飛んで火にいる−真由美の受難−

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1 不愉快な夜

 P 駅で新幹線を降りた時には疲労困憊していた。東京での学会のため暗いうちから起き出して出かけ、やっ戻ってきたところ。日帰り圏内だからといって無理をしたのを少し後悔していた。
 明日、金曜は講義もゼミもある。時間が早ければいったん大学に出、資料など全部置いてから帰宅するところだが、今日はさすがにそんな気になれない。マンションの最寄り駅まで地下鉄に乗る気力もないので、タクシーを拾った。
 大学に出る気になれないのは身体の疲労のせいばかりではない。もっぱら、新幹線で隣り合わせた男性との会話にさんざん付き合わされた結果だった。話しかけられるのが面倒だと思い、学会の資料など広げていたのがかえってまずかった。
「研究のお仕事ですか」
 見たところ 40 代半ば。サラリーマンには見えない。頭髪は半分禿げ上がっているが、体躯は逞しく、髭面で、精力も旺盛な感じ。押し出しが強そう。率直な印象として苦手なタイプだった。
「はい。ええ、まあ」
 私はどちらかといえば気難し屋に見られるようなのだが、年上の男性からはよく声を掛けられる。自分で言うのは気が引けるのだが、それは私の容姿がそうさせるらしいのだった。
 つまり、こんな美人と知り合う機会は滅多にない。なんとか会話を持って知り合いになろう、と−−
「私、こういうものです。 P 市でちょっとしたクラブをやってまして」
 九鬼一徹というその男の名刺には、九鬼商事という社名だけがあり、業務内容は不明。名刺を渡された行きがかり上、私も名刺を出すことになった。
「おお、 P 大の先生。文学部ね…同じ P 市だ。お近づきになれて幸いです」
 お近づきになるかどうか、まだ決まったわけではないけれど…というのが顔に出たらしい。
「心配なさらないでください。怪しい者じゃありませんので」
 ビールを勧められたが、断った。
「私も P 大の卒なんですよ。工学部の機械科ですがね。水澤さんは、文学部で何を」
 九鬼が P 大の卒業生とわかって少し気楽になり、話相手になることにした。
「専門は日本近現代史で…関連して社会思想史とか、ジェンダー論とかも」
 理工系の人だからそちらにはきっと疎いだろうと思い、あっさり答えた。ただ、ジェンダー論に食いつかれると厄介だな、と言ってから思ったのだが−−
 果たして九鬼はジェンダー論に関心があった。どころか、 P 大の学部生くらいではたぶん太刀打ち出来ないレベル。それで東京駅から P 駅まで延々と会話する羽目になった。幸いにして、というべきか車内は空いていて、我々が普通の声で会話していても他の乗客の迷惑になる気配はなかった。
 車内は空いていたのに、九鬼はわざわざ私の隣に座ったことになる−−
 あと少しで P 駅に着くという頃になって、
「でね、水澤さん。最初、貴女からジェンダーという言葉を聞いての第一印象なんですが」
 何となく嫌な予感がした。
「何でしょう」
「セクハラまがいの発言になりますが、お許しくださいね」
 この人は、言いにくいことをずけずけ言う人だ…と、 2 時間弱の会話で私にはわかっていた。
「貴女のようなひとがジェンダーを論じる、というのは自己矛盾というかなんというか、非常に逆説的じゃないですかね」
 発言の意図がわかるような、わかりかねるような、曖昧な表情をしていると、
「うまく言えませんが、男女の役割分担とか、男らしさとか女らしさとかを言うことが適切とか不適切とか、それにまつわる差別だとか、そういう微妙なことがらを論じるにあたって、貴女はあまりにも女性らしすぎるでしょう」
「おっしゃる意味が…」
「ジェンダー論から外れてたら勘弁してくださいよ。ええと…女性がこの辺りのことを言うとき、しばしば女であるがゆえの被害者的というか、被抑圧者的な位置に立つことが多いはずだが」
「そういう場合もあるかも知れませんが」
「そういう場合があるとしてね」
 九鬼が微笑んだ。言いたかったことをうまく言えそうだ、というような表情。
「貴女がそれを言う場合、そのこと自体が矛盾ではないですかね。貴女は女であるがゆえに、これまで有形無形の恩恵に預かって来ているでしょ。その貴女が、女性であるがゆえに被害者だとか、被抑圧者だとか、言えますか」
「やっぱりよくわかりませんわ。どうぞストレートに仰ってみて」
「貴女は女性の中でもほんの一握りの、女性としてのメリットに非常に恵まれた存在だよね。顔立ちは愛らしく整い、背は高からず低からず。貴女がにっこり微笑めば大抵の男はイチコロだ」
 非難されているのでも、褒められているのでもない。おそらく虐められているのだ。
「ビールに酔ってると思ってお許しくださいね。貴女、自分の美貌を十分自覚してるんでしょ」
「そんな…」
「いいや。だって、美貌をひけらかすと言っては言いすぎだが、それを十二分に生かすような装いじゃないですか。セミロングの髪にふんわりウェーブがかかり、イヤリングには青い石が光り、春らしいクリーム色のスーツのスカートはそこはかとなくミニで、綺麗な脚線を強調している」
 九鬼の視線がときどき私の脚を舐めているようなのが気になっていた。やはりそうだったのだ。
「ブラウスは淡いピンクで、目立たぬようにフリルがあしらわれ、リボンまで付いている。お洒落だ」
「学会で、人前に出るからです」
「水澤さんは、お歳は 30 前後と思われるが」
 早く P 駅に着かないだろうかと思う。
「 5 月で 30 になりますわ」
「その若さで国立大の准教授ということは、もちろん実力をお持ちだからでしょうが、さぞ学会の男性諸氏に人気があるんでしょうな」
 学会で多少ちやほやされることがあるのは確かだ。
 でも、まるで私が容姿を武器に今の職を得たとでも?−−
「今のは聞き捨てなりませんね」
 何か反論したいと思いながら言葉が出てこないうち、新幹線は P 駅に着く。
「残念だなあ。これからだったのに。それじゃまた、お目にかかれますように」
 そう言って九鬼は先に列車を降りていく。私も降りなくてはならない。
 彼に続くと、
 カシャ。
 フラッシュが光り、写真を撮られた。
「失礼…貴女のような美人を見ると、写真に収めねば気が済まないほうで」
 そう言ってもう 1 枚撮られた。

 タクシーの運転手さんも九鬼と同年配の中年男性で、私はそこでも会話に付き合わされた。今度は私の身分とか仕事のことは話すまいと決めていたが、もしかして女優さん?と切り出されたのには閉口した。いいえ、ごく普通のお勤めです、と返すと、 P 市で独り暮らしか、あんたみたいな美人は目立つから気をつけなよ、と余計な世話を焼かれた。変なやつもいるから…と、タクシーを降りる間際まで言われた。
 ほとほと疲れ果てた。マンションの入り口までが遠く感じられる。
 P 大に職を得て 2 年が経つ。東京で生まれ育ち、中高一貫の有名私立から当然のように T 大に入り、文学部に進んだ。歴史好きが高じて大学院にまで進み、博士課程に在籍中、 P 大の公募に通った。 T 大から P 大に就職するのは珍しいことではないものの、 27 歳で−−そして女で−−国立大の准教授となったのは、学会でも注目を集める出来事だったようだ。
 P 大に着任した当初は私の“美貌”が何かと注目を集めてしまい、居心地が悪かった。以来、同僚から、学生たちから、いつも意味ありげな視線を送られる毎日。同僚には尊敬できる人もいるが、多くはそれほどでもない。
 学生たちはこの地方の秀才ではあるが、私の望むレベルの学問をしてもらうにはいささか物足りない。講義の学生にはそんなに厳しくしているつもりはないが、ゼミ生にはどうしても要求水準が高くなり、結果として学生たちを苦しめているようだ。
 その憂さ晴らしなのか、私を性欲の対象として騒ぐ男子学生もしばしばいる。トイレに卑猥な落書きをされているそうだし、授業中には携帯のカメラで私の写真を撮る者もいるらしい。それは T 大時代にもあったことで、想定の範囲内だ。でも、気持ちのいいことではなかった。
 同僚に話の合う人はいず、 P 市に住む友人も親類もいない。
 恋人のできる気配もない。
 無性に、孤独を感じる−−
 春先のことで、北国では夜はまだ寒い。薄手のコートを羽織るだけでは頼りなく、疲労が増す気がする。
 九鬼に「脚線を強調している」と評されたミニスカートと、その裾から露わになる脚−−夜風に吹かれてすうすうと落ち着かないが、それだけは平気だった。むしろ、脚を夜風に責め立てられるのは望むところ。
 九鬼に意識させられたこともあって、今夜は脚の感覚が増している。
 こんな気分のまま、眠れそうもない。身体は疲れているのに−−
 いらいらしていた。同時に−−性欲が高まっていた。
 この身体を、誰かに蹂躙してもらいたい。
 めちゃめちゃに犯されてみたい。
 生理が近いせいなのか、学会で幾度となく好色な視線を感じたからか。
 学生の“オナペット”にされていることを思い出したからか。
 いや−−
 不安定になっているいちばんの原因は、九鬼にあんなことを言われたことだ。身近な男性は、九鬼と同じことを考えたとしても私に正面から言うことはなかった。だというのに、ほんの初対面の通りすがりの中年に−−
 私の心の中のデリケートな部分を言葉で犯されてしまった−−
 そして、写真まで撮られた。
 悔しかった。
 部屋に戻ると、すぐに PC を立ち上げた。
 こんな時くらい、癒しを求めよう。
 前から気になっている店のサイトがあったのだ。「お気に入り」からそれを探し、クリックする。

   M 女性専科 Twilight
   誰にも言えない願望を、安全に実現

 黒地の画面にピンクのバラの写真。どきん、と胸を打つものがある。
 年齢認証のボタンをクリックすると−−

   お好みの衣装に身を包み、お望みのシチュエーションで、
   想像のヒロインを演じてみませんか?
   そして、その後は−−

 こんな文言が現れる。
 もしかしたら、私の癒しはここにあるかも知れない。そう感じて、時々覗いてみていたのだ。

   誰にも言えない願望を抱えながら、
   自分を抑え、堪え忍んでいる貴女へ−−
   その願望は、恥ずかしいものではありません。
   当店にご相談ください。
   ちょっと手のこんだ、
   ちょっとエッチなエステサロンだと思っていただければ−−

   まずはお電話を。応対は女性店長がいたします。
   スタッフはすべて女性です。

 最初で最後のセックスが 22 歳の時。それ以来、身体が疼く日はオナニーで鎮めてきた。でも、今夜はオナニーではとうてい治まらない。
 がんばっている自分にご褒美をあげてもいいよね?と自問自答する。
 無論、答は YES だった。
 私は疲れている。私は忙しい。私にはリフレッシュが必要−−
 そして、私は大人で、恋人がいない−−
 欲望をお金ですっきり解消できるなら、そういうものを利用すればいいはず。
 何者かわからない男に身を任せることを考えれば、よほど安全だ。
 店は P 市の歓楽街にある。いま午後 7 時を回ったところ。営業は深夜 0 時までだから、混雑さえしていなければ十分間に合う。
 私は電話を取り、トワイライトの番号を押した。

2 美貌の准教授

「よお国分くんよ。ちょっと訊きたいことあるんだけど」
「あっ社長、お帰りなさい。お疲れ…じゃないみたいすね」
 九鬼の経営する SM クラブの事務室である。店舗は隣接しあうビルに 2 つあり、男性専科が「璃美堂」(リビドー)、女性専科が「トワイライト」。表向きは別々ながら 2 店舗は表裏一体となっている。ビルが違うため、客たちの多くはこのことを知らずに利用する。もっとも風俗情報の掲示板では知る人ぞ知る 2 店舗なのだが、新規の客がそこまで調べて来ることはない。
 客のほとんどは「璃美堂」の男性客であり、女性スタッフはもっぱら女王様や M 嬢としてその相手をする。が、たまに「トワイライト」に女性客があると、必要に応じてそちらにも出向くのである。
 国分は P 大文学部の大学院生だ。学部 4 年のときに就職が決まらず、やむなく進学したのだったが、ラグビー部の合宿で OB の九鬼と知り合い、もともとこちらの性癖があったことも手伝って、九鬼の店で掃除やスタッフ送迎のアルバイトをしている。このまま九鬼商事に就職するのもいいかな、と漠然と考えるこのごろである。
「前に、すごい美人の先生がいるって言ってただろう」
「ええ。僕のいるゼミの」
「この人じゃないか?」
 そう言って、真由美から受けとった名刺を見せる。

   P 大学大学院准教授 日本近現代史 水澤真由美

「えっ?…そうですけど、どうして?」
 九鬼がいきさつを説明する。続けて携帯の画面に写真を出しながら、
「ほーら、写真まであるんだぜ。 29 歳だっていうけど、可愛い先生だったなー」
「でしょう…そうですか、 2 時間も並んでね…羨ましいな」
「けっこう難しい議論もしちゃったよ。少し頭痛がする」
「水澤先生と議論をするなんて、凄いですね… P 大文学部の教官では一番の若手なのに、『切れる』ことではダントツなんですよ。 T 大の研究者なんかとの共著書も既にあるし」
「ほう…もしかしてさ、それだけ優秀だってことは、出身は P 大じゃないのか」
「そうです。 T 大ですよ」
「そうなのか。やっぱりなぁ」
「うちの大学の、理系はわかりませんけど、文系には T 大の教官が多いですね。 P 大を出たって P 大の教官にはなれませんからね」
「そうかぁー…凄いな。大したタマだ。超のつく秀才で、とびきりそそる女で」
「確かに美人ですけどね…でも、そんな才媛だと聞いたら、萎えませんか」
「全然。むしろ燃えてくるね。俺はほら、ろくでなしだからか、頭のいい女が好きなんだよ。 T 大結構、学者結構。医者とか弁護士とかもいいな。そういう、普段エロとは関係なさそうな女を快楽地獄に落として、死ぬほど潮を吹かせてやりたいね」
「頼もしいです」
「ふふ…で、お前はどうなのよ」
「僕ですか?…僕はそういう才媛はちょっと手を出す気がしないかな」
「違うよ。一般論じゃなくて、水澤先生だ」
「ああ…」
 含み笑いをする。表情が歪む。
「犯ってみたいすね」
「ほーら。思った通りだ」
「だって社長。毎日のように彼女と接して、さんざん挑発されてるんですよ」
「挑発されてんのか」
「この写真もそうですけど、だいたいいつもこんな出で立ちですね。化粧は薄いし、洋服も普通のスーツにブラウスなんだけど、それが逆に彼女の素材のよさを際だたせて、なんだか無性にエロなんすよ。おまけにスカートはそこはかとなくミニで、美味そうな脚を見せびらかしちゃって」
「語るねぇ。情念がこもってるよ。さすが璃美堂のスタッフだ」
「水澤先生はジェンダー論なんかもやってるからか、数少ない若手女性研究者だからか、大学のセクハラ審議会の委員なんですけどね、彼女の存在自体がセクハラみたいなもんだ、って僕らは言ってるんです」
「僕ら?」
「おもにうちのゼミの連中です。男が多いんですよ。みんな彼女にイカれて入ってくるんです」
「お前もだろ」
「ええ。院生のほかに学部の 3 年・ 4 年で 10 人ですけど、うち男が 8 人」
「ほう…つまり、やりたい盛りの男を大勢弟子に抱え、己れの美貌を見せつけて楽しんでる構図だな。弟子どもの性欲を刺激しつつ、教官の地位に安住して危険からは免れていると」
「まあ、自分ではそのつもりはないでしょうけどね」
「いいや、わからんぞ。周囲から可愛い、綺麗だとウンザリするほど言われて育ってきてるはずだ。自分の美貌に自覚がないはずはない。その上でこういうフェミニンな装いで自分の魅力を存分に演出している。男の学生に囲まれて、そいつらが自分に焦がれて悶々としている様子を見ては、日々快感を得てるんじゃないか」
「うーん…そうだ、快感と言えばですね」
「何?」
「講義の学生にはそうでもないんだけど、ゼミの学生には彼女、きついですね。指導が…論文輪読なんかで読み込みが浅いと、びしばし責められる。責めながら酔ってるように見えることがあります。 S の気があるんじゃないかな」
「それはお前らが不甲斐ないからだろ」
「文学部って P 大の文系ではいちばん偏差値が高いんですけどね…僕らに対する要求の水準が、僕らの能力を完全に超えちゃってるんですよ。そんなには無理だってくらい課題が出るんです。毎日、図書館の閉館時刻まで籠もらないと追いつかないような」
「なるほど」
「講義のほうもきついといえばきついかな。水澤先生見たさに彼女の講義を取る男が大勢いるんですけど、レポートが多いし、試験もハイレベルで、『優』はまず無理。『良』を取れたら優秀、単位を落とすやつも大勢います」
「それじゃ、彼女の存在自体がセクハラでもあるし、アカハラでもあるわけだな」
「そうなりますかね」
「じゃあ、ゼミで攻撃されたり、単位を落としたりで、彼女に対する憧憬と憎悪が入り乱れてどす黒い劣情になっちゃってるやつがかなりいそうだな」
「いますね。だって、社長も写真撮りましたけど、僕も持ってますもん」
 国分はそう言って、携帯に収めた写真を見せる。
 講義中に盗み撮りしたものか、顔のアップ、胸、腰、そして脚。スーツ姿の全身像も何種類もある。
「こういうのが文学部の中で流通してますよ」
「くくく…そうかぁ。思った通りだよ」
「工学部の友達に、携帯のカメラのシャッター音がしないように細工する方法を教わったんですよ。それで僕がまた周りの連中の携帯を細工してやってましてね…水澤先生、音さえしなければ講義中に携帯いじってても何も言わないんですよ。黙認というより、写真を撮ってるのを知りながら見て見ぬふりのような」
「それはあり得るかな。学生どもが自分の写真でマスをかくのは重々承知で、むしろ自分がネタにされている状況を楽しんでるんじゃないか。さっき S の気があるって言ったが、多分に M なんだろうな」
 国分が時計を気にしている。
「すいませんが、今日は上がらせてもらっていいですか。明日は問題のゼミで、輪読が当たってるんですよ。帰って論文読まなきゃ」
「その前に先生の写真でナニするんだろ」
「はは…じゃないと落ち着きませんからね」
 そう言って帰り支度をする国分に、
「国分くんよ、ちょっと待てや」
「えっ?」
「見てみろ。信じられん」
 九鬼の眼はモニター画面に釘付けになっている。女性専科「トワイライト」に来客があると、店長の晶(あきら)がカメラを立ち上げて画像を送ってくるのだ。
「げ」
 そこには見間違うはずのない、水澤真由美の姿が映っていた−−

3 灯りに誘われて

 午後 8 時からという約束で「トワイライト」を訪ねる。
 時間があれば一度シャワーを浴び、着替えてから出向くところだが、それほどの余裕はなかった。出張から戻ったそのままの恰好で、再びタクシーに載って P 市の歓楽街へ出た。
 学究生活の身では、盛り場というものにはほとんど縁はない。女性であればなおさらである。東京にいたころ新宿歌舞伎町を通りがかったことはあったが、足を踏み入れたことはなかった。
 そんな“初心者”の私が、女性専用風俗店を利用するなんて−−
 もしかしたら、私の精神生活上、画期的な夜になるかも知れなかった。
 歌舞伎町ほどではないが、 P 市の歓楽街もそれなりの規模だ。 P 大に就職したころ歓迎会があって以来、ここには年度末に歓送会で来る程度。今日は、木曜の夜にしては賑わっているようだ。
 国道でタクシーを降り、目指すエリアへ歩を進める。
 擦れ違う男性が私を認めると注視してくる−−
 店の性格上「トワイライト」は表には看板を出していないが、目標のマンションは意外に簡単に見つかった。その 2 階である。
 いかにも風俗店、というような装飾も何もなく、マンションのフロアが静まりかえっているのが、かえって心細い。
 でも、危険はないのだ。
 店長以下、スタッフは女性だという。だから安全だとも言えないだろうが、お金で欲望を満たそうとしているのに、怖がっていては始まらない。
 扉に Twilight と書かれているその部屋の前に立ち、ドアノブを回す−−
「…こんばんは…」
 ごく普通の、マンションの一室だ。
「はーい」
 奥で声がして、店長と思しき女性が現れる。長身の美人。 170 cm 近いだろう。小柄な私とは対照的だ。赤い皮革のドレスは SM の女王様そのもの。
「 8 時にお願いしています、水谷ですが…」
「お待ちしてました。どうぞそのまま中へ」
 水谷と名乗ったのは、もちろん本名を知られるわけにはいかないから。
 性的に蹂躙されるなら、本当は−−水澤真由美として蹂躙されたいのだが、それは断念した。
 今夜私が演じるはずの想像のヒロインは水谷真理子という。いつかこの店を訪ねるときに使おうと考えていた名前だ。姓名の頭の漢字だけ合わせてある。
 通されたのは、住居であればリビングにあたる所。私のほかに客はいない。
 固めのソファに腰掛け、店長と向き合う。
「はじめまして。店長の晶(あきら)です」
「はじめまして…」
 名刺を渡された。見たところ、晶は 30 代半ば。
「水谷さん、すごく可愛いので、驚いちゃったわ」
「…ありがとうございます」
 思えば 10 代のころから、可愛い、綺麗だ、と言われ続けてきた。それは多くの人が認めることらしいので、いつからか謙遜したり恐縮したりするのはやめ、礼を言ってその件はおしまいにする習慣だ。
 でも、今は素直に有り難かった−−
「スーツもブラウスも髪型も、よく似合ってるわ。自分を綺麗に見せるのが上手なのね…というか、貴女は素材がいいから、何を着ても似合うわね」
「…恐れ入ります」
「それに、すごく綺麗な脚」
 その件も、おもに同性からたびたび指摘されてきたことだった。綺麗だと言われるその脚は、私も気に入っている。そして、敏感な性感帯でもある−−
「お仕事の帰りかしら?」
「…ええ…」
「いつもそんな可愛いスーツを?」
「…今日は、ちょっと特別なことがあって…」
 プライベートなことは訊かれないはずだ。その辺りは適当に答えておけばいいのだが、自分が研究者であるとか、大学に職を得ているといったことを匂わせたくない。なるべく、ごく普通の女性だと思ってもらわなくては−−
「職場が新しくなって、そこの歓迎会があった、ってところかしら」
「そんなところ…ですね」
「貴女がそんなに可愛くしてたら、男性たちが帰したがらないでしょ」
「いえ…私、飲めませんし…それに」
「それに?」
「今夜は、こちらにお邪魔したかったので」
「ま、偉いわ」
 私が気を遣う必要はないのだろうが、私の受けたいサービスの内容が内容なだけに、晶と友好的になっておくのはいいことだと思う。それが成功しつつあるようで、ほっとする。
「それじゃ、当店のサービスについて説明するわね」
 豪華なファイルが出てきた。ここのサービスについて、ホームページでは概要とコース名・料金くらいしかわからなかった。いよいよ詳細を知ることができる。

   ■ S ■ソフト■ 60 分 15000 円
   女王様のリードで少しずつ経験。身体の負担はごく軽め。
   SM プレイ初心者・体験希望の方におすすめ。
   内容 吊し・緊縛・開脚固定・ムチ・ロウ・ローション・バイブなど

   ■ M ■ミディアム■ 90 分 20000 円  3P : 35000 円
   女王様とアシスタントが貴女を快楽に導きます。
   内容 「ソフト」のメニュー+アナルバイブなど

   ■ H ■ハード■ 120 分 25000 円  3P : 45000 円
   本格的な SM 。経験者向け。何度も潮を吹きながら絶頂。
   内容 「ミディアム」のメニュー+浣腸+木馬+快楽責め

   ■ EH ■超ハード■ 240 分 40000 円  3P : 60000 円
   体力の限界ぎりぎりまでの性の拷問。
   体調と相談の上、ご選択ください。

   ■ UH ■ウルトラハード■応相談
   いつ終わるとも知れない陵辱。
   EH までのプレイで満たされない願望を受け止めて差し上げます。

 快楽・絶頂・拷問・陵辱といった刺激的な字句が目に飛び込んでくる。
 手枷や足枷、鎖や滑車、鞭、縄、バイブレータといった責め具の写真。
 縛られて悶え苦しむ女性のイラスト。
 そのひとつひとつが脳髄を打ち、見ているだけで胸が高鳴り始める−−
「最初は S か M を選ぶ人が多いけど、いきなり H っていう人もいるわ」
「ほんとですか…」
「ここを訪ねてくる段階でもう、けっこう思い詰めているのね。お客様が望むなら、こちらは要望にお応えするのだけど」
 私は−−どうしたい?−−
「あと、いきなり H コースの人は、潮を吹くっていうのに興味があるケース」
「潮を…」
 それについては、なんとなく知ってはいる。
「いくのと同時か、いく前か、人によるのだけれど、男性の射精と違って、潮を吹くこと自体は必ずしも快楽ではないのね。でも、潮を吹いたという事実が快楽を深めるところがあるみたい」
「…オシッコとは、違うんですか?…」
「最初はオシッコを漏らしてしまう人も多いんだけど、次からはオシッコではないわね。匂わないし、無色透明でサラサラの液体。出口は尿道口かヴァギナか、どうも定かではないんだけど、ものは愛液だろうと思うのね」
「…それは…誰でも?…」
「私なら、まず誰にでも吹かせられるわね。コツを掴めば自分でもできるようになるわよ」
 晶が PC を操作すると、モニター上にアダルトビデオが映し出された。早送りして、その場面。
「この子は潮吹きで売れている女優だから、回数も量もすごいんだけど…」
 アダルトビデオというものをちゃんと見るのは初めてだ。
 女優が椅子に開脚した状態で縛られている。男優が右手の中指と薬指を挿入し、腹側を激しく掻き立てている。クチュクチュと液体が溢れ出る音がして、女優の悲鳴とともに液体がほとびり出た。女優はそこで絶頂しているようだが、男優の手は止まらない。何度も何度も液体が噴き上がる−−
「もちろん、この前にいろいろ責めて官能を高めるんだけど」
 オナニーでは知り得なかった快楽が、そこにはあるような気がする−−
「私も右手のこの 2 本だけは、爪を短くしているの。ほらね」
 見れば、中指と薬指は深爪と言えるほどの短さで、アートも施されていない。
 晶の手を見ているうちに、なぜだか射すくめられたようになる。
 膝に置いた手が震えている。
「興味があるようね」
 そう言われて、固まった。
 私は−−
「正直におなりなさい。何も恥ずかしがることはないのよ。サービスを受けるのだと割り切ればいいの」
「…私…」
「やってみる?」
 こくん、と頷いた。
「それじゃ、まずコースは H で、ね。お相手は私がするけど」
 俯く顔を、覗き込まれた。
「私のほかに、もうひとり付けましょうか?」
 それは、 3P という−−
「二人がかりだと、きっと被虐感も高まるし、こってりしたサービスもできるわ」
 二人がかりという言葉を聞いて、鼓動が速まった。
 潮吹きにしても、 3P にしても、ここへ来るまでは思いもしないことだった。
 だが、今や私の一存で、それが実現する−−
 めちゃめちゃに虐められたい。そのためにここへ来た。ならば−−
「…お願いします…」
「良かったわ。きっと忘れられない夜にしてあげる」
 全身がわなわなと震え、自制がきかなくなった。なぜだか涙が出てきた。
 いつの間にか横に来ていた晶に、抱きしめられた。
「いいのよ…ずっと我慢していたんでしょう。私が慰めてあげるから」
 誰にも言えない願望を、安全に実現−−そんな文言が蘇ってきた。
 晶の豊満な胸に顔を埋める。髪を撫でられながら、ひとしきり泣いた。
 どうしてしまったのだろう−−
「…すみません…取り乱してしまって…」
 晶は横に座ったまま、私の肩を抱いている。
 傍らでは、先のビデオがまだ続いている。
「彼氏はいるの?」
「…え、ええ…」
 ここで本当のことを言うと不審がられる。私の場合、大学の教官という肩書きを外すと、恋人がいないのはひどく不自然らしい。信じられない…という反応をされるだけならいいが、何か訳があるのだろうと勘ぐられるのは厄介だった。
「いるんですけど…あまりうまくいってなくて…」
「セックスも?」
「…全然、してません…」
 この点は本当だ。
「信じられない…あんまり綺麗だから、引かれちゃうのかしら」
「…そんな…」
「ううん、あるかもよ。男性がね、相手に対して自分では役不足だって感じると、手が出せなくなる。あるいは、肝腎なときに勃たない」
「私、そんな大したものじゃありませんけど…正直なところ、辛いです」
「辛いわよね…失礼だけど、おいくつ?」
 年齢は−−偽る必要はないはずだった。
「 29 で… 5 月には 30 になります」
「…見えないわ」
 晶が首を傾げた。
「 26 、 7 とか… 25 でも、通るわね」
「それは、つまり…パックして保存してるような状態なので…」
「女盛りを迎えているのにセックスの環境は整わず、か。身体に悪いわね」
 言われてみると、そんな気がする−−
「それじゃ…」
 晶が席を移り、正面から私を見据える。 PC の画面が私に向けられ、キーボードが差し出された。
「貴女の顧客データを入れたいのだけど、お願いできる?」
「はい…これは、ネットには…」
「つながってないわ。顧客情報だもの。安心してね」
 入力フォーマットを見ると、年齢のほか、身体のサイズもある。
「…サイズも?…」
「それに合わせて衣装や下着や、靴を用意するから」
 そうか−−

   姓名 水谷真理子  年齢 29
   身長 157 バスト 82 (C) ウェスト 57 ヒップ 83 靴 22.5

 こうして数字を入れると、これだけで早くも裸にされているような気もしてくる。
 その次に、「シチュエーション 1 」という欄があった。
「プレイするにあたってよくストーリーを決めるの。それに沿って、お互いお芝居をしながら進めるのよ。どう?」
「…楽しそうです」
「ね。シチュエーションは毎回違っていいのだけど、記録しておくと便利よ」
「でも、咄嗟に思いつかない…」
「私は、貴女を見ていたら浮かんだわ。あるコミックでヒントを得たんだけど」
 晶が説明を始める−−それを聴いて、すんなりと物語に入って行けた。
「それじゃ、それを自分で文字にしてみない?」
「わかりました」

 私は P 市内でエステサロンを営んでいる。開店当初は順調で顧客も確実に増え、新型の機械も入れたのだが、景気の後退に伴って顧客は減少傾向だ。店の賃料も機械のローンも、支払いが苦しくなってきている。
 そこへ思いがけず助け船を出してくれたのが得意客の晶。不動産業を営み、 P 市中心街にビルをいくつも持つやり手だ。そのビルの一角を、私と晶の共同経営という形にして、格安で使わせてくれるという。駅前で立地もよく、顧客増が見込める。ローンを返済した上、店の規模も拡大できそうだ。
 願ってもない申し出だったが−−晶は、それと引き替えに、私の身体を要求してきた。以前から狙われていたのだ−−

 自分で書いてみると、官能が疼く。キーを打つ手が震えた。
「いいじゃない。文章、得意なのね」
「…書くこと自体は、仕事で…」
「妄想を文字にするのもいいでしょう。続けてみて」

 私は戸惑っていた。独身で、恋人もいない。だからといって、年上の女に身体を提供するなど、考えたこともなかった。ただ、私の身体は女盛りを迎え、性欲は解放されるときを待っている。晶はそれを見抜いているようだ。
 申し出を受けるかどうかはさておき、近づきになろうと誘われ、赴いたバー。そこで勧められるままにカクテルを口にすると、急に睡魔に襲われ、意識を失った。薬を盛られたのだ。
 目覚めると、私は−−晶の経営するホテルの一室に連れ込まれていた−−

「 できたわね。じゃ、目覚めたところからプレイ開始ということにしましょうか」
 続けて案内されたのはマンションの同じ階の別室。ここに、物語のヒロインに変身するための衣装など一式が揃えてあった。
 まずシャワーを浴びてから、新品の下着を着ける。ブラジャーとパンティは白。パンティストッキングは黒がいい。
 鏡に向かい、化粧を直す私−−
 我ながら、綺麗だと思う。ずっと果たせずにいた願望が実現間近となり、期待に目が潤んでいるようだ。
 ブラウスも各種衣装も、靴も、クリーニングが行き届いていた。サイズも豊富。もっとも、私の体格であればサイズで苦労することはなさそう。
 今夜のシチュエーションなら、衣装は自由だ。好きなものを選ぶように言われていた。この際、普段なかなか着る機会のないものを着てみたいと思った。
 私は圧倒的にスーツが多い。夏はブラウスにスカート。
 そうだ−−
 大学で見かける女子学生がショートパンツを履いているのを、羨ましく思っていた。私は履く機会がないので 1 着も持っていないが、今夜はそれを試せる。 30 を目前にして若作りが過ぎるかとも思うが、晶は25でも通ると言ってくれたのだし、綺麗な脚だと褒めてもくれた。その脚を露出して、見てもらおう。
 そして−−
 この脚が敏感なのを晶は見抜いて、たっぷりと責めてくれるような気がする。
 期待に手がまた震える。薄水色のブラウスを着たあと、淡いグレーのショートパンツを手に取り、履いてみた。黒のパンプスを履き、姿見に映す−−
(いいじゃない…)
 黒のストッキングで強調された脚の線は、太腿からすっかり剥き出しになって、なんともエロティックだ。いつものスカートとは比較にならないほど−−
 晶に早く見せたい−−
 はやる気持ちを抑えて、電話を入れる。
「…水谷です。支度、できました…」
「可愛く変身した?」
「たぶん…」
「そう。それじゃ、荷物はその部屋のロッカーに入れて、エレベータで地下 2 階へ来てちょうだいな。そこで待ってるから」
 晶はもうプレイの準備をしているらしい。
 地下−−このマンションの地下が、その場所なのだ−−

4 予想外の事態

 エレベータが地下 2 階に着く。扉が開く。
 おもむろに足を踏み出すと、ヒールがコツンと乾いた音を立てた。
 地上階と同じように部屋がいくつも並んでいるのだろうと想像していた私は、その想像とのギャップに思わず息を呑んだ。フロアのおそらく全部がひとつの拷問部屋のようになっていたのだ。 2 、 30 畳はありそうだった。
 照明は壁に付けられた蝋燭型のランプだけで、薄暗い。だが、物々しい石の壁と、そこに掛かった縄や鞭、天井から下がる滑車などがすぐに見て取れた。
(ここで、プレイするんだわ…)
 壁のひとつは全体が鏡になっている。そして、天井の一部も。
 そこには、私が−−年上の女におもちゃにされるためにのこのこやってきた生け贄、水谷真理子が−−映っている。
 薄水色のブラウスからは肩や二の腕の輪郭が透けて見え、グレーのショートパンツから露わになった脚は黒のストッキングに包まれ、牝の匂いを発している。高めのヒールがふくらはぎに緊張感を与え、極めて挑発的な出で立ちだ。
 いろいろな角度で鏡に我が身を映していると、期待と緊張で胸がいっぱいになってくる−−
 室内は程良く暖房が効いていて、寒くはない。だが、迎えてくれるはずの晶の姿はなく、ひとりでこの広い拷問部屋に放置されて、うすら寒い心地だ。
 不意に、晶の姿が鏡の中に現れた。
 思わず振り向くと、ハンカチか何かで鼻と口を塞がれた。長身の晶に力では適わない。頭を押さえられてもがくうち、意識が遠のいた−−

 どのくらい眠っていたのだろう。
 私は、取らされている姿勢の辛さに意識を取り戻した。
 目を開けると、天井から吊された自分の姿が正面の鏡の中にあった。両手は革の手枷で戒められ、それは鎖につながれて、天井の滑車で引かれている。着衣は元のままだ。
 パンプスの爪先が辛うじて床に着く高さで、私の身体は頼りなく揺れている。
 設定したストーリーで、私はカクテルに盛られた薬で眠らされることになっていたのを思い出す。
(そうか…)
 お芝居にリアリティを持たせるため、私は本当に眠らされたのに違いない。
 と、いうことは−−これから晶が現れた時点で、もうお芝居は始まっている。私も合わせなくてはならない。
 晶はいない。広い拷問部屋に、私ひとりが囚われの身となっている。
 下腹部に違和感があった。ローターと思しきプラスチック製の小物体がパンティの中にある。それはちょうどクリトリスに触れるように仕込まれていた。
 それが電気で振動することは知っている。まだ動く気配はないが、動き出したときのことを思うと落ち着かなくなり、私は不自由な両脚をよじった。不安定な姿勢のため、どうしても腰をくねらせるような動きになってしまう。
「ああら、もう気分を出しちゃってるの?」
 突然晶の声がして、私は固まった。
「貴女みたいな可愛い人がそんないやらしい腰つきを見せちゃ、いけないわ」
 爪先立ちを余儀なくされている私の顔のはるか上方から、晶に見下ろされる。それが少し怖い。晶もまたハイヒールを履いているのだ。
「真理子ちゃん、どうしたの?何とか言ったらどう」
 そうだ−−お芝居を、しなくては−−
「…どっ…」
「んん?」
「どうして、こんな…」
「真理子ちゃんとお近づきになりたいって、言ったじゃない」
「それは、バーでお話を…ということでは」
「貴女の身体が欲しいって、私は先週、正直に言ったわよね」
「…」
「憶えていないとでも?」
「そっ…それ、は…」
「どうなの」
 ヒュン…と鞭がうなり、それは床に当たって派手な音を立てた。
「…憶えていますっ…」
「まだ返事をもらっていなかったわね」
 晶は私のおとがいに手を掛け、正面から見下ろす。
 拒むのだ−−
 本当は晶の手で嬲り抜かれたいのを隠して、抵抗しなくては。
 晶の意思を逆撫でするような台詞を吐けば、晶は私を責めやすいはず。
「…お断り、します…」
「何ですって」
 私を怯えさせるように、晶の声が尖ってきた。
 その火に油を注ぐように、自分自身を窮地に追い込む台詞を言おう−−
「今夜は初めから、こんなふうにするつもりだったのでしょう。きっとカクテルに薬でも盛って、私を眠らせて…卑怯だわ」
「言葉に気をつけなさい。私はスポンサーになるのよ」
「う…」
 前髪を掴まれた。
「せっかくですけど…そのお話も白紙に戻してくださって、結構です」
「ま…」
「…だから、帰してください…」
「ふふ…ね、真理子ちゃんは、こんなふうにされるのは嫌なの?」
「…嫌です。そんなの、決まってます」
「嘘ばっかり」
 晶が私の背後に回り−−
「 30 を間近にして独身で、恋人もいないのでしょ。女盛りが持たないでしょう」
「そんなこと、心配してくださらなくても…」
「ちゃんとわかってるんだから。貴女が今日、何かを期待して来たのをね」
 晶の指が、ブラウスの上から腋をくすぐってきた。
「…あうっ…くっ…」
「身体を要求してきた相手のところへ、よ。拒むつもりで、普通のこのこ現れるかしらね?それも、こーんないやらしい恰好で」
 晶の手は腋から脇腹へ、そして再び腋へと、這い回る。
「…うっ、いやっ!…別に、いやらしく、なんかっ…」
 恥ずかしい声が自然に出るのに驚く。女優になった気分だ。
「肌が透けて見えるブラウスとか」
 ついに両手は左右の乳房に来た。
「…むうっ…あっ!…」
「美味しそうな脚を、ショートパンツで露出しちゃって」
 晶が姿勢を低くすると、今度は左右の太腿をさすってきた。
「今日は腕によりをかけて、貴女を料理してあげるわね」
「…いや、あっ!…」
「真理子ちゃんは脚が敏感なのねぇ」
 その手は太腿から膝、ふくらはぎと伝い、また太腿へ戻る。蟹の脚のように指を立てて、くすぐったり、揉んだりを繰り返す。
「…やっ…やめてっ!…あうっ!…」
「たまらないでしょう?…貴女の性欲はね、解放されるときを待っているのよ」
「そんなこと…触らないでっ…放してっ!…」
「ふふふ…強情なのねぇ…それとも、引っ込みがつかなくなってるのかしら?」
 そのとき−−
 ブブブブブブブブ…
 秘部に仕込まれたローターが突如、蠢動を始めた。
「…うああッ!…」
 弾けるよう仰け反る。
 晶の手がそこへ回り、ショートパンツの上から押さえつける。
「…いいいッ!…」
 激しい感覚が来たと思うと、蠢動は止んだ。
 はあ、はあと追いつかない呼吸をしながら、恨めしそうな目をしてみる。
「ふふ…汗びっしょりじゃない…そんなに感じるの」
「…かっ、感じるもんですか。こんな卑怯な手で…」
「ふうん…そう。私ひとりでは物足りないとでも?」
 そうだ−−このプレイは 3P 。二人がかりなのだ−−
 たった今、いく寸前でローターの蠢動は止まった。辛うじて堪えたのだ。
 だから、晶ひとりでも十分過ぎるほどなのだと、今は思い知っているが−−
 二人がかりで嬲られることに期待が膨らんだ。
「それなら、応援を呼んでもいいのよ」
「…好きにすればいいわ…」
「二人がかりでおもちゃにされるのよ。それがお望みなのね?」
 晶をきっ、と睨む。
「…たとえ…二人がかりで、どんなに弄ばれても、私は…」
「なあに?」
「…晶さんの思い通りには、なりませんから…」
「どこまで強情が張れるかしらね。まあ、いいわ。面白くなってきた」
 また前髪を掴まれる。
「それじゃ、あなたに薬を盛ったバーテン君に来てもらうわね」
 一瞬、耳を疑った。
「…え…」
「私の好きにして、いいのでしょ」
 ちょっと待って−−
 バーテン君…と言うからには−−
 女性ではない?
 まさか−−スタッフはすべて女性のはず。そう、説明されていた−−
「…まっ…待って…いま、何と…」
「バーテン君に、来てもらうのよ」
 急速に不安になってきた。お芝居をしている場合ではなくなった。
「…晶さんっ!…スタッフは、女性なのでしょ…」
「ああら、お芝居をやめちゃうの。つまらないわね」
「…だっ…だって…」
 両手を吊され、爪先立ちにさせられた無防備な状態。
 もしかしたら−−私は騙されている?−−
「まあ、いいわ。お芝居をするより面白い展開になるはずだから、ね…」
「…何ですって…」
「今夜は楽しみましょうね…マ・ユ・ミ・ちゃん」
 目の前が真っ暗になった。
 なんということだろう。私の素性が知られている−−
「…ど…どうし…」
「こういうわけなの」
 扉が開いて−−
 そこで、信じられないものを見てしまった。
 新幹線で隣り合わせたあの男−−九鬼一徹が現れたのだ。

5 屈服

「いやあああああああああ」
 私はかっと目を開いて、絞り上げるような悲鳴を上げていた。
 どんなに大きな声を出しても外には漏れないのだろう。それでも、誰かの助けを求めたかった。
「思った通りのうろたえようですな。才媛の誉れ高い水澤先生らしくもない」
 ヒールのせいで 180 cm 近い身長に見える晶と並んで、さらに一回り以上も大きい九鬼が迫ってくる。
 九鬼の営むクラブというのは、 SM クラブだったのだ。晶は雇われた店長−−
「…こっ…来ないで…見ないでっ…」
「晶とのプレイが始まってから、一部始終を見ていたさ。モニター室でな」
 待って−−
「…モニターって…」
「全部録画してるんだよ。 DVD なんかもできちゃうよ」
「…やめてぇっ!…やめてッ!…」
「『やめて』ったって、そりゃ無理だ。水澤さん…貴女みたいないい女がこうして縛られて陵辱されるシーンってのはね、男の夢みたいなもんなんだから。大金を払っても見たいやつは大勢いると思うよ」
 九鬼と晶の二人に嬲られることもだが、それ以上に私を撮った DVD の流出が怖い。見る人が見れば、 P 大文学部の水澤真由美だとわかってしまう。
「 P 大准教授の才媛・水澤真由美が、溜まりに溜まった性欲を解消するために女性専用風俗店を訪れ、いらやしい衣装に身を包み、縛られたあげく、二人がかりで嬲られて、恥ずかしい悲鳴とともに絶頂」
「いい値段がつくと思うわ」
「…いやああっ!…いやあっ!…」
 私は泣きじゃくっていた。
「たっぷり楽しませてやるからさ」
 九鬼が右から私を横抱きにして、両手で左右の乳房を掴んだ。
「…うああっ…」
 そして、唇を奪われる−−
 キスなど、絶対に許したくない男に−−
 こじ開けられた口に舌を差し込まれ、舌と舌を絡められる。口を押さえられているので、噛みつくこともできない。
「…むっ…むう…」
 舌を吸われ、歯や歯茎をねぶられるうちに、全身の力が抜けていく。
「可愛い」
 私の歯が抵抗しないと見て取ると、九鬼の両手は再び乳房へ−−
 そして、ブラウスの前を左右に引き裂いた。ボタンがちぎれて飛び、床でパラパラと音を立てた。
「…むううっ!…」
 そして−−
「動くんじゃないわよ」
 晶の声がすると、ブラジャーにハサミが入る。
「まぁ…小振りながら、綺麗なおっぱいだこと」
 九鬼の唇が私の口から離れ、そのまま右の胸に滑り降りてゆく。晶が左から私の胸を挟むように抱きつく。
 二人の唇が、左右の乳首に来た。
「…うううーッ!…」
 4 本の手は乳房や脇腹をまさぐっている。
「いい声だ」
 九鬼が後ろに回り、背中に唇を這わせる。両手は乳房を揉んでくる。
 ジャラ…と鎖の動く音がして、私の身体は数 cm 下ろされ、再び固定された。晶が操っているのだ。
「…あっ…」
 左の足首に革の足枷。次いで、右の足首にも足枷。
 やがて別の方向から鎖の音がして、私の両脚は左右に引き裂かれ始めた。
「…いっ、いや…」
 いよいよ責めが本格化する。その予感に、左右の脚がわなわなと震えた。
「脚が震えてるわね。期待してるの?」
 かぶりを振る私。その頭を、九鬼が後ろから押さえた。
 目の前には、晶が小さなグラスを手にしている。その中にはピンク色の液体。
「媚薬よ。これを飲むと、したくてしたくてたまらなくなるの…ふふふ」
「…そ…」
 そんなものを飲まされるわけにはいかない。だが−−
 九鬼の手が再び私の口をこじ開け、鼻を摘む。晶の片手も口を押さえる。
「さ、ぐっ…といって」
 グラスの中の忌まわしい液体が、私の喉奥へ流し込まれる。今度は口を塞いだ状態で押さえられ、無理やり嚥下させられた。
 激しく咽せ込んだ後、はあ、はあと息を荒げる私−−
 そのとき−−
 ブブブブブブブブ…
 秘部のローターがまた蠢動を始めた。
「…いや、あああッ!…」
 脚を開かされているので、太腿を合わせてこらえることができない。両手を戒める鎖を握って、それにすがるのが精一杯だ。
「この脚に、こんなに早くご挨拶できるとはな」
 九鬼が身体を沈め、右脚に来た。それに合わせるように、晶は左脚へ。
「…うむううーッ!…」
 九鬼の両手と唇が右の太腿に。ねっとりと唾液を絡ませながら、膝からふくらはぎへと這い下りてゆく。そしてまた太腿へ上ってくる。ときおり歯を立てられるのがこたえた。
 晶は左右の手に大振りの刷毛を持って、左脚全体をくすぐってくる。
「…やめて…やめてぇっ…」
 そして−−
 ビビビビビビビビ…
 ローターの蠢動がきつくなった。
「…あぐうううッ!…」
 それは、今やすっかり充血したクリトリスを容赦なく苛んでくる。
(…だめ…このままでは…)
 恥ずかしい瞬間をビデオに撮られる。
(…だめ…いってはだめ…)
 両手に力を込めて鎖を握った。歯を食いしばった。
 すると−−
 ローターの蠢動がぴたりと止み、同時に−−
 ビシイイイッ!…
「ひいいっ」
 左の太腿に鞭が振るわれた。
「…うううっ…」
 そこはストッキングが裂け、ミミズ腫れができている。
「危なかったわね、真由美ちゃん」
 危なかった、とは−−
「ふふ…一瞬遅れたら、イッてしまうところだったでしょ」
「そろそろ媚薬も効いてきてるころだしな…くくく」
「…あ…」
 そうか−−
 私は、ビデオカメラの前で絶頂するわけにはいかない。
 九鬼と晶は、それを逆手に取って−−
 絶頂寸前まで追い詰めては、ぎりぎりのところでそれを許さないつもりだ。
「さっきのを入れると 2 度目ね。何回我慢できるかしらねぇ…うふふふふふ」
 ブブブブブブブブ…
 またローターの蠢動が、私を苛み始める−−

「…ああああああーッ…」
 左の太腿ばかり狙って晶の鞭が振るわれ続けている。柔らかい内腿を中心に皮膚が裂け、血が滲んでいた。
 右の太腿には、九鬼が持つ巨大な赤い蝋燭から熱ロウが滴り落ちている。
 血の赤とロウの赤が、ちぎれたストッキングの黒と妖艶なコントラストを成していた。
「…もう、もうやめてっ…許してっ…」
 私は 20 回以上も絶頂の波に呑まれながら、そのたびに鞭やロウの衝撃を受け、絶妙のタイミングで堪えさせられていた。
 今夜−−出張から戻り、マンションに帰り着いたころから下腹がむらむらしていた。トワイライトを訪れて晶から潮吹きや 3P の説明を受けるうちに、官能はすっかり高まっていた。我ながら挑発的と思う衣装を身につけ、この拷問部屋に足を踏み入れたときには、既に濡れていた。
 そしてまず晶に、そして九鬼との二人がかりで全身の性感帯を責められて、私の下腹には淫欲のマグマが煮えたぎっていた。
「何を許してほしいの?…鞭?それともロウ?…」
 それはもちろんだ。だが、それよりも−−
「そろそろ引導を渡してほしいんだろう」
 九鬼がショートパンツに手を掛けている。ボタンを外し、そしてハサミを入れようとしている。
「…い、いや…」
「いやじゃないだろう。早く脱がせてもらいたいんだろうが」
 ジョキリ…
 大型のハサミが、ショートパンツをあっけなく切り裂く。私の下半身を包むものは、引きちぎれたパンティストッキングとパンティのみとなった。
「おう、おう。こりゃ大変だ。ぐしょ濡れじゃないか」
「…ううう…」
 それはわかっていた。滲み出した愛液はパンティをしとどに濡らし、ストッキングにも浸みている。
 ブブブブブブブブ…
 再びローターが動き出し−−
 ビビビビビビビビ…
 蠢動のレベルがすぐに上がる。
「…いやああッ!…」
 私の身体はもう自分でコントロールできない。九鬼と晶にいいように弄ばれるだけだ。
「もう少し丁寧にやってやろうな」
 ビビビビビビビビ…
 目を開けると、同じローターが束になって目の前にあった。
 それらは互いに互いを弾きながら、忌まわしい運動を見せている。
「これで合わせて 10 個になる」
「…やっ!…」
 そんなものを使われたら、気が狂う。
 脚ががくがくと震える−−
 晶がパンティを引っ張ると、うなりを上げる 9 個のローターが投入された。
 ビビビビビビビビ…
「…あぐうううッ!…」
 何かが溢れ出す音。
「おお…水澤先生、お漏らしとははしたないですな」
 私は、オシッコを−−
「…うっ、うっ…」
 まだ止まらないそれを堰き止めるように、九鬼が 10 個のローターを押しつけてくる。
「…ひいいっ…おかしく…おかしくなるっ!…」
「まーだまだ」
 またしても、すんでの所でローターの蠢動は止まった。
「…ああっ!…もう、もう許してぇ…」
 あまりの苦しさに、私は全身をよじりながら泣いた。
「どうしてほしいの?真由美」
 晶に前髪を掴まれる。
「いかせてほしいなら、そうおねだりしなさい」
 おねだり−−
「真由美をローターでイカせてくださいとな」
 それを言えば、許されるのか−−でも−−
 それを録音されるのは−−
「なんだ。まだ余裕があるのか」
 ビビビビビビビビ…
 10 個のローターの蠢動が再開される。
「…うあああっ…」
「愛液が滴ってきた。糸を引いてるぜ」
「上の口からもヨダレがね」
「…ううっ!…」
 そしてまた−−蠢動は止まる。
「…ううううーッ!…こ、殺してっ…」
「殺して、じゃないだろう」
 ビビビビビビビビ…
「…いやああッ…いかせてっ!…」
「ちゃんと言いなさい」
「…真由美を…ローターで、いかせて…くださいッ!…」
「くくく…やっと言ったか。それでは」
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…
(…まだ…まだ、何か?…)
 晶が背後から私の両脚を押さえる。
 目を開けると−−九鬼の手には電気マッサージ機が。
(…それを…まさか…)
「いくぞ」
 クリトリスの周辺で暴れ回る 10 個のローター。その上から電気マッサージ機が押しつけられ−−
 ギャアアアアアアン…
 というようなうなりを上げると、
 これまでのどれよりも大きな波が私を包み−−
「あああああああーーーっ」
 苦痛とも快楽ともつかない、激しい感覚に私の下半身は呑み込まれる。
 ふくらはぎを、太腿を、ぴくぴくと痙攣させながら、
 液体をドクドクと秘裂から噴き出しながら、
 私はついに昇り詰めた。
 頭の中が真っ白になって−−そのまま私は気絶した。

「…ああ、いくっ…うむッ!…」
 びゅううっ!…
「くくく…そうか。水澤真由美はクリだけで潮を吹けるとな」
「これは仕込みがいがあるわね。それに…男の射精と同じで、絶頂と潮吹きが同じタイミングみたいね。わかりやすいわ」
 最初の絶頂から数えてもう 10 回ほども、私はいかされていた。
 パンティは取られている。九鬼の左手がクリトリスの包皮を器用に剥き、右手がそこへ電気マッサージ機を押しつけてくる。晶は 10 個で 1 セットにしたローターを 2 セット持って、うなじから乳房、腋、太腿といった部位を責めてくる。
 いかされるたび、秘裂から愛液がほとびり出る。つまり、潮を吹いていた。
「そうすると、これではどうなのか…な?」
 九鬼が電気マッサージ機を置くと−−
 右手の指を秘裂に挿入してきた。
「…ううっ…」
「もう 1 本」
 これで 2 本。中指と薬指らしい。それが私の−−
 膣の内壁の、腹側を探る。
「…あっ…」
 ひときわ感じる場所があった。九鬼はそこをしごき始める。
「…だっ…だめっ…そこはだめッ!…」
「ここなんだな」
 たちまち堰が切れて−−
 びゅううううッ!…
「おお、来た来た。盛大に噴いたぞ」
 九鬼の手は止まらない。むしろ、いっそう激しくなる−−
「…だめえっ…また、また出ちゃうっ!…」
「だめか?…もうだめか?…だめだよなあ…ほらほら」
「…ひいいいっ…」
「ほらほらほらほら」
 びゅううううッ!…
 クチュクチュと液体が溢れる音。
「くくく…これまでずっと溜まっていた分、今夜のうちに絞り取ってやるからよ」
「よかったわね、真由美。腰が軽くなるわよ」
「…ああっ!…いくっ…いくうっ!…」
 びゅううううッ!…
「…ああ、うむっ…」
 全身が強ばる。
「もうたまらねぇ」
 九鬼が−−九鬼の頭が、私の太腿の間に沈んで−−
「…いいいいいっ…」
 クリトリスと秘裂の肉襞を九鬼の唇と舌がなぞり、愛液を舐め取っていく。
 機械の蠢動にさんざん責め苛まれた後でそのウェットな愛撫を受けて、私はまたしても追い詰められていく。
「…いくっ…」
 びゅうううっ…
 噴き上げた潮が九鬼の顔面にしぶく。九鬼はそれを舐め取っては嚥下する。
「…もう、もう…お許し…」
 またしても、意識が遠のく−−

6 一夜明けて

 金曜の朝 8 時。やっとのことで私は身体を起こした。普段は 7 時には起きて朝食を摂り、身支度をするのだが、今日はさすがに無理だった。本当は一日中でも眠っていたいほどだが、 10 時半からは教養部での講義がある。午後 2 時からは院生のゼミもある。とうてい休めないし、 P 大に着任して以来体調不良で休んだことはない。まして今日の私は病気でも何でもなく、疲労の極みにあるというだけだ。それも自ら進んで陥ったのだ−−
 昨夜、無性に高まった性欲と淋しさを癒そうとして、「トワイライト」を訪ねた。
 そこには私の期待した以上のサービスが用意されていたが−−
 同時に、決して受け入れられない仕打ちが待っていた。
 手足の自由を奪われた状態で、晶と九鬼、二人がかりの性技に翻弄されて、私は恥ずかしい悲鳴を絞り取られた。大量の愛液を−−潮を噴き上げながら、数え切れないほどいかされた。プレイ開始が 8 時半くらいだったはず。戒めを解かれて意識を取り戻した時は、深夜 0 時を回っていた。
 あんなに立て続けに絶頂するなんて−−
 腰が軽くなるだろう、と九鬼は言った。いま、ベッドの上に座り込んでいる私の下半身は、何か身体の芯が抜けてしまったような無力感に包まれている。これが「腰が軽くなる」ということか−−
 それよりも、私の心は重く沈んでいる。
 九鬼の待つ魔宮に、私は辱められるためにのこのこ赴いたのだ。
 迂闊だったのだろうか−−
 危険はないと自分に言い聞かせたけれど、もっと用心深くあるべきだったのではないか−−
 昨夜、出来心であんな場所に行かなければ−−
 この部屋でオナニーをしていれば、それなりの満足は得られただろうに−−
「…ああ…」
 下腹部に手をやり、私は絶望の声を漏らす。
 私の腰から秘部までを、皮革のベルトが締め付けているのだ。
 もちろん、ただのベルトではない。晶が「オルガスタ」と呼んでいた、プラスチックの性具が装着されている。非対称な U 字形の長い方の枝は膣内に入り、先端がちょうど G スポットの辺りに触れている。他方はクリトリスの周囲をすっぽりと覆い、微細なイボが柔肉を絶えず刺激するようになっている。
 プレイが終了して身体を洗われたあと、なおも意識が朦朧としていた私は、晶と九鬼にされるがままにオルガスタを取り付けられた。そしてそれは皮革のベルトで固定され、厳重に施錠までされてしまった。
 ベルトの外側は皮革だが内部には鋼鉄の芯が通っていて、電気工事などのカッターでもなければ切断できない。お尻のところは開いていて便の排泄には支障はないが、尿はそれを着けたまま垂れ流すほかない。不自由極まりないし、何よりも膣内に異物を受け入れたままでは歩くのも困難だ。表面は滑らかで痛みはないが、そんなものを装着しているのを周囲に気づかれないように歩こうとすると、膣壁でそれを締め付けることになるうえ、クリトリスとその周辺に激しい性感をもたらす。平静を装えるぎりぎりのところではないかと思う。
『外してほしければ、明日の夕方また来なさい。いいわね』
 そう晶は言った。
 行けば、また辱められるに違いない。
 だが、行かなければ、これを外すことはできない。今日一日をなんとか凌いだとしても、それ以上は無理だ。
 そして−−
 私は晶や九鬼の言うことに逆らうわけにはいかない。
 昨夜のプレイの一部始終は録画されている。“人質”を取られているのだ。

「 1931 年 9 月 18 日、現在の瀋陽、当時の奉天で、南満州鉄道が爆破されるという事件が起こりました。柳条湖事件ですね。これを計画した関東軍は直ちに軍事行動を開始して、満州や内蒙古東部の武力制圧に乗り出します。今日のテーマは、関東軍がなぜ暴走したのか、そしてまた、なぜそれが可能だったか、ですが−−」
 教養部生対象の「日本近現代史」。学生は 100 名弱、 90 分の講義だ。プロジェクタで中国東北部の略地図を示している。
 万が一の事態への備えは万全にしてきた。何かのはずみで官能が高まり、愛液が滲み出さないとも限らない。それで吸湿性に優れた就寝時用のナプキンを充ててある。こんな時はパンツのほうがわずかでも動きやすいかも知れないと、身支度のときに試してみたが、ベルトの圧力が増すうえ、ベルトの輪郭が浮かび上がってしまって NG だった。それで、いつものようにスカートを履いて来ている。
 春らしい若草色のスカート。ブラウスは純白。脚はいつものようにナチュラルのストッキングで包んでいる。
 手首と足首にはプレイの間じゅう枷を嵌められていたが、その跡は綺麗に消えている。ただし、左の太腿には鞭で打たれた跡が生傷として残り、右の太腿には熱ロウを垂らされた跡が赤い斑点となっている。
 講義ができるのかどうか今朝は不安でならなかったが、話し始めてみると、ほどよい緊張感が体力の消耗や下腹部の異物のこと、左右の太腿の傷、そして忌まわしい録画のことを忘れさせてくれる−−
「本題に入る前に、関東軍という軍隊ができた経緯について確認しましょうか。誰か説明してくれる人は?」
 これは基礎的な知識であって、事前に目を通しておくようにと指示した参考文献にはしっかり記載がある。参考文献を見ながら答えてくれてもいいのだが、手がまばらにしか上がらない。
「関東軍をなぜ関東軍と呼ぶのか、という質問に置き換えてもいいんですが…どう?」
 挙手は増えない。他の学生は知らないのか、答えるのが面倒なのか、それはわからないのだが。
 間が持たない気がして教卓の後ろから歩み出ると、あちこちで携帯をいじる気配がある。私の全身像か、あるいは下半身を写真に納めようとしているのに違いない。どこでそんな細工をしてくるのか、シャッター音がしないようになっているらしい。音がしなければ操作を咎めることも難しく、私は公然と写真を盗撮されることになる。
 私の講義は、一部の男子学生にとってはマスターベーションの素材を提供する場になっている−−
 携帯をいじるのをやめなさい、と言うべきところなのだが、講義の流れも場の雰囲気も悪くなるので、滅多にしない。だからといっていつまでも見て見ぬふりを続けると、盗撮されるのを私自身が承知しているかのようで、気が重い。
 関東軍の件は、最前列に座っている男子学生に少し喋ってもらって終える。
「日本史まで予習していられない、と思うかも知れないけど、文献を読むくらいのことをして来ないと私の話にもついて来られないと思うのね。半日もあれば読める量だから、読んでね。それじゃ本題に入ります」
 多くの学生には嫌味に聞こえるであろう一言のあと、先を急ぐ。この辺で脱線していては時間内に話がまとまらない。
「当時の日本の経済の状況は…」
 そう切り出したときだ。
 ブブブブブブブブ…
 なんということだろう。「オルガスタ」が突如として蠢動を始めたのだ。
 ビビビビビビビビ…ブブブブブ…ビビビビビビビビ…
 それは不規則に強弱の度合いを変え、 G スポットとクリトリスを苛んでくる。
「…っ…」
 学生を前に喘ぎ声を漏らすわけにはいかない。教卓の後ろに戻り、拳を握った手で口を圧しながら、身体は硬くして必死に堪える。脚がわなわなと震える。
 いけない。感じてはいけない。
 お願い。止まって−−
 クリトリスが充血してじんじんと痛いほどだ。
 昨夜あれほど絶頂させられたばかりだというのに、またしても官能を疼かせているなんて−−なんて淫らな身体なのだろう−−
 これでは、講義など、とうてい−−
 急に具合が悪くなったからと、中断しようとしたそのとき、蠢動は止んだ。
「…んんっ…」
「先生、大丈夫ですか」
 最前列の女子学生が気遣ってくれる。
 我に返ると、 100 名の学生が沈黙を保ったまま、私の異変を見守っていた。
「…ご、ごめんなさい。ちょっと疲れていて…ええと…」
 何を話しかけていたのか、咄嗟に思い出せない。
「日本の経済の状況…」
 先の女子学生が助け船を出してくれたが、ちょっとした失態だ。
「ありがとう… 1920 年代からの史上最悪の恐慌と、人口の急激な増加で…」
 ビビビビビビビビ…
(ま、また…)
 リモコンで、動いている?−−
 だとすると、この教室に九鬼か晶が?−−
 室内を見渡したが、いない。九鬼も晶も、20 歳前後の学生に混じっていればすぐにそれとわかる。
 では、まさか学生が?−−なぜ?−−
 身体の中心を苛んでくる性感と戦いながら、必死に平静を装い、 PC を操作する。画像と文字の解説を順送りしつつ、気力を振り絞って話していく。下半身を教卓の陰に隠せるのがせめてもの救いだった。両太腿をよじりあわせ、話の切れ目には歯を食いしばって堪えていると、やがてまた蠢動は止んだ。
 時計を見ると、まだ 15 分しか経っていない。あと、 75 分もある−−

 そうして、不意に襲ってくる蠢動に怯え、そしてたびたび責め苛まれながら、精神力のぎりぎりのところで講義を終えた。我ながらよくやったと思う。
 すぐさまトイレに駆け込む。女子職員用の、いちばん奥の個室。
 シャアアアアアア…
 座り込んで放尿すると、ぶるぶると震えが起こる。
「…あっ…ああ…」
 淫欲が沸き立っていた。今また、私の身体は絶頂を求めている。
 オナニーをしようか−−
 大学のトイレで?−−そんな、破廉恥な−−
 思春期からこのかた、家の外でオナニーをしたことなど、ない。どんなに官能が高まっていても、だ。
 そんなことをしてはいけないのだと思っていたからだ。まして、知識人の端くれである私は−−
 だが、そんなことを言っている場合ではない。今ここでオナニーをしなければ頭がおかしくなりそうだ。
 でも−−どうやって?
 誰の仕業かはわからないけれど、この状況でオルガスタが蠢動を始めてくれたなら、私はあっけなく達するだろう。だが、こんな時に限ってそれは微動だにしないのだ。
 普段そうしているように、指でクリトリスやヴァギナを刺激することもできない。
 ならば−−ベルトを掴んで、オルガスタを前後に、左右に、ゆすってみた。
「…はうっ…」
 無数の微細なイボにクリトリスが摩擦されるものの、それで得られる刺激は想像したものの数分の一に過ぎなかった。ベルトがあるため、動かせる範囲がごくわずかなのだ。これでは絶頂できない。
 では−−前後左右がだめならと、オルガスタをクリトリスに押しつけては離し、また押しつけてみる。
 これは、さっぱりだった。前後左右のほうがましだ。
(…だめだわ…)
 しばらく、根気よくゆすり続けてみた。だが、感覚は一向に増してはくれない。
 それどころか、生半な刺激を加えたことでかえって官能が高まってしまった。
 いきたいのにいけない、という行き場のない不満が、私の下半身を包む。
 オルガスタを動かせばオナニーができると一時は期待したために、その不満は一層切ない。見れば、秘裂からはねっとりと白濁した液体が滴っている。
 私の身体が、淫欲の疼きに堪えかねて悲鳴を上げているのだ−−
 午後のゼミを休講にしてトワイライトに駆け込もうかとさえ、考えた。

 昼休み一杯を費やし、用意してきた昼食も摂らずにトイレに籠もっていたが、ついに一度も絶頂することはできなかった。午後のゼミの時間がやってきた。
 学生は 10 名。うち男子学生が 8 名。テーブルは四角く向かい合わせてあるので、着席すると正面と左右から彼らの視線を受けることになる。
 院生の国分くんが英文の論文を読み、和訳している。日本が太平洋戦争に突入した経緯を連合国側の視点で分析した著作を、今年の上半期で精読していくのだ。
 講義と違って、学生が主体で話を進める点では楽ができる。私はもっぱら、和訳のおかしいところや解釈の不備を修正していくのが仕事だ。最後にまとめをすればいい。
 だが−−もしも、この場でオルガスタがまた蠢き出したら−−
 そればかりを心配していた。
 蠢動に小中大と 3 つのレベルがあることは、午前の講義を通してわかった。レベル中か大の蠢動が来たら、今の私には堪えられない。待ちこがれた絶頂には違いないけれど、学生を前にしたこの場でそれは許されない。また、どんなに声を殺しても、絶頂する瞬間の異変を隠しきることはできないだろう。
 そんなことを考えていると−−
 ブブブブブブブブ…
 恐れていたことが起こった。蠢動のレベルは小。
 絶望感に、思わず目をかっ…と開いた。涙が滲んだ。
 学生たちには悟られなかったようだけれど−−
 この中に、リモコンを持っている者が?−−なぜ?−−
 考える余裕はなかった。ただ、蠢動のレベルが上がらないことを祈るのみ。
 レベル小で留まっていてくれれば、堪えられる。
 だが、レベル小の蠢動が続くとすれば、それはまたたまらない。
 ただでさえ煮えたぎっている官能が、さらにじわじわと高まっていくからだ。
(…お願い、止まって…)
 そう念じていると−−
「先生?…」
 国分くんに呼ばれた。蠢動はレベル小で続いている。
「はい」
「終わりましたけど」
「…あっ…ええ。そうね…」
 平静を装うのが精一杯だ。聴いていなかったとは言えない。
「それじゃ、続きを…担当の人?…」
「あ、先へ行く前に、ちょっといいですか」
 今日はつっこんだ議論は避けたいと思っていたのだが−−
「著者がこの章で言っている日本の官僚の行動様式っていうのが、僕らがごく普通にもっている官僚のイメージとちょっと違うと思うんですよね」
「…官僚のイメージ?…っていうと、現代の官僚の?…」
 国分はゼミ生の中では付き合いが長い方だ。だから彼の思考の仕方や知識のレベルも、およそ見当がつくことが多い。でも、今日は私の頭の方が付いていかない。
「そうですね。それはこの著者の独自の見方なのか、それとも現代の官僚と当時の官僚ではいろいろ違うということでしょうかね」
 国分は就職口がなくてやむを得ず大学院に進学した学生で、いつもは和訳をするだけで精一杯という感じである。その国分が、よりによって今日、彼なりの問題意識をもってゼミに臨んでいるようだ。それは指導教官としては歓迎すべきことだったが、今日に限っては、全く歓迎できなかった。
「…うーん…そうね…」
 どちらもあるだろう。でも、それでは答にならない。だが、すっきり答えられる問いでもなかった。
 ブブブブブブブブ…
 オルガスタが蠢き、私の官能を苛んでいる。しんと静まりかえった狭いゼミ室で、その音が漏れてはいないかと心配でならない。
 思考が停止している−−
 国分の疑問に手際よく対応できずに、言いよどんでいると、
 ビビビビビビビビ…
 蠢動のレベルが上がった。
 思わず声を上げそうになるのを、歯を食い縛ってこらえた。
 まるで、ゼミの進行を止めてしまっているのを咎められるよう−−
 オルガスタのリモコンを国分が持っているのではないかという気がし始めた。
 その可能性はある。だとすれば、この質問も国分が私を弄ぶために?−−
 だが、今それを確かめる術はない。
「答にならないかも知れないけれど」
 なんとか先へ進めなくてはならない。
 昨夜鞭打たれた太腿の傷のあたりを左手で掴む。そうやって自分に痛みを与えなくては、オルガスタの蠢動で正気を失いそうだった。
「どちらもあると思うのね。当時の官僚は教養も高い、いわゆる真のエリートだったから、今の官僚とは志も違ったでしょうね。著者の視点ということでは、人文系の著作というのはそもそもそれがあって成立するものだから…」
 国分とのやりとりが一段落するのと同期して、オルガスタの蠢動レベルは小に戻った。
 その後もずっと、レベル小の蠢動は続いた−−

 今朝出勤した時もそうだったが、緑に恵まれた P 大の広い敷地を今日ほど恨めしく思ったことはない。文学部の研究棟からタクシーを拾える国道までは、平常でも私の足で 10 分はかかる距離だ。それが、今日は秘部に異物を埋め込まれているために、普段の数倍の時間がかかる。歩き方まで異常だと不審に思われるから、景色でも楽しんでいるような素振りで緩慢な歩みを進める。
 もう、気が狂いそうだった。
 歩みを進めるたびにオルガスタの微細な疣がクリトリスを擦り、下腹部が痺れる。その刺激で今にもいってしまいそうなのだ。
 つくづく思う。昼休みにトイレでオナニーを試みたとき、どうしてこのことを思いつかなかったのだろう。トイレの中ででも、他に人がいないのを見計らって歩き回れば、絶頂できただろうに。
 愛液が滲み出している。このまま歩きながらいってしまえれば、楽になれるに違いなかった。だが−−
 午前の講義の時から 6 時間も我慢を続けている。ひとたび絶頂すれば、潮を吹いてしまう気がする。人が見れば失禁したと思うだろう。その後はタクシーにも乗れない。
(…だめ。絶対にだめ…)
 ほとんど最後の気力を振り絞って、文学部にいちばん近い通用口まで出た。
 タクシーを拾おうと、国道を見渡したときだ。
 嫌な予感がして、持ち物を確かめると−−
 なんということだろう。追い詰められていたせいか、私は−−
 財布の入ったバッグを研究室に置いてきてしまっていた。
 今は用のない、研究資料の入ったバッグだけを手にしている。
「…ああ…」
 思わず天を仰いだ。もはや、研究室まで往復する気力はない。
 どうすれば−−
 無一文でタクシーに乗り、トワイライトで晶か九鬼に払ってもらおうか。
 いや、そんな無様なことはできない−−
 途方に暮れていると、
「水澤先生」
 不意に名を呼ばれた。
 振り返ると、他でもない国分が私を見ていた。
「トワイライトまでお送りしますよ」
 何ですって−−
 国分がトワイライトの存在を知っている。
 しかも、私がそこに用があることまで。
「…こっ…国分くん、あなた…」
「わけは向こうでお話しますよ。一刻も早く着きたいんでしょう」
 国分はそう言って右手を挙げ、タクシーを止める。
「辛いんでしょうけど、もう少し我慢してください」
 オルガスタのリモコンを操って私を苛んでいたのは、国分だったのだ。
 だが−−もう、それはどうでもよくなっていた。
 先に乗り込んだ国分に続いて、ゆっくりと後部座席に座る。
「…っ…」
 わずかな姿勢の変化がこたえる。立ち姿から腰を屈める動作など、最悪だ。
「 Q 町の 3 丁目まで」
 国分が運転手に告げたのは、もちろんトワイライトの所在地。
 運転手がミラーを介して私に視線を送ってくる。 Q 町は言わずと知れた歓楽街で、 3 丁目から奥にはラブホテル街が続いていたはずだ。国分と私はそこへ向かうカップルに見えるのだろう。
 それならそれで良かった。おぞましい器具にさんざん苛まれているのが知られてしまうよりはよほど良い。
 国分が左腕を私の左肩に回してきた。引き寄せられるまま、国分の肩に頭を預けた。
 すると−−
 国分が右手にリモコンを握っていた。
(…ま、まさか…)
 そのまさかだった。国分の指がダイヤルを操作すると−−
 ブブブブブブブブ…
 オルガスタが蠢動を始めた。狭い室内に振動音が漏れない、ぎりぎりのレベル。だが、私を追い込むには十分過ぎるほど。
 声を出すわけにはいかない。国分の胸に顔を埋めて、かぶりを振った。
(…お願いっ…止めてっ…)
 絶頂すれば、タクシーの中で失態を演じてしまう。
 国分の左手が抱きしめてくる。背が仰け反る。
 すんでのところで、蠢動が止まる。
 信号待ちで、ミラーの中で運転手と目が合った。今の私はまるで、セックスを待ちきれなくておねだりをしている女のように見えるのだろう。
 車が発進すると、またしても蠢動。
 蠢動が始まっては、途切れる。生殺しのように断続的な刺激。車で十数分であるはずの道のりが、果てしなく遠いもののように感じられた−−

7 再び魔窟へ

 私は半ば失神していたらしい。
「着きましたよ」
 国分に揺り起こされ,彼の腕に抱えられるようにしてタクシーを降りた。料金は国分が払ってくれた。領収証ください、と言ったあたりが業務的だった。
 堪え難い淫欲の高まりを死んでも堪えなくては、と念じる余り、私の脳は意識を封印したらしかった。
 これが待ちに待った絶頂のあとの失神なら、どんなに幸福だっただろう――
 正気に戻ってみると、私の体内ではあの忌まわしい器具がいよいよ存在感を増し、取り戻したはずの意識をまたしても狂乱させかけている。
 でも、もうあと少しだ−−
 トワイライトに着いてしまえば、人目を憚ることはない。ついに堪え性を失ったとしても、九鬼や晶に見られるのは昨夜の延長に過ぎないのだから。
(…もう、大丈夫だわ…)
 そういう精神状態になってみると、わずかに余裕も生まれる。
「…国分くん?…君…どうして、ここに…」
 周囲に人がいないのを確かめ、気になっていたことを彼に訊いた。
「バイトしてるんです。もう 1 年近くになるかな」
「…トワイライトの…スタッフとして?…」
「スタッフではないです。掃除とか力仕事とか、スタッフの送迎とか…それから、トワイライトというよりは九鬼商事の、ですね。トワイライトのほか、隣のビルに男性向けの『璃美堂』っていう店があって、経営上はそっちがメインのようです」
 男性向けの SM クラブが、隣にある。ここはそんなエリアだったのだ。
「…それでは、昨日もいたの?…」
「ええ」
「…それじゃ…」
「ずっと見てましたよ。モニターでね。最初はそりゃ驚きました」
 そう言われて、固まった。
「先生が書いたストーリーも、選んだ衣装も、プレイルームで何をされたかも、ね…一部始終を見てました。ふふふ…素晴らしかったなぁ。帰ってからゼミの予習はきつかったけど」
 なんということだろう。教え子に見られていたなんて−−
 眩暈がした。手で顔を覆って、その場にうずくまってしまった。
「行きましょう。人が来ますよ」
 腕を取られて、よろよろと立ち上がる。
 国分に付き添われて歩みを進めるたび、オルガスタが刺激してくる−−
「それにしても、先生にあんな願望があったなんてね」
「…国分くん…お願いがあるの…」
「わかってます。口外しませんよ。もともと秘密の多い仕事ですから」
「…ありがとう…」
 一応約束は取り付けたけれど−−
 絶対服従しなくてはならない人間が、九鬼と晶のほかにまたひとり増えた。
「それにしても先生、タクシーの中でよく持ち堪えましたね」
 そうだ。私が堪え性を失うわけにいかないのを承知で、この子は−−
「朝の講義の最中から、もうヤバかったんでしょう」
「…今日のは全部、あなたなの?…」
「そうです。ゼミの時は楽しませてもらいました。頑張って勉強していった甲斐があった」
「…私を窮地に追い込んでおいて、よくも面倒な質問をしたものね…」
「先生はきっと最後まで平静を装うだろうと思ってました。さすがです」
 私を愚弄するような表情でも口調でもない。いつも通り、静かな青年だ。
「…九鬼さんの指示なのね?…」
「そうですけど、先生にオルガスタを埋め込もうって提案したのは僕なんです」
 言葉を失った。静かな青年には違いないが、中に鬼がいる――
「…なんて人なの…」
「ただし、先生を絶対にイカせるな、と命令したのはオーナーですよ」
 やはり−−
「…人でなしね…九鬼さんも、あなたも…」
「でも、先生も良かったんじゃないですか。昨夜は空っぽになるまで吹いたでしょ」
「…なっ…」
 顔から火が出そうだ。
「今日一日溜め込んだ分も、また絞り取られる…ふふふ。楽しみですね、先生」
「…やめて…」
 エレベータの前に着いた。
「僕は事務室に用事があるんで、この後はひとりでどうぞ。地下 2 階です」
 昨夜のプレイルームだ。そこに晶か九鬼がいるのだろうか。
 ようやく楽になれる−−
 でも−−
 昨夜以上の辱めを受けるのは確かだ。私に欲望を感じているはずの九鬼は昨夜、ついに私を犯そうとはしなかった。だが、今夜こそ犯されるだろう。
 もしかしたら、国分にも?――
(…求められたら、受け入れないわけには…)
 今日が金曜日で良かった。週末一杯あれば、今夜何があっても取り繕える。
 地下 2 階。エレベータの扉が開くと、 2 、 30 畳はあろうかという拷問部屋だ。
「…こんにちは…」
 返事はない。国分はここへ行けと言ったが、誰もいないのだろうか。
 改めて室内を見渡すと、薄暗い中、奥の正面にステージとスクリーンがある。そして、ステージを囲むように折りたたみ椅子が数十脚並んでいる。
(…昨夜は確か、あんなものはなかったのじゃ…)
 嫌な予感がした。その予感の正体を探していると、背後から肩を抱かれた。
「…ひ…」
 振り向くと、晶がいた。昨夜と同じ、赤い皮革のドレスを着ている。
「いらっしゃい。よく来たわね」
「…お言いつけ通り、来ました。それで、私…」
 今日、晶か九鬼に会ったら話さなくては、と考えていたことがある。だが、
「うふふ…オルガスタの味はどうだったの?」
 晶は私の肩を抱き、次いで腰に手を回してくる。
「…あ、あの…それは…」
「今も入ってるわよね?国分くんに一日弄ばれたんでしょ。どう、楽しんだの?」
「…さんざんな…一日でした…」
 こんなことを話していたくない。早く、大事なことを――
「彼から聞いたけど、一度もイッてないんですって?…ほんとなの」
「…え、ええ…」
「オルガスタがあまり効かなかったのかしら」
 まさか――
「…違いますっ…逆です…私…私、ずっと…」
 いきそうになるのを必死で堪えて――と言う前に、泣き出してしまった。
 晶に抱きしめられた。昨夜と同じように、髪を撫でられる――
「ずっと苦しんだのね?…そう…講義中にスイッチが入って?」
「…学生の…前でなんて…絶対に…」
「絶頂するところを見せたりなんか、できないわよねぇ。国分は鬼畜ね」
 ひとしきり泣いた後、手で軽く押して晶から離れた。
「…晶さん、私、お話を…」
「貞操帯を外してほしいのじゃなくて?」
「…それはもちろんですけど、もうひとつ…」
「わかったわ。それじゃ、こっちへ来て」
 促されて、部屋の隅のドアの方へのろのろと歩く。中はミキサー室だった。
「…ここは…録画とか…」
「そうね。あとは空調や照明とか」
 椅子を勧められて、腰を掛ける。ゆっくりと――
「お話っていうのは?」
「…はい…」
 晶は長い脚を組んでいる。私は両膝を揃え、両手を載せる。
「…私、昨夜は…とても貴重な時間を過ごした、と思っています…」
 九鬼が登場した点は完全に騙されたようなものだし、太腿の傷は今も痛む。今日も一日オルガスタに苛まれた。だが、トワイライトのシステムに乗って願望を満たし、快楽も得たのは確かだ。規定料金の数倍の“サービス”を受けたことになるし、九鬼に犯されたわけでもない。
 素直に礼を言う気にはなれないのだが――
「それで、まず貞操帯のことですが…もしもこれを外すのもプレイの一環なら、必要な時間分、プレイの料金をお支払いします。あっ…今日、お財布を忘れてしまったので、後で…それから、さっき国分くんにタクシー代を立て替えてもらいましたので、それも後で」
「お金のことはいいのよ」
「でも」
「貴女を呼んだのは私たちだし、九鬼も私も今日、トワイライトのプレイをする気はないのよ。貴女をお客だとはもう思ってないわ」
「…それは…どういう…」
「貴女、私たちのペットになるのよ」
 耳を疑った。
「…ペ…」
「ペットで嫌なら、奴隷ね」
「…そっ…そんな…」
「自分では認めたくないでしょうけど、貴女の身体はもう私たちから離れられなくなっているわよ。ふふふ…大丈夫、大学のお勤めは続ければいいわ。将来を嘱望されているんでしょ」
 仕事は続けながら、これからずっと、晶や九鬼のおもちゃに?――
 駄目だ。そんな境遇に陥るわけには――
「忘れないでね。貴女、弱みを握られてるのよ」
 そうだった。その弱みを解決するのが本題だ。
「…そのことなのですが…」
「なあに?」
「昨夜の録画のことで、お願いが」
「録画?…これね」
 そう言って、晶は手許のスイッチを操作する。 PC が立ち上がる。
「もう DVD ができてるわよ…うふふ」
 自分の恥ずかしい映像。いまそんなものを見たいのではない。
 それにしても、何という手際の良さだろうか。
「それを…買い取らせていただくわけには」
「なあんだ、そういうこと?無理に決まってるじゃない」
「そこをどうか…私にとっては、人質に取られたようなものですので」
「だから?…それじゃ、いくら出すっていうの」
「 500 万円、ご用意します」
 蓄えの中から出すのなら、ぎりぎりだった。
 この額なら呑んでもらえると思っていたが――
「お話にならないわね」
「…でっ…では、おいくらだと…」
「金額なんてつかないのよ。この手のソフトにはいくらでもお金を出す男が大勢いるの。それに貴女を『璃美堂』の M 女に加えたら超売れっ子になるだろうしね。 500 万ぽっちでお引取りいただくわけにはいかないわ」
 考えが甘かったようだ。頭がくらくらした――
「敢えて値段をつけるなら 3 億。どう?…だから無理だと言ったのよ」
 絶望のただ中にいると、 PC の画面にそれが始まった。
 私の恥ずかしい映像など、見たくない。でも見ずにはいられない。
 プレイルームで何度となく扉が開閉する音がしている。それは九鬼や国分が出入りしているのか、それとも別の誰かなのか、ひどく気になる。
 だが、私の意識は映像に釘付けにされた。

   M 女性専科 Twilight 調教シリーズ
       〜水沢真由美 29歳〜

「…っ…」
 何かの間違いだと思った。
「…晶さんっ!…この…名前…」
「一字変えてあるの。完全に本名だとアレだから」
 変えるといっても、旧字を新字にしただけではないか。
「駄目ですっ!…名前だけは…せめて、登録した…」
「水谷真理子っていうの?…だーめ。こういうのは実名と素性を出さないと価値が下がるわ。せっかくの美貌のモデルなんだしね」
 言葉を失っていると、
「それにもう初版 100 枚は刷り上がってるのよ。手遅れだわ」
 そう聞かされている間に映像が始まる。
 次に見たのは、さらに信じがたいもの――私の大学での講義風景だった。
 おそらく教養部での「社会思想史」。昨年度のものらしく、私は濃紺のツィードのスーツ姿だ。カメラはやや遠いがピントは合っており、それが私であることは誰にでもわかる。顔にモザイクがかかっているわけでもない。
「国分の携帯に撮ってあったのを供出させたわ。貴女、講義中に盗撮されるのも見て見ぬふりなんですって?」
 テロップが出る――

 水沢真由美は P 大文学部の准教授。専門は日本近現代史。
 T 大大学院修了後、 27 歳の若さで現在の職を得た。
 天が二物を与えたか、並外れた美貌の持ち主なのだが、
 女盛りを迎えた今、湧き立つ欲求を解消してくれる相手はいなかった。

「…ひどいっ…ひどいです…何もかも暴いて…」
 涙が溢れていた。
「心配無用よ。裏 DVD みたいに流通させるわけではないからね。とんでもない値段を付けるから、これを手に入れる財力のある人っていうのは絶対に秘密を守るわ。逆に言えば、そういう連中を満足させるには実名と素性を明かすほうがいいのよ。既得権益と思わせるわけ」
 身分を明かされたこともだが、女盛りの欲求を解消できない、なんて――
 オルガスタのことなど忘れてしまっていた。
 映像が移り変わっていく――

 真由美を目当てに集まった男子学生たちは彼女の姿をしばしば盗撮する。
 講義中、携帯の使用は禁止されているが、注意してもキリがないからか、
 はたまた盗撮されることに快感を得てでもいるのか、
 音さえしなければ(消音の細工がしてある)真由美は咎めない。
 真由美の写真が何に使われるかも、それが学内で流通していることも、
 真由美は承知している。承知していながら、見て見ぬふりである。

「その辺のテロップは国分に書かせたのよ。よく書けてるでしょ」
 いつの間に撮ったのか、学内を歩く私の姿まである。最近のものらしく、春の装いだ。水色のブラウスに白いスカート。私の顔のアップがあり、胸や腰、そして脚のアップがある。我ながら綺麗だと思うのだが――
 これを撮った人物、つまり国分の情念のようなものが感じられて、怖い。
「よくぞ撮ったという感じよね。ちょっと感心したわよ…国分ったら、貴女に相当入れあげてるわね。昨夜はさぞ辛かったでしょうねぇ」
 そうか――
 国分は私に特別な感情を持っていて――
 その私が九鬼と晶に拷問される場面をモニター越しに見せつけられていた。
 彼も拷問されていたようなものなのかも知れない。
「貴女にオルガスタを仕込もうと言ったり、今日貴女をねちねちと嬲ったのは、昨夜の腹いせでもあるのかしらね。ふふふ…可哀想な国分くん」

 その真由美がある日、M女性専科「トワイライト」を訪ねる。

 というテロップに続いて場面は急転。トワイライトの受付。
 画面が急に生々しくなる。
「…もしかして…ここでのことが、全部?…」
「そうなの。こういう時のために、みんな映像として保存しておくの」

 真由美が選んだのは H コースの 3P である。

   ■ H ■ハード■ 120 分 25000 円  3P : 45000 円
   本格的な SM 。経験者向け。何度も潮を吹きながら絶頂。
   内容 「ミディアム」のメニュー+浣腸+木馬+快楽責め

 初心者なら最初は S か M がお勧めなのだが…
 どうやら「潮を吹きながら」に惹かれたらしい。

 晶に勧められたせいでもあるのに――
 次は、晶と話しながらデータを PC に打ち込む私。
 その内容も、もはや当然のように出てくる。

   姓名 水谷真理子  年齢 29
   身長 157 バスト 82 (C) ウェスト 57 ヒップ 83 靴 22.5

 本名・水沢真由美に対して偽名・水谷真理子。
 本名を匂わせる偽名を使うのは、正体を暴かれたいという意識の現れだ。

(…ああ…)
 どのテロップにも、いちいち私を辱めようという悪意が込められている。
 でも、もはやどうしようもない――

 ■シチュエーション■
 私は P 市内でエステサロンを営んでいる。
 開店当初は順調で顧客も確実に増え、新型の機械も入れたのだが、
 景気の後退に伴って顧客は減少傾向だ。
 店の賃料も機械のローンも、支払いが苦しくなってきている。
 そこへ思いがけず助け船を出してくれたのが得意客の晶。
 不動産業を営み、 P 市中心街にビルをいくつも持つやり手だ。
 そのビルの一角を、私と晶の共同経営という形にして、
 格安で使わせてくれるという。
 駅前で立地もよく、顧客増が見込める。
 ローンを返済した上、店の規模も拡大できそうだ。
 願ってもない申し出だったが−−
 晶は、それと引き替えに、私の身体を要求してきた。
 以前から狙われていたのだ−−
 私は戸惑っていた。独身で、恋人もいない。
 だからといって、年上の女に身体を提供するなど、考えたこともなかった。
 ただ、私の身体は女盛りを迎え、性欲は解放されるときを待っている。
 晶はそれを見抜いているようだ。
 申し出を受けるかどうかはさておき、近づきになろうと誘われ、赴いたバー。
 そこで勧められるままにカクテルを口にすると、急に睡魔に襲われ、
 意識を失った。薬を盛られたのだ。
 目覚めると、私は−−晶の経営するホテルの一室に連れ込まれていた−−

 頭脳明晰な真由美は、店長のアイディアから短時間に妄想を膨らませ、
 自らを悪意の渦に陥れるストーリーをすらすらと書いて見せた。
 書きながら呼吸は荒くなり、心なしか目も潤んでいる。
 これから始まる陵辱プレイへの期待が高まっているようだ。

 次のシーンでは私は既に眠らされ、天井から吊されていた。
 そして、まず晶の手による陵辱が始まるのだった−−

8 信じられないこと

「…晶さんっ…お願いします。後生ですから…」
 PC の画面では私が晶に鞭をふるわれて泣き叫んでいる。その映像を横に、私は深々と頭を下げた。
「せめて初版の 100 枚だけでも買い取らせてください」
 この DVD がこの状態でトワイライトの外に流出するのだけは、なんとしても阻止しなくてはならない。万が一にでもマスコミに知られれば職を失う。そして、親類縁者からも友人知己からも見放される。生きてはいられない。
「初版だけって、どういうつもりなの」
「ソースごとなら 3 億と仰いました。それは無理ですが、初版だけなら…」
 金額が気になるところだが――
「きっと第 2 版を作るんでしょう。やめてほしいけれど、聞いてはくださいませんよね。でしたら、その時はどうか、名前は伏せてください。素性が分かる部分もカットしてください。お願いを聞いていただければ…仰る通りに…しますから…」
 泣きながら訴えた。
「私たちのペットになるという件?」
「…はい…」
「ペットなら、ここで働いてもらうことにもなるわね。璃美堂の M 女になるのよ。会員制ではあるけど、見知らぬサディスト…っていうか変態に身を任せるの。縛られるから、何をされてもされるがまま。中には人間の腐ったような嫌な男もいるし、危険と隣り合わせの仕事よ。いいの?」
「…はい…」
 人生を棒に振るよりはましだと思う。
「それじゃ、そういうことにしてあげようか」
「…お願いします…それで…金額は…」
 固唾を呑んで返事を待つと−−
「 1000 万。それも即金でね」
「…え…」
 無茶な――私の蓄えが 500 万しかないのを知っているくせに――
「…ど、どうして…」
「あら、ちゃんと計算してみたの? 100 枚で 1000 万なら 1 枚はいくらなの?」
「… 10 万です…でも…」
「アダルトビデオの市販価格はね、知らないでしょうけど、だいたい 1 万円前後よ。“裏”のものが 10 万っていうのはむしろ安過ぎるくらいだし、主演女優は超のつく上玉でしょ。お買い得だわ。おわかり?」
「…はい…」
 そうなのだろう。そして実際に売る時には、もっと法外な値段になるはずだ。
「では無理です…即金でなんて、とても…」
「諦める?」
「…だって…」
 ハンカチを出して顔を押さえようとしていた、その時だ。
 隣の部屋――
 というより、プレイルームの本体から、
−−うひょおおおおお!
 下卑た歓声が漏れ聞こえてきた。理性の熟していない、若い男のものだ。
 わけのわからない不安に包まれる。無性に怖い−−
 晶が、ちっ…と眉を顰めた。携帯を取り、どこかに電話をする。
「ちょっと静かにさせなさい。本人、来ているから」
(…何?…)
 プレイルームに複数の男がいる。静かにさせろというのは彼らに対してだろうか。来ている「本人」というのは、私のことなのだろうか。
 「本人」って、何の?――
 そこに集まっているのは誰?――
 なぜ、女性用のトワイライトのプレイルームに若い男が?しかも複数――
 このミキサー室に入る前に見かけたステージとスクリーン、そして椅子のことを思い出す。
 それと今、目の前で佳境に入っている DVD 映像とが頭の中でつながった。
「…晶さんっ…」
「思ったより下品な連中だわ。うちのクラブには今ひとつ相応しくないわね」
 やれやれ、という表情の晶。

『…ああ、いくっ…うむッ!…』

 映像の中の私は何度目かの絶頂を告げている。パンティを脱がされ、包皮を剥かれたクリトリスに電気マッサージ機が押し付けられて、私は立て続けに潮を吹いていた。初めて経験する快楽の波に呑み込まれて正体を失いつつあるのが、表情からわかる。
 引き裂かれた薄水色のブラウスとあちこち伝染した黒ストッキング−−それだけを身につけ、パンプスの爪先をわななかせながら、二人がかりの性拷問に苛まれている。右の太腿は赤いロウに、左の太腿は鞭で打たれた無数の生傷にまみれ−−全身に汗が光り、両脚の間やその周囲は愛液で洪水のよう。
 青ざめる私を前に、晶はずっと無言だ。
「…何か…言ってください…」
「貴女が自分で申し出たので、さっきはちょっと驚いたんだけど」
 初版の 100 枚のことだろうか−−
「最初から貴女に 1000 万で買い取らせようと思っていたの。でも大学教員の薄給では無理だろうから、手っ取り早く稼がせてあげようと思っていたわけ」
「…稼ぐって…」
 意味がわかるような気がした。でも、訊かずにいられない。
「知りたい?…ふふふ、うすうす理解できてるんじゃなくて?貴女の身体で、よ」

『…もうっ…もう、いけないっ…いかせないでっ…』

 画面では、私の左右の太腿の間に九鬼の頭が沈んでいる。
「…璃美堂のスタッフ… M 女として、ということでしょうか…」
「違うわ。スタッフとしての M 女になるには、璃美堂のサービスについて研修を受けてもらう必要があるの。素人がいきなり、では駄目ね」
「…では…」
「素人でもできるとしたら、ショーに出すしかないわ」
「… SM の…」
「決まってるじゃない、 SM クラブだもの。貴女、生贄になるのよ」
(…私が… SM ショーの…生贄に?…)
 九鬼と晶だけではない。周囲に観客がいるということだ。
 脚が震えていた。でも、同時に−−
 なぜだろう。胸が高鳴っている−−
「…では、さっきの声は…」
「今日のお客よ。下品な連中ばかり。でも、その方が盛り上がるかもね」
−−すっげえええええ!
 下卑た歓声は、まだ聞こえてくる。それを制するよう晶が指示したはずだが、効き目がないようだ。
(…ちょっと待って…)
 彼らはどうして興奮しているの?−−
 何か見ているの?−−
「…晶さん…いま、向こうで、何を…」
 ショーの生贄が私なら、盛り上がるにはまだ早いのでは−−

『…いく…また、いくっ…あっ、あああっ!…』

 画面の私はまたしても絶頂した。びゅうううっ!…と、いまわの際のほとびりを九鬼の顔に浴びせながら。そのままがっくりと崩れ落ちる私。
 顔がアップになる。汗と涙にまみれてはいるが、綺麗だった。
(…あんな表情をして…いってたんだ…)
 私自身の知らない姿だった。自分で見てもドキドキする。
 ましてや性欲旺盛な若い男がこれを見たら−−
 そんなことをつい考えていると、ちょうど同期して、
−−すげえすげえ、 19 回目だ!
 画面の隅に 19 という数字が表示されていることに、いま気づいた。
 私が絶頂したか、あるいは潮を吹いた回数だ。
 それでは−−
「連中にね、これと同じものを見せているの。ここで見ているのと同時よ」
「…ひ…」
 私はこれから彼らの前に引き立てられ、 SM ショーの生贄に供されるのだ。  その前に、私のすべてを見られてしまっている−−
 私の姓名や身分はもとより、自分を被虐のヒロインに見立てたストーリーを書き、脚をことさらに強調した衣装に身を包んで縛られ、吊され−−
 全裸に近い状態にまで剥かれて、乳房も、秘部もくっきりと映し出されて−−
 全身を責められて悶え苦しみ、やがて恥ずかしい悲鳴とともに絶頂−−
 彼らは熱狂している。昂奮の極みにあるのは間違いない。
 そんな状態の彼らの前に登場させられたら、何が起こるか知れない。
(…こ…怖い…)
 全身が熱に浮かされたように震える。
 両腕で自分を抱きしめ、身体を折り曲げる。
「ショーの前から連中を昂奮させ過ぎちゃったようだけれど、心配いらないわ」
「…だっ…だって…」
「仮にステージに登ってくる奴でもいたら、九鬼が蹴散らすわよ。柔道と空手の有段者で、強いの」
 ならば−−でも−−
「貴女は安心して拷問されればいいの。熱狂的な観客の前では、ちょっと怖いだろうけど」
 震えが治まってくると、別の問題に気づく。
「…彼らには…私の名前も…身分も…」
「当然、知られてるわね」
「…晶さんっ…それじゃ、もう…流出…」
「大丈夫よ」
 隣がまた騒がしい。画面を見ると、私が 20 回目の絶頂に達したところだ。
 その時だ。
−−水澤先生、がんばって!
 頭をがん、と打たれたような感覚。
 映像の女が P 大教員の水澤真由美であると知ったとしても、「水澤先生」と呼ぶだろうか。
 まさか−−
−−先生、その 2 人に負けるな!
−−気絶しないで!あと 10 回イッてくれ!
 画面の中には精根尽きて完全にのびてしまった私がいる。
「集まってるのは、 P 大の学生よ。だから口止めはしやすいわ」
 顔から血の気が引いていく。
「…どうして、 P 大の学生が…」
「彼ら、昨夜から今日にかけて国分に誘われて、大喜びで乗り込んできたの。初めは半信半疑の子が多かったみたいだけど」
 頭がくらくらする。晶の言うことを信じたくない。
「文学部だけじゃないんだって。他の文系学部とか、国分のいるラグビー部にも貴女のファンはいるのね。水澤先生にイカれて爆発寸前の奴がやたらに多いから、一度ガス抜きができたらいいと思ってた…って、国分が言うのよ。貴女、彼らを相当挑発してるようね」
 挑発してしまっているという件は、認めよう。でも−−
 ガス抜きとは、何を意味しているの−−
 何か私を辱めることには違いない。だが、その先を考えたくない。
「それにしても」
 晶が私のおとがいに指をかけて、正面から見据えてくる。
「事態を知って警察かどこかに訴えて出そうな“危険”な子には声を掛けてないし、みんな国分の見極めで、一本釣りで誘われてる…にしてもよ」
「…はい…」
「自分たちの先生がピンチだというのに、助けようとする子が一人もいない…って、これ、どう説明したものかしらね? 200 字以内で述べよ、とか。どう?」
 ほほほ、と高らかに笑う晶。
 そうなのか−−
 みんな、国分や九鬼の側に行ってしまった。私を辱めたいのだ−−
 国分がこれはと思った子を誘うのだから、至極当然のことだろうけれど−−
「…あの…流出の件は…」
 どうして大丈夫なのか。P大の学生なら、なぜ流出を免れるのか−−
「それは、ね…いいこと?…長い間挑発されてきた美貌の先生の、恥ずかしい映像を見たり、ショーの生贄にされるところを生で見たりして、そのまま大人しく帰れると思う?」
 男性の生理をよくは知らないけれど−−
「…刺激されるばかりでは…気が済まないのでは…」
「そうよね。勃起させたまま帰れと言っても、聞かないわね。まして若いオスよ。大勢集まると昂奮も相乗効果を持って沸騰するわ」
 嫌な予感がする。晶は何か、とんでもないことを言おうとしている。
「あの DVD ですっかり出来上がった連中の前に貴女が登場する。縄で縛られて、九鬼と私に拷問されて、泣き叫びながら快楽と愛液を絞り取られる。恥ずかしい部分を晒したまま、貴女はやがて力尽きてしまう。その場から九鬼と私が立ち去ったら何が起こると思う?」
「…ひ…」
「間違いなく、犯されるわね。先を争って、縛られた貴女に襲いかかるわ。理性を無くした若いオスたちに輪姦されるのよ。どう、素敵じゃない」
 思わず、立ち上がって逃げ出そうとした。だが、立てなかった。
 オルガスタのことを忘れていたのではない。下半身の感覚がなくなっていた。
 それで椅子から崩れ落ちた。衝撃でオルガスタが動いた。
「…あっ!…あうう…」
「まさか今のでイカなかったでしょうね」
 涙を拭いながら、かぶりを振る。上半身だけ、辛うじて起こした。
 教員の身で学生と交わってしまうのも許されないことだが−−
 熱狂した複数の男に犯されることが、ひたすら怖い。
「それで、ね」
 何を言われても、頭に入らない気がするのだが−−
「何時間かかるか見当がつかないけど、彼らが落ち着いたころ、釘を指すわ。強姦は重罪で、輪姦はさらに重い。男は単純だから、出すものを出すと正気になるものよ。一応 P 大の秀才くんたちで、貴女を慕ってるんでしょ。今日ここであったことを一言でも漏らしたら、大好きな水澤先生は大学を追われ、お前達は刑務所行きだとね」
 理屈になっているのか、それで本当に彼らは秘密を守れるのか−−
 あまりのことに思考がついていかない。
 でも−−もう、どうしようもない。
「バレたら営業停止になるから私たちとしてもリスキーではあるんだけど、貴女の輪姦シーンが撮れるからね。美貌の大学准教授、対、若いオスの集団」
 そうだ−−
「彼らが…お金を出すんですか」
「そうよ。一人 5 万円だけど」
 5 万円。そんな額でも、彼らには大金のはず。でも−−
 1000 万円になるには−−
「…いったい、何人いるんです…」
「知りたい?」
 信じられないことの連続だが、まだあるような−−
「一人 5 万として、 1000 万にするには何人必要かしらね?」
 その計算は簡単だった。
「…いっ…いやっ!…」
 上半身を起こしただけの姿勢で、後ずさりした。
 晶の手が伸びてきて、ジャケットの襟にかかった。そのまま引き剥がされた。
「この際だから、ここで縛っちゃおうか」
 両手を掴まれ、後ろに捻り上げられた。両手首を組んだ形でぐい、と引き上げられる。もちろん、力では晶にとうてい敵わない。抵抗は無理だ。
「…あうっ!…」
 そして縄が来た。
「…ああ、いやっ…いやですっ…」
「昨夜は吊しただけだったわね。後ろ手に縛られるのも初体験なんでしょ」
 両手首をまとめた縄は胸に回される。ブラウスの生地と縄とが擦れ合って、シュルシュルと音を立てる。ほんのわずかな時間に、乳房が上下から挟まれる恰好になった。さらに乳房の下を通る縄には腋に止め縄まで施されて、上半身は完全に束縛されてしまった。
「純白のブラウスに縄が映えるわね。似合うわよ、真由美」
「…晶さんっ…お願い、そんな大勢は無理…ぜったい無理っ…」
 死んでしまう。セックスなんて、初めてのようなものなのだ。
 ここへ来るまでは、九鬼と国分に犯されるだけならなんとか堪えられよう、と甘く考えていたのだが−−
「まあ安心なさいな。一日足らずで国分が“一本釣り”するには限界があるわ。 200 人ということはないから…でも、軽く 2 桁にはなったようよ。うふふふ… 1000 万に届かない分は貴女に貸しておくから、後で埋め合わせなさい」
 仮に 200 人が 20 人になっても過酷なことに変わりはない。
「若い男は射精までも早いけど回復するのも早いわ。 2 桁の集団ならずーっと切れ目なく犯られるから、人数は事実上“無限”よね。ふふふ…それにね」
 晶が顔をすぐ近くに寄せて、
「貴女、その前に九鬼と私の拷問を受けるのよ。昨夜も辛かったでしょうけど、今日はあんなものじゃないわ。何も出なくなるまで絞り取ってあげるから、楽しみにしてなさい。輪姦が始まるころには貴女は物体も同然になっているでしょ」
 そうだった−−
 そして拷問が終われば、今度は終わるとも知れない輪姦が始まる−−
 私の上半身を戒めている縄を取って、晶が立ち上がった。
「そろそろ時間だわ。行きましょうか」

9 恥辱のステージ

 ミキサー室の扉が開く。その向こうに学生たちが待ち構えているのでは…と怖れたが、そこには薄暗い空間があるだけだった。
 部屋の反対側、ステージの周囲に人の影が山を成していた。学生たちだ。
(…なんて数…)
 6 畳ほどのステージを取り巻くように折りたたみ椅子が並んでいる。一列およそ 15 脚として、それが 2 〜 3 列。その客席がびっしりと埋まっているのだ。
 彼らの視線を集めるスクリーンには−−
 手首を戒められて吊るされ、全身汗にまみれて失神している私がいた。身に着けているのはブラウスとストッキングの残骸だけだ。つまりほぼ全裸で−−両足首は左右に引かれて固定されているから、太腿と太腿の間も容赦はなく、モザイクなしで晒されている。
(…ああ…)
 ぽろぽろと涙がこぼれた。大きなスクリーンに映し出された秘部は、陰毛の一本一本までが判別できるほど鮮明だ。噴き上げた愛液で太腿までもびしょ濡れになり、床にはバケツの水をひっくり返したかのような大量の液体−−
 私の顔が大写しになる。さっきまでの苦悶を刻みつけたまま気を失っている。傍らの九鬼が私の髪を掻き上げると、涙に濡れ、切なそうに眉根を寄せた顔が露わになる。綺麗だが、同時にひどく猥褻な表情だった。
 不意に、客席から「あっあっ…」「ううっ…」という、呻き声がする。
 さっきから気になっていた異臭は、精液の匂いだった――
「あの人数だからひどい匂いだわ…連中、貴女が拷問されるシーンに完全に参ったみたいね」
 晶が呆れている。私が悶え苦しみ、潮を吹いて絶頂し、そして失神する−−彼らはその一部始終を見て、とうとう我慢できなくなったということか。あるいは、映像の途中でもしていたのか。
「だらしないったら、ないわね。貴女はもう何時間も我慢してるのにねぇ」
 そう言われて、私は−−
 ミキサー室での晶とのやりとりで束の間ながら忘れていた淫欲に、また火をつけてしまった。
 そして、死ぬほど恥ずかしい姿を大勢の学生に見られ、性欲処理に使われ−−私が彼らの欲望の対象にされていることを目の当たりにして、官能を激しく煽られてしまった。この状態でステージまで歩かされたら、オルガスタが擦れる刺激でたちまち絶頂してしまうはず。
 だが、それは免れたようだ。DVDはまだ終わってはいなかったのだ。
 プレイが終了して、身体を洗われた私はオルガスタを埋め込まれる。さらに皮革のベルトで固定される。私は意識朦朧として、晶と九鬼にされるがままだ。
 そして、オルガスタそのものがアップになる――

 真由美の膣内に埋め込まれた性具は通称「オルガスタ」。
 非対称な U 字形の長い方の枝は膣内に入り、先端が G スポットに触れる。
 他方の枝には微細な疣がびっしりと並び、クリトリスの周囲をすっぽりと覆う。
 これが内蔵のモーターで蠢動すると、
 女体で最も神経が集中する部分を内外から挟んで強烈に刺激するのだ。
 真由美はこれを埋め込まれ、さらにベルトで固定され、施錠までされて、
 この状態で1日過ごすように命じられた。
 To be continued――

 続編があることを仄めかして、DVDは終了した。
「これから、今日の分よ。続編のプロローグになるはずの部分」
 また大学での講義風景が始まった。これも国分が撮ったものだろう。

 一夜明けて、オルガスタを埋め込まれたまま、辛うじて出勤した真由美。
 オルガスタが動かなければ、やがてその感覚にも慣れたのかも知れない。
 だが、オルガスタのリモコンを持った者が真由美の講義に潜り込んでいた。

 スイッチが入ると画面隅に“ON”と表示される――

 スイッチが入れば、膣内やクリトリスへの蠢動が激しく性感を掻き立てる。
 その刺激は女を絶頂に導くためのものだ。
 だが、学生の前で昇り詰めるわけにはいかない。
 陰湿な攻撃に、歯を食いしばって堪える真由美。
 平静を装っていはいるものの、講義に集中できない。
 不意に停止し、そして不意に再開する蠢動。
 翻弄されながら、官能は高まっていく。

 オルガスタの件を知って、学生たちにざわめきが起こる。
「それでゼミの時に様子が変だったのか」
「熱でもあるのかと心配したけど、いやらしいオモチャで遊んでた、とね」
 ゼミ生が来ている。私に最も近しい関係のはずの彼らだが、その口調からは私への尊敬の念はおろか、親愛の情すらも感じられない。
「さっきの DVD は昨夜のことだろ。一晩に 20 回もイッたばかりだってのにさ、こんなオモチャでまた性欲が疼いてるわけ?」
 オルガスタの刺激がどんなにきついものか、彼らにわかるはずもない――
「変態准教授だ。真面目に仕事しろって感じだぜ」
「淫乱にもほどがありますね」
 ぎゃははははは…と爆笑が起こる。
 かぶりを振る。ひどい屈辱のせいで、近づいていた絶頂の波がまた引いた。
「ちゃんと聞いてなさいな…ちょうどいい言葉責めよね。昂奮しない?…連中、貴女が側にいるかも知れないのを承知で言ってるのよ」
 晶が囁く。
 彼らは−−私に聞かれても構わないと?――
「男ってどうしてこうなのかしらね。一人ひとりは臆病なくせに、群れると調子に乗って、一人ではできないことを言ったりやったり。つくづく卑怯な生き物だわよね。ふふふ…女を集団で襲うのもそれなのよ」
 映像に学生の表情が混ざる。男女を問わず、私の異常に不審そうな目を向けている。

 学生の前で失態を演じられない。その一念で堪え難きを堪える真由美。
 一方、学生のいない所ではオルガスタは微動だにしない。
 むらむらと高まるだけ高まった淫欲は、解消されないままだ。
 皮革のベルトには鋼鉄の芯が通っていて、簡単に切断したりはできない。
 予告もなくスイッチが入る。午前・午後を通して数百回に及ぶ危機。
 終わるとも知れない陰湿な拷問に真由美は堪え抜き、一日を終える。
 一度も絶頂に至らないまま、再びトワイライトに赴くのだった。

 淫欲の高まりを堪える私の苦悶の表情がアップになって、画面は静止した。
「あれをハメられたまま何百回もスイッチを入れられて、一度もイッてないって?」
「生殺しってやつ?昨夜もあったけど」
「昨夜のはせいぜい数十分だろ。今日のはかれこれ 8 時間にもなるし」
「そんなにガマンできるもんなのか」
「俺なんか、さっきので数分と持たなかったけどな」
 ぎゃははははは…と、またしても爆笑。
 私と対照的に、彼らは無闇に余裕がある。出したくなれば出しているからだ。
「ガマンていうかさ、この状況を結構楽しんでんじゃねえの」
「マゾだからな」
 ぎゃははははは…と爆笑。
「でもこの時間なら、もうどっかでイッちゃってるんじゃないか」
「いいや。ガマンしてるぜ。ショーのために取ってあるんだろ」
「ショーがなくたってさ、ご主人様の許可なしにイッてはいけなかったりしてな」
「水澤真由美はマゾ奴隷だから」
 ぎゃははははは…と爆笑。
 ひぃひぃひぃ…と、理性を失ったような嬌声さえ混ざる。
「…もう…もう、いや…」
 悔しくて、悲しくて、情けなくて、泣きじゃくる私。
「ビデオが終わったわ。行くわよ」
 えっ――
「お集まりの皆さん、お待ちどおさま。生贄を連れてきたわ」
 晶の声のすぐ後、カッ!…と、目も眩むほどの照明。
 戸惑う私をスポットライトが狙っている。
 晶に縄尻を取られ、引き立てられるように連れ出される。同時に−−
 うおおおおおおおーーーーっ…
 歓声とも、咆哮ともつかぬ叫び声が起こった。続けて、拍手。そして口笛。
 間もなく、ステージの上へ引きずり出された。
 晶に支えられる。晶の手の位置が高いので、自然と爪先立ちになってしまう。
 背後のスクリーンには、いまだに私の苦悶の表情が大映しになっている。
 気がつくと、学生たちの手には携帯。写真を撮ろうとしている。
 晶が呆れた声で、
「撮影は禁止だと断ってあるんだけど、困った連中だわ…」
 講義の時と同じだ。私が何も言わないからといって、調子に乗って――
 恐怖と緊張。それに加えて、怒りや情けなさや、いろいろな感情がこみ上げてきた。それでつい、大声を出した。
「…あなたたちっ!…」
 涙声のせいで、かえって迫力があったのかも知れない。一瞬、場内が静まりかえる。数十人の視線が私に集まったまま凝固したかのよう。薄暗くて、一人ひとりの顔は判然としない。
 私は何か威勢のいいことを言おうとしていたのだが、その雰囲気に呑まれ、
「…もう、いい加減にして…」
 今度は懇願するような口調になってしまった。
 学生たちは無言だ。正気に返ったからではないだろう。私が次に何を言うのか、興味津々という雰囲気だ。
「いいわよ、その調子よ」
 晶が囁く。何がいい調子なものか、と思う。でも何か言わなくては済まない。
「…私をいったい、何だと思ってるの…」
 それは漠然とした抗議の意思表示であって、何か具体的な返答を求めて言ったわけではなかった。
 だが、意に反して――
「イケニエでしょ」
 当然のことでもあるかのように、ぽつん、と誰かが言ったそれが、
 くっくっくっくっ…という嘲笑を呼んだ。
「でなきゃ、変態准教授?」
「変態准教授は昇格すると変態教授になるんスか?」
 嘲笑が止まない。彼らは一度嗤い始めると止まらないかのようだ。
「…よしてっ!…私はただ…」
「ただ?」
「…リフレッシュしたかっただけ…それを、変態呼ばわりしないで…」
「変態じゃないってね、後ろ手に縛られた人がそう言っても説得力ないッスよ、先生」
 そのひと言で、また爆笑が起こってしまった。
「…いや、あ…」
 恥ずかし過ぎる。消えてなくなってしまいたいほどだ。
 少し間があって−−
「 SM クラブでリフレッシュってことは、変態性欲が溜まってたんでしょ」
 と誰かが言う。すると――
「ああら、貴方たちだって性欲が溜まるんでしょ。見てたわよ、貧相なものを取り出しちゃって、人目も憚らずにシコシコと」
 晶が割って入った。一瞬で嘲笑は止んだ。
「それに、 SM を変態っていうのは聞き捨てならないわね。坊やたち?…ここをどこだと思ってるの」
 びゅん、と鞭がうなった。晶の迫力に気圧されて、数十人の男子学生たちはたじたじの様子だ。
 晶は私を援護してくれている、と思ったのだが――
「ところで真由美?…貴女、自分が変態と呼ばれるのは嫌なの?」
 身体をぐい、と引かれて晶の方を向かされた。
「どういうのを変態と呼ぶかは別として、変態さんは社会のマイノリティよねぇ」
 援護ではないのがわかった。晶は私を追い詰めようとしているのだ。
 私に何か喋らせて、失言するのを待っていたのに違いない――
「『変態呼ばわりしないで』っていうのは、マイノリティへの差別ではなくて?」
 返す言葉がなかった。
「貴女は筋金入りの M 女で、正真正銘、世間で言うところ変態の部類よ。自分でも自覚があるくせに、それを認められないわけ。大学でどんな立派なことを言ってるか知らないけど、本音のところではごく普通の差別者よねぇ…違う?」
 学生たちの間からちらほらと拍手が起こる。
 彼らだって、私を蔑むために変態、マゾ、奴隷と繰り返したはずだったが――
「そういう腹黒女には荒療治が必要ね。身体の中の毒を抜いてあげなくちゃ、ね」
 おとがいに手を掛けられ、上を向かされた。
「ぜーんぶ絞り取ってあげるから、覚悟なさい」
 晶の台詞に感激したかのような、熱狂的な拍手の渦。口笛も混ざる。
 そこへ――ステージ奥から、満を持して九鬼が登場したのだった。

10 特別講義

「ようこそ、水澤先生」
 晶の赤い皮革のドレスと対照を成すように、九鬼は黒いTシャツと黒いスラックスという姿だ。その逞しい体躯を再び間近に見ると、昨夜受けた辱めの数々が蘇る。
 怖い。そして憎い。だというのに−−
 怖い人であるはずなのに、どうしたことだろう、私は−−
 九鬼の姿を見て、なんだか唯一の味方に出会ったような、救われた気持ちになったのだ。
「ほんの十数時間離れていただけだが、恋しくて仕方がなかったよ」
 そうだ−−
 つい 24 時間ほど前のことだけれど、九鬼は初めから私への好意を隠さなかった。昨夜、手管を尽くして私を責め立てながらも、同性の晶の責めが一つひとつ厳しかったのと違って、どこか私を慈しむようなところがあった気がする。太腿の間に彼の頭が沈んでいた時には、私は悶え苦しみながらも、彼が甘えているような不思議な感覚を持ったものだった。
 私はこれから九鬼と晶に二人がかりで拷問され、辱められる。それは恐ろしく、恥ずかしいことだけれど−−
 そう思う一方で、九鬼に早く虐められたい、そして犯されてもいいとさえ思う。
 どうして?−−
 その気持ちを今、自分で詮索している余裕はない。
 九鬼が腰に手を回してきた。そうして、私の目を見据える。
「ジェンダー論に関係あるかどうか…たぶん、なくもないだろう話なんだが」
「…え?…」
「 DVD を徹夜で編集しながら、つくづく考えたことがある。あんたが正気でいるうちに喋っておきたいと思ってね」
 今にもショーが始まるのだとばかり思ったが、違うようだ。
「ここにいる連中と同じで、俺は女が好きで好きでしょうがないんだが」
 九鬼の手が私の頬を愛撫する。
「女の身体ってのはどうしてこんなにも美味そうにできてるんだろうな。考えたことがあるか」
 私が無言でいると、客席に向かって言う。
「キミたちはどうかね。今の件」
 すると、
「男を誘うためじゃないっスか」
 と声が上がる。九鬼はすかさず、
「その通り」
 強い口調で返した。再び私の方を向いて、こう言った。
「女ってのは、『狩られる』性なんだ」
 少し間があって−−
「これまで漠然とそう思っていたはずなんだが、水澤さんの映像をいじっているうちにはっきりしたよ」
 私から離れて、狭いステージを歩き回る。
「男よりも小さな体格で、腕とか首とかは男よりも数段華奢だが、その一方で豊かな部分がある。乳房とか尻とか、脚だ。乳房は子に乳を与える役割があり、尻は子を産むためにふくよかにできているとしても、だ…それでは脚はどうしてこんなにも美しいのか」
 九鬼は床に這いつくばって、私の脚に顔を寄せる。つられて学生たちの視線も集まる。思わず脚を引こうとするが、晶が許してくれない。
「全部、男を誘うためなんだ。女の肉体はこういう具合にできていて、男はそれを本能で求めるように造られてるんだな。これは人類の長い進化の過程で固まったことで、それは子孫の繁栄のために有効だからだ。他の動物も似たような事情なんだろう。そう思わないか」
 ふとスクリーンを見れば、そこには私の下半身が大映しになっていた。いつの間にか国分が来ていて、カメラを手にしている。それはプロジェクタに接続されているのだろう。
 若草色のスカートの裾から伸びるふくらはぎに、濃紺のハイヒールが緊張感を与える。ナチュラルのストッキングが照明を浴びてキラキラと輝いている−−
 カメラが私の身体を這い上がり、後ろ手に縛られた上半身を映し出す。
 やがて顔のアップ−−額に滲む汗と頬を伝う涙の筋までくっきりと−−
 そしてカメラは再び身体を這い下りるのだ。
「男はこれは、と認めた女の前では発情するが、それを女が受け入れるとは限らない。女が受け入れれば和姦になるし、そうでなければ強姦になる。男の事情は至って単純。しかし」
 学生たちは神妙に耳を傾けている。まるで講義を受けているようだ。
 私はそのサンプルというわけか−−
「人間の女には…いや、文明国の女には…と言っていいかどうか…他の動物の雌にはない、ややこしい要素がある。自分を演出するんだよ。な」
 私の目の奥を覗き込んだあと、私から離れて、全身を目で舐める。
「何と言っても最初に見られるのは顔だ。自分の顔が最も美しく見えるように、髪形に気を遣い、化粧をする。そして乳房が垂れ下がらないように、ブラで形を整える。肩や二の腕の輪郭が透けて見えるようなブラウスを着、そのブラウスには男の服にないフリルだのリボンだのがあしらってある…そして脚だ」
 また身を屈めて、私の脚を至近距離で観察する。
「女の脚くらい美しくていやらしいものはこの世にない、と俺は常々思ってるんだが…こんないやらしいものをいったい、どうして見せびらかすのかね。様々な色や柄のストッキングに包み、スカートが膝丈とか膝上であれば敏感な性感帯でもある太腿が露出する。しかもそのすぐ奥には女の急所というか、生殖器があるんだぞ。危ういことこの上ない。それに、パンプスとかハイヒールってのは男の目からは信じられないほど危うい履物だが、それを履くのは危うさを強調するためとしか思えない」
 その姿勢のまま、私を見上げる。
「なぜ、こんな恰好をするんだ?…答えてくれ」
 そう言われて、
「…綺麗に見せたいから…」
「そうだよな。ではなぜ綺麗に見せたいんだ。その欲求はどこから発生するのか。わからないだろ」
「…」
「自分を男に狩らせるためなんだよ」
 そうなのかも知れない−−
「そして、『狩り』の対象になった、その先だ」
 右のふくらはぎから太腿にかけて、九鬼の指がさわさわと這った。
「…うっ…」
 思わず声が洩れた。
「女の身体というのはどうしてこうも性感帯だらけなのか」
 次に立ち上がり、ブラウスの上から縄でくびり出された乳房を鷲掴みにする。
「…あ、うっ!…」
「自分がそのつもりがあるかどうかに拘らず、男に身体をいじられると発情する仕組みになっている。相手を選ばないんだよな。発情して身体がほぐれ、やがて膣の内外は愛液で潤って、ペニスを受け入れる態勢ができあがる。そして男に精液を流しこまれて、条件が整っていれば子を宿す。これが自然の摂理で、どの動物も同じだ。さらに」
「…あっ、あっ…」
 晶の手も加わって、私は服の上から 4 つの手で全身をまさぐられていた。
「人間の場合、身体の反応は脳の活動と密接に結びついていて、脳が活性化しているほど身体も潤い、男を受け入れやすくなる。丁寧に愛されるということは自分の価値を認められている証だから、それで気持ちが高まるのは無論だが」
 淫欲に苛まれて、正気を保てなくなってきた。それでも九鬼の話を追わずにいられない。
「男の愛情は加虐という形をとることもある。それを女も本能で承知していて、苦痛を与えられるのは自分の価値が高いからだと受け止める。被虐願望というのは、苦痛を与えられて自分の価値を確認したいという欲求の表れなんだ。だから自己愛の強い女ほど被虐願望も強い傾向にある。そして…苦痛といってもいろいろで、何に痛みを感じるかには個人差があるように、どんな種類の苦痛が脳を活性化させるかにも個人差がある。知性の高い女は概ね精神的な苦痛を好むようだな。屈辱を与えられたり、恐怖を与えられたりすると、昂奮を増す。その好例が水澤さん、あんただよ」
 そうなのか−−
 誉められているのだろうか。少なくとも、九鬼の言葉は侮辱ではないらしい。
「人並みはずれた美貌に抜群の知性。それに加えて、精神的に追い詰められるほど官能を高める、その被虐欲。全身は過剰に敏感で、華奢に見えるのに性拷問には堪え抜くタフさもある。こんな女を手に入れるのが夢だった」
 九鬼の目にぎらぎらと欲情の炎が燃えている。
「二度と俺から離れられんようにしてくれる。覚悟するんだな」
 その言葉を、なぜか怖いとは思わなかった−−
「頭の中が整理されてきて、良かったわね…でも、そろそろ始めない?」
 晶にいささか呆れ顔で言われて、九鬼は我に返ったようだ。
「おお、そうだったな…ではまず、これだ」
 そう言って九鬼が取り出したのはリモコン。
「オルガスタの味はどうだった」
 と、晶と同じことを訊いてくる。
 リモコンを見ただけで、いってしまいそうだ。
 もう限界、と最初に思ったのはいつだっただろう。午前の講義の最中だっただろうか。昼休みにトイレに籠った時だろうか−−今となれば、その頃の感覚はまだ甘かった。まだ意識がしっかりしていたのだから。
「タクシーの中で失神したんだってな。強制絶頂で失神する女はよく見てきたが、絶頂を自分で堪えるあまり失神した女を俺は知らん。見上げた根性だ」
 私の体内の淫欲は幾度となく沸騰しながら、私の意思や他のショックで一時鎮静化した。それを何度繰り返したのか、もはや思い出せない。
 ひとつ言えるのは、その苦しみもいよいよ終わりだということだ。
「一日でどのくらい溜め込んだのか、見せてもらおう」
 九鬼の手がスカートに掛かった。背後のホックを外し、ジッパーを下ろす。
「…あっ!…」
 私の腰からあっけなく離れる若草色のスカート。九鬼が私の脚を片方ずつ持ち上げてそれを取り上げ、傍らへ放り投げた。国分がそれを受け取る。
 視線が集まる。太腿を捩り合わせても隠せない。顔を背けると、スクリーンの映像が目に入った。私の腰から太腿までのアップだ。
 ナチュラルのパンティストッキングと白のショーツで一応は隠されているが、赤い皮革のベルトが透けて見えている。
 そしてその周囲には液体が漏れ出してシミをつくっている。ショーツはぐっしょりと濡れ、パンストにも滲み出して、太腿の内側に広がっていた。
 おお、と学生たちが声を上げる。
「酷いことになってるわねぇ…ふふふ」
 晶が右手で私の腕を取りながら、左手で太腿に触れてくる。
 九鬼がパンストを臍下でつまみ、両手で掴んで引き裂く。
「動くな」
 ひやりと金属が触れる感覚。ショーツに鋏が入り、抜き取られた。
「…ああ…」
「さあ諸君、いきなりだが潮吹きショーだ」
 九鬼が学生たちに言う。学生たちの視線のただ中で、絶頂させられる。
 もう、覚悟を決めなくてはならなかった。
 九鬼は私に、これでもかというほどリモコンを見せつけ−−
「いくぞ」
(…来るっ!…)
 私は堪え性をなくす。恥ずかしい悲鳴を上げながら、いってしまう。
 そのはずだった。ところが−−
「ん?…おや」
 九鬼がスイッチをいじりながら異常を訴えている。
「…え?…」
 どうしたの−−
「電池切れみたいだ」
 そうか−−もう何百回もオン・オフを繰り返したから−−
 危うく難を逃れたというよりは、快楽を先延ばしにされたという思いだった。
 しかし−−
「国分、今の表情を撮ったか」
「もちろん。これでしょ」
(…何?…)
 スクリーンには、つい今しがたの私の表情が−−
「この不満そうな顔を見ろ。おあずけを喰らった、というような」
 その通りだった。またしても、私を辱めるための罠だったのだ。
 スイッチを入れなかっただけ、なのだ−−
「大丈夫だよ。タフな電池を入れてあるから、まだまだ持つ。それにしても」
「良かったわよ、今のがっかりした表情」
 かっ、と顔が赤らむ。
「たしか、『え?』とか言わなかったっけ?」
「言った言った」
「イカせてくれるんじゃなかったの?…ってか?」
 追い打ちをかけるように、学生がまた嘲笑する。
「そういうふしだらな女には、相応のお仕置きをしてやらねばな」
 不意にスイッチが入った−−
「…うああっ!…」
 ぐん、と上半身を仰け反らせた。すぐに刺激は止んだ。
「せっかくここまで溜め込ませたんだ。そんなに簡単にイカせてたまるか」
 再び蠢動が来る。レベルは小。そしてまた止む。
「…いやっ、あっ…」
「どうすればイカせてもらえるか、お前はもう知っているはずだな」
 おねだりを、しろと?−−
「このまま生殺しにされていたいのか?」
 それだけは−−学生の前では−−
「学生の前では言いたくないか。いまさら何を考えている」
 また蠢動。
「…あぐっ、うっ!…」
 学生たちは静かだ。私が追い詰められる姿を、食い入るように見ている−−
 蠢動がレベル小から中、大と高まり、
「…ああっ!…いっ!…」
 そこでまたしても止まる−−
「…ううーーっ!…」
 ごぼり、と酸っぱいものを吐いた。
 どくり、と愛液が溢れた。
「…もう、もう許して…いかせてっ…」
「忘れたのか。それでは不十分だ」
 恥ずかしがっている場合ではなかった。いくらなんでも、もう無理だった。
「…お願いします。真由美を…いかせてくださいっ…」
 喘ぎ喘ぎ告げると、
「どのようにイカせてほしいのだ?」
「…お、オルガスタで…」
「オルガスタだけでは物足りなかろう?」
 何?−−
「オルガスタに加えて、外からこいつで振動を倍にしてほしいでしょ」
 晶が手にしているのは電気マッサージ機。
「…ひ…」
 そんなことをされたら、心臓が止まるかも知れない−−
「言うのだ」
 スイッチが入り、レベルが上下して、また止まる。
「…ぐ、う…うっ…死んじゃう…怖いっ…」
「死んだとしても天国行きよ。ここまでしてもらえる女なんて、いないわよ」
 また寸止めをされ、また胃液を吐いた。
「…ぐ…言いますから…」
 ドクリと溢れる液体。それがショーツから床に垂れ、また太腿からふくらはぎへと伝い落ちていく−−
「…オルガスタと、マッサージ機で…真由美を…いかせてください…」
「よし」
 前髪を掴まれて、顔を上げさせられた。
「よく堪えたな。盛大に噴くがいい」
 ビビビビビビビ…というオルガスタの小刻みな蠢動に加えて、
 ブウウウウウウウン…という、子宮の奥まで届く低周波の重い振動が、
 ごりごり…と押しつけられた。
 G スポットもクリトリスも、すべてが破壊されるような感覚に包まれて、
「…きゃああッ!…あああああああッ!…」
 プシャアアッ!…シャアアアアアアッ!…
 晶に押さえつけられたまま、私の全身が爆ぜた。
 オルガスタとベルトの周囲の隙間から激しく液体をしぶかせる私。
「…いくッ!…いくッ!…いくうッ!…うううッ!…」
 暗闇に呑み込まれるような快楽。
 子宮をねじ切られるような重い痛み。
 呼吸ができない。ふくらはぎがこむら返りを起こした。
 崩れ落ちそうになる私を、晶がかっちりと支える。
 九鬼は機械を止めようとしない。
 プシャアアッ!…
 プシャアアアアアッ!…
 私は何度も何度も放出を繰り返し−−
「…た、たす…」
 やっとのことでそこまで声にした。

11 長い夜

 下腹部がふっと軽くなる感覚に、私は覚醒する。私の両脚の間に陣取った晶が、赤い皮革のベルトを手にしていた。鋼鉄の芯が入っているだけに、ずっしりと重量感があった。そして、私を一日苛んだオルガスタもついに抜き取られるのだ。
「…うッ…」
 その瞬間、膣口に快感が走り、私は軽く達した。
「なあに?…お目覚めと同時にまたイッたの」
 オルガスタと電気マッサージ機で責め立てられて、気を失うほどの快楽に呑み込まれたばかりだった。大量の液体を放ったとはいえ、私の身体は官能の高い波に乗せられたままだ。
「…あっ、あっ…」
 晶の指が秘裂を上下している。
「せっかく一度綺麗にしたのに、また溢れさせたわね」
「栓を外されたから、一日溜め込んだものが垂れ流しになってるんだ」
 晶の背後から九鬼が言う。
 天井にも、壁にも、鏡。そこに、一糸纏わぬ全裸に剥かれた私が映っていた。
 両脚は何かに跨るように立て膝をついた形。 90 度ほどに開かされ、左右の下肢がそれぞれ皮革張りの台に載せられて、膝と足首はベルトで拘束されている。太腿から腰にかけては四方から丸見えだ。そして上半身は斜め後方に反った姿勢で皮革の台に載せられている。両腕は頭の上に組まされて、やはりベルトで固定されている。乳房も腋の下も無残に晒され、守るものはない。
 そこは先ほどのステージの上だった。
 そうだ−−私は、 SM ショーの生贄を演じることになっていた−−
 学生たちのことを思い出すのと、彼らが視界に入ってくるのと、同時だった。
 彼らもまた半裸だったが、仮面をつけている。色調は個々に異なるがデザインは同じ、蝶の羽を模した西洋式の仮面だ。私をぐるりと囲んで近づいてくる。
「…なっ…何を…」
「ショーを始めるの」
 裸体を晒し、しかも自由を奪われた状態で大勢の男に囲まれると、それだけで絶望的に怖い。今にも襲い掛かられて、陵辱されそうだ。
「せっかくの機会だから、男優くんたちが大勢いなくちゃできないことをしようと思うの。ギャラリー参加型のショーというわけ」
 前方から、左右から、そして背後から、彼らは私を取り囲んだ。彼らの頭は私の頭とほぼ同じ高さにある。
 呼吸が苦しい−−
「手に持ってるものを先生に見せてあげなさい」
 晶に言われて、彼らはおもむろにそれを持ち上げた。
 液体で満たされたボトルと、筆。見ただけでくすぐったくなりそうな毛筆。
 それを全員が手にしている。
「…やっ…」
 何をされるのか、わかった。ボトルの液体はおそらくローションだ。
 こんな、無防備に引き伸ばされた姿勢で−−
「へへへ…先生、何されるのか、わかるんですか?」
「わかりますよねぇ…この状況じゃ、ね…くくく」
 顔を背ける以外には何もできない。
「オーソドックスな SM でも良かったんだけど」
 晶が学生たちの輪に割って入ってきた。
「鞭とかロウは昨夜使って、その録画も見てもらってるからね。全身敏感すぎる真由美には性感責めが似合うんじゃないかと思ったの」
 晶の指はまたしても私の秘裂をなぞっている。
「…う…」
「でもね。この子たちに好き勝手にいじらせても、拙くてきっと貴女には物足りないわ。だから、先生の身体で毛筆の練習をしなさい、って言ったの」
 ひひひひ…という下卑た笑いが漏れてくる。
 そのとき−−左右のふくらはぎに、太腿に、生暖かい液体。
「…あっ…」
 不自由な上半身を捩って見た。何本ものボトルからローションが垂らされて、次いであちこちから筆を持つ手が伸びて来た。ローションを掬い取っては擦り付ける。
「…いやっ…」
「そんな声を出されると、俺らヤバイすよ」
 胸にも来た。大量のローションは胸から背中、脇腹にまわり、首を濡らし、お尻にも伝い落ちていく。筆は乳首をこね回し、脇腹を、腋下を上下に這う。
「…あああッ!…」
「先生?…乳首がわかりやすく勃起してますよ」
 いったい、何人がかりなの−−
「筆もローションのボトルも数が足りないかと思ったけど、どうにか間に合ったわ。ふふふ…筆はね、ちょうど 40 本よ」
 つまり、彼らは 40 人いるのだ。
 40 人に、数に任せておもちゃにされている。最後には、輪姦される−−
 怖い−−怖いのに−−心臓の鼓動が激しくなる−−
「せいぜい腕をふるって先生を快楽責めにして、もしも失神させることができたら、この次のショーにも招待してあげる、って言ってあるの。ふふふ…真由美?この子たち、やる気まんまんよ。良かったわね」
「ただし、だ」
 そこへ九鬼も入ってきた。
「お前が簡単にイッてはつまらん。そこは SM ショーだから、それなりに苦痛を味わってもらう」
(…えっ…)
「一度イクたびに、お仕置きとしてこいつをお見舞いする」
 そう言って、九鬼は−−
 注射針がどっさり入ったパッケージを見せた。
「…ひっ…」
「針責めがいやだったら我慢するんだな。さっき盛大にイッたから平気か?」
「そうでもないみたい」
 晶の指の動きが−−
「針を見せられたところで急に溢れてきたわ。クリも固くなって」
「なんだと」
「…う、嘘っ!…」
「嘘なもんですか」
 秘裂の中を、晶の中指がかき回す。親指がクリトリスを擦る。
 クチュクチュクチュ…と液体が潤う音。
「…だ、だめっ!…」
「針責めにされると思ったとたんに感じちゃうとは素質十分ね。もうだめなの?」
 晶の指が敏感なスポットをしごきあげてくる。容赦がなかった。
 全身を舐めてくる筆の動きもいっそう巧妙になり−−
「…やっ、やめて…いやっ…あああッ!…」
 びゅううううッ!…
 悲鳴とともに、私はまたしても潮を吹いた。
「…う、うっ…うむっ…」
 引き伸ばされた全身が震える。
「もう我慢できねぇ」
 学生がひとり、左の乳房にむしゃぶりついてきた。それが合図であったかのように、右の乳房にも、うなじにも、お腹にも、背中にも、太腿にも、ふくらはぎにも、彼らは次々と齧り付いてきた。太腿の傷のところにも来た。
「…ああああああッ!…」
 晶に言わせれば拙い責めかも知れなかったが、生暖かい唇、甘噛みしてくる歯、そして荒々しい指の感触は、筆とローションで舐められるよりも私には堪え難かった。縛られて大勢の男に群がられている自分の姿を天井や壁の鏡で目にすると、官能はさらに高まった。
「約束どおり、お仕置きだ」
 九鬼の声がすると、
 ぶすり。
 注射針が 1 本、お尻の右の山に突き立てられていた。
「…うううーッ!…」
 痛みは心配したほどではない。でも、それがまた官能を掻き立ててしまう。
 学生たちの愛撫はますます熱を帯び、晶も責めの手を緩めることはなく−−
「…いっ、いくっ…いくうッ!…」
 びゅうううッ!…
 子宮のあたりに鈍い痛み。息ができない。
 喘ぐ私の唇に唇を重ねてくる男もいる。
「 2 本目だ」
 ぶすり。
 次は左のお尻へ−−
「うふふ…針を刺されるたびに量が増えてくるみたいなんだけど、どういうことなの?」
 なおも指を動かしながら晶が言う。
「…そ…そんなはずは…」
「クリも固くなったまま、萎える気配もない。いやらしいったらないわね」
 ぎゅう、と摘みあげられた。その瞬間、
「…きゃあっ、あうッ!…」
 びゅうううッ!…
 またしても達した。 3 本目の針が来た。
「ふふふ…処置なしね」
 晶の手が離れた。だが、休ませてもらえるわけではない。
 鏡に目を遣ると、私の全身に群がっている人数は 10 人ほど。手を伸ばして筆を使っている人数がまた 10 人ほど。その外を残る 20 人がぐるりと取り巻いている。
「…あう、うっ…」
 私の肌を貪っている学生たちは時々位置を交替している。おそらく九鬼か国分の指示なのだろう。彼らが一斉にぞろり、と動いて責めの場所を変えるたび、全身を新しい感覚が襲ってくる。
「ねえ、あななたち」
 そう晶が呼びかけた相手は取り巻きの 20 人だ。
「ここも交替で舐めてあげなさい」
 えっ−−
「クンニですか?」
「いいんすか?」
「ちょっと狭いけどね」
 昨夜も九鬼にさんざん貪られたそこを、今夜は学生たちに−−
「…だっ、だめ…」
 なんとか頭を起こして、左右の乳房やうなじに吸い付いている数人の頭ごしに懇願した。何度も達してひどく敏感になっているのだ。いまそこを舐められたらひとたまりもない。
「眉根を寄せちゃって…いい顔になってきたわよ、真由美」
 晶が私の髪をかきあげている。
 左右の太腿に数人吸い付いているのを掻き分けるようにして、最初の一人が来た。
 彼の頭髪が太腿に触れる感触があって−−
 ぺちょっ…と、厚い肉が覆いかぶさってきた。
「…ひィーーーッ…」
 ぺちゃぺちゃぺちゃ…
 秘裂にそって舌が動き、唇が吸ってくる。
「出てくる愛液は全部飲むのよ。真由美がイクまで休んではだめよ」
「はい」
 舌と唇、そして歯が猛然と動き出した。九鬼にされたのに比べれば稚拙な動きだったが、いまの私には十分過ぎる刺激だった。
「…あううっ!…」
 びっ!…
 あっけなく、彼の顔に愛液をしぶかせた。
「やった」
 彼が快哉を叫ぶ。また針が来る。
「だめでしょう、真由美」
 晶に髪を掴まれて、
「イクときはそう言ってあげなさい。せっかく頑張ってくれてるのよ。教えてあげないと可哀想だわ」
「…はい…」
「素直ね。いい子だわ。それじゃ、もっといいことをしてあげる」
 何?−−なにを−−
 晶が学生たちのところへ行き、何やら小声で話す。そして、手を上げた数名を私の背後に導く。お尻の山に晶のものではない手が触れて、左右に割られた。
「…あ、うっ!…」
 突き刺されている 4 本の針が肉と一緒に動いて、痛みが走る。
「いいわよ。始めて」
 晶の指示で−−
 お尻の山を割って顔が沈んできた。敏感な粘膜の襞に舌先が当たり、いやらしく蠢き始めた。
「…いっ…いやッ…そこは、いやッ!…」
「ふふふ…また溢れてきた。真由美はアヌスも感じるのね」
 全身を貪られる苦しみに加えて、とうとうお尻の穴まで−−
 進退窮まったところで、前の秘裂にも 2 人目が来た。
「…ひっ…いいいっ…」
 今度の子は慣れているらしかった。歯で器用にクリトリスの包皮を剥くと、そこを存分に舌でねぶってくる。
「…きゃ、うっ…だめっ…」
 クリトリスの感度が増している今、それは辛すぎる責めだった。
 対照的に、アヌスを這う舌先は不器用だが執拗だ。それがまたこたえた。
「イクときはちゃんと言うのよ」
 まさにいく寸前、晶に念を押されて、
「…いくうッ!…」
 叫びながら、達した。
 また針が来る。学生達の歓声が聞こえる。
「…ゆ、ゆるして…もう…」
「前後を同時に舐めてもらえることなんてなかなかできないのよ。せいぜい楽しむのね」
 晶が言う間に前後の 2 人が交代して、すぐに再開する。
 秘部を犯されながら巨大な軟体動物に呑み込まれたようだ。その体内で消化されていくように、私の意識は薄れ始めた−−

 磔にされた水澤真由美の身体に学生 40 人が群がってから、 3 時間ほどが経つ。
 そもそも 1 日溜め込んだ淫欲のマグマを最初に激しくしぶかせたところで、真由美の体力は底をついたはずだった。その身体を若い欲望が貪り続け、限界をとうに超えた状態でなお、真由美は絶頂の連鎖に苛まれている。  上半身も下半身も男の頭と手でびっしりと埋め尽くされ、太腿の間にも、左右の尻の山の間にも、相変わらず 1 人ずつが頭を沈めている。
 そして、その尻の山には−−
 さながら針山のように無残な本数の注射針が突き刺さっていた。
「…くっ…」
 いままた絶頂を告げる真由美の声。もう愛液がしぶくことはない。
 晶の手で、また針が打たれる−−
 1 秒の休みもなく全身の性感帯を貪られ精魂尽きた真由美は、もはや声を出す気力もないはずだった。それでも晶の指示どおり絶頂の瞬間はそれを告げようとするのが健気であり、また痛々しくもあった。それが若いオスたちの欲望をいまだに煽り続けるのだ。
「今のでちょうど 4 ダースだわ」
 晶が九鬼に告げたのは注射針の本数である−−
「そうか…よおし、そこまでだ」
 九鬼が合図すると、夢中で真由美の肌を貪っていた学生たちがひとり、またひとりと離れ、その場に座り込む。彼らの顔もまた疲労の色が濃かった。欲望の高まりに堪え切れなくなると例によって自分で処理をするので、もう何度も精を抜いて空っぽ同然の者もいる。だが強制的に愛液を絞り尽くされる真由美の消耗とは無論、比較にならない。
 首をがっくりと垂れて、ぴくりとも動かない真由美。全身は自らの汗とオスどもの唾液、そしてローションにまみれ、床には大量の愛液が水溜りを成している。
 打ち込まれた 48 本の針を晶が抜いていく。文字通り山ほども突き刺すには 3 時間がかりだったが、抜き取るのにはほんの 1 分ほどだ。消毒のため脱脂綿でアルコールを塗られると、痛みに堪えかねたのか真由美は一度呻き声を漏らし、そして今度こそのびてしまった。
「それじゃ諸君、今日のショーはこれで終了とする。回復したら退室してくれたまえ」
 九鬼が告げると、晶が続ける。
「国分くん、真由美の縄を解いたら水を飲ませてやってね。後は…任せるから、ね」
 曖昧な指示を残して九鬼と晶がプレイルームを出ていく。扉が閉まる。
 互いに顔を見合わせる学生たち−−
 退室しろと言われたが、“回復”するまでは残っていてもいいらしい。
 目の前には、今しがたまで執拗に愛撫を尽くした美しい年上の女が、無抵抗の状態でのびている。たとえ正気を取り戻したとしても、縛り上げてあるのだ。こちらの思うままである。
 ここで大人しく帰る手があるだろうか−−否。
「全員でやっちまおう」
 そう誰かが言うのを皆が待っていた。水澤真由美は進んで生贄となり、こんな異常な経験を自分たちと共にしたのだから、いまさら犯されるのを拒む筋合いでもない−−そのはずなのだが、彼らに残る五分の理性が本能に従うのを躊躇させていたのだった。
 だが、ひとりが口にしたことで、全員覚悟ができた。
「国分、いいよな」
「駄目だと言ってもやるぞ」
「そもそもお前が持ってきた話だ」
 九鬼と晶が去ったあと、あとは国分の了解を得てということのようだ。
「ああ」
 ぶっきらぼうな返事が返ってきた。
「ただしお前ら、他言は無用だぞ」
 そう国分に釘を刺されると、
「もちろんだ」
 言いながら真由美を再び取り囲む。真由美はまだ正体を失ったままだ。
「気を失ったままじゃつまんなくね?」
「そうだな。口だけでも抵抗されたほうが燃えるな」
 屹立したペニスをいじりながら口々に言う。
「先生?…先生、起きてくださいよ」
 前髪を掴んで顔を起こさせ、頬を軽く叩く。
「起きないと、マワしちゃいますよ」
「起きてもマワしますけどね」
 ひひひひ…とどす黒い嘲笑。だが真由美はぴくりとも動かない。
「だめか」
「その程度じゃな。なんたって、 48 回もイッたあとだ」
「こんなのがあったぞ。こいつがいいんじゃないか」
 声の主が手にしているのはアナルパールというものだ。シリコン製の小球が 10 個ほど連なり、ところどころに疣状の突起が施してある。
「前にバイブを突っ込んでもいいんだろうが、そっちは空けとかないとな」
「おお…アナルも感じるみたいだから、丁度いいんじゃねえの」
 アナルパールにもアヌスにもローションを塗り、沈めていくと−−
「…う…」
 学生たちの思惑通り、覚醒した。
「目が覚めましたか、先生」
 朦朧としながらも、真由美は状況を察しつつある。拷問ショーは終わり、九鬼と晶の姿は消えている。学生 40 人と自分だけが残されていると−−
「俺たち、このままじゃ治まらないんで。楽しませてもらいますよ」
「先生はもうさんざん楽しんだだろうから、いいスよね」
 輪姦が始まる−−そう思ったその時、
「…待ってッ!…」
 真由美は叫んだ。
「この状況で、いまさら何を待てっての?」
「拒んでも意味ないですって」
「大人しく犯られてくださいよ」
 真由美の口を塞ごうとする。
「…違うのっ…」
「なーにーが」
 数人はもう全裸になっている。それを目の当たりにしながら、
「…九鬼さんっ!…」
 真由美はその男の名を呼んだ。
「聞こえてるのでしょ、九鬼さん…」
 何事かと思い、学生たちは様子を伺う。
「九鬼さん、ここへ来て…せめて最初は、貴方が抱いてください」
 事態の思いがけない展開に学生たちは真由美から一歩引く。
 扉の向こうで様子を伺っていた九鬼と晶が戻ってきた。
「どうした心境の変化かね。俺が憎くてしようがないのだろう」
 九鬼の顔を見ると、またしても救われたような気分になる真由美だ。
「…初めはそうでした。でも、今は…違います…」
「九鬼から離れられない身体になったってことよね」
 そこは女同士だからか、晶は真由美の気持ちを察しているようだ。
「…そうです。きっと…」
「身も心も俺のものになったからといって、ここにいる連中からは逃れられんぞ」
「…覚悟しています…」
 九鬼の再登場で自分たちは蹴散らされるのかと危ぶんだ学生たちが、また近づいてくる。
 晶が手にしたペットボトルから真由美に水を飲ませる。拷問が始まってから初めて与えられる水分を、真由美はごくごくと吸収していく。その顔に幾分生気が蘇ったようだ。
「俺はだいたい、自分の性欲を満たすのは二の次なんだがな」
 やれやれというような風情で、九鬼が服を脱ぎ始めた。
 長身のがっしりした体躯に隆々たる筋肉。それだけでも女には十分脅威的であるかも知れないのに、股間には目を見張るほど逞しく長大なペニスが屹立していた。真由美が戦く前に学生たちから驚嘆の声が上がったほどだった。
「こんなモノを持っているので、俺は女と交わるのに慎重なのだ」
 九鬼の体格から想像していた以上の長さと体積に、それを望んだ真由美にも怯えが走る。
「最初で最後のセックスが 22 歳の時だと言ったわね。それきりバイブも使ったことはないのでしょ。ほとんど処女同然というわけよね。大丈夫かしら」
 晶が言う「大丈夫」とは、そんな未熟な膣に九鬼のものを挿入されて、壊れはしないかということだ。
 そんなことは、わからない。だが−−
 自分が奴隷として身を預けようという九鬼にこの場で犯されなかったのでは、ここまでの性拷問に堪えた甲斐がないというものだ。
「…どうぞ、ご存分に…」
 恐る恐る告げる真由美に、晶が頷く。
「ま、健気だこと」
「なに、これだけほぐれていれば裂けることはないだろう。だが…」
 何を考え付いたか、九鬼が国分を見つけて手招きした。
「奴隷の分際で主人にセックスを求めるというのは感心しないな。それを望みどおりにしてやってはクセになるだろう」
「ま、固いことを言うのね」
 呆れる晶に、
「最初は晶が犯してやってくれ」
 思わぬ展開に戸惑う真由美だ。
「ぺ二バンを使えってこと?」
「そうだ。ただし、こっちをな」
 九鬼の手が真由美の尻に伸びて、挿入されているアナルパールをゆすった。
「…あううっ!…」
 敏感な粘膜を不意に刺激されて仰け反る。
「この人数だからな。こっちも使わなくては回転しない。ほぐしてやってくれ」
「オーケー」
 晶を見ると、皮革のドレスの下から現れた下着にディルドが装着されている。
「…何…なにを…」
 アヌスも犯される。しかも、最初は同性の晶に、シリコンの棒で−−
「ああら、怖がらなくていいのよ。真由美はアナルも素質がありそうだから、これでたっぷり開発してあげるわね…うふふ」
 晶の手がアナルパールを少しずつ引き抜いていく。
「…あっ…うっ、うっ…」
 襲ってくる性感にかぶりを振る真由美。
「こんなことでそんなに感じるの。もっと早くからしてあげればよかったわね」
 全部が抜き取られると、改めてローションが塗られ−−
「いくわよ」
 ディルドの先端がアヌスに触れるや、ずっ…と押し込まれた。
「…ああ、あーーーッ!…」
「まあ、簡単に入った」
 肛門から直腸にかけて熱く火照り、晶のわずかな動きがびんびんと響く。
 晶の両手が真由美の乳房を揉みしだき、続けて腰がゆっくりとグラインドを始めると−−
「…あああっ!…だっ…だめっ…いやッ!…」
 男たちが注目する中、真由美の全身はたちまち硬直した。絶頂に達したのだ。
「なあに、もうイッたの?」
 犯している晶も驚く早さだ。驚きながらも晶は腰を休めない。
「スイッチがずっとオンになってるから、新しい刺激には覿面に弱いんだわ」
 アヌスを犯され、乳房を揉まれ、さらに耳たぶを甘噛みされると、
「…ああ、あッ!…うむっ…」
 またしても真由美は昇り詰める。
「こちらもまた潤ってきているぞ」
 九鬼の指が秘裂をなぞる。追いつかない呼吸をしながら、真由美はかぶりを振る。。
「こっちの開通式は国分に任せるよ。今回の功労者でもあることだからな」
 アヌスの性感に抗うので精一杯だった真由美が目を開けると、正面に国分が立っていた。
 まだ青い裸体ながら、九鬼同様にラグビーで鍛えた身体は逞しい。そのペニスが秘裂に狙いを定めていた。
「…こ、国分くん…」
「一番手を務められるとは光栄です。行きますよ、先生」
 国分の両手が真由美の腰を捕えると−−
 熱い肉塊が膣内に突き立てられた。
「…あああああーーーーッ!…」
 ディルドを挿入されていた腸内とは反対側の狭い空間を若いペニスがさらに満たし、真由美の薄い下腹部は前後から苛まれる。
「…いっ…痛いっ…苦し…」
「いいわよ。まるで処女みたいな反応」
 晶が一定のペースでグラインドするのとは対照的に、国分は緩急をつけたピストンを開始した。膣壁の粘膜を摩擦されて、真由美はまた追い詰められていく。
「…きゃあっ!…あうっ!…」
「先生、いいですよ…あったかくて…こんな気持ちいいなんて…」
 国分は汗だくだ。彼もまた、早くも射精が近いらしい。
「…あっ、ああっ!…国分くん…私…」
「わかってるわね。イクときはイクと言ってあげるのよ」
 乳首をきつく摘み上げながら、晶が言う。再び耳たぶを甘噛みする。
「…だめっ…ああ、いくっ…いくッ!…」
 びゅう、と再び愛液がしぶいた。
「…あう、うむっ…ぐ、う…」
 真由美の膣壁が国分のペニスに絡みつく。ぎゅう、と締め上げる。
「おおっ」
 ドピュ、ドピュ。
 激しく射精する国分。真由美から離れ、その場にへなへなと座り込んだ。
 真由美の股間からは、今噴き上げた潮と国分の精液がしたたり落ちている。
「…国分くん?…どうだったの?…」
 晶は相変わらずグラインドを続け、真由美に泣き声を上げさせている。
「なんか、纏わりついてくる感じで…あっという間でした」
「それはもしかして名器というやつか?」
 いよいよ九鬼の一物が真由美のそこに迫っていた。
「辛いだろうが、堪えて見せろ。腰が抜けるほど楽しませてやる」
「…は…い…」
 涙を湛えた真由美の目。繰り返し絶頂に追い遣られる苦しみに、九鬼のペニスを受け入れることへの恐れ、そして喜びが混ざっているようだ。
「…いくぞ」
 先端が触れた。晶に乳房を掴まれたまま、顔を背けた。
(…来るっ…)
 ずっ…、と巨大な体積に膣口を広げられる。そのまま呑み込まされた。
「…ひいいッ…」
 九鬼の逞しい両腕が真由美の腰から這い上がり、上半身を抱きしめる。
 九鬼の腰がぐっ、と突き上げられると−−
「…きゃああッ!…ああああああーーーーーッ!…」
 長大な肉柱が真由美の下腹に深々と打ち込まれ、亀頭部は子宮口へ達した。
「国分よ、見てやってくれ。裂けちゃいまいな」
 九鬼に言われて国分が背を屈め、そこをつぶさに調べる。出血はない。
「大丈夫のようですよ」
「そうか…見事、呑み込んだな。では」
 身を強張らせる真由美を見下ろし、九鬼はその両手を再び下方へ移す。腰のくびれをがっしりと掴むと、膝を曲げてペニスを少し引いた。
 そして、元の位置まで突き上げる。
「…ひっ…」
 膣壁の粘膜を引きずり出され、また戻されるような、強烈な刺激。わずか数センチという動きだったが、真由美を怯えさせるには十分だった。
 真由美が九鬼のピストンに官能を集中するよう、晶は動きを止めている。
 ずん…
 九鬼がまた動く。今度はさっきの 2 倍の振幅だ。
「…あうっ…」
 ずん…
 次第に振幅が増していく。往復の時間は一定。したがって速度は増していく。
 ずん…ずん…
「…ひいいっ…」
 狭い膣内を圧倒的な体積で押し広げられ、粘膜を抉られ、そして子宮口を直截に突き上げられる苦しみ。四肢を引き伸ばされて拘束されたうえ、無防備な腰は九鬼の太い腕に固定されて微動だにできない。さらに背後からは晶のディルドで串刺しにされている。
「…あう、うっ!…あうっ!…」
 進退窮まった状態で、次第に激しさを増していく九鬼のピストン。
 やがて子宮口も押し広げられ、ペニスの先端はその中へ侵入する。
「…きゃああッ!…」
 膣内をもう一度貫かれたような感覚。内臓を抉られるような恐怖が生じた。
 真由美の額に脂汗が浮かび、顔は青ざめていく。太腿が痙攣している。
「…ご、ふっ…」
 口から胃液が噴き出す。
 九鬼のピストンは振幅を最大にまで増し、いまや亀頭部は膣口から子宮内までを往復している。
「…た、助けてっ!…」
「存分に犯せと言ったのは誰だ」
 人間ではない、まるで悪魔か何かに犯されているかのような錯覚。
 膣道の周囲から下半身をバラバラにされそうだった。粘膜を激しく摩擦され、子宮内まで貫かれるうち、深い闇のような底なしの快楽に呑まれる予感が生じていた。
「…怖いっ…私…私、どうなるの…」
「快楽でバラバラになるがいい」
 九鬼もまた汗だくだ。当初は追い詰められる一方だった真由美の身体が“反撃”を始めていた。膣壁の粘膜が潤いを増すにつれ、九鬼のぺニスに抉られながらも、それに纏わりついていく。
 真由美は絶頂の予感に震えながらも、まだ半分は苦痛と闘っている。九鬼のほうが先に堪え性を失いそうだった。
 すると、絶妙のタイミングで相棒が加勢する。晶がグラインドを再開したのだ。
「…ああ、ひいっ!…」
「貴女って果報者よ、真由美」
 またしても乳首を摘み上げてくる。
「本当の処女では九鬼を受け入れられないし、開発済みの膣では得られる快楽も知れたものだけれど、貴女は九鬼を受け入れることができたうえ、膣内の感覚は新鮮なままだわ。しかも何十回と絶頂して性感は研ぎ澄まされている。これから昇り詰める高さは、普通の女には経験できないもののはずよ」
 今日まで閉じ込めていた官能を破裂させられ、呼吸もできないような高みに追い遣られる。それは死の一歩手前の高さかも知れない−−
 それを考えたとき、九鬼が一層深く突き上げてきた。
 晶もまたグラインドからピストンへと運動を変化させている。
「…ああっ…ああっ、怖いっ…私…」
 かぶりを振る。再びげぼり、と胃液を吐く。
「抵抗しても無駄よ。イキなさい」
 九鬼と晶が交互に引いては突き、突いては引く。
 びゅう、と愛液がしぶいた。
「…あああッ!…いくっ…いきますッ!…」
 上半身が反り返り、拘束された四肢をがくがくと硬直させる。
「…うううーーーッ!…うううッ!…うむッ!…ぐうっ…」
 びゅうううっ!…びゅううっ!…
 二度、三度と潮を噴き上げ、真由美は果てた。
 だが−−
 前後から犯す二人の動きはなおも激しさを増していく。
「…きゃあ、あッ!…と、止まってっ…許してっ!…」
 いったん緩んだ全身が再び強張る。
「…だめっ…いくっ!…また、いくっ!…」
 びゅうううっ!…
 追い遣られた絶頂の高みから降りることを許されないまま、次の高みに引き上げられる。
「…うっ!…うむっ!…ゆ、ゆるし…」
「とどめを刺してやろう」
 真由美のか細い下半身に、九鬼の逞しい下半身が激しくぶつけられ−−
 びゅうううっ!…
「…ひいいッ!…いくっ…いく、うッ!…」
 ごぼり、と泡を吐いた。
「…ううっ…死んじゃうっ、死んじゃうっ!…うむ、うッ!…」
 九鬼がすんでのところでペニスを抜くと、
「おう」
 ドピュ、ドピュ。
 真由美の顔面めがけて盛大に射精した。
 晶もようやくディルドを抜く。
「ふーっ…ふーっ…大した名器だよ。俺も絞り取られちまった」
 本当にバラバラにされたかのように果て、ぐったりと失神した真由美。
 だが、これでもまだ許されるわけではない。
「…次、行っていいっすか?」
 行方を見守っていた学生のひとりが前に出てきた。
「ああ。アナルも使っていいぞ」
「それじゃ、俺が」
 これ以上ないという真由美の激しい絶頂ぶりに、いやがうえにも性欲を掻き立てられた若いオスが 40 匹。
 彼らのいきり立つペニスが真由美の前後を狙って、群がっていく−−
 

 

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