邪欲の標的−麻美の受難−

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1 古寺

 拝観者の列で女のすぐ後ろに立ち、佐治作蔵は一物を怒張させていた。
 グレーと黒を基調にした女のシックな装いは、由緒正しいこの寺の空気によく調和している。まだ朝夕は肌寒いものの、今日は好天に恵まれて穏やかな日和だ。明るい色調も似合いそうなのに敢えて暗色系でまとめているのは、好みだからなのだろう。
 ツイードのスーツはカジュアルだがデザインが洒落ていて可愛らしい。膝丈のスカートの裾から伸びる美しい脚は薄手の黒いストッキングで包み、パンプスは濃い藍色のスエード。女の脚に目がない佐治はその後ろ姿を鑑賞しつつ後を付け、いましがた背後に立ったところだ。
 パンプスのヒールは 7 cm ほどだから、身長は 156 〜 7 cm 。長身の佐治の顎のすぐ下に女の頭がある。ポニーテールにまとめたセミロングの黒髪。見え隠れする白い耳介には小振りな銀の飾りが揺れている。うなじから頬にかけての曲線を斜め後方から覗くだけで、その顔が美形であるのが確信される。品のいい香水を胸深く吸い込むと頭がくらくらした。
 飛鳥時代創建の古寺である。春のこの時期にだけ一般公開される秘仏が行列の先にあった。大仰な鞄などを手にした観光客どもの中にあって女は軽装だ。
 なんとしてもその顔を正面から見て確かめたかった。列をいったん離れて後方に回り、秘仏を囲む順路の反対側で、女の顔を凝視しても怪しまれない位置に立つ。ほどなく女と正対した。
(おお…)
 期待をはるかに上回る美貌だった。歳は 20 台後半というところ。知性の高さを感じさせる額に切れ長の眼。ぽっちりと膨らむ唇には穏やかな笑みを湛え、いま拝観している秘仏と並んで菩薩のようにも見える。アイシャドウがやや濃い目だが全体に薄化粧で、素材の良さが引き立っていた。
(待てよ…)
 女の顔に見憶えがあった。これほどの美人を佐治が見忘れるはずはない。すぐに、何で見たのか思い出した。テレビだ。
 癌を患う者には独特の臭気があると言われ、香料成分の同定の技術が癌の早期発見に応用できる可能性がある。その技術開発を大阪の某大学薬学部と共同研究で進めているのが、「パフューム」という薬品・香料・健康用品の製造販売を行うベンチャー企業。その経済番組の焦点はその技術にあったが、経営者が若い女という点も注目の理由であるらしかった。いま佐治がつけ回している女だ。三ツ谷麻美、 28 歳である。
 門外漢の佐治がこの話を記憶しているのは、たまたまテレビで見かけた麻美の美貌に心を奪われ、即座に録画し、以後たびたび再生していたためである。
『お寺が好きで、オフの日にはよく出かけます。暖かくなったら奈良へ出かけるつもりです』
 わずかにハスキーな高音で東京言葉を遣い、そう言っていた。会社が大阪にあるので今の住所も大阪だが、一族は奈良にルーツがあり、彼女は中学時代に東京から戻ってきたのだそうだ。
 秘仏の拝観を終えると、女−−麻美は来た道を戻って講堂のほうへ足を運ぶ。背筋をぴんと伸ばし、まるで美脚を周囲の鑑賞に供するかのように、身長に対していくぶん広めの歩幅でゆったりと歩く。佐治はその後を付け、それとなく距離を詰めていく。
(ええ脚や)
 薄い黒のストッキングに包まれた脹ら脛は細めだが程良く脂が乗り、パンプスのピンヒールが緊張感を与えていた。グレーの上下に淡い紫色のブラウスがよく合っている。美貌に恵まれながら、落ち着いていると言うべきか、むしろ地味なくらいだが、凜とした存在感があり、周囲の視線を弥が上にも集める。さぞ、少女時代からもてたことだろう。そしてこの洗練された衣装センスは、自分の美貌に自信があるからこそ磨かれてきたものに違いない。
 観光客に紛れて、写真を撮るのに成功した。
(それにしても…)
 休日の昼間にあれほどの美人がひとり古寺に参詣とは、夫も彼氏もいないことを周囲に訴えているようなものである。確かに、手に指輪はない。
 そして、麻美の表情はなにか物憂げだ。この寺で最初に見かけた時からそうだった気もする。やっと取れた休日をお気に入りの寺で過ごしている−−にしては、全く楽しげではない。
 経営者としては仕事のことが頭から離れないのかも知れない。資金繰りにでも苦労しているのだろうか。だが、憂いの原因はそればかりではないような−−
 女盛りに夫も彼氏もなしでは、身が持つまい。独り寝が淋しいのだろうか−−
 そんなことを思う一方で、佐治の脳内にはいつしか腹黒い計略も形を成し始めていた。
 麻美を尾行して住居をつきとめる。適当なポイントに手下を張り込ませて拉致する。「パヒューム」にいかほどの資産があるかは不明だが、社長自身を人質に取ればまとまった金を巻き上げられるかも知れない。会社に金がなければ、美人社長の身体を金に換えればよい。佐治としては、後者のほうが好みの方向だ。
 幸いにして佐治は今日まったく暇だった。テレビで見初めた美女を丸一日かけて尾行するのもまた一興である。麻美に接触する機会に恵まれるかも知れない。
 長身のせいで佐治も目立つ男だ。尾行に気づかれぬようリバーシブルのブルゾンを裏返し、さらにサングラスをかけた。
 すると−−
「佐治さん」
 小声で話しかける者があった。
「ん」
 佐治が顔を向けると、男は帽子とマスクを外して会釈をした。佐治とは対照的に中肉中背の、どこにでもいる中年だ。どちらかといえば不細工な部類に入るだろう。
「須賀です。ご無沙汰しまして」
「珍しいとこで会うのお」
 須賀助清は河内銀行北大阪支店の支店長だ。高卒で入行した叩き上げ。佐治が仕切っている闇カジノの常連で、最近は負けが込んでいる。つまり佐治に借金がある。挨拶が済むと再び帽子とマスクで顔を覆った。
「どうしたんや。花粉症かいな」
「いえその」
 視線は佐治には向けずに、落ち着かなそうである。
「顔を知られているもので」
「は?」
 須賀の視線の先には三ツ谷麻美が歩を進めている。
「あの女社長にかいな」
 思わず身を屈めた佐治も小声になる。距離があるから、普通に会話しても麻美には聞こえないのだろうが。
「やはりご存じでしたか」
「前にテレビで見たんでな。そうか、あんたは取引先というわけか…で、いま何をしとるんやね」
 聞けば週末ごとに麻美の外出に“同行”しているのだという。 50 代半ばにして未だ独身だからこそできる“趣味”なのだが。
「支店長様が何をやっとるんや。それはストーカーっちゅうやつじゃろう」
 帽子にマスクは変装のつもりであるらしい。
「佐治さんは、そうではないので」
「わしは今日たまたまここで見かけたんで、鑑賞させてもろとる」
「ははあ」
 合点が行った様子である。佐治の女好きはよく知られているのだ。
「あんたが入れあげるのも無理はないな」
 改めて麻美の後ろ姿に情欲をそそられる佐治である。
「お気に召しましたでしょうか」
「自分の持ち物のようなことを言いなさんな」
 この小心者とは噛み合わないという気がしていたが、女の好みは似ているようだ。
「これは失礼を」
「ふふふ。十分お気に召したよ」
 麻美はいま最寄りのバス停に向かっている。休日を寺巡りに費やすつもりであれば、このまま別の寺へ向かうのかも知れない。携帯を取り出す。
「予定が変わった。わしはバスで移動するから戻ってええぞ。そんじゃ」
 ここまでは“社員”に車で送らせたのだった。通話を手短に携帯を切る。やがて来たバスに麻美が乗り込むのを遠巻きに確認し、須賀とともに最後尾から乗り込んだ。

2 山寺

「良かった…ちょうどいい時に来たみたいですね」
 山々の斜面を彩る満開の桜を見て、三ツ谷麻美は運転手に話しかける。
「お客さん、運がよろしいわ。今年はなかなか温(ぬく)うならんで、桜も遅かったさかいに」
 麻美はタクシーの中で何も喋らずにいるのを気まずく思うほうだから、話題を探して話しかける習慣がある。今日は見事な桜を見物しながらの道中なので簡単だった。もっとも、どんなに素朴な話題であろうと麻美との会話を拒む者はまずいない。麻美を乗せた時点ですでに上機嫌であり、運転手のほうから何かと話しかけてくることも多い。
「ここは標高が高いから、もともと遅いんでしょう」
 程好いソプラノの落ち着いた声が容姿によく合っている。少しハスキーなのもむしろ艶っぽく感じられる上品さだ。
「ええ、ええ。皆さん他所より遅めを狙って来はるけど、今年は外す方が多いですな。なーんや、まだ咲いてへんやんか、言うてね」
「私も先週あたりに来るつもりだったんですけど、仕事で出て来られなくて」
「それで今週にずれ込んだけど、それが大当たりやった、いうことですな」
「そうです」
「日頃の行いが良くていらっしゃるんですよ」
「いえ、運がいいんです」
「ネットで桜情報とかご覧にならんのですか?」
「ネットは使いますけど、桜の様子を調べるのはなんだか違うような気がして」
「それじゃ、カンですか。きっと今頃咲いてるやろ、って?」
「ええ。旅行に出るときでも行き当たりばったり」
「そんな風に見えへんけどなあ。もっとかっちりしてはるような」
「よく言われます…ふふ」
 運転手がルームミラーで麻美の顔をちらちら伺っている。よくあることだった。麻美ほどの美貌の持ち主を乗せて、後部座席を気にするなというほうが酷である。麻美もそのことを承知しているので、気付かぬふりをしている。運転手は楽しそうだ。この空気のまま目的地まで行きたい。
「今日はお休みで?」
「ええ。午前中も別のお寺に行ってました」
「 1 日にお寺 2 つだけでも、移動とか、疲れはるでしょう。こっちは山寺やし」
「平気なんです。お寺を歩くのが好きで、食事をするのも忘れてしまうほど」
「え。今日、お昼は」
「忘れてました。そう言えばお腹、空いてます」
 二人でひとしきり笑っているうち、車は目的の寺に着いた。
 今は午後 3 時。あと 2 時間で閉門だ。
「どうもありがとうございました。楽しかった」
「こちらこそ。それでね、ここはわりと早くタクシーがいなくなりますから、お帰りの時に 1 台もいてへんかも知れません。その時はぜひ私の携帯にお電話ください。下元と申します」
 そう言って、運転手は会社名の入った名刺を渡す。
「恐れ入ります。私、長居をするほうなので、お願いすることになるかも知れません。三ツ谷と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。お気をつけて」
 料金を受け取るとき、女の手に指輪がないのを下元は見て取った。
 女はタクシー降車場を後にし、下元に向かって一度会釈をすると、ゆっくりと石段を昇っていく。スリムな肢体に、グレーと黒でまとめたセンスのいい軽装。膝丈のスカート、黒のストッキング、低めのピンヒール。ポニーテールの黒髪が小作りな顔によく似合っていた。
(三ツ谷さん、ね…ええ脚や)
 エンジンをかけたままの車にもたれ、女の後ろ姿を眺める。
(ま、帰り道は期待せんでおこう)
 車に乗せてしばし会話を楽しめただけでも幸運と思わなくては−−と、自分に言い聞かせる。
 煙草に火を点けようとしたそのとき、続いて到着したタクシーから知った顔が降りてきたので、思わず手を止めた。同乗していた男にも見憶えがある。
「ご無沙汰してます」
「お」
 他人の目がある場所では佐治の名を口にしない。下元は深々と頭を垂れる。佐治を乗せてきたタクシーが去り、降車場は無人になった。三ツ谷麻美もとうに寺の中に入って行った。
「伸吾、もしかして、さっきの女を乗せたか?」
「はあ。あの…三ツ谷さんとお知り合いで?」
「向こうはわしを知らん。女は三ツ谷と名乗ったんか」
「ええ。よろしければお帰りの際にご連絡ください、言いましてん」
「そうか、それはでかした」
「いったい何でしょ」
「ちょっと考えたことがあってな。ちょっとした小遣い稼ぎや」
 耳を貸せ、と指で促されて下元は身を屈める。

 境内の桜も見事に満開だったが、平日なので空いている。すれ違うのは老人か、または若いカップルが多い。
 パンプスのヒールが石畳に引っかからぬよう気をつけながら、麻美はゆっくりと歩を進めた。 4 月に入り、市街地では日中外にいるだけで汗ばむような陽気だが、山寺は涼しい。
(とってもいい日和…)
 大学の薬学部を出、当たり前のように製薬会社に就職して東京へ出た。学生時代からの付き合いだった男と結婚し、すぐに離婚。まだ 26 歳だった。奈良の実家に戻って間もなくベンチャーを立ち上げてから軌道に乗せるまでの 2 年間というもの、ほとんど休む間がなかった。薬品や香料に関する科学的な情報や業界の動向はトップとして勉強を欠かせない。製品の製造元との交渉も難航することがある。ハードな日々。それで目の周辺の疲労を隠すため、アイシャドウだけはやや濃い目にするようになった。
 そんな中で時間ができると寺巡りをしている。学生時代には歴史研究会にいて、週末ごとに奈良・京都の寺社を散策していたので、お気に入りの場所がいくつかある。今日は、いつか再訪したいと願いつつなかなか実現しなかった場所にようやく来れたのだ。しかも桜は絶好の装いで迎えてくれている。
 五重塔を正面に見る位置でベンチに腰を下ろし、持参の熱い湯で茶を淹れて飲む。
「がんばって働いていると、いいことがあるもんだ」
 昔の上司の口癖を不意に思い出して、声に出してみた。
 桜に包まれた塔を眺めているうちに、つと涙がこぼれた。
 ここで泣き出すわけにはいかない。堪えないと、止まらなくなってしまう。
 技術系の社員は大学時代の恩師や友人の紹介で、事務系の社員は親類のつてで、それぞれ一応集まったが、人を使うという仕事は想像していた以上に難しかった。特に麻美の不得手な経理・財務を統括する鮫島という男は麻美よりひと回り年長で、それだけでも扱いに神経を遣うのに、他の社員がいないところでは麻美にあからさまに色目を使ってくる。視線で舐める、肩を揉むなどは日常茶飯事。
 銀行の担当者と会う時は彼が同席するが、起業後間もないある時のこと、
「社長、明日はミニスカートでっせ」
などと言った。まるでマネジャー気取りだ。言わんとすることが麻美にもわかったが、生理中でいらいらしていたこともあり、さすがに腹に据えかねた。
「服装のことなんて構わないでください。明日も寒そうだし」
「寒い日も何気にミニを履いてるやないですか。好きでしょ、脚見せるのが」
 言い返す言葉が出てこなかった。その通りだったからだ。
「私ら男にはええ目の保養になってるんですよ。社員にはサービスしてはんのに、どうして取引先にせんのですか」
「…どういう意味?」
「河内銀行の支店長も社長のファンなんですよ。社長と一席設けてくれへんか、なんて言って来てますがね、あれは絶対にその後を期待してまんな」
 結局、翌日は膝丈のスカートにした。それでも、交渉の席は尻が沈むソファで膝から露出してしまう。麻美の正面に座った銀行屋は始終露骨な視線を送ってきていた。あれでよく仕事になるものだと思った。
 鮫島にしても社長に対しセクハラとは大胆なものだが、彼を紹介した親類は彼を麻美の再婚相手にと考えているのである。鮫島はすっかりその気のようだ。しかし、金に関して計算高いというほかには特に長所もない彼を、麻美はどうしても受け入れられそうになかった。
 ただ、目下のところ彼なしでは会社の金が回らないのも事実だ。テレビ局に話をつけてきたのも鮫島だった。それで増長しているのか、セクハラは露骨になりつつあった。
(だめだめ。なんであんな男のことなんか。それどころじゃないのに)
 そうなのだ。今や、鮫島のことが些末に思えるほどの一大事が麻美の身に降りかかっていた。
 亡くなった父親の古い知人だという資産家が秘書を通じて連絡を寄こした。麻美がテレビに出た 2 日後だった。
 由比龍之進というその人物は 80 歳。麻美の会社の資本金や社員構成はもちろん、製造部門の設備投資、新技術の特許取得、株式公開の準備などすべてを急がねばならないのに肝腎の資金が不足していることを、みっちり調べ上げていた。
「その金、用立ててあげよかと思うとるんや」
 招かれた屋敷の一室で麻美は由比老人と正対していた。由比の後方には、亀山という屈強な体躯の秘書が控えていた。
「…ご厚意はとても有り難いのですけれど、またどうして…」
 父との付き合いがよほど深かったのだろうと考えていた。だがそれは見事に外れた。
「もちろんタダではないで」
 鋭い眼光に全身を舐められたような気がして、身を強ばらせた。
「あんたがまだ中学のころか、いっぺん会うたことがあるんやが、忘れとるやろな」
「…はい…」
「あん時もえろう可愛いらしい子やと思うたが、いま 28 か。美しゅうなったの」
 おぞましい方向に話が進む気配が濃厚だった。
「わしがあんたに何を求めとるか、わかるやろ」
 はぐらかそうとしても無駄なようだ。老人は麻美に言わせたいのだ。
「…愛人になれ、と…」
「さすが賢いお子や。だが少し違う」
「…え…」
「奴隷や」
 言葉を失った。
「…仰ることが、よく…」
「奴隷でわからなければ、オモチャやな」
「…なっ…」
「あんたのように多少は開発されとるのが、いちばんおもろいんや」
 視線を避けようと身をよじる。その仕草がまた老人を刺激したようだった。
「ふふふ…どうや。まんざらでもないのやろ」
「…ご冗談を…」
「わしは見てのとおりの老体で、勃つはずのもんも勃たん。活きのええ男を…そやな、 4 、 5 人あてがったろうかの。そいつらに慰みもんにされるとこを見せて欲しい」
 途中で耳を塞いだ。席を立とうとしたとき、老人の手に手首を捕らえられた。
「…あっ…」
 思いがけない握力だった。それに麻美の官能が応えた。
「ええ声を出すやないか。今の話で感じたんか?」
「…違いますっ…」
「必死で否定するんは、図星の証拠」
「…やめて…」
「 28 といえば女盛り。今は相手もおらん。淋しゅうて身が持たへんのと違うか」
「おおきなお世話です。それは私の問題で、会社とは関係ございません」
 涙ぐむ麻美をなだめるように由比は言った。
「とりあえず 3 億用意しよ。当座はそれで足りるやろ。あとはあんた次第でいくらでも用立てる」
 その金額を聞いては神妙にならざるを得なかった。
「持って生まれた美貌はあんたの財産であり、アドバンテージやで。高い値がつくうちに有効に活用しなはれ」
「申し訳ありません…少しお時間をいただけませんか」
「悪いようにはせんよ。 1 週間以内に返事を寄こすんや。ええな」
 逃げ出すように屋敷を飛び出してきた−−
 本心を言えば願ってもないことだった。 3 億をぽんと出されたことだけではない。
 日ごと夜ごと、麻美の脳内は妄想に支配されていたのだ−−
 縛り上げられて陵辱されている。両腕を後ろ手に戒めたその縄尻は鮫島の手に握られ、麻美は背後から犯されていた。そして、ガーターストッキングだけの裸に剥かれた全身を 3 名の男性社員が貪っている。もう何度絶頂に追い遣られたか数え切れないほどなのに、男たちの欲望は鎮まる気配を見せない。その様子を鑑賞しながらビデオ撮影に余念がないのは河内銀行の支店長・須賀だ。
『経営は鮫島さんに任せて、あんたはお飾り社長・兼・奴隷になればいいんだよ。それで会社は安泰だ』
(…いやっ…)
 かぶりを振って、現実に戻る。
 華奢な身体つきでいながら麻美は人並み以上に欲求が強い。愛のあるセックスも悪くないとは思うが、どちらかといえば男に手管を尽くされて快楽を与えられるのが好みである。相手が望むのであれば手荒に扱われても構わない。男が夢中になって麻美の身体を貪り、その欲望をぶつけてくることで、麻美がより高い快楽へ導かれるのであれば、望むところだ。先の妄想は登場人物を別とすれば願望そのものなのである。
 −−だというのに、元夫は結婚直後に自分は M なんだと白状した。麻美が“受け派”であるのは結婚前から承知のはずなのに、麻美を責めるのは気が乗らず、自分の快楽ばかり求めてくる。夫婦になったのだから仕方がないとフェラチオなども積極的にしてみたが、夫の要求が増えるだけで麻美の快楽は放って置かれた。
 離婚後やむを得ず通販でオナニー用のバイブレータを購入したところ、大当たりだった。それが膣内のスポットを刺激するとたちまち昇り詰め、潮を吹くほどだったのだ。
 だがいつまでもバイブだけでは身が持たない。自分の手でそれを動かさなくてはならないのも、不満になってきた。
 本物の男に抱かれたい−−
 快楽を与えてもらえるのなら、陵辱まがいであってもいいから−−
 その願望と資金難を由比老人は真正面から突いてきた。「一石二鳥」などという語が麻美の脳内に思い浮かぶのも無理はない。金の心配をする必要がなくなるうえに、性の欲求まで十分すぎるほどに満たされそうであった。
 女に、それも、そこそこの美貌に恵まれて生まれてきたことに、感謝せざるを得ない。ただ−−
 奴隷あるいは玩具になるということがどれほどの肉体的負担を伴うものなのか、見当もつかない。由比はこう言った−−
『活きのええ男を…そやな、 4 、 5 人あてがったろうかの。そいつらに慰みもんにされるとこを見せて欲しい 』
 妄想の中では麻美はまさにその「 4 、 5 人」の男に陵辱されているのだが、いざ現実になると思うと、怖い。
 いくら欲求が強いという自覚があっても、一度に複数の男を相手にしたことなど、もちろんない。それどころか、これまで元夫以外に男を知らないのだ。そんな、年齢のわりに経験の極めて乏しい自分が、技巧に長けているであろう 4 、 5 人もの男を相手に堪えられるものだろうか。
 さらに、「慰みもんにされる」という言葉には、単に代わる代わる抱かれる、という以上の含みを感じる。拷問のような仕打ちを受けるかも知れないのだ。
 由比老人との連絡の窓口は秘書の亀山で、交信は携帯メールだった。由比に会ったその翌日、早速亀山から送信があった。

 20**. 3. **
 三ツ谷様
 その後お気持ちは決まりましたでしょうか。
 お返事を 1 週間以内にとは申しましたが、
 早くご承諾いただければそれだけ融資も早められます。
 良いお返事をお待ちしております。
 亀山正次

 返事に踏み切れずにいると、その翌日にも送信があった。

 20**. 3. **
 三ツ谷様
 お返事の催促ではありませんのでご心配なく。
 もしも次の週末に最初の「逢瀬」がかなえば、
 週が明けてすぐにご融資ができます。
 よろしくご検討ください。
 亀山正次

 催促ではないとの断りはあるが、催促に違いなかった。仕事関係のメールであれば返信を滞らせるのは NG 。亀山との交信は仕事ではないが重大な案件だ。返信しないわけにはいかなかった。

 20**. 3. **
 亀山様
 お返事が遅くなりまして申し訳ございません。
 このたびのお話は願ってもない、ありがたいものなのですが、
 私が果たして御前のご期待に添えるのかどうか、不安なのです。
 「逢瀬」ではどのようなことが行われ、
 私はどれほどのダメージを覚悟していればよろしいのでしょうか。
 亀山様はご存じなのだと思います。教えていただければ幸いです。
 三ツ谷麻美

 由比を「御前」と呼ぶのは、メールにその名を書かないようにとの指示があったためである。すぐに返信が来た。

 20**. 3. **
 三ツ谷様
 ご心配の「ダメージ」は肉体的なものを言っておられるのでしょう。
 後々まで残る傷がつくようなことは決してないはずですが、
 体力の限界を超えてなお許されない、
 という程度のことは覚悟なさってください。
 それでも仕事に支障のないよう努めるのも貴女の責務です。
 「逢瀬」の内容は事前には明かせません。
 奴隷になるのなら、何をされても受け入れるのです。
 それに、何をされるか知らされずにいるほうが
 貴女も楽しめるのではないですか?
 最初の日は準備を含めて半日ほど見ておいてください。
 この次のメールではご検討の結果をお知らせください。
 亀山正次

 由比だけでなく亀山の奴隷でもあるかのように思わされる文面である。一番気がかりな「何をされるか」は知らされず、逆に知らされずにいるほうが自分も楽しめるだろうとまで言われる。事前には明かせない、というからには亀山はやはり知っているのだろう。おそらく「 4 、 5 人」のひとりは亀山だ。
 この次には返事をしなくてはならない。それで麻美は今日、寺巡りをしながら返答を考え、この山寺で返信をするつもりでいたのだった。月曜に融資を受けることができれば望外のことだ。そのためには今日が返事の締め切りとなるはずだった。

 20**. 4. *
 亀山様
 いろいろとご面倒をおかけして申し訳ありません。
 ぜひともご厚意に甘えたいと存じます。
 不束者ですが精一杯お仕えしますので、
 どうぞよろしくお願いいたします。
 三ツ谷麻美

 送信ボタンを押す−−
 これで自分は由比と、そして事実上、亀山の奴隷だ。ほどなく返信が来た。

 20**. 4. *
 三ツ谷様
 ご快諾ありがとうございます。
 早速ですが明日、日曜の予定をお知らせください。
 できるだけ詳細に願います。
 亀山正次

 20**. 4. *
 亀山様
 明日は具体的な予定は入れておりません。
 そちら様のご都合に合わせて動きます。
 三ツ谷麻美

 20**. 4. *
 三ツ谷様
 それでは明日正午に屋敷へおいでください。
 明後日の朝まで過ごしていただきます。
 (一昨日に半日としたのは取り消させてください。悪しからず)
 亀山正次

(…最初から“泊まり”でだなんて…)
 だが、拒むことはできない。

 20**. 4. *
 亀山様
 承知いたしました。
 明日正午に伺います。
 どうぞよろしくお願いいたします。
 三ツ谷麻美

 送信ボタンを押す指が震えた。不安は募るが、身を委ねるほかない。
 結論が出たところで、亀山とのやりとりは用心のため一切を消去した。
(…いったい、何が待っているのかしら…)
 幸い、昨日のうちにエステと美容院へ行き、自宅では恥毛のカットなどもして、全身隈無く手入れをしてある。いつ、どこで裸に剥かれても相手を唸らせる自身があった。
 いよいよだ。怖がっていたのが嘘のように期待が高まり、下腹部がむらむらと落ち着かなくなってくる。
 それというのも−−
 過酷な責めを加えられることを想定して、オナニーを控えているからだ。一度オナニーを始めればつい際限なくしてしまう麻美としては、体力を少しでも温存するためである。また、オナニーを禁じて淫欲を高めておけば、麻美の肉体は必ずや由比たちを喜ばせる反応をするはずだからでもある。
 由比に呼ばれる前からだから、このごろの麻美には珍しく、もう 1 週間以上もオナニーをしていない。いわゆる“溜まっている”状態だった。

 日が傾いて気温が下がってきた。ジャケットは薄手で、中のブラウスはノースリーブだ。スカートも膝丈なので上半身・下半身ともすうすうと心許ない。帰宅を急いだほうが良さそうだった。
 それでも閉門直前まで粘りたい。境内が一望できる場所まで歩くことにした。
 長い石段を昇り、半ばまで来たころ−−
 背後で苦しげな声がした。見れば白髪の男が胸を押さえ、うずくまっている。
(…心筋梗塞だっ…)
 麻美の父もそれで亡くなっている。そこまで引き返すと、
「お薬はお持ちですか」
 老人はうん、うん、と頷き、
「その辺に…落としてしもうて…」
「ええっ」
 老人には自分で探す余裕がない。
(私が見つけなくちゃ…)
 だが、見つからない。もともと林の中で薄暗い上に、日が傾いている。
(…どうしよう…そうだ、救急車を…)
 携帯を取り出したとき、老人の手がそれを制し、
「予備があった…」
 そう言って上着の内ポケットから薬を出した。
「良かったぁ」
 驚いたのと安心したのとで、にわかに涙がこみ上げてきた。
 老人が薬を飲んで落ち着きかけたころ、麻美は声を上げて泣いていた。

3 美しい獲物

「慶長から続く菓子屋をやっとるんですがな、昔からこのお寺が好きでねえ…ちょうど桜が見頃だよー、いうて知り合いが教えてくれたもんやから」
 白湯を振舞うと、おおきに、と言って頭を下げる。紳士は佐治と名乗った。
「昔はあのてっぺんまで平気で昇ったもんだけど、あかんなあ」
「ゆっくり昇られたら行けますよ。でも、今日はよしましょ」
 ああ、と佐治は頷き、
「おおきになぁ。えらいべっぴんさんだが、それよりなんとも優しい人やのう」
 佐治は 70 歳ほどだろうか。年齢のわりに背が高く 180 cm はある。髪は豊かに残っていて総白髪であり、眉毛も口髭も見事に真っ白だ。それが美しいほどである。
「おじさまこそ、素敵ですよ」
「この年寄りをおじさまとな。ふぁはは…あんたはええ子やな」
 顔立ちも優しく整い、麻美の亡父よりずっと年長だが、親しみが湧く。
 そろそろ閉門の時刻だ。佐治をタクシーに乗せなくては。そして、自分も寒さに堪えがたくなってきた。
 タクシーの運転手は心臓の悪い佐治を気遣ってくれるだろうか。それに、そもそもタクシーは出口にいるのだろうか。
 1 分でも早く佐治を車に乗せたい−−そう考えると、往路で自分を運んでくれた下元の朗らかな顔がすぐに浮かんだ。
「ここに来た時のタクシーの運転手さんが呼んでくれればいいと仰ってたので、電話してみますね」
「あんたは」
「相乗りで構いませんか?」
「あんた、一緒に行ってくれるんか」
「ええ、ご自宅まで。私はご近所の駅から電車に乗りますわ」
「そりゃあ、ありがたい。それに楽しみやな」
 携帯に連絡すると、下元はすぐに出た。
「今日乗せていただいた三ツ谷と申しますが…」
−−ああ! はいはい。ご連絡ありがとうございます。お帰りですか?
「まだ境内にいるんですが、 10 分ほどでタクシー乗り場に参りますので…」
 予想したとおり、事情を話すと下元は快諾してくれた。
 佐治の手を引いてタクシー乗り場まで降りると、案の定、 1 台もいない。
 ほどなく、見憶えのあるタクシーが現れた。後部座席には既に毛布が置いてある。下元が頼もしく見え、ひとりで付き添ってきた心細さが雲散していく。
 麻美が後部座席の奥に、佐治がその横に座って、車は発進した。
「それじゃ、佐治さんのお宅へ…ええと」
「とりあえず ** 町まで、頼みますわ」
「かしこまりました」
 山の中のことである。周囲はどんどん暗くなっていく。しばらく走ったところで、
「ありゃ」
 そう言って、佐治が上着のポケットの中を探り始めた。
「どうされました?」
 また薬を探しているのかも知れない。麻美が気遣うと、
「ええっと…いや…」
 何を探しているのか、見つからないようである。やがて、
「運転手さん、ちょっと止めてくださらんか」
と佐治が言い、車が道の脇に停まると−−
「お、あった」
「何ですの?…」
 そう言って身を寄せた麻美の鳩尾を、
 ズンッ…
 重い一撃が見舞った。呻き声すら上げず、あっけなく崩れ落ちる麻美。
 車が発進する−−

「…流石ですな…」
 信号待ちで、下元がようやく口を開いた。女ひとり眠らせるくらい朝飯前だ、とでも言うようにほくそえむ佐治とは対照的に、下元の表情は強ばっている。父親が知り合いだったので佐治とは長い付き合いだが、彼自身は一応はカタギなのだ。
 昏い眠りに落ちた美しい獲物。スカートの裾が乱れて太腿が一部露わになり、脹ら脛へかけて美しい曲線を見せている。ストッキングの黒と肌の色が溶け合った艶めかしい色合いに、弥が上にも劣情が煽られる。女の脚に目がない下元だが、こんな間近で眺めるのは久しぶりだ。
「 2 時間は目が覚めんはず…ちゅうか、何や。熟睡やで」
 佐治の腕の中で、麻美は確かにすうすうと気持ち良さそうな寝息を立てている。
「ベンチャー企業の社長はんはお疲れなんですよ。たまの休みもお寺巡りで忙しいし」
「休みの日は家でゆっくりしとれば良かったんや。綺麗に着飾って出歩くからこういう目に遭う」
 くくく…と、男二人が冷たく嗤う。
「アイシャドウが濃いのも年齢相応に似合うとると思ったんやが、実は目の周りの疲れを隠しとるんやなあ。健気なもんやで」
「すっぴんでも十分可愛らしいはずやけど、そのシャドウのおかげで随分とエロさが増しとりますね」
「本人はそのつもりはないんやろううけどの」
 ぐひひひ…と、嗤う。
 佐治は麻美のバッグの中身を物色している。名刺には確かに

 株式会社パヒューム 代表取締役 三ツ谷麻美

とある。会社の所在地や電話番号は名刺から、自宅の住所は免許証から、既に掴んだ。
「さてと…」
 次に探り当てたのは携帯電話だ。
「しばしば恥ずかしい情報の宝庫なんやが、この子の場合はどうかの」
 真っ先に見たのはメールだ。当然、仕事関係と思われるものが多いのだが−−
「む」
 唯一、差出人の表示がないメールが受信ボックスに残っていた。

 20**. 3. **
 三ツ谷様
 その後お気持ちは決まりましたでしょうか。
 お返事を一週間以内にとは申しましたが、
 早くご承諾いただければそれだけ融資も早められます。
 良いお返事をお待ちしております。
 亀山正次

「何かありましたか」
 件のメールを佐治が読み上げる。
「この亀山からはこれきりやな。麻美からこいつに送信したものもない。全部消したつもりが、ひとつだけ消し忘れた…としたら、どうや」
「あり得ますな。なぜ消すかというと…」
「人の目に触れんように、っちゅうとこやろの」
「日付はほんの 3 日前ですな」
「この子は何か憂い事を抱えていそうな様子やったが、これと関係があるか、どうか」
「融資といえば、取引銀行は須賀さんのとこなんでしょう」
「あの男、この子の会社の融資はなかなか承認せんで引っ張っておるらしい。ベンチャーで経営基盤がどうとか言うとったが、焦らして弄んでおるように聞こえたよ」
「はあ…すると別の人物から直接、この人にね」
「融資と引き換えに何を承諾する?…わしが融資するならひとつしか考えられんがの…匂うのう」
「さいですな。面白ろうなって来ましたなあ」
 ぐひひひ…とまた嗤う男二人である。

 佐治の住む町の中心街を抜けるとやがて住宅がまばらになる。分岐から道なりに坂を上ると、深い森の隙間のような土地に古びた 3 階建てビルが現れた。某広域指定暴力団の系列「猪突会」の本拠である。表向きは製材業だが、地元では組頭の名で公然と「佐治組」と呼ばれている。
 下元のタクシーが敷地に入ると、不快な金属音を立てながら 1 階、資材置場のシャッターが開く。タクシーが滑り込むと再びシャッターは降りた。辺りには住宅も店もなく、ビルの内部で何が行われようと外部に知れることはない。
 幹部数名が出迎えた。佐治が口に指を充て、声を出さんでええ、と唇を動かす。
 後部座席で眠り続けている麻美を下元が運び出そうとすると、片方のパンプスが脱げていたので拾って履かせてやる。 23 cm ほどだろうか、靴も頼りなければ足も驚くほど小振りなのにいささか驚く。そのはかなさが性的な危うさを一層印象的にしているのだ。 157 cm 、 42 kg の華奢な肢体は逞しい腕に軽々と抱き上げられた。
 佐治からの連絡で、資材置場の一角が 20 畳ほどの空間に整理されていた。日はとうに暮れ、蛍光灯が所々切れたままで薄暗いが、ソファを置いた位置だけは 4 基のスポットライトが煌々と照らしていた。そのソファに麻美の身体は横たえられた。
「さて、では縛っておくか」
 さも大義そうに言うが、佐治は楽しげである。ソファの脇に数本、縄の束がある。名前が麻美やからな…と呟きながら麻縄を取った。佐治に促されて麻美の両手首を背中で組ませた下元は、女の腕のか細さや筋肉の薄さというものを改めて感じる。少しでも手荒に扱えば折れてしまいそうだと思う。
「細いのお…」
 佐治も同じことを思ったようだ。細い腕の、また一際細い手首に、冷酷な麻縄が佐治の手捌きで容赦なく絡みついていく。その構図を目の当たりにするだけで下元の下半身は欲望で充満してしまう。
「今はこれでええやろ」
 自由を奪っておくだけで十分ということだ。本格的に縛るのは「その時」でいい。
 続けて幹部が佐治に渡したのは菱形・青色の錠剤。バイアグラだ。
「この子の美貌に深ーく感謝して、大サービスで 2 、3 錠行っとくか」
 部下たちも一瞬顔を見合わせるようなことを佐治は平然と言い、麻美の上半身を上向かせ、口をこじ開け、 1 錠ずつ 3 つ押し込む。口移しで水を含ませると、麻美は反射的にそれを嚥下した。
「昼食を食べ忘れた、って言うてましたよ。完全に空き腹でっせ」
 下元が小声で佐治や幹部らに言う。忌まわしい成分が一気に吸収されて悲惨な事態になりはしないかというのだ。これからの麻美の苦難を案じてのことなら飲ませる前に言っただろうが、無論、そんなつもりはない。
「それじゃ、覿面に効くやろう。人生初バイアグラやろうしな」
「 3 錠いうたら若い男でも一晩悶え苦しみまっせ。お嬢さんは大丈夫やろか」
 ぐひひひひ…という下卑た嗤いが麻美を包んだ。
「亀山某のことはわかったか」
 佐治が片腕のひとりである朔田に問うと、朔田が耳打ちする。佐治は頷き、一度目を剥いて驚きを露わにした後、また頷いた。
「須賀さんがお着きになりました。お連れさんも一緒です」
 もうひとりの片腕である志目が小声で伝える。入り口で客人二人が会釈をしている。
「整ったようやの。カメラはもう回っとるんか?…ほな、始めよか」
 麻美の身体が起こされ、ソファに背を預ける恰好で座らせると、首が後方へ折れてしまう。その首筋の白さと細さがまたあまりにも危うげだ。佐治が首を横向きに直してやると、麻美はおのれの肩に頬を充て、眠りは続けながらいくらか辛そうに眉根を寄せる。その表情の美しさと儚さに男たちは息を呑み、同時に嗜虐の欲望を高めていく。
 スカートの裾から露出する脚は斜めに揃えた格好で伸びている。膝から脹ら脛、くるぶし、そしてパンプスの輪郭へとつながる曲線は、男たちを自らへの加虐に誘うオーラを発しているようである。
「“いじめて”光線が出まくっとるわ。参るのお」
 佐治は傍らのボトルからブランデーをグラスに注ぎ、口に含んだ。そして麻美の鼻と顎を手で押さえ、唇を重ねる。麻美の白い喉がこくり、と波打った。麻美が顔をしかめる。
「…ごほッ!…」
 数回むせたあと、微かに目を開く。
 スポットライトの光量が増し、麻美の全身をじりじりと灼いている−−

4 捕らわれて

 眩しい。それに、喉が焼けるよう−−
 眠ってしまっていた。
 瞼を開くと、見慣れないソファと床の色が目に入る。私は外出着のまま。
「…え…」
 手首が、背中で縛られている。痛くはないが、解けもしない。
 どうして?…誰にされて?…
 はっ。
 山寺で老人に会った。心臓の発作を起こした直後だったので、タクシーに同乗した。
「お目覚めのようやの」
 その老人の声。
「…佐治さんっ…」
 目を見開いても、強烈な光に視界を塞がれてしまう。空間は薄暗く、私にだけ光が浴びせられている。その光には露骨な悪意を感じる。
「…どうして?…どういうこと?…」
「すぐにわかるから、そう焦りなさんな」
 目が慣れてくると、佐治と、タクシーの運転手−−下元の姿が認められた。
 二人だけではない。あと 2 、 3 人はいる。
 私は−−拉致−−誘拐されたに違いない。
 パヒュームの社長をしているからだ。テレビになど出たから狙われたのか。
「よう眠っとったの。疲れとるんじゃろう、社長業が大変なのはようわかる」
 やっぱり−−
「…私のことを知っていて、騙したんですね」
 お金が目的だとしたら、お門違いだ。うちの会社にはお金なんてない。
「まあ、そんなとこや。ただ、思いついたんはあの山寺で、やで。な」
 佐治が前に出てきた。下元も。
「このたびはご利用、ありがとうございました。お嬢様」
 慇懃無礼。タクシーで感じた人柄の良さはどこかに失せている。
「…二人は、どういう…」
「旧い知り合いなんやけど、今日手を組むことにしたんは偶然ですねん」
 下元がなにやら嬉しそうに語り始めた。
「あんたが私の車に乗らんかったら、今日は何事もなくお家に帰れたでしょうし、私も御相伴に与ることはできんかった。ま、巡り合わせですな。あんたにはお気の毒ですけど、私にはえらい僥倖で…ああ、いやいや。こんな美しいひとと一緒におれるのが、でっせ」
「まったくやな」
「ごっつぁんです」
 がははは…と、二人は愉快そうに笑った。
「…あなたたちは、何なんです。ここはどこなんですか」
「うちは、表向きは製材業。わしが社長をさせてもうろうとる」
 佐治が言う。確かに木材や機械油の匂いがぷんぷんするのだが−−表向きというからには裏の顔がある。ヤクザ?−−
「…老舗のお菓子屋さんとは、よく言ったものだわ…」
「ふはははは。そうやったな。まあ、堪忍やで。本題に入ろか」
 佐治が私の横に座った。肩を抱かれる。振り払おうにも、手の自由を奪われていては叶わない。
「ちょっと眩し過ぎるな。光の向きを変えてくれんか」
 へい、と声がして光線が分散すると、室内の明るさが増した。それで−−
 見えてしまった。佐治、下元のすぐ後ろに 2 、 3 人いると思われたのは、その通りだったけれど−−
 さらにその背後で 2 倍もの人影が私を見ていた。私はソファに深く腰掛けているし、後方はやはり薄暗くて確認しきれないが、 10 人はいそうだ。
「…っ…」
 心臓の拍動が聞こえるようだ。
 思わず後退りしようとしたが、脚を引き、ソファに身体を押しつけただけ。その仕草が彼らを刺激したらしく、どよめきが起こった。低く、うなるような男の集団の声だ。
 私の全身に視線が集まっている。それは私が目を覚ます前からそうだったのだろう。
 身の危険を感じずにいられない。女ひとり、荒くれの巣のような場所に監禁されている。そしてその女が、そこそこの美貌の持ち主だとしたら−−
 わずかな時間にそこまで考えた、そのとき。
 さらに、見たくないものが視界に入ってきた。
 ビデオカメラ。ざっと見渡しただけで 3 台。
 撮られている。きつい照明はそのためだったのだ。
 なぜ撮影するのか、問うまでもない。これから私の身に起こる一部始終を−−これからの人生をめちゃめちゃにするであろう映像を、残しておくため。
 撮らないでと懇願しても無駄だろう。そんな事態になるのを全力で回避しなくては。
 だが、そんな決意を鈍らせるように、
 太腿の間−−秘裂の上位に、頭をもたげてくる感覚があった。
 どうして、よりによって、こんな時に、
 クリトリスが勃起を−−
 急な異変だった。そう思ったときにはむくむくと立ち上がっていた。
 朝目覚めたとき、それが勃起していることはよくある。性的なことを考えているときや、身体のどこかの性感帯に刺激を受けたとき、寒い日に冷気が脚を刺してくるとき、じわじわと充血してくることも。だが大抵はゆっくりとした変化だ。気を紛らせれば鎮まることも多い。
 でも、今は違った。その感覚が脳に伝わったときには勃起してしまっていたのだ。
 そう考えている間にも充血は増している気がする。じんじんと痛いほど。こんなことは経験がない。
 あまつさえ、秘裂も潤ってきてしまった。どうして?−−
 オナニーを 1 週間、禁じていたから?…でも、その程度のことは過去にもある。
 まさか−−
 拉致され、縛られて、大勢の男の視線に犯され、カメラにも狙われているから?−−
 あり得ない。あってはならないことだ。
 どうか鎮まって、クリトリス。お願いだから−−
「こやつらな、あんたをここへ連れ込んだ時から昂奮しっぱなしでの」
 私の神経を逆撫でするような佐治の一言。ぐふふふふ…と、欲望の籠もった含み嗤い。聞こえよがしに舌を動かす者も。耳を塞ぐことはできない。やめて、と言う代わりにかぶりを振る。
 痛みを堪えるため、太腿を擦り合わせなくてはならなくなった。手が自由で、周囲に人がいなければ、そこを押さえてうずくまるところだ。
「みな 30 代、 40 代で分別盛りのはずなんやが、騒々しいの。何を期待しとんのか」
 くくくく…と押し殺したような嗤いが渦を巻いていて、怖い。この流れを断ち切らなくては、なし崩しに非道いことが始まりそうだ。
「…本題に…」
 息が乱れそうになるのを、必死で喰い止める。
「おう、そやった。身代金さえ出してくれたら解放するで」
 真偽のほどは疑わしいが、ひとまず信用するほかない。無言で返すと、
「人質自身に訊くのも変やが、 1 億でどや」
 無理だ。会社の運転資金に私の資産を足しても全く及ばない。
「あんたにはそのくらいの値打ちはあるやろ。どうや」
「…そんな金額は、とても…」
「金が取れんようなら、代わりの物をいただくことになるで」
 佐治が顔を近づけ、目を見据えてきた。
「わかるやろ。んん?」
 おとがいを指で押し上げられる。
「わかるか、と訊いとるんやがな」
 黙っているわけにもいかないようだ。
「…それを私に言え、と?…」
「わかってるんやないか。おい、みんな近くに来てええぞ」
 へい、と威勢のいい返事があり、下元を含めた“社員”たちが距離を狭めて来た。
「ただし、まだ我慢やで。お前らは指一本触れんなや」
 たちまち取り囲まれた。とんでもない人数であるのがわかった。
「わしと伸吾のほかに 13 人おる」
 多くは大柄で屈強。派手なシャツの袖から剥き出しになっている腕は、私の脚よりも太そうだ。そしてほとんどが短髪か坊主頭で、凶暴さを押し隠したような凄みのある顔、顔、顔−−何かの傷かピアスで装飾されているのも−−
 この世界の住人を見たことのない私には刺激が強過ぎた。そんな男たちが至近距離にいて、私の顔、胸、腰、そして脚を視線で嘗めている。さらに、指を拡げて愛撫を加える動作を見せたり、鼻を近づけてきたりする。佐治の言う通りなら触れてこないはずだが、いちいち反応して逃げてしまう。半分はからかっているのだろうが、あと半分は本気の欲望を表現しているのだ。
「…いやっ…」
 気づいたときには涙をぼろぼろこぼしていた。こんな精神状態なのに、クリトリスはやはり勃起したままであり、秘裂も潤いを増していく。
「そないに邪険にするもんやない。全員、大人しくしとろうが」
「…で、でも…」
「 28 と言えば熟女の範疇やで。男の欲望を軽くいなしてやらんかい」
 無茶を言われているとわかっても、反抗できない。
「…で、どうしよか。身代金代わりに何をいただこうかのう」
 身体で払えというのだ。これから起こることがビデオに撮られて、さらに価値を生むのだろう。たとえそれで解放されたとしても、今度はビデオを人質に取られる。繰り返し脅迫を受けるに違いない。そんなのは、絶対にだめだ。それに−−
 身体を差し出すなど、無茶というものだろう。
 ここにいる 15 人の慰み物になるのだ。女であるがゆえの性の地獄を味わわされたあげく、 15 人に輪姦される。そして相手が 15 人ということは、 15 回では済まないということだ。私ひとりに全員の欲望がぶつけられ、休むことも許されないのに対し、男たちは十分過ぎるほどの回復の時間がある。ヤクザという人種のセックスが暴力的だとは限らないけれど、手荒で、激しい消耗を強いるようなものである気がする。それが 2 巡、 3 巡しても終わらないかも知れない−−
 気が遠くなりかける。 28 は熟女だと言われても、年齢不相応に経験の乏しい私には無理というものだ。命までは取られないとしても、壊されてしまう。
 そして−−この土壇場で思い出した。
 この美貌、この身体は、由比にとっては 3 億の値打ちがあるものなのだ。否、 3 億とは契約金のようなもので、愛人を続ければさらに融資してもらえる可能性もある。
 だというのに−−
 その 3 分の 1 の額と引き換えに、この身体を壊されるわけにはいかない。
 なんとしても、今日、解放されなくては。そして明日正午には由比のもとへ駆けつけなくては−−
「どうした。何を考えとるんや」
「…払います」
 そう告げると、佐治も、周囲の男たちも、固まった。
「とても無理だと言わんかったか?」
「…考えたのです。会社にあるお金と、私の預金、あとは銀行から」
「ほう」
 河内銀行には 1 千万の融資を渋られているほどだから、何千万も借りることは難しい。あてにできるのは由比に用立ててもらええるはずの 3 億。
「来週のうちには用意できると思います。ですから…」
 佐治の目を見返す。
「今日のうちに、家に帰してください」
 今が何時なのか全くわからない。日付が変わっているなら、急ぐ必要がある。
「ああ?」
 佐治が声を荒げた。
「身代金が来る前に人質を解放するわけがあるか」
 我ながら、おかしなことを言っているという自覚はある。解放されたとして、お金を持ってのこのこ戻って来るだろうか。
「だって、その身代金を用意するのは私なんですよ。もうひとりの取締役と相談して、銀行に行って…となると、私が動かないわけには」
「なるほど」
 佐治は私の奇妙な提案を真面目な話と受け止めたようだ。どころか、感心したように私を見ている。だが説得できた気は全くしない。
 佐治はしばらく思案顔だったが−−
「もうひとりの取締役と、銀行やな。わかったで」
「…え?…」
「そんなこともあろうかと思うてな、もう呼んであるのや」
 佐治の視線を追った私は、次の瞬間、声を失っていた。

5 二人組

 男たちの群れの向こうに、鮫島。そして、河内銀行の須賀支店長。
「…どうして…」
 戸惑う私に構わず、二人は男たちの輪の中に割って入ってくる。
「大丈夫でっか、社長。顔色が悪うおまっせ」
 本気で心配しているのでないことはすぐにわかった。それを気づかれても構わないという口ぶりと態度だ。むしろ私の置かれた状況を面白がっているような−−
「社長のバッグに名刺やら入ってるでしょ。それを佐治さんが見はって会社のほうへ連絡をくれまして」
 言われるがままに駆けつけたというのだろうか。
「…警察へ、通報…」
「ま・さ・か」
 呆れたような大声を出す。
「そないなことをして社長にもしものことがあったらどうします」
「そうそう」
 鮫島の白々しい答えに須賀が同調するのが忌々しい。
 私から鮫島や亀山に連絡できない以上、助けなど期待できない、そう諦めてはいた。でも、それが決定的になってしまうと、失望、絶望と怒りがこみ上げてくる。
「…休日の夜に、会社に居たというの?」
「週明け早々に、銀行さんに出す書類をね」
 鮫島の日頃の様子からは考えられないことだ。そして−−
「三ツ谷さんには熱心な補佐役がおられて羨ましいですよ。その鮫島さんに非常事態と聞かされては、私もじっとしてはおられませんでな」
 こちらも信じがたいことを言う。うちの会社に手厳しい須賀が休日返上で足を運ぶなど、あり得ない。
 そもそも、この二人と佐治は私を巡って対立する関係にあるはずだ。それなのに、この打ち解けた雰囲気は何なのだろう。
 悪漢の数が増えただけ、としか−−
 何と言ってやればいいのか、考えがまとまらない。クリトリスは鋭く痛み、連動してか秘裂には愛液が滲んでいる。それを見透かしたように、鮫島と須賀の視線もまた私の下半身を舐めている。きっと、三ツ谷は今日も短いスカートで脚を見せている、などと思っているだろう。
「おたくの社長はんは 1 億用意する、言うてんねんけど」
 佐治が切り出す。
「 1 億でっか。小さい額ではありませんな。少なくともうちの口座だけでは足りませんし、それを出してしもたら運転資金がね」
 鮫島に続いて須賀が難色を示せば話が終わりになりかねない。それで、
「…私の個人資産で、なんとかしますから…」
「社長の個人資産はとっくに供出してるはずやないですか。会社が苦しいのに、まだ手つかずのカネがあったんでっか?」
「…それは…」
 困った。私の経済状態は鮫島にもある程度見えているのだ。
「あんた、さっきは銀行に頼むようなことを言うてたやないか」
 今度は佐治。そして須賀に話が振られる−−
「 1 億…ということになりますとね…」
 そう言いながら、須賀は意味ありげな視線を送ってくる。まるで身体を自由にさせろとでも言うかのようだ。
 でも、ここは頭を下げるところだ。でないと話が破綻する。
「…どうか、お願いします。助けてください」
 後ろ手に縛られた上半身を折って、そう言った。これまでも銀行の支店長室で何度も頭を下げてきたが、今回は特別、深々と。だが−−
「 1 億用立てたとして、返済できる見込みはありますのかな」
 もしかしたら私の生命が懸かっているこの状況にあって、その問い自体が信じがたかったが、さらに驚くべきことに−−
「無理でしょうな」
 と、鮫島。これではっきりした。この二人は私を救うために駆けつけたのではない。私が佐治たちの生贄になる、その引導を渡すために。そして、おそらくは−−
「…まっ…」
 喉がからからに渇いていて、咳き込んだ。
「待ってください。お金の当てはあります。でもそのためには、今日帰らなくちゃならないのです」
 追い詰められて、ついに言った。
「当てはある? うちの銀行を見限ってベンチャーキャピタルとか?」
 と、須賀。見限っているのはどちらなの?…と言うのを堪えて、
「…そんなところです…」
「ちょっと待ってや。聞いてまへんで。口から出任せ言うてもね」
 今度は鮫島。口から出任せ…って、あなたが言うの?
「私個人に、融資のお話があったの。休日中のことで、話してなかっただけ」
 私はもう精一杯だった。これで繋がれば−−と一縷の望みを託した一言−−
 だったのだが−−
「その融資っちゅうのは、メールにあったやつか?」
 佐治が私の携帯を手にしていた。
 亀山とのメールは全部消したはず。まさか、消し忘れがあった?−−
「亀山正次なる人物が間に立っておるようやが」
 そのまさかだった。佐治が話を振ったのは鮫島だ。鮫島も須賀もメールを覗き込む。
 しばらくの間、瞬きを忘れていた。
「さあ、知りませんな。何者です、社長」
「…私の父の知人の、補佐をしている方です。融資はその知人から…」
 携帯に残っていたメールがどれなのか、何が書かれているのか、わからない。もしかすると、最もまずいことを読まれているかも知れない。
「いくらです。参考までにお聞かせください」
 と、須賀。
「…それは、私個人へのことなので」
「 1 億を出して余りあるとか?」
「ほう」
「そうなのか」
 須賀と鮫島、佐治が口々に言う。
「どうなんや。こちらが納得できるように言うてや」
 鮫島の口調がいよいよきつくなった。追い詰められて、黙り通す気力を失くした。
「… 3 億…」
「げ」
 須賀が驚愕する。それはそうかも知れない。
「それはまた奮発してもろたもんやな」
 佐治が言う。
「…それで、明日その方を訪問する約束なんです」
「融資の手続き? それで帰らせてくれ、と言うわけか」
「…そうです…」
「急用ができたとか言うて延期してもらえばどうや。向こうだって週末は金を動かせんのやろ。あんたはここで 2 日か 3 日、ゆっくりしてったらええがな」
「…そっ…」
 2 晩、 3 晩かけて私を嬲るつもりだ。たとえ日を改めたとしても、約束を当日キャンセルしたうえに身体をぼろぼろにされていては、由比が納得するはずがない。
「…それは、できません。どうしても明日、行かなくては」
「明日行くと何が待ってるんやね」
 言葉を失って、佐治を見た。すべてお見通しだ、という表情。
 まさか−−それも読まれた?
「どうした。よほど大事な約束らしいから、教えてほしいんや」
 もう限界だった。何を言うべきなのかすら、頭がついて行かなくなっている。
「人には聞かせられんことのようやの。だが,喋ってもらうで」
 不意に佐治が立ち上がった。遅れて私も腕を取られて立たされる。
 手首の縄が解かれた。束の間、解放されるのかと錯覚したが無論、違った。
 ジャケットを引き剥がされる。ノースリーブブラウスの肩口から二の腕が露わになり、口笛が飛んだ。続いて両手首を纏めて掴まれた。
「吊るせ」
 抵抗する間もないまま、改めて手首を縛られる。天井から降りてきた滑車に、その縄が掛けられ−−
 私の身体はぐん、と上方へ引き上げられた。
「…うっ…」
「由比の屋敷で何があるのか、だけやない。他にもいろいろ訊かせてもらうで」
 パンプスのヒールは宙に浮き、爪先だけで身体を支える不安定極まりない姿勢。後ろ手に縛られて座っていたときとは比較にならない、自由の利かなさだ。そして腕を吊られているために、二の腕ばかりか腋の下もすっかり剥き出し。男たちも当然立ち上がっていて、周囲 360 度に高く堅牢な壁を成している。絶望的に囚われの身だ。
 そして−−
 身体を動かしたために、クリトリスがショーツの生地に擦れて激しい感覚が脳天まで突き上げた。歯を喰い縛って悲鳴を堪えたものの、刺激が僅かに落ち着いたころ、秘裂がじゅわっ…と潤った。それはショーツとストッキングを完全に潤して、内腿を濡らしているはずだった。太腿を捩り合わせて堪えるためには、目立たぬよう、片脚を交互に上げて締め付けるほかない。
「素直に答えてくれれば手荒なことはせん。だが…」
 爪先立ちをしていても、長身の佐治と視線を合わせるには一杯に見上げなくてはならない。おとがいに佐治の指が掛かったとき、背筋に電流が走った。
「喋ってくれんときにはその身体に訊くことになるでの」
 くっくっくっ…と下卑た嗤いが渦を巻き、私を苛む。
 きっと、素直に喋れないようなことを訊いてくるだろう。拒めば痛めつけられる。
 それで済むはずはない。そのまま陵辱されるだろう。 15 人がかり。いや−−
 まだ、いた。
 私が危険に晒されているのを鮫島らも承知のはず。見れば−−思った通りというべきか、二人の目には好色の光がぎらついている。それを佐治も認めたのだろう。
「お二人さん、こういうもんを生で見るのは初めてやろ?」
 彼らに問う。「こういうもん」って…まるでショーか何かのよう。
「ええ」
「もちろん」
 彼らが嬉々として答えると、
「もっと近うに来てもええで」
 と、佐治。
「よろしいので」
「ああ。身内がすぐそばにおったほうが社長はんも心強いやろ」
 冗談を−−
 男たちの壁の中に二人が入ってくる。あからさまに、舌舐めずりをしながら。
「…いっ、いやっ…」
 思わず口に出た。
「おいおい。あんたら、嫌われとるようやのお。わかる気もするがの」
 佐治が言うと、取り囲む男たちが爆笑する。
「それはないでしょ、社長。わしら身内でっせ」
「身内としては、側でサポートせんとね」
 と、二人。これも冗談としか−−
 佐治に促されて私の両側に来た。左に鮫島、右に須賀。二人とも中肉中背で威圧感はない。けれど、爪先立ちの私の顔のすぐ横に二人の顔があり、その顔が欲望を隠さないとあれば、おぞましさに鳥肌が立つ。
「…身内なら、助けてくれればいいじゃないの」
 睨み付けた目に熱いものがにじんだ。すると、
「もちろんですわ。お助けしまっせ」
「どんな答えにくい質問にも、答えたくなるようにね」
 口々に言っては、ぐふふふ…と嗤う。言うだけ無駄だった。
「…お断りするわ…」
 やっとのことで、そう言った。
「…だから、『いや』…って言ったのよ」
「社長、それじゃ、わしら居ないほうがええみたいやないですか」
「…そうよ。私が怖い目に遭うのを、見てるだけでしょう」
 また睨みつける。涙が頬を伝った。
「見物させるためにここへ招いたわけやないで」
 と、佐治。
「二人とも三ツ谷はんを心からお慕いしとるそうや」
「…え?…」
 それこそ冗談に違いない。慕われているのではなく、性欲の対象にされているのだ。
「そやから、三ツ谷はんができるだけ辛くないように、サポートをな」
「そうそう」
 佐治の言葉に二人は満足気だ。いやな予感がする。かぶりを振る。
「遠慮することはないで。なあ」
 佐治が鮫島に振る。
「会社では社長はんに何をしてあげとるんや」
「そうですな。私はときどき肩を揉んで差し上げてますが」
 ほおお…と感心したような声が上がる。普段から触ってんのかいな、とも。
「なら、それでいこか。須賀はんも」
 ちょっと待って−−
 この状況で、身体に触れられるのは嫌だ。特に鮫島と須賀には。
「…いやですっ…それに…」
 腕を吊られているから、肩を揉まれることはできない。だが−−
「おお。そやな。このポースじゃ肩は揉めん。では…」
 佐治の、そして鮫島と須賀の目がぎろりと動いた。
「胸を揉んで差し上げたらどうや」
 なんですって−−
「…いっ…いやッ!…」
「どうしたんや。女はオッパイを揉まれたら気持ちええんやろ。リラックスできるで」
 そんな−−
「それに、ただ見物されるだけじゃ嫌なんやろ?」
 左右にいた鮫島と須賀がそのまま背後に来る。首を後ろに精一杯ねじ曲げて、かぶりを振る。
「せっかく二人おるから、左右ひとつずつでええやろ」
 佐治の合図で、背後から手が伸びてくる−−
「まだ肌寒いのにノースリーブとは、用意がええことで」
「まったくやな。そそられまっせ、三ツ谷はん」
 二人から左右の耳に息を浴びせられ、仰け反った。
「まだ何もしてまへんがな。何を焦ってるんですか」
 周囲から嘲笑が起こる。
「都合よくワキが開いてるから、初めから直にいきまひょか」
 須賀の声に鮫島が頷く。ブラウスの肩口から滑り込む、二つの大きな手。
 それは器用にブラを押し上げ、乳房を鷲掴みにした。
「…くう、うッ!…」
 感じまいと念じたが、だめだった。むしろ、堪え切れずに漏れた泣き声が私自身の官能を刺激した。吊されているせいで身体を曲げて逃げることもできず、されるがまま。二人の手の動きは単調だが、入念。どう頑張っても、うっ、うっ…と声が出てしまう。
「麻美」
 私をそう呼んだのは鮫島だった。荒れる呼吸を堪えて睨むと、
「男の手に触られるの、久しぶりやろ。気分はどうや」
「…ひどい気分だわ…」
「麻美」
 こんどは須賀まで、私を−−
「感じてるんなら、もっと声を出してエエんやで」
「…感じたり、なんか…」
 そんな風に返さないほうがいい、と思ったときは遅かった。
「なら、これはどうや」
 右の乳房にめり込んでいた須賀の指が乳首を摘まんだ。同時に左の乳首にも来た。
「…あ、あッ!…」
 悲鳴を堪えることはできず、手首の縄にすがって、仰け反った。
 そして−−今の刺激がクリトリスにも通じて、充血の度合いが増した。
 破裂、しそう−−いや、このままでは本当にそうなる。
 激痛と不安に苛まれる間も、二人がかりでの乳房責めは続いている。息が荒れる。
「ふふふ、感じてるやないか」
「…感じて、なんか…痛いだけ…」
 ばれていても仕方がない。せめて言葉では抗わなくては、崩れ落ちてしまう。
「さよか、その程度では物足りんとな。ほんなら」
 佐治が二人に合図を−−舌を出して、空間を掬い上げて見せた。
 それは、いや−−そう思ったときには、強烈な刺激が。
「…うううーーッッッ!…」
 剥き出しの腋をぺろん、と舐め上げられた。左右同時に。
「片手が暇だったから、ちょうどエエわ」
 乳房を揉むのと反対の手はなんとなく私の腰に掛かっていたのだが、その手は吊られている肘のあたりを掴み、はじめ腋の窪みをくすぐっていた 2 枚の舌は、唇と一緒に肘までの二の腕を往復し始めた。
「…いっ、いやッッ!…」
 かぶりを振ると、涙と汗が散った。クリトリスの痛みは和らぐことはなく、いつしか片脚を上げたまま腰をくねらせていた。
「なあ、お嬢さん」
 見上げると、佐治が正面に来ていた。
「責められとるのは胸やのに、下半身に異変があるようやな」
 左右の足首をすごい力で握る手があった。そのまま引き裂かれていく。
「…あっ!…やっ…」
 その足首にも縄が絡みつき、一方で天井からの縄は少し緩んで。両脚を 60 度ほどに開いて固定されてしまった。
 背筋に痺れるような感覚が走っていた。吊されるだけよりも数段恥ずかしく、無防備でもある姿勢にされたからか−−まるで、何かのスイッチが入ったように。
 そして−−
 クリトリスがさらに充血の度合いを増し、
 ずるり…
 そんな音がしたかのような感触。同時に、生まれて初めて味わう、恐怖に似た感覚。
 だめっ−−
 クリトリスの本体が包皮を突き破ったのに違いなかった。剥き出しになった神経の固まりがショーツの生地に直に触れて、鋭い刺激をびんびんと脳に送り込んでくる。不自由な姿勢に脚がふらつき、腰を動かすと、焼けるような痛みと狂おしい性感が背筋から脳天まで貫いてくる。
 まるでクリトリスに人格があって、主人である私を苛むかのようだ。
 唇を結んで声を堪える代わり、両目を限界まで見開く。涙で視界が霞む。
「ええ恰好になったが、具合でも悪いんか?」
 佐治の指がまたおとがいに掛かり、目を見据えられた。
「ソファに座っておった時から、脚を捩って何か堪えておったやろ」
「…え…」
「それもできんようになったの」
 狼狽が顔に出たらしく、佐治がほくそ笑んでいる。
 気づかれていた?−−いや、クリトリスが痛むなどと男性にわかるものだろうか−−
 生理痛が始まったとでも言って誤魔化そうかと考えたが、
「女の急所が脚の間にあるやろ。それが痛うてたまらんのやないか?」
 先回りされた。
 くっくっくっ…と、周囲からも意味ありげな嗤い。
 佐治だけではなく、男たち全員が、私の恥ずかしい事態に感づいている?−−
「男は無論やが、女も官能が高まると勃起するそうやの」
「…いっ…いいえ…」
「目が覚めたら手を縛られて、大勢の男に囲まれておった。拷問されると思って身体が反応し、実際二人がかりで胸を揉まれて我慢がでけんようになった。しかも男に触られるんは久しぶりなんやろ」
「…そんな、ことでは…」
 クリトリスはびんびんと脈打って私の精神を苛み、太腿を擦り合わせることさえ許されず−−
 苦痛に堪えようとする気持ちを踏みにじるように、鮫島と須賀はずっと乳房を弄び、二の腕から腋まで舐め回してくる。その舌はうなじから耳朶までも犯してくる。
 額から冷たい汗が伝い落ちる−−
「麻美ぃ…クリが痛いほど勃起してんのか。感じまくっとるんやないか」
「これしきのことで感じてクリが勃起するとは、よほど溜まってんのやろ」
 二人の吐息に耳を苛まれる。次の瞬間、乳首を左右とも乱暴にねじり上げられた。
「…ひい、いいッッ!…」
 背筋に電流が走り、視界が真っ白に弾け−−
 私は全身をがくがくと震わせながら、絶頂に達した。
「…うう、うむっ…」
「おお、おお…胸を乱暴に責められて、呆気なくイッてしもうたか。可哀想に」
 佐治の指が追い討ちをかけるように項をくすぐる。下腹部に嫌な予兆。
「…だっ…だめっ…」
 ドク、ドク。
 熱いものが込み上げ、堰が切れた。秘裂を閉じようと念じたが、手遅れだった。
 愛液が溢れ、ショーツを濡らすだけでは済まず、ストッキングの生地など簡単に通過して、内腿から膝を伝って流れ落ちていく。
 慌てて脚を捩ってはみたものの、何にもならなかった。愛液が踝からパンプスの爪先まで伝い、床に達した。
「おお?…何や、これは一体」
 佐治が大声を出し、全員が前に来て身を屈める。
「…だめッ!…見ないでっ!…」
 両腕の間に顔を隠す以外、できない。愛液に濡れる脚を見せつけてしまっている。脚を注目されていると思うと、恥ずかしい液体はなおも横溢する。膝に至る前に、内腿から直接床に滴りもし始めた。それはスカートを穿いていてもわかってしまう。
 ほおおお…と、感心するような、呆れたような声が上がった。
「…や、あっ…」
 かぶりを振る。堰き止めようとしても叶わず、垂れ流しのようになってしまった。
「そないに激しく反応してしまうとは予想外やな」
 呆れたような、感心するような、佐治の声。
「こんな風にされるのが、よほどツボにはまったんでしょう」
 と、須賀。
「三ツ谷麻美は“ど”のつく淫乱で、 M やったと、ね。ようわかりましたわ。自分も思い知ったやろ」
 と、鮫島。
「欲求が溜まっとるようやし、満足させたるで。お互い、楽しい夜にしような」
 と、再び佐治。
 ぐったりと崩れ落ちようとする私を楽にさせまいとするように、手首の縄が上方へ引き上げられていく。

6 暴かれる

 午後 10 時を回ったところである。
 奈良県内、山間部にある佐治のビルの資材置場。佐治、下元、鮫島、須賀の主犯格 4 人と佐治の部下 13 人が輪を成し、その中央に三ツ谷麻美が吊されていた。身代金 1 億を“正規”の筋で用意することは叶わず、由比からの 3 億をあてにすることも認められず、麻美は自身の解放と引き換えにその身体を差し出すことになってしまった。
 佐治も長身だが、普段肉体労働をしている部下たちも大柄で屈強な者が多い。麻美の身長 157 に対し、男たちの身長は 169 から 189 まで、平均で 180 だ。体重となれば倍以上も違う。酷いほどの体格差と人数のアンバランス。その圧力だけで麻美の華奢な身体は儚く燃え尽きてしまう−−それほどの危うい構図である。その構図のむごさを男たちは重々承知であり、むしろそれを快楽と思うから、麻美を痛めつけることを決して躊躇わない。
 こんな風にひとりの女を蹂躙することは、彼らにとって初めてではない。賭博で生じた負債のカタに女を陵辱し、そのビデオで一稼ぎする、ということを度々やってきた。かつては人数に物を言わせた集団リンチのような輪姦をしていたが、次第に録画録音の機材や小道具にも凝るようになり、表の世界に流通しているアダルト作品にも見劣りのしないものが撮れるようになっていた。投資と努力の甲斐あってか、今日は極上と言える獲物に恵まれた、男たちの欲望と情熱は弥が上にも高まっている。
 麻美は、といえば−−
 自らの手首を戒めている縄に両手で縋って、急所を苛む痛み、そして激しい性感と闘っていた。眠らされている間に盛られた 3 錠のバイアグラが佐治らの期待に違わぬ威力を発揮し、恐らくはその膨張率の限界にまでクリトリスを充血させている。その神経の固まりはついに先端を包皮から突き出させ、外気に触れて、主人を追い詰めるように戦慄いている。
「…ああッ…うう…」
 男たちが無言で欲望を高める中、麻美の啜り泣きが哀しく響いている。発情を示す汗に全身が濡れ、男たちにとっては芳醇な香りを漂わせていた。
 当初、鮫島と須賀の 2 名が麻美の乳房をはじめ上半身を嬲っていたが、麻美があえなく一度絶頂したところで別の 2 名に交代していた。その手だれた責めは鮫島らよりも執拗かつ陰湿であり、初対面の麻美を獲物としか見ていない冷酷さも加えて、性感感度の高すぎる麻美を酷いほどに苦しめていた。
 もとより先の二人の拙い責めに屈してしまった麻美である。今の二人のどちらか一方だけでも受け入れ難いはずであった。事実、麻美はすでに何度か絶頂の波に呑まれかけていたのだが、それを機敏に察した男たちによって未然に喰い止められ、頂の八合目半とでもいう絶妙のところで焦らされているのだった。
「この程度でいちいちイッてたら保たへんしな、手加減してやっとるんやで」
 そう言っては耳朶を甘噛みする。手加減ではないのだった。鮫島と須賀は二人で責めを同調させ、つまり左右対称の責めをしていたわけだが、今の二人はばらばらだ。しかもそれぞれは責める部位を不規則に変えて麻美に心の準備をさせずにいる。麻美にとっては不意打ちのような性感が次々に襲ってくる事態となっていた。
「…くう、うっ…いやっ…」
 堪えても漏れる喘ぎ声が男たちの欲望を助長している。麻美もそれを感づいてはいるのだが、せめて声でも出さなくては気が狂いそうだった。
 先ほどまでと同様、着衣のままである。淡い紫のノースリーブブラウスにグレーのスカート。黒のストッキングに濃い藍色のパンプス。両手首の縄は天井へ張られ、足首の縄は両脚を 60 度ほどに開いた状態で左右に固定。両脚を閉じることを許されれば太腿を擦り合わせて堪えることもできようが、開脚固定されていては叶わない。苦しさに腰を揺らさずにはいられず、するとそれがショーツの生地に擦れて、ただならぬ痛みと狂おしい性感が脳天まで突き上げてくるのだ。
「…つっ…うっ、ああッ…」
 両脚を「く」の字に内側へ折り、腰をくねらせ、もがく麻美。それだけでは堪えきれず、かぶりを振る。
 秘裂から愛液が漏出し、内腿から脹ら脛を伝い、あるいは内腿から直接床に滴って、麻美の両脚の間にはねっとりとした液体の溜まりができている。最前列の者は身を屈めて麻美の脚を至近距離に見、愛液が滴る様子を面白そうに観察している。
 くっくっくっ…と押し殺した嗤い。それもこの人数では結構な音量になり、麻美の精神をずっと苛んでいる。

「全くひどい有様やな。いいウォーミングアップにはなってるようやが」
「始める前からひとりで勝手に楽しむ女は始めてやで」
 正面に陣取っているのは幹部らしい二人。彼らの手がひとつは私の前髪を掴み、別のひとつはおとがいを押し上げている。二人の顔はずっと上方にあり、目を合わせるには見上げるしかない。
 どちらも 40 代後半といったところ、佐治と同じくらいの長身で筋骨逞しく、触れれば手が切れそうな気配が漂っている。幹部“ A ”は髪を七三に分けて固め、銀縁眼鏡の奥の細い目を冷たく光らせている。幹部“ B ”は坊主頭に薄いサングラス、目は小さく唇が分厚い。
「…楽しんで、なんか…」
 額に脂汗が浮かび、それは目尻で涙と混ざって頬を伝っている。
「それじゃ演技かいな。切なげな喘ぎ声を聞かせて、俺らを挑発してんのんか」
「俺らの欲望を盛り上げればよりキツーイ目に遭わせてもらえると。それが狙いか」
 性の地獄はこれからだというのに、私は消耗しきっている。朝食を食べたきり水分以外は摂っておらず、寺巡りでかなりの距離を歩き、そして佐治に拉致されてからは精神を痛めつけられるような仕打ちをずっと受けて−−
「…お願いです…せめて、脚を…」
 閉じさせてほしい、と訴えるつもりだった。ほんの束の間でもいい、この辛さを緩めることができるのなら−−と。すると、
「ん、脚?…ああ、そうやな。わかったで」
 幹部 A が咄嗟に何か閃いたという顔をして見せる。気力とともに思考力の鈍っている私はそれで希望が伝わったような錯覚をし、敢えて続きを言わずにいた。だが−−
 顔を上げた目に映ったのは、毛バタキ。室内や車の埃取りをする、柄の周囲にびっしりと細かい繊維を植えたものだ。それが数本。
「…なっ…何を…」
 良からぬ目的のためなのは明らかだ。その不安はつい今しがた自分が「脚」と言ったことと結びつき、これから加えられるであろう玩弄の構図を脳内に浮かび上がらせた。
「…待ってッ…違います。そんなことじゃ…」
「ああ?」
 げらげらと嘲笑う男たち。
「何をするとも言うてへんのにわかるんか。好きやのう、女社長はん」
「それじゃ、こんなのも使うてみよか」
 毛バタキに加えて刷毛や毛筆まで出てきた。同種のものを両手に持った者が 6 人、私の左右に分かれて陣取る。刷毛・毛筆の者はしゃがみ、毛バタキの者は中腰。
「…やっ、あッッ…」
 それらが触れた瞬間、爪先立ちになって仰け反った。口笛が飛んだ。
「嬉しい反応してくれるやないか。脚が敏感なんやな?」
 かぶりを振る。だが、口を結んで声を堪えていれば、肯定したのと変わりはない。
「…んんっ…くっ…」
 駝鳥の羽毛や馬・鼬の毛が太腿を、膝を、脹ら脛を這い回っている。それらは微妙に圧力と緩急を変化させ、脚じゅうの性感のツボを探り出してくる。脚をくねらせて逃れようとしても、足首を固定されていれば無駄な抵抗というもの。私の反応を面白がる男たちは適宜メンバー交代をし、道具と持ち場も替えた。
「綺麗な脚をしとるで。太からず、細からず、筋肉は貧弱やが脂が乗って美味そうや」
「その脚をこうやってエロなストッキングに包んであると、余計に食欲をそそるで」
 内腿から滴り落ちようとする愛液を刷毛で掬ってはそこに塗りたくっている男が左右に二人。その声に気づいて目を開けると、またしても鮫島と須賀だった。
 彼らの手の動きに抗いつつ、きっ、と睨みつけるのだが−−
「お二人さん、社長はんの脚がそんなに美味そうなら、味わってみたらどや」
 佐治の一声に狼狽を隠せない。私の脚への二人のただならぬ執着を思うと、いかに辛いことになるのか、容易に想像がつく。
「ええんでっか」
「社長はんも刷毛や筆では物足りんのかも知れんのでな」
 二人が両手の刷毛を別の男に預ける。
「…やめてっ!…」
 かぶりを振る。二人の頭が内腿の前にある。
「そう嫌うことないやろ。わしら、こんな機会をずっと待っとったんや」
「さっきは腕とか腋とか、舐めさせてくれたやないか。精一杯ご奉仕させてもらうで」
「…いやよっ…そこは、いやっ…」
 両手の指が太腿を抱えるように鷲掴みする。頭が内腿に近づいてくる−−
 呼気を浴びて、思わず脚を震わせた。
「くくくく…なんや、ホントは期待してるんやろが」
「愛液でべとべとに汚れてまんがな。キレイに舐めとってさしあげまっせ」
 二つの口がむしゃぶりついてくるのを認めた瞬間、仰け反った。
「…むうううッッッ!…」
 はぐ、はぐ、と音がするほどに彼らは顎を活発に動かし、ぱっくりと咥えた内腿の肉を吸った。唇を押しつけ、舌を夢中で這い回らせる。そして歯を立てる。外腿や膝を押さえつけている指も愛撫に余念がない。
「…あぐ、うッッッ…やめ、てッ!…」
 敏感な脚の中でもひときわ感度の高い内腿。そこを欲望も剥き出しにかぶりつかれ、消耗しきっていたはずの私も全身をくねらせて悶えざるを得ない。手首を戒めている縄にすがり、その腕に顔を押しあてて堪える。
 他の性感帯とは異なり、太腿への刺激というものはいくら責められても快感に変換されない。ひたすら辛く、その感覚に馴れることもないのだ。
「…うっ…」
 人数が増えた。鮫島・須賀の他に左右に 3 人ずつが脚にかぶりついていた。みな、鮫島・須賀に劣らぬ欲望をぶつけてくる。
「…くううッッ!…く、くっ…やっ…いやッッッ!…」
 幹部 A に前髪を掴まれ、腕から顔を引き剥がされた。
「…許してっ…もう、気が…」
「お楽しみはこれからや。訊問を始めるで」
 幹部二人の間に佐治が再び立っていた。
「 160 くらいか?」
 頭から爪先まで視線を動かしながら、佐治が問う。
「…身長…ですか」
 言った途端、頬を打たれた。
「訊いてんのんはこっちやで」
 確かめただけなのに−−そう思ったのが顔に出たらしい。また打たれた。
「… 157 です…」
「ほう。わりあい小柄なんやな。華奢やしな。小柄で華奢な自分が、身動きできない状態で、大柄で屈強な男どもに囲まれ、悪さをされておる。気分はどうや」
「…辛いです…」
「そうよなあ。あんたは全身敏感なようやから面白いで」
 くっくっくっ…と耳障りな嗤い声。
 男たちの壁はアメーバのように蠢いている。私の身体や顔をいろいろな角度から見ようというのか、位置を交替したりしゃがんだりしているのだ。
「亀山という男が仕えているのは、由比龍之進」
 佐治のその一言で観念した。
「どんな男か知っとるのか」
「…詳しくは、まだ…資産家ではあると…」
「ふふふ」
 佐治が何か企むような微笑を浮かべている。
「改めて訊くで。 3 億の融資と引き換えに何を要求された」
「…もう、ご存じなのでは」
 腹部に重い一撃が来た。
「…ぐ、ふ…」
 腹を打たれるなど生まれて初めてだ。視界が涙で霞んだ。
「綺麗な顔をはたくのは勿体ないのでな。胃液を吐くまでパンチを喰らいたいか」
 かぶりを振る。と−−
「そうか。それじゃ、こういうのもあるで」
 がらがらと車輪が回る音。重量感がある。台車のようなものが運ばれてきた。
「お嬢さんに見せてやり」
 佐治が幹部 B にそう告げると、長さ 30 cm ほどの金属棒が 2 本。
 バチッ!…バチッ!…
 鋭く、強烈な音がして、焦げくさい臭いが漂った。
「熊も逃げ出す高電圧やで。肌に直接当てると火傷するから、服の上からな」
 全身に纏わり付いていた男たちが離れる。
「…まっ…」
 待って−−と言いかけたとき、金属棒が背中に触れ−−
 ビシッ!…
「…あああッッッ!…」
 一撃を見舞われた。背中を反り返らせて一時逃れたが、身体は振り子のように揺れて反転し−−身構える間もなく、今度は脇腹に来た.
 ビシイッ!…
「…ぎゃああッッッッ!…」
 こんな大きな声を出したのはいつ以来だろう。
 痛み、熱さ、そして恐怖−−
 全身からは汗が噴き出し、頬には涙が流れていた。
「電気で焼かれる気分はどうや、お嬢さん」
「次は脚、行ってみよか」
 脚は薄手のストッキングに包んでいるだけで、素肌も同然。
「…おっ…お願いです。許してっ!…」
「素直に喋る気になったか? 3 億の条件は何や」
「…愛人になれ、と言われました…」
「ただの愛人ではないやろ。由比は 80 歳のジジイや。男の機能は衰えておる」
 佐治も老人のはずだが、精力は漲っているようだ。その手がおとがいを掴んでいる。
「…男性に、抱かれるところを見せろ、と…」
「何人や」
「… 4 、 5 人と聞きました」
「 4 、 5 人に嬲り者にされてマワされろ、とな。承諾したのか」
 男たちの含み嗤いが大きくなっていく。
「…はい…」
「それで明日、行くことになっとったんやな」
「…そうです…」
 嗤い声のボリュームが倍増した。
(…もう、何もかも台無し…)
 涙が止まらない。
「性奴隷のような扱いを受けるのを、怖いとは思わんかったんか」
「…それは、もちろんです。でも…」
「金のためなら我慢しようと?」
「…そうです」
「そうかな」
 私をまだ追い詰める必要があるのか、と訝るが−−
「資金繰りの心配がなくなる上に、溜め込んだ欲求も解放してもらえる。一石二鳥、ちゅうことやろ」
 それは私自身、脳内に隠していた語句。思いがけず佐治に指摘されて、息を呑んだ。
「…そんなっ…」
 狼狽しているのが見え見えのはずだった。
「ははあ」
「そういうことかいな」
「可愛らしい顔して、あざといこと考えるで」
 幹部二人が茶々を入れる。
「…適当なこと、言わないで」
 抗議の相手はもちろん佐治だ。
「適当って、どっちがやねん。溜め込んだ欲求のほうか?」
「…そうです…」
「溜め込んどるやろう。今のその有り様は何やねん」
 ぐひひひひ…と下卑た嗤い−−
「こないな妙齢の美女がやで、たまの休みに一人で寺巡りをしておる。手には指輪もない。女盛りを持て余しとる証拠やないか」
「…失礼な…」
「じゃあ訊くが、最後にセックスしたんはいつや」
 不意に問われて、返答に窮した。
 いつだっただろう−−
「ほれ、見てみい」
 ぎゃはははは!…と爆笑が起こった。
「そういうのを溜まっとるって言うんやないか」
「…大きなお世話ですッ…私は…」
「相手はおらんでも一人で慰めるってか。健気やのお」
 また爆笑−−
「バツイチやそうやが」
 鮫島から聞いたのだろう。佐治にまた、前髪を掴まれている。
「結婚しとったんは、何歳から何歳までや」
 佐治の背後で、幹部 B がまた電極棒をちらつかせる。
「… 25 で、結婚して… 26 で離婚…」
 ああ?…と、思ったとおり、どよめきが起こる。
「なんやと。たった 1 年で破局かいな」
「…そこは、どうぞ…お構いなく…」
 バチッ!…バチッ!…派手な音ととも火花が散る。
「…ひっ!…いいじゃないですか、私がバツイチでも、 1 年で離婚でも」
「ええことあるかいな。触れられたくなさそうにするから興味が湧くんやで」
 話がまたまずい方向へ向かっている予感。
「今どき 25 で結婚とは早いほうやの。付き合いは長かったんかな」
「… 20 歳のときから…」
「なるほどな。相手は同じ大学なんやろ」
「…講座の 2 年先輩です」
 間が空くのは、指折り数えてでもいるのだろうか。
「 5 年も付き合うてから満を持して一緒になってやで、 1 年で破局とはどうしたことかいな」
「…それは…」
 言い淀んだが、火花は飛ばない。待たれているのだ。
「…性格の、不一致、といいますか…」
「そんなわけあるかい」
 そこでまた火花。
「 1 年で破局するような重大な不一致なら、 5 年も付き合う間にわかるやろ」
「…そうだったんですから、しかたが…」
「性格の不一致やのうて、セックスの不一致やないのか」
 おおお?…と、どよめき。
 佐治は鋭い。犯される前に、心の内を丸裸にされてしまいそう。
「…違いますっ…そんな理由じゃ…」
「元ダンナは、セックスは上手かったか」
 上手くはなかった。上手も下手もなく、彼が“受け”に回りたがったのだ。
「答えんと、綺麗な脚に火傷させるで」
「…上手では…」
「テクはないが絶倫で、あんたへの欲望が度を超していて、夜通し付き合わされたりして、あんたの身体が持たんかった…とか?」
「…いいえっ…」
 正反対のことを言われて、思わずかぶりを振った。
 そうだったなら、セックスの相性はむしろ良かったのだ−−
「ほう。真逆やったようやの」
 佐治のその一言に、ははあ…と納得したような声が起こる。
「何もしてくれん奴だったんか?それであんたの身体が持たんかったと」
 どう返せばいいのか、わからなくなってしまった。
「あんたは M で“受け”に回りたいのに、ダンナもまた M やって、あんたを責める気が起こらへん。結婚まではなんとかあんたを喜ばそうとしとったが、結婚を機に本性を晒しよったと。どや」
「…ど…」
 どうして、そこまでわかってしまうの−−
「図星かいな。あんたを責めたい、犯りたいっちゅう男は周りに大勢おったはずやのに、勿体ないことをしたのお」
 くっくっくっ…と、哀れむような、蔑むような嗤い。
「その元ダンナは、何人目の男やった」
 またしても、触れられたくない件。
 適当にごまかそうかと思ったが、適当な数が思いつかない。すると、
「どうした。まさかそいつが最初とか言わんやろの」
 たたみ掛けられて、また絶句してしまった。
「なんや、また図星か。 20 歳まで処女はええとして、最初の男とずっと付き合って結婚して、すぐ離婚してやで…もしかして、それからも男はなしで、今に至るんか」
 指摘されてみると、私はなんと淋しかったのだろう−−
「…そうです…」
「 28 の今まで男は元ダンナひとりだけやったと」
 ひえー…と、呆れるような声。
「…だったら、どうだと言うんです」
「そのただひとりの男も、結婚前は渋々あんたにサービスしとったんやろ。すると、女盛りでバツイチやが男はろくに知らんということになるのお」
 今更のように、佐治が、下元が、鮫島が、須賀が、朔田が、志目が、他の 11 人の男たちが、私の全身に視線を浴びせている。貴重な標本でも見るように−−
「話を元に戻す」
 訊問はまだ続くらしい。
「由比は関西では知られた女好きや。好きが生じて娼館のようなもんを造り、奴隷にした女を使って公開の陵辱ショーを主宰しておる。由比の経営する得体の知れない会社の口座が河内銀行にあっての。須賀はんに急いで調べてもらった」
 須賀と目が合う。したり顔とはこういうのを言うのだろう。
「愛人契約と見せかけて、売り飛ばされるとこだったかも知れんで」
 思わず佐治を見上げた。
「…まさか」
「由比のことを調べてみたんか? 3 億もポンと出せるのかどうか」
 そう、言われてみれば−−
「…いいえ…」
「そんなことでよく社長が務まるのお。須賀はんの調べでは、由比にはそんな財力はない。屋敷が無闇に大きいだけや」
 にわかには信じられなかった。もし、それが本当だとすると−−
「由比こそあんたを欺しとるんや。関西財界で注目の女社長をショーに出せば濡れ手に粟やからの。ありもしない 3 億をちらつかせる分、わしらより質が悪い。違うか」
 言葉もなかった。冷静に考えること気力も残っていない。
「あんたはあんたで、欲望に目が眩んだ、というわけや。お互い様やのう」
 ぎゃはははは!…と爆笑。
「…あんまりだわっ…」
 ぽろぽろと涙がこぼれる。
「悪い奴に欺されるところを救ってやったんや。その分も稼いでもらうで」
「…始めたら、いいじゃないですか」
 きっ、と佐治を睨んだ。
「なかなか始まらんので、焦れったくなったんか?」
 ひひひひ…と、また嘲るような嗤い。
「…こんな風に辱められるのが、堪えられないだけ。もう、たくさん…」
「身体を弄ばれるほうがマシっちゅうわけや。覚悟はええんやな」
「…卑怯な人達の手に堕ちて、抵抗のしようがないだけです」
 ほおお…と感心したような声が上がる。
「そういう態度を、覚悟ができとると言うんやで」
 佐治の両手が髪に、頬に、腕に、腰に触れてくる。その意外なほど繊細なタッチに、鳥肌が立つ。
「まあ、女の悦びというもんを嫌というほど味わわせたろ。何年分か溜まりに溜まったもんを搾り取ってやるでえ」

7 悶え火

 天井から吊されたあたりから、ずっと気になっていることがある。
 どこか、そんなに遠く離れてはいない所から、人のざわめきが聞こえてくるのだ。複数の人間が好き勝手に喋り、それが混じり合って−−
 オオオオオオ…
 というような音が、通奏低音のように耳に侵入してくる。
 この部屋で私を取り囲む男たちの声とは異なり、壁一枚隔てたようにくぐもった音。しばしば嗤い声であったり、嬌声であったり、どよめきであったり−−そこにも男が大勢いるような印象があって、底の知れない不安を感じる。
 身体を弄ばれたり、電撃を見舞われたり、非道い言葉責めを受けたりして、そんなものを気にしてはいられない時間も多かったのだが、その集団の盛り上がりが、なぜかここにいる男たちのそれと同期しているように感じられることもある。
「何か気になることでもあるんか?」
 漠然とした不安をうまく説明できない。男たちの多くは意に介していないようだ。そして私にとっても、今はそれも些末なことだった。
 手首と足首の縄をいったん解かれた。幹部 A ・ B −−それぞれ朔田・志目というらしい−−が鋏を手にしたとき、「自分で脱ぐから」と訴えたのだった。衣服を切り裂かれては帰される時に着るものがない。下元か鮫島の車で送られるとして、その車内で、そして車を降りてからマンションの自室へ向かう時にも、全裸では困るのだ。
 至近距離で取り囲む 17 人が注視する中、服を脱ぎ始めた。
 ブラウスの裾をスカートから引き出し、肩口に両手を掛けて上へ引く。汗に濡れているせいでキャミソールと一緒に脱げた。これで上半身はブラだけ。
「脱いだんを洗って乾燥させといたれ。汗びっしょりやったしな」
 佐治の指示に部下が頷いている。服や下着を触られるのは嫌だが、私を帰すつもりではあるらしいのがわかり、わずかながら安堵する。
 スカートを下ろすのが躊躇われたが、脱がなければ脱がされる。腰のボタンを外し、腰の部分を掴んだ手を下げる。ストッキングに包んだ下半身が露わになった。そのストッキングは、私の汗と愛液、そして男たちの唾液で、べとべとと不快な感触。しかもあちこち伝染して、無残だ。それも脱いでしまう。
「…替えを持ってますので、これは…」
 洗わなくて結構、と言う前に下元の手に渡り、懐へ収められた。下半身はショーツだけとなった。
 全裸に近い状態で男たちの欲望の視線にさらされるのは、予想していたよりはるかに怖い。全身が、熱があるように震えている。
「どうしたんや。まだ残っとろうが」
 佐治に言われて、固まってしまった。辛さに堪えかねて、涙が滲む。
「ま、そこまで脱いでくれたら、後は毟り取るだけや」
 顔を上げると、朔田と志目が近づいていた。背後に来た志目に両腕を取られた。
「…あっ…」
「さっきまでさんざん揉まれとったろうが、何を出し惜しみしとんねん」
 前にいる朔田に胸を差し出すような恰好。フロントホックであるのがわかったらしい。朔田の両手が慣れた様子で動き、ブラは易々と引き剥がされてしまった。
「…ああ…」
 両腕を背中で締め上げられ、胸を反らすように乳房を見せつける恰好。口笛が飛び、舌舐めずりの音が聞こえる。二の腕に顔を押し充てる。
「小ぶりやが、細身に似合ってなかなか形のええオッパイやで。腰の曲線も見事や」
 佐治が正面に来て、品定めをするように凝視する。おとがいを掴まれた。
「怖いか」
 震えが止まらないのは見ればわかること。それを問われて、つい睨み返す。
「…怖いと言えば、手加減してもらえるんですか」
「ふふふ。そう言うからには、手加減は要らん、ちゅうことやな」
 乳首に手が来て、ねじり上げられた。
「…く、ううっ!…」
「怖くても乳首はおっ勃っておる。どこまで乱れるか、見物やの」
 ぐひひひひ…と下卑た嗤い。
「…あなたたちの、思い通りには…」
「上等や。では、見せてもらおか」
 佐治の両手がショーツに掛かり−−
「…い…」
 抵抗する間もなく、引き落とされた。
「…いやっ…」
「綺麗に手入れしとるようやな」
 恥毛のことを言われているらしい。腰を引いて隠したいのだが、志目が凄い力で身体を前へ圧すので、叶わない。
 そのままベッドに引き立てられていく。一面、黒い皮革で覆われているものだ。軽々と放り出され、すぐに両手両足を掴まれた。
「…やっ…」
 抵抗もむなしく、縄に絡め取られていく−−大の字に縛られるのだ。
 両脚はやはり 60 度ほどの角度に開かされ、ぴんと引き伸ばされる。脚の間を見ようと男たちが押しかけた。
 ほおお…と、大袈裟に嘆賞する声。男たちの視線だけではない。照明が煌々と浴びせられている。
「…いやあっ…うっ…」
 顔を背けることしかできない。恥ずかしさと無念さに嗚咽が漏れる。
「ひどい有様や。クリの先端が飛び出しとるで」
「こないに充血しとるんを初めて見るのお」
「びんびんに膨れて皮が剥けるほど期待しとるわけや」
「胸は大して膨らまんようやがの」
 ぎゃはははは!…と、爆笑。
「上品で可愛らしいのに性欲は旺盛でいらっしゃるらしい」
「男はひとりしか知らんくせにのう」
 また、爆笑。
「…やめてッッ!…」
 たまらず、叫んだ。場が鎮まり返った。
「…もう、いい加減にして…そこがどうなっていても、構わないで」
 そんなことを言ってはみるが、男たちはみな脚の向こうだ。
「ほな、次いこか」
 カチャカチャ、とガラスの擦れる音。
 嫌な予感がして、顔を上げると、朔田が注射器を手にしていた。
「…なっ…何を…」
 まさか、覚醒剤とか−−
「ヤバイ薬やないから心配いらん。極上の獲物には入念な下ごしらえをな」
 シリンダには薄い黄色の薬剤。
「製薬会社の社長さんも知らん薬やと思うで。皮膚感覚が十数倍になるらしい」
 何ですって−−
「らしい、っちゅうのは自分で試したことがないからやけどな」
「…まっ…待って。そんな…」
「そんな、何や。もともと敏感過ぎるのに、そんな薬を射たれたら、おかしくなってしまう…ってか」
 ひっひっひっ…という下卑た嗤いが私を追い詰める。既に縛られている身体が、さらに動けないように十数本の手で押さえつけられる。
「どこに射つかというと…」
 朔田が脱脂綿を手に、右の内腿に触れた。アルコールが熱を奪って気化していく。
「…いやですっ…お願い…」
「これだけ徹底的にやりたくなるんも、自分の美貌のせいやで。自業自得やな」
 右の内腿、膝から 3 分の 2 の辺り。針が迫り−−
「動くな」
 朔田の目が血走っている。秘めた欲望が一瞬剥き出しになったような表情。それが恐ろしくて顔を背けた。
 やがて、ちくり、と鋭い痛み。薬剤が侵入してくる。
 それで済んだと思った。だが続けて、左の内腿にもアルコール消毒が。
「…やめてっ…一か所でもう、たくさん…」
「美人さんには大サービスやって言ったやろ」
 朔田の表情はそのまま。冷酷な針がまた来る−−
「これでじわじわ全身に回るはずや」
 朔田が満足気にそう言うと、
「可哀想に。美貌が災いして、内から外から薬漬けやのう」
と、志目。すると朔田が、余計なこと言いなや、と制す。
 「内から」って?−−
 何か飲まされたのだろうか。洋酒を含まされたのはわかっているが、それとは別の何かを−−
 気になったものの、それは左右の内腿に生じた微かな違和感のせいで意識の片隅に追い遣られた。
 チク、チク、チク…
 初めは、太腿のあちこちを小鳥に啄まれるような感覚だった。ほどなくそれは無数の足をもつ蟲の蠢きに変わる。本当に何かが這っているように思えて、頭を起こして脚を見た。だが蟲はもちろん、何者も脚に触れてはいない。
「どないしたんや。何かが脚を這っとるんか?」
 私を見下ろす男たちの、くっくっくっ…という含み嗤いが悟らせる。これがさっきの薬の作用。
 左右の太腿に、朔田と志目が、ふうううーーーっ、と息を吹きかけた。瞬間、太腿全体を巨大な刷毛で擦られたような感覚に見舞われ、
「…あうううッッッ!!…」
 仰け反りながら、全身を弾かせた。どっと汗が噴き出した。
「牝の匂いが強うなってきたでえ」
「よう利いとるようやの。風が吹いても感じるっちゅう話やで」
 今度は二人の手が来た。左右に片手ずつだが、指 5 本ずつが這い、肌を摘まむだけで、微細な棘を纏った蟲が絡みつくようだ。
「…あああッッ!…い、やっっ…ううっ…」
 卑怯な薬物の作用に翻弄されるのが悔しくて、喘ぎ声を堪えるのだが、叶わない。
 そして、どうやらその作用は太腿から膝、脹ら脛と脚を下降していくとともに、腰から脇腹、背中、乳房へと這い上がっても来た。それが見えているように、男たちの手が、唇が、全身に伸びてきた。
「…いや、ああッッ!…」
 先に着衣のまま吊られ、全身を嬲られていたときの苦しみは、これに比べれば生易しかった。あれを 1 とすれば今は 10 にも 20 にも思える。
 薬が覿面に効いているらしいのが乳首、そしてクリトリスだ。もともとひどく充血していたのが、薬の浸透で毒虫に刺されたようにひりついている。乳首と乳房は既に 2 人かそれ以上の手に苛まれている。
「…うううッッ!…い、やっっ…」
 足首を戒めている縄はびくとも動かない。手首の縄にすがるのが精一杯だ。
「なあ、凄いやろ。こんな薬を作ってるメーカーもあんのやで」
「お嬢さんも開発してみたらどや。自分を実験台にしてのう」
 ぎゃはははは!…と爆笑。
「では」
 と、朔田の声に反応する。
「…まっ…まだ、何か…」
 もう十分なのに−−
「言うたやろ。美人さんには大サービスやって」
「べっぴんさんに生まれて良かったのう。普通、こんな経験、でけへんで」
「なんぼでも苦しい目に遭わせたくなるから、罪やのう」
 朔田と志目の手に、ビールの小瓶ほどのガラス瓶が握られていた。
「何やと思う」
 わかるはずがない。でも−−
「…きっと、有り難くないものだわ」
「いいや。気に入ってもらえると思うで」
 乳房の真上で 2 つの瓶が傾くと、液体がどろり、と垂れてきた。粘性が高い。
 マッサージ用のオイル−−だが、ただのオイルではないに違いない。それは乳首に滴り、すぐに乳房全体を濡らす。
「…くうう、うッ!…」
 乳房に、腋に、脇腹に、纏わり付いていた数十本の指がそれを広げ、塗り込める。
「当然、肌の感度を上げる成分が入っとるんやで」
「…やっ!…あああッッ!…くっ!…」
 忌まわしい液体は上半身から腰へ、そして脚へ、と浴びせられていく。無数の指がそれを絡めて肌を犯してくる。まるで、巨大な軟体動物に呑み込まれたよう。
「その身体に溜め込んだもんを、一滴残らず搾り取ってやるからのお」
「恥ずかしい姿を思う存分見せてもらうで」
 私を−−いかせるつもりだ−−
 既に一度、昇り詰めてしまっている。鮫島と須賀に乳首を責められたときだ。まだ着衣のままだったし、不意に絶頂の波が来たのだったが、今は違う。全裸に剥かれ、四肢を拡げて縛られたあげく、感覚増幅剤と媚薬オイルを使われ、十数人に群がられて全身の性感帯を苛まれている。そして、一度絶頂してしまったせいで身体が次を求めている。私を追い詰める条件は、先の絶頂の十数倍にもなっているのだ。
 全身がオイルにまみれた。ベッドに流れ落ちたそれは、男たちの手が掬っては私の身体に戻される。そして、塗り込められる。その刺激だけで十分に堪え難い。
 いつの間にか、男たちの多くも半裸になっていた。自らがオイルに濡れるのも構わず私に絡みつき、指を、そして唇を駆使して、責め立ててくる。
 しばらくは、感じまい、感じたりしない、と念じていた。身体の反応は隠しようがなく、絶頂させられるのも時間の問題。でも、抗わずにいられない。
 身体は穢されても、されるがままでは心が折れてしまいそうだから−−
 それでこの“性感地獄”と闘っていたつもりだった。ところが−−
 絶頂に至らぬまま時間が経つうちに、男たちの企みがわかってきた。私が感じまい、絶頂すまいと念じなくても、今の状態では「いけない」のだ。
 責められるうち、性感が悦びに変わっていきそうなのは−−つまり、絶頂に導かれるのは、乳房や乳首、耳朶などに限られるようだ。他の部位−−腋下や脇腹への責めはブレーキとして作用する。上半身で「アメとムチ」の双方があり、全体としては絶頂へ迎えない。辛いばかりだ。
 そして、やはり太腿。腋下や脇腹以上に太腿への刺激は辛いばかりで、いつまでも馴れることがない。喘ぎ声でなく悲鳴を上げてしまう。
「…ううっ…くうッ、あッ!…」
 左右の太腿に 3 人ずつが常に張り付き、指を立てて引っ掻いたり、唇で吸いながら滑らせたり、その時に歯を立てたり−−と、私の反応を楽しみながら手管の限りを尽くしてくる。不意に 6 人が責めを同期させるので、私は消耗させられるばかり。
「…いっ…やッッ!…それは、いやッッ!…」
 今もまた、最大限に首を起こし、かぶりを振って懇願した。そんなことを告げれば、彼らの思う壺。それは重々承知なのだが、訴えずにいられない。
 太腿に気を取られていると、乳房を揉みしだかれ、乳首をねじり上げられる。うなじに舌が這い、耳朶を甘噛みされる。官能に身を任せかけると腋下を舐め上げられ、脇腹をくすぐられて正気に戻される。そしてまた太腿 を引っ掻かれる−−
 絶頂を喰い止められてつつ、淫欲の業火には絶えず油を注がれているのだ。子宮のあたりに灼熱のマグマが煮えたぎり、噴出を待ちきれずに暴れ回る。
「…ああ、あッッ!…あぐッッ!…うううーーーッッッッ…」
 気が狂いそう−−
 いきたい、と訴えれば、この苦しみから解放されるだろうか−−
「いい絵が撮れとるでえ、お嬢さん」
 と、佐治。
「この映像が出回れば、大人気になるやろう。あちこちからお呼びがかかるで。由比の奴隷なんぞにならんで良かったのう」
 由比のことはどこかに吹き飛んでいた。今はそれどころではない。
「…いつまでっ…」
 喘ぎを堪え、呼吸を取り戻し、やっとのことで佐治に問うた。
「…いつまで、こんな…」
「あんたが自分から求めてくるまでや」
 やっぱり−−
「今夜、体力と精神の限界を超えなあかんのやで。こんなとこで消耗せんほうがええのと違うか」
 佐治の言う通りだった。一通り弄ばれたあと、私はひとりで 17 人を相手にしなくてはならないのだ。
 ああ。でも−−
 その一言を告げれば、彼らに屈服したことになってしまう。どんな酷い仕打ちを受けても私が望んだことにされるのだろう。躊躇っていると、脇腹を引っ掻かれる。続けて太腿も−−
「…くう、うッッ!…」
「意外に強情やのう。まだ刺激が足りんということか」
 手首・足首の縄が解かれ始めた。両手は後ろ手に組まされ、そこに縄が来る。
「…あっ…」
 両脚が男たちの手に捕らえられ、開かされていく。抵抗しようにも思うように力が入らない。オイルでぬめるせいか、足首や膝を掴む手には無闇に力が籠もっている。そのまま左右に引き裂かれていく。
「…いやっ…」
 これ以上恥ずかしいポーズがあるだろうか。片方の脚を 2 、 3 人ずつに抱えられ、「 M 」の字に開かされている。秘裂も、アヌスも、充血しきったクリトリスも、そしてそれらが私自身の汗と愛液で淫らに光っているのも、煌々と眩しすぎる照明に晒されている。
「ほおお」
 佐治の顔がそこにあった。その周囲に朔田や志目の顔。その後方に、残る 14 人の顔・顔・顔−−
「…見ないでっ…お願い…」
 そう言ってはみたが、無駄だった。顔を背けたのは私のほうだった。
「皮が剥けて、真っ赤に膨れあがっとるやないか。可哀想に、痛いやろ」
 佐治は面白がっているとしか思えない。視線は合わせずに、唇を噛む。
「お嬢さんのクリはよくこんな風になるんか?」
 そんなことを訊くのは、またしても私を辱めようという意図があってのこと。迂闊に答えてはいけないと思った。だが、
「どうなんや。答えんのならここを摘まんでひねり上げるでえ」
 恐ろしいことを言われ、佐治に向き合った。
「…初めてですッ…こんな…」
「ほう。 28 歳にして人生初というわけや。いったいどうしたんやろの」
 人生初と言えば、この状況がまさにそれだ。縛られて、大勢の男に囲まれていたから、これから受ける仕打ちを思って昂奮してしまった−−そんなことを私に喋らせるつもりだろうか。
 そのことは内心認めざるを得ないけれど、私の口からはとても言えない。そして、いくら非常時だとしても、このクリトリスの状態はおかしい。
 先に志目が「内から外から薬漬け」と言ったのが、気になっていた。
「…私が眠っている間に、何か飲ませたの、では?…」
 恐る恐るそう言うと、佐治は目を丸くして、
「ブランデーを一口な。おいおい、あれしきのアルコールでそんなになるってか」
 呆れたような口調だ。男たちの失笑が聞こえてくる。
「酒のせいでクリがびんびんになった、ってか」
「都合のいいこと言うてるで」
「そんなんでわしら、欺されんで」
 口々に言う。
「…違うわっ…何か、薬…」
「薬って、どんなのや。クリがびんびんに勃起する薬があるんか」
 心当たりがないわけではない。でも−−
 それを女に飲ませるなど、常識では考えられない。この男たちならやりかねないとも思うけれど。
「社長はんは専門家なんやろ。そんな薬があるんなら教えてや。使わせてもらうわ」
 ひっひっひっ…と嘲笑。
「飲ませたのは酒だけやがな。参考までに聞かせてもらおか、心当たりがあるんやろ」
「…そういうわけでは…」
 そう言うと、佐治は私の頭のほうに移動して、また前髪を掴んだ。
「嘘をつけ。あんた、ただの思いつきで物を言うたりはせんやろ。それとも、自分に都合の悪いことを誤魔化すためにわしらに原因を押し付けようってか」
 その剣幕に言葉を失っていると−−
 秘裂にひやりとした感触があった。思わず顔を起こすと、
 電極棒を志目が握っていた。そして、もう一本を朔田が握り、恥丘の上で威嚇する。
「…やっ…」
 そこに電撃など受けたら、死んでしまう−−
「…やめ、てッッ!…そこだけは、許してッ!…」
「面白うなってきたのう」
 声を失ってかぶりを振る私を佐治が睨みつける。左右の脚は 3 人ずつに、後ろ手に縛られた上半身は 2 人に、がっしりと押さえつけられている。
「何を飲まされたと思うんや。言うてみい」
「…よ…よく知られた名前では…ば…」
 佐治が大袈裟に目を剥いて見せる。
「何やて? 聞こえんで」
「…バイアグラ…では」
 やっとのことで言うと、場は一度静まり返り−−
 ぎゃははははは!…と爆笑。
 よほど突拍子もない話なのか、嗤いの渦はなかなか鎮まらない。聞いているうちに涙がこぼれた。
「可愛い顔をして、とんでもないこと考えるわ」
「男のモノと比べたら体積で何十分の一とかやろ。無茶やがな」
「そういう無茶を考えつくとは、ただの変態とはちがうのお」
「筋金入りの M やな」
 あまりのことに、涙が止まらない−−
「なあお嬢さん、ひとつ訊きたいのやが…試したことがあるんか?」
 と、佐治。
 ぎゃははははは!…と、また爆笑。
 かぶりを振るが、見てもらえない。
「男とはしとらんわけやから、オナニーの時にとかやな」
 爆笑が何度も起こる。ひぃ、ひぃ、ひぃ…と引きつるような声も。すっかり打ちのめされた。
「おい、ちょっと静かにせえ」
 佐治が手をかざすと、漸く落ち着く。
「バイアグラを盛られた、と思いたくなるほどの状態なんはわかった。ところで」
 私が泣きじゃくっていたからか、今は佐治の手に髪を撫でられている。
「バイアグラではないのやが、飲み薬ならあるで」
「…え…」
 佐治の背後を見ると、注射器などの乗ったワゴンの上に怪しげな液体の入ったボトル。志目がグラスに注ぐのを見れば、ちょうど青汁のような色と見かけだ。
 それが佐治の手に渡る。
「媚薬の一種と言っておこか。女性器が疼いて、男が欲しゅうてたまらんようになるらしいで」
「…まっ…」
 鼻を摘ままれ、口を開けさせられた、否応にも飲まねばならない。
 電極棒が 2 本とも触れている。秘裂とクリトリスの先端だ。
「…むうっ…ふむっっっ…」
「高い薬やし、こぼすんやないで。一滴も吐かずに飲み干すんやで」
 ひどい味と舌触りに、吐き気がする。だが、吐いたりしたら電撃が来るに違いない。
 喉奥に一気に注がれた。次いで、佐治の大きな手で口と鼻を押さえられた。嚥下してしまうまで、息も許されなかった。
 バイアグラ、またはそのジェネリック品、あるいは類似の薬を盛られなかったとは限らない。だが、もはやその件を口にはできなくなり、それどころか追加で媚薬を飲まされてしまった。
 私は、どうなってしまうの−−
 考えるともなく案じていると、仰向けに転がされた。そして両脚を、角度を増して開かされた。上半身と太腿に、媚薬オイルがまた追加された。
「クリがずっと辛かったろうから、慰めてもらおな」
 そう言う佐治の視線を追うと、太腿の間に須賀が陣取っていた。
「…いっ…」
 いや−−
「須賀はん、あんたのそこを綺麗にしてやりたいそうやで。良かったの」
 須賀と、横にいる佐治の顔を交互にみては、かぶりを振る。
 今のこの状態で、それをさらたら−−ひとたまりもないわ−−
「この時がいつか来ますようにって願掛けしてましてん」
 須賀の顔に醜く歪んだ笑みが浮かんでいる。その両手が私の太腿を捕らえる。顔が近づいてくる。
「…いやっ…お願い、いやですっ…」
 あなたにそれをされるのは−−
「クンニがいやなのかね。それとも、もしかして、私だからかね」
 両方−−と言う代わりに、無言を返した。
 くっくっくっ…と嗤う須賀。
「ずっと毛嫌いしとったオヤジに秘部の汚れを舐め取られるんは生き地獄やろ。だが、それでこそあんたは感じてしまうはずやで」
 須賀の頭が沈んでいく。私のそこを目前にして、舌舐めずりをしている。
「…感じたり、なんかっ…」
「あんたを初めて見たときから、クンニでヨガらせてやるのを想像してましてな」
 ぞっとするようなことを言う。
「下手かも知れんけど、執念だけは自信がありまっせ。感じてくれるまで止めまへん」
 須賀の吐息が秘裂を刺激してくる−−
「そもそも、クンニをされたことはあるんか?」
 佐治の問いに、思わず見返してしまった。
 初めてだ。
「そうやろな。おい、この“ど” M のお嬢さん、 28 にして人生初クンニらしいから」
 ベッドの上で私に群がる男たちに目配せしながら言う。
「びくとも動けんように、しっかり押さえつけておれ」
 へい、と口々に返事があり、彼らもやはり舌舐めずりをしながら力を込めてくる。
 背筋をまた電流が走った−−
「心配せんでええですよ。社長はん」
「どんなに苦しくても、抵抗させません」
 男たちが追い詰めてくる。
 須賀の両手が太腿から腰へ這い上がり−−
 ぺちょ…
 生温かい、濡れた肉が、覆い被さってきた−−
「…くうううううーーーーーーッッッッッッ!!!!!…」
 生まれて初めて味わう狂おしい性感が、脳天まで貫いてくる。敏感な粘膜に、須賀の舌が、唇が、吸い付き、擦り、舐め上げてくる。
 ずずずっ…ぺちゃ、ぺちゃ…ずずずっ…
 会えば私に欲望の眼差しを向け、日ごと夜ごと、私のそこを舌で犯す妄想をしていたという。そんな忌むべき中年の男に私は今、貪られている−−
「…あッッ…ぐううっ、うッッッ!…」
 ベッドの上でのたうち回っても堪えきれない苦しみ。だというのに、 8 人もの屈強な男たちが私の全身を捕らえ、ゲームでも楽しむかのように、私の身悶えを許さない。さらに、空いている唇や舌で手近な肌を責め立ててくる。
 やがて−−剥き出しになっていた神経の固まりを、須賀の唇は捕らえた。
「…ひいイイイイイーーーーッッッッ…」
 ぶちゃ、ぶちゃ、ぶちゃ…
 須賀はそれを吸い上げ、また舌で転がそうとする。
「…いたッ…痛いッ!…それは、いやッッ…」
 懇願すると、目が合った。
 このまま、私をいかせるつもりだ−−いかされてしまう−−
 待ち焦がれた絶頂には違いない。けれど、それは嫌悪する男に屈服することになる。
 その恥辱を思うことで、私の官能はかえってますます高まる−−
(…恥辱なんかじゃ、ないでしょう…)
 私の中にいるもう一人の私が、私の本心を抉り出そうとしている。
 男たちが次々に仕掛けてくる卑劣な責めに抗い切れないのは、無理もないことー−
 大柄で屈強な男たちが十数人がかり。それだけで圧倒的に絶望的に抵抗できないのに、私は縛られ、逞しい手に自由を奪われて、身悶えすら満足にできない。もともと敏感にできている身体は感覚増幅剤と媚薬入りオイルで狂わされ、今また別の媚薬を喉奥に注がれてしまった。そして、恐らくはバイアグラを盛られて、究極の急所であるクリトリスを限界まで充血させられている。
 こんな状況で全身の性感帯を弄ばれ、今は秘裂を貪られているのだから−−
 これもまた卑劣な男たちの手管で絶頂を喰い止められ、精も根も尽きようとしている。このあと私は、私に対する欲望を沸騰させているはずの彼らに輪姦されるのだ。我が身を守るためにも、体内で荒れ狂う淫欲のマグマを解放しなくては−−
 卑劣で異常な性の拷問に屈して絶頂させられるのは、私が淫らだからではない。それどころか私は、誇りを失うことなく、健気に、よくぞここまで堪えた。
 もう、いいよね−−
「…ああッ、だめッ!…もう…もう…」
「イキたいか。もう、イキそうなんやろ?」
 朔田の声だと思った。それは私への問いではなく、須賀への合図だったようだ。
 須賀の口が大きく開き、秘部全体を丸呑みするように動いた。舌先が秘裂の粘膜を抉り、クリトリスを転がす。
「…いいいッッッ!…いやあッ!…も、もうっ…」
 激しい感覚。それでも、長時間焦らされた私の官能はすぐには弾けない。絶頂の波に呑まれたまま、辛い時間が何秒も続く−−
「もうだめか? イッてしまうんか?」
「イクときはそう言うんやで。大きな声でな」
「もうだめなんやろ? もうだめか? もうだめ、もうだめ…」
 朔田と志目が交互に追い詰めてくる。須賀の舌遣いが厳しくなる。
「…うッッ!…いやあッッッ!…」
 かぶりを振る。腰を浮かせ、許されるぎりぎりまで背を反らす。
 抗いながら、快楽に呑み込まれる−−はずだった。
 ぎりぎりまで煽られた欲求を一気に解き放つ自分を思った、その時。
 須賀の頭が離れていた。他の男たちも手を止めている。そして−−
 ビシイッ!…
 左右の脇腹に電撃が来たのだ。
「…ううううーーーーッッッ…」
 ぎりぎりまで煽られた欲求が解放されなかった、その反動で子宮の辺りが激しく疼く。これもまた初めて味わう苦しみだ。せめて背中をうんと反らすか身体をよじらせねばおかしくなりそうなのに、押さえつけられていてそれすらも満足にはできない。
「ぎりぎりセーフだったようやの」
 前髪を掴まれた。はっ、はっ…と浅い呼吸をして喘ぐ私を、佐治が見下ろしている。
「実にええ表情や。身体もピンク色に染まって、すっかり出来上がったのう」
「…うッ…」
 男たちの手が蠢き始めた。いくつもの唇が肌に吸い付いてくる。淫欲の火は燃え盛ったまま、再び油を注がれていく。
 彼らの企みが、わかった−−
 私の官能を煽るだけ煽ったあと、絶頂の寸前に責めのスイッチを切る。快楽への衝動がどんなに高まっていても、ひとりでに昇り詰めることはできない。これを繰り返されるたび、今しがたの苦しみを私はまた味わい、欲求は蓄積していく。
「…どうして、こんな…」
 つい、そう尋ねたが、答は明らかだ。きっと、私が悶え苦しむさまを見て楽しむためだろう。そしてビデオにも撮りー−
「わしらは快楽を与えてやろうと思うとるんやが、あんたが拒んだのやないか」
「…そ…」
 拒んだと言われれば、確かに−−
「イキたければ求めろと言うたはずや。さっきもこいつらが念を押したろうが」
「イクのはイヤ、みたいやったからのう」
 佐治の横で朔田と志目、鮫島も薄笑いを浮かべている。
「…そっ…」
「ああ?」
「…それ、は…」
 周囲が、くくくく…という嘲笑で満ちていく。
「何やねん。『いや』って言うたがな」
「ホントはイキたかった、ちゅうんやないやろな」
 見抜かれている。私が、絶頂寸前の僅かな時間に巡らせた考えを−−
 どう答えても取り繕いようがない。つい顔を背けようとしたが、
「何や、その態度は。図星かいな」
 朔田と志目、二人がかりで頭を押さえつけられる。
「強情を張る余裕はないはずやのに、つい自分をまずい方向に追い込んでいく。三ツ谷麻美はほんま、筋金入りの M やな。 M 女の拘りがあるんなら、付き合うたるわ」
「イキたくないフリをしたいのやったら、絶対に自分からおねだりをするんやないで」
 そう言い渡して二人が離れると、今度は鮫島がそこに陣取って胃いた。両脚が左右にぐい、と引かれる。
「精一杯、奉仕させてもらうが、絶対にイクんやないでえ」
 ぐひひひひ…という下卑た嗤いを漏らしながら、鮫島の唇が触れた−−

8 性の業火

 1 時間後である−−
「…ううううーーーッ!…」
 クンニリングス 13 人目の担当が離れると、脚を押さえている 6 人が太腿を引っ掻く。またしても絶頂寸前で責めをストップされ、麻美は泣きじゃくりながら身悶えする。
 これで 13 度目だった。麻美の心はとうに折れて、しきりに絶頂を求めようとするのだが、その口は封じられていた。男たちの一物で口を犯されているのである。
 喉奥を突かれ、あるいは汚濁を注ぎ込まれて、麻美は何度も嘔吐した。もとより胃は空っぽであるから、胃液を戻すばかりだ。だがそれも絶頂を寸止めされる苦しみの比ではない。
 麻美の全身はたびたび追加される媚薬オイルのほか、自身の汗で淫らに光っている。汗は発情を如実に示す臭気を強め、男たちの欲望を刺激して止まない。だが、男たちを残酷な性拷問に駆り立てているのは、何より麻美の美貌と激しい悶え苦しみようであった。麻美が苦しめば苦しむほど彼らの責めは酷くなり、麻美の苦しみは深く、そして責めは厳しくなるという、麻美にとっては悪循環である。
 ずっと責められているのだから、流れに身を委ねれば昇り詰めることができそうなものだ。しかし、手管の限りを尽くして麻美を蹂躙している男たちは、麻美の反応を確認することも怠らなかった。絶頂の予感があれば麻美は悲鳴のトーンを高めるうえ、分かり易いことに腰を浮かせて下半身をこれでもかと緊張させるのである。その数秒後の、絶妙と言えるタイミングで責めを中断すれば、最も効果的かつ麻美にとっては最も過酷な寸止めとなるのだった。
 寸止め 1 回につきクンニ担当も交代する。担当が変われば刺激も変わるので、麻美の秘部は毎度新たな性感に苛まれ、決して楽になりはしない。いっそ一時でも気絶できれば、その間は苦しみから解放され、休むこともできる。だが、それを許さぬための強制イラマチオなのであった。
 別の場所から通奏低音のように聞こえるざわめきは、変わらず続いている。こうして裸体を晒していると言い知れぬ不安に苛まれるものだ。
 その集団にこの現場を見られているような気がしてならなかった。下着を剥ぎ取られたとき、ベッドに縛り付けられたとき、感覚増幅剤を注射されたとき、媚薬オイルを塗りたくられたとき、そして男たちが全身に群がって来たとき、須賀がクンニリングスを始めたとき−−麻美への辱めが重大になっていくポイントごとに、ざわめきが盛り上がったからだ。それは、すぐ近くで自分を取り囲んでいる 17 人の外に、同じくらいの規模の見物の輪ができているような感覚だったのである。
 そして、さらに 30 分−−
 麻美の口を犯したい者が一通り欲望を晴らすと、漸く言葉を発する自由を得た。
「もう一度だけ訊くで。イキたいか」
 相変わらず荒い呼吸をしている麻美。
「…はい…」
「これだけ焦らされた後や。快感がキツ過ぎて心臓が止まるかも知れんで。それでもイキたいか」
 また寸止めをされるくらいなら、快楽の極みで絶命するほうがましだった。
「…はい…」
 自分の抗う姿にこだわる気力も、とうに失せている。麻美の意思表示としてはそれが精一杯だった。また万が一にもここで拒んだりすれば、もう最後まで絶頂は望めない。
 朔田が頭を沈める。舌先がアヌスからクリトリスまでを数回往復したあと、顎が大きく開いて秘部をぱっくりと咥えた。そしてクリトリスを吸いつつ、歯を充てる。
「…えっ!?…」
 初めて歯を使われた戸惑いと恐怖に、麻美は思わず顔を起こす。目だけ麻美に向けていた朔田と視線が交差する。朔田が何か企むような笑みを浮かべているのを麻美は見て取った。
「…ああッ…どうなるの…」
 麻美の問いに答える代わりに、朔田の歯が動いた。上下からクリトリスの本体を挟み、包皮を軸方向に押したのだ。本体は根元まで剥き出しになり−−
「…ひッッ!…こわい…こわいッ…」
 クリトリスを噛み切られそうな感覚が、恐怖を呼ぶと同時に被虐欲を煽った。
 朔田が歯の圧力を緩めると包皮は一旦元に戻る。それをまた歯で押し戻す。それを繰り返すと、歯で軸方向にしごく恰好になった。
「…きゃうッッ!!…痛いッッッ!…」」
 どこにそんな力が残っていたのかと驚かされるほど、鋭い反応を見せる麻美。全身がバウンドする。
「今度こそ、イクときはそう言うんやで」
 志目に念を押され、麻美は頷く。
「…ああッ…いきます…お願い、いかせてッッ…あッッッ!…」
 上半身を羽交い締めにしていた 2 人を振り払うように、麻美の身体が弾けた。
 びゅうううッッッッ!…
「…いくッッ!!…」
 強烈な解放感とともに液体がほとびり出る。それは朔田の顔面を正面から見舞った。
「…いくッ!…いくッ!…ううッッ!…」
 身体をねじ切られそうな衝撃が麻美の身体を翻弄している。かぶりを振るたび、涙が散った。
 びゅううッッッ!…
 びゅうッッ!…
 びゅッ!…
「…うう、うむっ…」
 最後の一滴を搾り出すと、麻美の肢体はどっ…と崩れ落ちた。

 均せば身長 180 cm 、体重 80 kg という屈強な男たち十数人の中にあって、 157 cm 、 42 kg の三ツ谷麻美は無残なほどか細く、頼りない。一糸纏わぬ身体は自身の汗と悪意に満ちた液体にまみれ、両腕は後ろ手に戒められ、両脚は左右に引き裂かれている。美しい腰のくびれと身長に比して長い脚、手入れの行き届いた白い肌。それらが裸体の華奢さを強調し、構図の残酷さ、卑猥さをも助長している。巨大な野獣の群れに対して生贄が兎一羽では到底釣り合わないであろうに、野獣どもは自らの充足を度外視して兎を骨までしゃぶり尽くすつもりだ。
 快楽と呼ぶにはあまりに重い、命を縮めるような絶頂であった。他者の手で官能を高められた経験がゼロといっていい麻美がその衝撃に堪えきれず、気絶しかけたのも無理からぬことであった。だが−−
 志目の両手に握られた金属棒が麻美の脇腹へ迫っていた。
 ビシイッ!…
 焦げ臭い匂い。またしても脇腹に電撃。麻美の身体がバウンドする。
「…はうううっっっ…」
「誰が気絶していいと言った。一睡もさせんと言うたろうが」
 涙に濡れる頬を佐治の手が打つ。しばらく呼吸もままならなかったが、やっと息を吹き返すと麻美はまた泣いた。
「ぶっかけてくれたのお」
 朔田が這い上がってきて、前髪を掴む。その顔も、髪も、麻美の体液に濡れている。
「…ごめん、なさい…」
「人生初クンニで盛大にイキ潮を噴いて、か。三ツ谷麻美はたいした好き者やで」
 無念なのと、恥ずかしいのと、そして絶頂の余韻が辛いのとで、視線を逸らした。
「溜まりに溜まった欲望を吐き出して、満足できたやろ」
「ここまでしてもらえる女は普通、おらんでえ。女冥利やろ」
 麻美の羞恥心を逆撫でする嗤いが辺りに満ちている。
「…満足、だなんて…」
「ああ?…イキ潮を噴いた奴が何を言うてんね」
 須賀や佐治が興味深そうに見る。
「…だって、それは無理矢理…」
「満足できておらんというわけやな?」
 男たちが目と目で何か意味を交わす。まだ息を荒げたままの麻美を、男たちは再び押さえつけた。 8 人だったのが 12 、 3 人になる−−
「あれだけ激しいイキっぷりを見せておいてまだ物足りんとは、欲深い女やで」
 今しがたの自分の発言の意味を、麻美はようやく悟った。
「それでは、次はわしがご奉仕させてもらお」
 下元だった。麻美の両脚がまた開かされ、そこに押し入ってくる。
「…まっ…待って…いま…」
 気絶するほどの絶頂に導かれた余韻も生々しく、全身の感度が高まったままだ。そんな状態で責められれば苦しみは倍増しとなる。経験はなくとも女には想像がつくのだ。麻美は怯えた。
「今、何や」
 嗜虐の欲望に、男の顔は醜く歪んでいる。
「…今、いったばかりなので…」
「そんなことはわかっとるわ。だから面白いのやないか」
 へっへっへっ…
 麻美の上半身を、両脚を、にやつきながら押さえつける男たち。
「ついさっきまでイキたくてたまらんかったんやろうが」
「…うっ…お願い、今は許して…休ませてっ…」
 立て続けに絶頂させられる予感に脳は昂奮するのか、また呼吸を荒げてしまう。
「そないに喘ぎ喘ぎ言われてものお」
「挑発されてまうで。社長はん」
 男たちは麻美に嘲笑を浴びせながら、手にはなおも力を込める。
「クンニだけで不満なら、こんなのはどうや」
 下元の右手が尻の境目を滑り−−
「…えっ…あっ!…」
 オイルを掬った手でアヌスをひと撫ですると、ずぶり…中指を侵入させた。
「…ああ、あッ!…」
 一瞬、麻美の全身が仰け反り、
 びゅッ!…
 愛液がしぶいた。
「ああ?…何や何や。アナルに指が刺さっただけでイキよったがな」
 下元がことさらに驚いて見せると、爆笑が起こる。性感増幅剤、媚薬、オイルの作用は、クリトリスに次ぐ性感帯であるアヌスにも浸潤していたのである。
「上品そうな顔をして、三ツ谷麻美はアナル大好き娘かいな。牝犬やのう」
 そう言いながら、挿入したままの中指で直腸を捏ね回す。
「…だめッ!…やめ、てえッッ!…」
 びゅううッッ!…
 びゅうッ!…
 びゅッ!…
 たまらず昇り詰める。全身ががくがくと震える。
「参ったのお。まだ何もしとらんようなもんやで」
 その通りだった。見下ろしていた下元の顔が太腿の間に沈むのを認めると、麻美は逃げるように顔を背けるのだった。

 午前 3 時−−
「…いくっ…う、むうっ…」
 逞しい腕に抱え込まれた腰がのたうつ。連続絶頂を強いられてから 20 度目の高みだった。 10 回を過ぎたころから愛液の放出はなくなり、全身のバウンドと四肢の震えだけが麻美の絶頂を告げていた。
 ぐったりと力を失った麻美。よくぞ正気を保っていたものだ。だが、無論これで終わりではない。
 ベッドの隅に佐治が胡座をかいている。麻美は引き立てられ、佐治の前で四つん這いにさせられた。
「お待ちかねのやつを始めるまえに、奉仕してもらおか」
 目の前に突き出されたそれは、長身に見合うだけの長さと太さを見せつけている。
「…ひ…」
 怯えて離れようとした頭を捕らえられ、
「こうやで」
 喉奥まで一気に貫かれた。たちまち えずいたが、込み上げるのはやはり胃液ばかりだ。呼吸ができずにさんざんもがき苦しんだあと、ようやく離れることを許された。
 仰向けに転がされた。両手は後ろ手に戒められたままだ。両膝を佐治の手に掴まれ、押し広げられた。
「自分がさんざん楽しんだあとは、わしらを満足させるよう励むんやで」
 長大な佐治の一物に怯える麻美。先端が秘裂に触れた。
「…っ…」
 敏感な粘膜のあわい目を、圧倒的な体積の肉塊がこじ開けようとする。思わず仰け反る麻美。肩を佐治に抱きすくめられた。
 ずっ…
 秘裂は十分過ぎるほど潤っている。亀頭が秘裂の中に収まった。
「…あうっ…」
 それだけでもう無理だと思った。だが、許されるはずはない。
 ずううううッッッ!…
 一気に貫かれた。亀頭の先端は子宮口に届いたはずだった。
「…あああああーーーーーッッッッッ!…」
 限界まで湾曲する麻美の上半身。肩と頭が佐治の太い両腕の中に収められる。
 佐治の背の不動明王が徐ろに動き始めた−−

9 陵辱の輪

「…ああッ…ああッ!…い、くッッ!…」
 佐治の腕の中で麻美の上半身がぐん、と仰け反り、硬直する。そしてベッドに沈む。爪先が反り返り、脹ら脛がぴくぴくと震えている。
 佐治のものに貫かれてから、これで 3 度目の絶頂だった。麻美が昇り詰め、喘いでいる間にも、佐治は容赦なくピストンを続けた。麻美は絶頂の余韻に浸ることも許されず、次の高みに向けて急き立てられるのだった。
「…ううっ…」
「辛いか」
 心なしか、佐治の声が優しげに響く。それでつい、麻美は泣いた。
「辛かろうと、苦しかろうと、堪えるほかはない」
 頷く代わりに、肩に顔を押し付けた。
 苦しいはずなのに、麻美はそれを訴えはしなかった。年齢を感じさせない佐治の逞しい腕や胸板に抱かれていると、なぜだか安心できるのだ。佐治の、これもまた逞しい男性器に抉られて昇り詰めるのは、性感帯を貪られて追い遣られる絶頂に比べれば受け入れやすいことだった。
「前に一本入っとるだけじゃ、物足りんのかのう」
 何を言われているのかわからず、麻美は無言のままだ。
「否定はせん、と」
 不意に、佐治に貫かれたまま態勢が反転した。つまり、下だった麻美が上になった。佐治と向き合っているから、背中や尻を男たちに見せている。
「…えっ…」
 アヌスに指を感じて首を回すと、薄嗤いを浮かべている朔田と目が合った。アヌスに何か塗り込めてくる。この感触は、ワセリンのような−−
 朔田の企みがわかった。
「…い、いやッ!…そんな…」
「何が始まるかわかるんか。好きやのう、社長はん」
 げらげらと嘲笑う声。朔田の指が 2 本になり、直腸をこね回してくる。
「…あッ!…ああ、んッッ!…いやッッ…」
 思わず悲鳴を漏らすと、
「そないな切なげな声を出しよって、何がイヤやねん。欲しゅうてたまらんのやろ」
「こっちに一本、太いのが入っとるんやがのう」
 後ろ手に縛られている手首を掴まれた。佐治の両手が尻を左右に拡げる。
 アヌスの粘膜に、肉塊が触れた。
「…やめてッッ!…お願い、無理ですッッ…」
 佐治と朔田の 4 本の腕が上半身を押さえつけていた。抵抗のしようもなく、
 ずううッッッ…
 朔田が貫いてきた。膣と直腸の間の薄い肉壁を前後から長大なもので抉られ、
「…くううッッッ!…」
 男二人の厚い胸板に挟まれたまま、麻美は上半身をわずかに反らし、昇り詰めた。
「くくく…やっぱり、アナル大好き娘やな」
 絶頂の余韻に喘ぐ間もなく、朔田が律動を始めた。
「…や、あッッ!…」
 たちまち昇り詰める麻美。今度は朔田が下になるように 3 人が反転する。佐治が上だ。朔田の背にクッションが入り、麻美は人間椅子に寛いだような恰好にされた。
「…ひ…」
 佐治の肩越しに、取り囲む男たちが見える。 15 人いるはずだった。ようやく始まった輪姦に、全員やる気を漲らせている。無論、鮫島や須賀も同類だ。
(…この全員を、相手にしなくてはならないなんて…)
 改めて、圧倒的な人数だと思う。今度は彼らの快楽を受け入れさえすれば、いい−−そう分かってはいても、麻美は暗澹たる思いに苛まれる。貫かれていれば、自分もたびたび昇り詰めてしまうことがわかったからだ。
 無茶よ。堪えられるはず、ないわ−−
 朔田の両手が麻美の太腿を抱え、佐治の動きを助ける。佐治は律動を速めた。
「…きゃうッッ…ああッ!…」
 瞼を固く閉じる。佐治に貫かれてから、これで 6 度目の絶頂−−
「おう」
 どぴゅ、ぴゅ。
 佐治がついに欲望を吐き出す。膣内に出されると案じたが、違った。
 ふーっ…と、佐治が満足気に息を吐く。
「…避妊…を?…」
 絶頂の余韻に麻美も喘ぎながら、問うた。
「ああ。わしらの流儀でな、中には出さんから安心してえで。他のやつが出した後で犯るのも気色悪いしな。お互い病気も心配やし」
 不幸中の幸い、と言うべきなのだろうか。
 佐治が離れ、志目が前に入ってきた。また態勢が反転、麻美は志目の上に俯せとなり、朔田が徐に律動を始める−−

 夜が明けようとしていた。
 佐治と朔田から数えて前は 9 人目、後ろは 8 人目が犯していた。男ひとりが果てるまでに 2 、 3 回ずつ昇り詰める麻美は、とうに体力の限界を超えていた。輪姦の前の連続絶頂を含めれば通算で 70 〜 80 回は達している。
 にも拘わらず麻美は意識を保ち、男たちのなすがままになってはいなかった。無論、両腕を縛られ、、常時男二人にサンドイッチにされていれば抵抗の術はない。だが−−健気にも、と言うべきか−−新しい陵辱者の侵入を拒み、絶頂に追い遣られるときには無念の涙を流した。体力は失われても、被虐のオーラはむしろ強くなる。それがために男たちは情欲を煽られ、順番が来れば全力で麻美を蹂躙していった。
「 3 年どころか一生分以上も犯られとるのに、正気のようやな。驚きやで」
「おるんですわ。華奢なようでいて、セックスには異常にタフな女」
 前は鮫島、後ろは須賀である。須賀が下になり、麻美の両脚を抱えて、鮫島の律動の補助に余念がない。この二人が射精すれば一巡目が終わるはずであった。
「この様子なら全員もう 2 、 3 発ずつ犯れそうやで」
 残酷な台詞に目を見開くと、鮫島が唇を奪いに来るところだった。
「…むっ…」
 舌が侵入し、麻美の舌や歯茎をねぶり回す。それに合わせて須賀は耳介を甘噛みし、乳房を揉みしだく。鮫島の律動が速まった。
「…いやっ…」
 またしても絶頂の波が迫ってくる。それに抗うほど体力を失うのを知ってからは、その波に身を委ねることにしていた。
 そのとき−−
 おい、またイキよるわ。
 次で 89 回目のはずやで。
 ひぇー…なんぼ溜まっとるいうても、イキ過ぎやろ.
 聞き慣れない、若い男のものと覚しき声がいくつか耳に入ってきた。
(…何?…)
 不吉な予感がして、恐る恐る目を開けると−−
「…うっ…」
 鮫島の肩越しに見える男たちの数が、増えていた。
 新たに加わった者はベッドの側、言わば「齧り付き」の位置で取り囲み、鮫島と須賀にサンドイッチで犯される麻美を凝視していた。彼らの一人一人とつい目が合うと、性欲を剥き出しの視線を向けられる。そして舌舐めずりをして見せる。
 それまでの、鮫島と須賀を除く 15 人と同等以上に大柄な者が多いようだ。
 どいつもこいつも若い。多くは 20 代前半か、未成年もいそうだ。そして、理性とか教育などとは無縁の、質の悪さを漂わせている。
 髪型などのせいもあるだろう。茶髪、金髪、スキンヘッド、モヒカン。顔に入れ墨、ピアスの一つ二つは当たり前で、鼻や唇にも通しているやつもいる。若さゆえ迫力が不足しているのを、装飾によって殊更に凶暴そうに見せているようだ。
 麻美にとってはそれでも十分に脅威だった。ただ居合わせるだけでも怖いと思うはずであるのに、今自分は全裸に剥かれ、陵辱を受けている最中で−−彼らの欲望に満ちた視線に晒されているのである。
 この連中にも犯される−−
 それこそ、ひとり 1 回では済まないに違いない。
「 30 人、増えたんや」
 手に力を込め、麻美の両脚をこれでもかと開きながら、背後の須賀が囁く。
 17 人に 30 人増えて−−
「…むっ…」
 無理よ。死んじゃうわっ−−
 そう思ったのが逆にトリガーとなった。一気に加速した鮫島のピストンに、
「…ああ、あッッッ!!!…」
 がくがくと全身を震わせ、絶頂に達した。同時に、
 プシャッッ!…
 一滴残らず搾り取られたはずの愛液が、再びしぶいた−−
 ひょおおおおおーーーーーッッッ…
 年上の美しい女が見せる激しい絶頂に、歓声が上がる。
「あいつらにな、ずっと中継を見せとったんや」
 朔田が言う。気のせいでは、なかった。通奏低音のようなざわめきは、この連中のものだった−−
「このビルの 2 階で待機させとったんやが、そろそろ主演女優をマナで拝ませたろ、と思うての」
 不用意に泣き声を上げて若い者を刺激したくなかった。
「…どうして…こんな…」
「うちの会社の福利厚生とでも言うかな」
 佐治の会社の社員だけではない。協力会社の者、アルバイトの学生など、出入りする者に広く声をかけた結果だった。
 犯りたい盛りの若いオスを手なずけておくには、女を抱かせるのが一番なのだ。女が魅力的であれば言うことはない。まして今日のように極上の獲物を手に入れたときには、できるだけ多くの者にいい目を見させなくてはならないのだ。
「 23 、 4 というのが多いんやが、高校中退で 16 歳というのもおる。まあ、自分が出すことしか考えておらん奴ばかりやし、負担はないと思うで」
 そんな台詞を聞かされている間に須賀が上になり、射精した。このときだけは麻美は絶頂しなかった。
 須賀が離れる。麻美は仰向けに転がされ、鮫島も離れた。咄嗟に脚を閉じ、後ずさる。だが、背後にも若いオスどもは回り込んでおり、麻美が捕らわれるのに時間はかからなかった。
 30 人がベッドに駆け上がり、麻美を貪り始めた。

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