男に--
「処女ってことは人生初クンニだよな?」
 厚い唇を唾液で濡らしながら訊いてくる。
「答えないと、こいつを噛むぞ」
 驚いて視線を合わせると、クリトリスの向こうで丈夫そうな歯が光っていた。
「…やっ…そうですっ…」
「あの録音じゃクンニでイキたいと言ってたが、俺にイカされたいか」
 いま柴の吐息を浴びせられているだけで達してしまいそうなのだ。
 一刻も早く、いきたい。でもーー
 いかされたくないと、言ったばかりだ。
「…」
「強情を張ると身体に毒だぞ」
 両脚には再び 10 人ずつが張り付き、太腿へ指を置いている。
 ぺちゃっ…
 不意に、敏感な粘膜に、濡れた厚い肉が触れた。同時に、
「…くうううーーッ!…」
 激しい感覚が脳天まで貫いてきた--
 ぺちゃっ…ぺちゃっ…
 柴の唇が、そして舌が、秘裂の粘膜の襞ひとつひとつをなぞり、愛液を掬い上げ、快楽を刻み込んでくる。甘美を通り越して、ほとんど拷問のような激しい性感が秘部全体を灼いてくる。すぐに限界が来た。
「…だっ…だめ…えっ…」
 そう叫んだ瞬間、
 柴は離れた。同時に太腿を引っ掻かれる--
「…ううううーーーーっっっ!…」
「もう何度目かだな。辛いか」
 柴の逞しい両手にまた力が籠もり、太腿の間に顔が沈む。
「…あう、ううッ!…」
 ぺちゃっ…ぺちゃっ…
 ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ…
 柴の舌先は細かく蠢きながらアヌスから会陰、秘裂を経て--
 剥き出しのクリトリスを弾いた--
 ひときわ強烈な性感が脳まで突き抜けた。
「…ひいいいっ…あっ…」
 仰け反った、その瞬間、
 またしても柴は離れ、代わりに太腿が責められる。
 そんな責めが数回繰り返されたあと、柴の唇がクリトリスをすっぽりと咥えたのだった。
「…ひイイーーーッ…」
 そして、アヌスに指が侵入してきた。
「…はううっ…そこは、だめっ…」
「そう言うわりには締め付けてくるじゃねえか。処女のくせに」
 柴は無言だ。アヌスの指を抽送しながら、
 くちゅくちゅくちゅくちゅ…
 クリトリスを吸い、舌を這わせ、ついに歯でしごき始めたのだ。
「…だめっ!…もう、もうだめっ!…」
「イキたいか」
 不意に耳許で囁いたのは秋田だった。
「イキたければお願いしてみろ」
 もう、無理だった--
「…いかせて…このまま、いかせてください…お願いっ…」
 柴の唇・舌・歯と指の動きが一層活発に、絶妙になり--
 巨大な淫欲のマグマが上昇してきた。
「イクときは大きな声でイクって言うんだぞ。でないとまた寸止めだから」
「…いッ!…」
 両脚の 20 人の男が凄い力で押さえつけてきた。秋田が耳朶を噛んでくる。
 それに抗い、私は精一杯身体を浮かせて、
 溜まりに溜まった欲望を放出した。
「…いくッ!…」
 目の前に火花が散った。
 びゅうううううッ!
 愛液が激しくほとびり、柴の顔面を直撃する。
「…いくうッ!…」
 びゅうううッ!
 びゅうッ!
 脳内が真っ白になる。何度も何度も愛液を噴き上げる。
 男たちが身体から離れると、私の身体は勢いよくバウンドした。
 びゅッ!
 最後の一滴まで搾り取られたよう--
「…ううっ…うむっ…」
 重すぎる快楽に全身を包まれ、呼吸も十分にできない。
「盛大なイキ潮だったなあ、お嬢ちゃん。満足したか?」
 柴の顔がすぐ近くにあった。満足気なのは彼のほうだった。
 縛られている上、何十人もの屈強な男たちが相手では無理もなかった。
 とはいえ--彼らの思うがままに蹂躙され、悲鳴と愛液を搾り取られた。今もなお快楽の余韻が全身を包んでいるけれど、恥ずかしく、哀しい。
 だから、顔を背けて泣いていた。
「満足したかと訊いてるんだが」
「…満足、だなんて…」
 快楽を得たといえばその通りだ。でも、そんな恥じらいも何もかなぐり捨てたような表現はできない。だが--
「まだ物足りないということか?」
 なんですって--
 どうして、そうなるの--
 驚いて柴のほうを向き直すと、柴や秋田、覆面の男たちが私を見下ろし、歯を剥いて嗤っていた。
「図星のようだな。もう少しキツイの、いってみるか」
 激しく昇り詰めたばかりの私を、また責め苛むつもりだ。
「…ちっ、違います…もう、たくさん…」
「遠慮するな。あんな見事なイキっぷりを見せつけるから、クンニをしたい奴が大勢いる」
 太腿の間には既に覆面の男が陣取っている。その後ろには長い行列。
「…いっ、いや…たった今、いったばかり…」
 思わず懇願すると、
「満足はしてないがちょっと休ませてくれって?」
 ぎゃはははは!…と爆笑。
「都合のいいこと言ってるぜ」
「大丈夫だよお姉様。女は無限って言うじゃんか」
「そうそう。何回でもイケるってな」
「お姉様はいつも激しいオナニーしてんだろ。バイアグラとか飲んで」
 また爆笑。
「俺たちの顔にも潮、ぶっかけてくれよ」
「クリもまだびんびんにおっ勃ってるしなあ」
 だめだわ--この連中に、入れ替わり立ち替わりクンニをされて--
「あいつらのクンニだけじゃイケないかも知れないから」
 秋田と柴がそれぞれ手に緑色のボトルを手にしていた。栓を外すと、中の液体が乳房に垂らされる。
「…うっ…なっ、何?…」
「マッサージ用のオイルだよ。またしても媚薬入りのな」
 マッサージ?--
 液体は乳房から脇腹、腰、太腿…と全身に浴びせられていく。
「…あっ…あうっ…くっ…」
 ひやりと冷たい感触は最初だけ。淫靡としか言いようのない粘性をもつそれは肌に纏わり付き、媚薬成分を染み込ませていくようだ。
「…い、いやっ!…うっ…」
 恐れた通り、無数の手が伸びて--全身のオイルマッサージが始まってしまった。
「…あああーーッッッ!…」
 消耗しきっていた身体は、男たちの手管に再び翻弄されなくてはならない。
「それじゃ、いきますよ。お姉様」
 全身を襲ってくる感覚にのたうちながら頭を起こすと、大きな頭が太腿の間に沈むところだった。

 それから 1 時間--
 柴から数えて 23 人目の男が、海帆の秘部を至近距離で見ていた。両手の親指で陰唇をくつろげてみる。 22 人の男が味わった後だが、気にはしない。丹念に剃毛された秘部は主に海帆自身が分泌した愛液で光り、バイアグラを盛られた上に根元をリングで締め上げられたクリトリスが今もなお赤い粘膜を光らせて屹立していた。
「ああ…こんなに濡れて…こんな真っ赤に勃起しちゃって…」
 無意識に舌舐めずりする。何年も前から海帆のここをずっと舐めたいと思っていた。舐めたかったのは脚や胸、それこそ全身だったが、それはここまでの責めに参加したおかげで果たせた。異常な人数で一度にかかっていたから、時に海帆が鋭い悲鳴を上げてのたうつのが誰の仕業なのか、もしかしたら今の自分の歯の動きが功を奏したのか、全く判然としなかったのだが。
 それは今もそうだ。オイルにまみれた海帆の身体には常時十数人が飽きもせず群がっている。
 クンニの人数と海帆の絶頂の回数は一致しない。もともと敏感で絶頂しやすい海帆であるから、多少拙い技巧でも十分に悶え苦しみ、やがて精を放った。技巧が優れていれば何度も続けざまに達した。ただし、それも初め 10 回くらいまでのことで、技巧が同等なら感じにくくなってはいくし、絶頂するまでの時間は長く、放出する液体の量は減っていく。海帆が味わう苦しみや快楽の重さはむしろ重くなっていくのだが--
 海帆が消耗していくのとは対照的に男たちの欲望は熱を帯びていき、たったひとりでそれを受け入れる海帆には過酷きわまりない責めだった。
 現在までに 40 回近くいっているはずだった。
 クンニはあんたで最後にするから、時間はかかってもイカせてやりな。西城は土佐にそう言われて、今ここに臨んでいる。直前の男はイカせるのにずいぶん時間がかかった。自分はうまくやれるだろうか。
「いきますよ」
 消耗しきっている海帆は、クンニ担当が交替するくらいではもう、怯えるように顔を上げはしない。
 まずは自分の欲望を満たすことだ。唇をすぼめてクリトリスに息を吹きかけてみる--
「…う、くっ…」
 真っ赤な神経の固まりがわななき、同時に全身が跳ねた。
 粘性の強い液体がどくり、と秘裂から溢れる。それを指ですくい、アヌスに塗り込んでみる。そのまま捏ね回す。
「…いっ…やあっ…そこは、いやっ…」
 いやなものか。これまで何人かがアヌス責めを試みて、そのたびに反応は上々だったではないか。
 処女のくせに、アナルも犯されたいだと?上等だよ。
 両手の小指を揃えてアヌスに突き立て、親指で陰唇をくつろげる。舌を立てて会陰からなぞり上げた。
「…ひイッ…」
 残っている力を振り絞って背中を湾曲させる。感じるんだな。
 陰唇全体を唇で覆い、上下に動かしながら舌を秘裂に差し込むと、愛液がまた滲み出た。
 こいつ。あんなにイッた後のくせに、まだ--なんて貪欲なんだろ。
 海帆の表情を見たくて目を上げると、頭の後ろに陣取っていた秋田と目が合った。手を出していいか、と目で言っている。どうぞ、と応じると、両手で海帆の耳からうなじにかけてやわやわと愛撫し始めた。海帆は喘ぎながらかぶりを振っている。別の 2 人が左右から乳房にむしゃぶりついて、その様子は見えなくなった。
「…あっ、くうっ…」
 切なげな悲鳴が聞こえてくる。いい感じだ。
「…もう、だめ…もう…いけない、からっ…」
 そうだろう。だが、最後に 1 回、俺が盛大にイカせてやるよ。
「さっきから何度もそう言いながら、そのたびに記録更新してるだろうがよ」
 この声は柴だ。巧みな言葉責めに海帆は何度追い詰められただろう。
「さっきので 38 回目だった。あと 2 回、連続でイッてみろ。キリのいいところで終わりにしてやる。もちろん、次はお前のお待ちかねのやつだ」
「…うう…もう、無理…」
「俺たちの生贄になったら、無理という文字はない」
 クリトリスを咥える。音を立てて吸ってみると--
「…ああッ!…許してっ…うッ!…」
 縛りあげられた身体を精一杯、持ち上げ--
 どくっ…
 僅かな量の愛液を搾りだして、海帆は絶頂に達した。
「…うむっ…」
 海帆の身体がベッドに沈み、ぐったりと力を失う。左右の目尻から涙が一筋、こぼれる。
「ほーら、イッだじゃねえか。あと 1 回な」
 休ませるか。
 クリはずっと咥えたままだ。今度は歯で挟んでしごく。そして舌先で弾いた。
「…きゃあ、あうッッ!…」
 びゅッ!…
 先よりも激しく液体をしぶかせ、海帆は何度目かの失神をした。

 身体を拭かれているうちに目覚めた。何度気を失って覚醒しても、私自身のまま。
 縄が解かれていた。オイルや私が放出した液体で洪水のようになっていたベッドも綺麗に清められ、その上に寝かされていた。
「水、要るか」
 やっとのことで起き上がり、差し出されたペットボトルを受け取る。手に力が入らず、キャップを開けてもらった。ボトルを傾けると凄い勢いで飲んでいった。
「よほど喉が渇いてたと見える。大量に噴いたからなあ」
 ひひひ…と、柴やそばにいる男たちが嗤う。
「この後は俺たちを満足させるんだぞ。わかってるだろうが」
 こんなに消耗していても、終わりではない。
 いま深夜 0 時くらいだろうか。朝になったら--生きていれば、解放されるのだろうか。それとも、たとえば三日三晩、一睡も許されずに犯され続けたりするのだろうか。なにしろ、 108 人もいるのだ。
「縛るぞ」
 束の間の自由だった。手首が後ろに取られて縄がかかる。
「…ずっと私、縛られてるんですね…」
「嫌か」
 柴に問われて、かぶりを振った。
「…諦めがつくから…」
 今度は上半身だけだった。少しずつ男たちが集まってくる。
 ベッドに最初に上ってきたのは秋田。下半身も裸だったことを含めて予想通りだった、が--
 目の前にペニスを突き出された。彼の体格に相応しく長大な一物。
「咥えろ」
 言われるや否や、鼻を摘ままれ、ねじ込まれた。
「…げ…」
 エラの張った亀頭部。それだけでも口いっぱいなのに、喉まで押し込まれた。
「しゃぶって滑らかにするんだよ」
「…う…」
 洗ってはあるようだが異臭はどうにもならない。呼吸が苦しくて、言われるまま口を動かした。
 しばらく続けていると--
 どうしたわけか、私のほうも潤ってくるのだった。
 これを、受け入れるために、身体が反応している?--
 こんな大きなものが、本当に入るとは思えない。でも、入れられるのだ。
「よし」
 秋田がようやく口から離れると、仰向けに転がされた。
「初体験は正常位でしてやろうな」
 上半身と左右の脚が周囲の男たちに押さえつけられる。秋田の指がくる。
「…うっ…」
 その指が、膣口と膣壁に何か塗っている。
「…何…」
「ここまでバイアグラだ媚薬だと薬を使ってきた。それなのにここから何も使わないのは、いかにも間抜けだよな」
「…ま、また…」
 犯される上に、この後に及んでまた、怪しげな薬?--
「心配するな。媚薬の一種だが止血にも痛み止めにもなる」
 秋田が言うと、
「そのうち、してほしくてたまらなくなるだろう」
 柴が続けた。ぐひひひ…と嗤う。
 秋田の両手が私の腰を捉えた。膣口の粘膜に、巨大な肉の塊を感じる。
「避妊はしてある。安心して、力を抜いてろ」
 一瞬、僅かな隙間を拡げられる感覚の後--
 ずいっ…と、それは貫いてきた。同時に、想像した通りの激痛。
「…あああーーーーッ!…」
 引き裂かれる、凄まじい痛み。
 貫かれただけでこれなら--
 動かされたら、どうなるの--
 怖い--
 はっ…はっ…と、辛うじて呼吸を続ける。
「…あ…」
 秋田が覆い被さってくる。肩を抱かれ、頭を抱えられる。
 動き始めた。凄まじい存在感の肉塊が、私の中で抽送される。
「…ああああッッッ!…痛いッ…いッ…」
 泣きじゃくる私を、秋田が抱きしめてくる。
 ピストン運動は容赦ないのに、逞しい腕は意外なほど優しい。
「辛いのは最初だけだ。大丈夫、可愛いぞ、海帆」
「…ああッ…お願い、もっと…ゆっくり…」
「だめだ」
 むしろ、動きは激しく--
 あまりの痛みに気を失いかけたころ、
 膣壁の敏感なスポットに奇妙なむず痒さを覚えた。
 信じがたいことに、それは次第に快楽の小さな芽となり--
 膣壁全体、そして下半身全体に広がる快楽の波へと変わった。
 なおも続く秋田のピストン。
 私は犯されている。縛られて、大勢の男に押さえつけられ、
 さらに大勢の男に注目されて--
 処女だったのに、快楽を--
「…私っ…私、おかしく…」
「いいんだ。お前は処女喪失でイケる、極上の素質の持ち主だから」
「…そんなっ…私はっ…あああッ!…」
 いってしまう--処女だったのに--
「遠慮するな。欲望に身を任せて、昇り詰めるがいい」
 唇を塞がれた。秋田の舌が侵入し、舌を絡め取られる。
 いい--気持ち、いい--
「…むっ…む…」
「イクんだな。自分の口でそう言え」
 秋田の口が離れ、ピストンが速まった。
「…いくっ…いっちゃう…」
 我慢できなかった。
「イクがいい」
 腰を羽交い締めにされ、
 ひときわ深いピストンに、膣壁が激しく擦り上げられ--
「…きゃうッ!…いくッ…」
 脳内が真っ白に--
 プシャアアアッ!…
 また、潮を吹いた。全身が強ばっていく。
「…いく…ううっ…」
 快楽に浸る間もなく--
 秋田が私を抱え上げて立ち上がる。私の顔は秋田の胸に当たっている。
「軽いから楽勝だな」
「…何を…」
 見上げると、私の背後へ目配せをしている。振り向くと土佐が立っていた。
「前の処女を喪失したばかりだが、こっちもいくぞ」
 私の下半身は秋田のペニスに串刺しにされて動けない。その秋田の両手がお尻を左右に割ってくる。土佐の指が来て、何かを塗り込めてくる--
「…待ってッ!…そっちは、まだ無理っ…」
「無理の多いお嬢ちゃんだ。サンドイッチが希望なんだろうが」
 秋田の両手は私の膝を抱える。土佐の右手に腰を捕らえられる。
 先端が触れた。秋田のときに感じたのと同じくらいの、肉塊--
「…うっ…」
 怖い。秋田の胸に頭を押しつけると、また抱かれた。
 ずうっ…と、直腸を抉られた。
「…うううう---ッ!…」
 アヌスから腸の奥まで太い棒を打ち込まれたよう。
 ほどなく、ふたりが動きを同期して抽送を始めた。
「…きゃううッ…」
 薄い肉壁を 2 本の剛直に挟まれ、前後から擦り上げられると、
 それまでになかった感覚が脳天まで突き上げてきた。
「スクリーンを見てみな」
 大柄な二つの逞しい肉体の間に、小柄で華奢な女の子が捕らえられていた。
 後ろ手に縛られ、男たちの厚い胸板に押しつぶされそうになって--
 女の子の太腿はその倍以上もの太さの 4 本の脚に絡め取られたうえ、前の男の両手にがっしりと掴まれて逃れられない。太腿の間の、最も弱く、デリケートな部分には、前後から巨大な楔が打ち込まれている。
 汗と涙に濡れる女の子の頭部はショートヘアに眼鏡、カチューシャをつけて、むやみに幼く見える。その乳房は背後の男の両手で鷲掴みにされている。
 あれが、私--
 犯されている。さっきまで処女だったのに、あんな無惨な姿で--
 周囲には順番を待つ、ほぼ全裸の男たちがびっしりと取り巻いて--
 欲望の対象にされている。みんな、私への欲望をぶつけてくる。
 108 人もの欲望を、ひとりで受け入れなくてはならない私--
 そんなことを一度に考えるうち、また絶頂の波がきた。
「…いくっ…」
 前後のふたりに抱きすくめられながら、びくびくと震える全身。
「むう」
 どぴゅ、ぴゅ。
 秋田の欲望が私の中で爆ぜる感覚。射精されたのだ--
 秋田が離れると、土佐の両手が私の膝を抱えた。
「男はイッたら休みだが、生贄のお嬢ちゃんは休みなしだからなあ」
 すぐに次が来るのだ。柴だった。
「…あぐ、うッ!…痛いっ…」
 秋田より小柄なのに、ペニスはそうではない。
「しばらく痛いだろうが、それも今のうちだけだ。よく味わっておくんだな」
 柴が私の太腿を抱えると、土佐が抽送を速める。射精するつもりだ。
 こんな風にして、 108 人が私を犯していくのだ--
 そうだ。確か明日は金曜日。朝になれば、未来と入れ替わるのでは?--

 金曜日。
 いつも通りなら、未来は海帆の身体で目覚めるはずだった。そして、この週末は「マジックミラー」での撮影がある--はずだった。
 様子がおかしい。未来自身の部屋でもない。
「どこ」
 いつもの癖で身体を触って確かめる。
 女の身体だった。海帆ではない、別の女だ。
 海帆よりは一回り大きい。といっても、身長 157 ~ 8 cm くらい。鏡を覗くと肩までのセミロングの髪。海帆とはまた違うタイプの愛らしい顔だちだった。
「どうなって…」
 ふと思い立って探ってみると、処女だった。
 ハンドバッグを見つけて開ける。学生証があった。横浜にあるミッション系の、かつてはお嬢様学校としての誉れ高かった女子大。 19 歳。こんどは年下だ。
 そういうこと、なのか--
 状況を呑み込めた未来は、ふっ…と苦笑する。
 海帆に何があったのか知れないが、欲望を満たせたのに違いない。
 それで自分はお役御免となり、次の“需要”先に“派遣”されている。
 すると、この子も、他人に言えない願望を?--
 そこまで推理したところで、携帯が鳴った。
「はい」
「…あのっ…あなたは、宮下未来さん…ですか」
「そうです。大丈夫だから、どうか落ち着いて。君はあの映画を見た?」

(C) 2017 針生ひかる@昇華堂

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